その声と、ジュニアがリュックを頭の上で振り上げ、
一度 大きく旋回させ、クエの男の顔に向かって投げたのと、
砂を蹴って跳躍したのは、殆ど 同時のように 周りの男達の目には
映った。

それほど素早くジュニアは動き、クエの男が怯んだ隙に
一気に男達の壁を飛び越え、クエの男との距離を詰める。

リュックの中には、スパイスの缶と昼食の弁当、水筒などが入っていて、
かなり重く、固いものばかり入っていた。
それが遠心力を加算され、かなりのスピードで飛んで来て、鼻っ面に
ぶつけられたのだから、クエの男は一瞬、なにが起こったのか
さっぱり判らないまま、その痛みに悲鳴をあげる。

そして、足をなにかにすくわれ、砂の上に仰向けに倒れ、
気がつけば 肩に担いでいた筈の少女の姿が
消えていた。

「くっそ〜〜。バカにしやがって!」
「ぶっ殺してやるッ!」

「目を閉じてて」
ジュニアは クエの男が倒れこんだ拍子に、ミユが地面に叩きつけられる前に
その体を受けとめ、すぐにそう囁いた。

男達が二人に一斉に武器を振り上げ、怒号を上げながら襲いかかって来た。
ジュニアはミユを背中に庇って 思いきり砂を大量に蹴り上げた。

乱入して来た海賊と戦う時、たまにサンジは 人質にとられた店の客を取り戻した後、
その客を横抱きにしたまま、(若い女性に限る。男の場合は、肩に担ぐのだ)
戦う時がある。けれど、まだ骨も筋肉も育ち切っていないジュニアには
それが出来ない。
ここは、ミユの足で走ってもらい、この場から逃げてもらうのが一番、
心置きなく戦えるのだが、多分、
こんな状況では、ミユは禄に走れないだろうと思った。


だから、ミユを守りながら逃げようと思ったのだ。

ジュニアの蹴り上げた砂で男達の視界は塞がれる。
「逃げようっ。」
「どうして?!」

思い掛けないミユの言葉にジュニアは驚いて ミユの顔を見た。
「どうして逃げなきゃならないのよ!悪い事なんか、してないもの。」
「悪いのはあいつらじゃないのよ!。」

「だって、酷い目に会うの、君だよ?」とジュニアは 
ミユが完全に頭に血がのぼっている事に初めて気がついた。

「ここで逃げたって、おんなじ事の繰り返しよっ」
「煮えたぎった油、ぶっ掛けてやるッ」

ミユは、男達に囲まれて怖かったけれど、理不尽な暴力に屈するのは我慢できなかった。
少女らしい潔癖さで どんなに酷い目に遭ったとしても、
自分の信じている正義を貫きたいと思っている。

サンジの瞳よりも少し濃い色の瞳が怒りに潤んでいた。

「このクソガキっ。」
目潰しに一瞬 怯んだ男達だったが、すぐに二人に襲いかかって来た。

逃げるか、相手になるか、ジュニアは一瞬迷った。
その一瞬、ジュニアの足に鎖が巻きついた。

「あっ。」ヤバイッと思った時には、引き摺り倒された。
「ジュニアッ。」

男達の、目的はすでにミユではなく、生意気な黒髪の少年を叩きのめす事に
なっていた。

「誰か、助けてっ。」
ミユが人が沢山 波と戯れている海岸へ向かって叫んでも、
誰も振り向こうとさえしない。

この男達はこの島に住み付いた海賊だった。
難破した船は大破して、新しい船を手に入れるまではこの島に居付くつもりらしく、
腕力に任せて 好き放題していたのだ。
海賊相手なら、海軍を呼んで捕縛してもらえばいいのだが、
陸にいるのなら、別の管轄になる。そんな曖昧な彼らは誰からも裁かれる事がないと
タカを括っているのだ。

ミユの悲鳴にも誰も来ないと判っていながらも、ミユは
泣きながら必死で 何度 突き飛ばされ、殴り飛ばされても
諦めることなく、ジュニアを痛めつける男達に武者ぶりついた。

一人の男の腕に縋りついて、ミユはおもいきりその男の腕に噛み付いた。
「ギャアアアッ。」食いちぎるばかりの勢いでミユは噛み付き、
その痛みに驚いた男が思いきりミユの頬を力任せに殴りつけた。

