「はじめまして。私、アラバスタ王国、守備隊のマサラと言います。」
「サニート様はいらっしゃいますでしょうか。」
サンジの目の前に、風に乗って飛んでくるように見えたほど
軽やかに、一人の男が現われた。
「あなた様はサンジ様ですね。お噂はビビ陛下から伺っております。」
「お目にかかれて光栄です。」と深深と頭を下げた。
「何しに来たんだ。」
ラウンジに麦わらの一味、それとサニート、サンジが集まった。
当然、突然の珍客を詰問、あるいはもてなす為である。
だが、サニートは仏頂面で、つっけんどんにマサラにそう言葉をぶつけると、
初めて見せるほど 露骨に機嫌の悪い顔をした。
「私は、サニート様の婚約者であられる、
次期皇太子妃殿下の護衛を仰せつかっています。」
昔からサニートを知っているのだろうか。
マサラは 憮然としているサニートを横目で見つつ、
無視して、ルフィ達に向かって話し掛ける。
「あんた、ちくわのおっさんの親戚か?」
ルフィはマサラの顔をまじまじと見て 尋ねた。
クルクルとまいた頭と、顔の形がそっくりだ。
「はい。イガラムは私の叔父であります。」とマサラは頷く。
「サニート様の結婚には、国でも一部、反対をいまだに唱えている者がいて、
その反対派から 皇太子妃殿下をお守りするのが、私の仕事であります。」
「俺はまだ帰らないからなっ!母上達には許しを貰ってるっ!」
今だに迎えが来ない事を勝手に許可を貰っていると思いこんでいた
サニートは マサラの用件を最後まで聞かないうちに
唐突に そう怒鳴った。
ゾロは、怒り方の声とか 目つきが若い頃のサンジにそっくりだな、
と暢気に 顔を真っ赤にしているサニートの様子を見て思った。
「いえ、そう言う用件ではありません。ですが、近くまで来られている、と言う
ご連絡をビビ様から頂きまして、サニート様にお会いさせろ、と命じられまして、
皇太子妃殿下をお連れしました。」
「皇太子妃殿下って・・・つまり、サニートのフィアンセって事?」
ナミが驚いて マサラの用件を聞きかえす。
「はい。ニア様をこの島までお連れしてきました。」
それから、サンジは急に忙しくなった。
寝ていたジュニアを叩き起こし、慌てて来客用のディナーを用意する。
ナミも慌てて 風呂を沸かし、サニートに入って来い、と急かす。
チョッパーは サンジのスーツをサニートに着せるために、急いでアイロンをかける。
残りの三人はラウンジ周りを大掃除だ。
「別に、そんな取り繕ったって仕方ねえじゃねえか。」とゾロは
ブツブツ言っても、ナミは納得しなかった。
「あんな小汚くなって、もし、フィアンセに嫌われて婚約破棄なんて事になったら、
ビビに顔向け出来ないじゃないの?
それに、王子さまがこんなボロ船に乗ってるなんて知ったら
その子もショックを受けるに決まってるでしょう?!言うとおりにするのよっ」
この船の女王様には誰も逆らえない。
「はじめまして。ニア、と言います。」
マサラに連れられ、アラバスタの衣装に身を包んだ、
サニートより二つ年上なら、19歳、けれど、まだ 少女と言っても通用するような
女性だった。
もう、月が空高くに昇っている。
髪の色は蒼とも、紫とも言えそうな色。
肌は、サニートよりも少し、赤みを帯びてはいるけれど、
滑らかだ。
見るからに大人しそうで、品がいい。
「ニア様は、子供の心を勉強なさるために留学なさっています。」と
寡黙なニアに変って、マサラが簡単に彼女の自己紹介をする。
「おっさん、もういいよ、帰れ。」
ルフィはマサラの話しを途中で遮り、掌で埃を避けるような仕草をして見せた。
マサラがふと ルフィの言葉に我に帰ってみると、そこにいる
麦わらの一味の目つきは皆、同じだった。
マサラの口から ニアの事を聞きたいのではなく。
ニアの口から、ニアの言葉で、ニアの事を聞きたい、と誰の目もそう言っていた。
「はい。では、明日の朝、お迎えに上がります。」
アラバスタの兵隊は、麦わらの一味に対して絶大な信用を寄せている。
17年前の内乱を治めた、と言う正式な歴史では語られなくても、
あの死闘の歴史は伝説として、兵士達に口伝されているのだ。
それに、既に愛すべき祖国の王子が 守られ、その一味と共にいるのだから、
なんの心配もない。
マサラは、来た時と同様、深深と一礼して、ニア一人を残して
自分たちの船に帰って行った。
「さ、ここに座ってください。プリンセス。」
早速、サンジがニアを寛がせようと微笑み掛け、サニートの
真正面に椅子を勧めた。
「出来る限り、精一杯のディナーをご用意しましたから、どうぞ、
楽しんでくださいね。」
ニアは、サンジの顔を見て わずかに表情を動かした。
「あの・・・私、どこかであなたのお顔を拝見しました。」
「どこにでもある顔ですから。」とサンジはにこやかに答え、
ニアの側から自然な動作で離れた。
そりゃそうだ。
あいつとサニートの面、親子と言うより、兄弟みたいにそっくりだからな。
ゾロはニアの感覚の正確さに 思わず心の中で相槌を打つ。
それにしても、大人しい女性だ。猫を被っている様子もない。
こんなに大人しくて、将来、王妃になれるのだろうか。
「ニアさん、気を使わないでね?それとも、海賊だから怖い?」
ナミが前菜を口に運びつつ、ニアをどうにか 喋らせようと話し掛けた。
ニアは、小さく、「いいえ、そんな事はないです。ちょっと・・・。緊張してしまって・・・・。」
と狼狽したように答えた。
「うめーぞ、サンジとジュニアの飯は!早く、食わねえと食っちまうぞ、俺!」
相手が緊張していようといまいと、ルフィはお構いなしにいつもと同じ態度で
底抜けに明るい。
その明るさに引き摺られるように、ニアの表情も明るくなって行く。
けれど、ゾロはニアが喋れば 喋るほど、どうにも
(・・・サニートにゃ、合わねえかもなあ。)と感じていた。
まず、サンジが「何か飲みますか?」「ワイン?ラム酒?フレッシュな
フルーツのジュースもあるよ。」と聞けば、「なんでもいいです。」と言い、
「じゃあ、ワインがいいかな?」と言えば、「はい。」
「白がイイかい、赤かい?それともロゼ?」と聞けば、「どれでもいいです。」
「じゃあ、白にしようか。」「はい。」
ナミが話し掛けても、「はい」「ええ。」と短い答えが返って来て、
ナミの話に同意するだけで自分の事を話そうとしない。
自己主張もしすぎると ただの我侭だが、ニアは まるきり個性が見えて来ない。
サニートはと言うと、髪も綺麗に整えられ、サンジのスーツを着せられているのに、
無言のまま、黙々と食事をしている。
ニアの顔をチラチラと見てはいるが、話掛け様とはしないし、
ニアの方