「このガキャ〜、女の子だからって大人しくしてりゃつけあがりやがって!」
「なにさっ子供相手に大人が寄ってたかって偉そうに言うんじゃないわよっ」

ミユは側にあった、細い流木を拾おうと手を伸ばした。
が、その棒はすっと 誰かが拾い上げた。

「退いてな。」

緑色の髪の青年にそう言われ、ミユは砂の上にへたり込んだ。

その細い流木で男達が叩きのめされるのに、2分とかからなかった。


「おい、大丈夫か?」青年はジュニアの背に手を添えて、
安否を確かめるように声をかけた。


ジュニアは目をつぶり、体を丸めて打撃から身を守っていたが、
盲滅法殴りつづけられ、さすがに体中が痛む。
が、どこが痛むのか、と言うと一番最初に鎖が巻きついた、
足首に激痛が走って、顔を顰めた。

「サニート、なんでここに・・?」

みっともない所を見られた、と思う反面、ホッとした。
ジュニアもサンジの弟子、コックだから足よりも手の方が大事だ。
あれ以上殴られていたら、肩か、腕をへし折られていたかもしれない。
その危険が回避された事になにより安堵した。

「ジュニア、大丈夫?ごめんね。」

横から、ミユの声がしてそちらへジュニアは顔を向けた。
どんっと 音がするほどの勢いでミユが抱きついてくる。

その途端、ミユは気が弛んだのか、大声で泣き出した。
泣きながら喋っているので、何を喋っているのか ジュニアには聞き取れない。

とにかく、ミユが無事で良かった、とジュニアは心からホッとして、
けれど どうしていいのか 判らず 
どんな言葉をかけていいのか判らず、ミユが泣き止むまで、
ただ、じっとしていた。


クエの男達は、もう、二度とこんな事が出来ないよう、
弱っている内に 拘束しておくようにとミユの父親に進言して、
サニートは足を痛めて動けない ジュニアを背負い、
港のゴーイングメリー号へ帰る事にした。

「・・・いいなあ。ジュニアは。」

打撲の所為で熱が出始め、サニートの背中で眠ってしまったジュニアには、
サニートの呟きが聞こえない。
気がつけば、もう空が真っ赤に染まっている。



ゾロはサニートとはぐれて、すぐに船に帰ろうと足を向けた。
が、そこはゾロなので、真っ直ぐに帰れるはずもない。

どうせ、迷子になるのなら、と思って町をぶらついていた。

見覚えのある男が一人 屋外に設えられたテーブルセットに越し掛けて、
カフェで暇そうに煙草を吹かしている。
(・・・女と待ち合わせか?)

嫌なところに出くわした、とゾロは人知れず顔を顰め、踵を返そうとしたが、
まるで 逃げるような自分の態度に 自分で腹が立った。
(なんで、俺がそこまで気を使わなきゃならねえんだ、馬鹿馬鹿しい)。

そのまま、ずんずん歩いて行く。

「お〜い、そこの腹巻」
「弟子はどうした」

ゾロは思い掛けなく、その男からごく自然に声をかけられ、なんの躊躇いもなく
ゾロはその方へ顔を向け、「はぐれた」と応えた。

男はにこりと歯を見せて笑う。そして、自分の隣へ座れと言う手招きをした。
昔は、こんな素直な笑顔は滅多に向けてこないけれど、
二人だけの、貴重な時間には 変な意地も見栄もはらない ありのままの姿を
見せてくれる。
ゾロは隣に 澱みない振舞いで近づいてイスに腰を下ろした。

「・・・デートするか?」とこちらも その笑顔に答えるように
にこやかに、柄にも会わない言葉でその男を誘った。

「馬鹿野郎。クソ気持ち悪イ事、いうんじゃねえよ。」
さすがにその言葉に サンジは顔を赤らめながらも顰める。

注文を聞きに来た、若いウエイターにゾロはサンジと同じ物を注文した。

「女はどうしたんだよ。」

女性と言うのは、勘の鋭いもので、本命がいる男とそうでない男とを
嗅ぎ分ける嗅覚があるのか、
サンジがいくら にこやかに誘い、機嫌をとっても、
「恋人がいるんでしょう?」とばれてしまう。

結局、「恋人がいるのに、ナンパする不誠実な人」と言われ、
毎度 そんな目に遭っている。
判っていても、それを止めろと言われても 止められないし、
止めろといわれないから、止める気もない。

「・・・。」黙って聞こえない振りをして、タバコを吸っているサンジに
ゾロはまた、同じ結果になった事を察して、黙って薄く嘲笑する。

「サニートに手紙が来たんだ。ビビちゃんから。カモメ便でな。」

サンジはポケットからその手紙を取り出した。
「ルフィ宛てにも来たから、お前とサニートが出掛けた後、
みんなでそのルフィ宛ての手紙を読んだんだけどよ。」

ちょうど、その時 ゾロのコーヒーが運ばれて来た。
二人の会話はそこで一旦途切れたが、すぐにゾロは
会話を再開させた。

「で、なんて書いてあったんだ。」とその手紙の内容について尋ねた。

「サニートのフィアンセが次の島にいる。留学したんだと。」

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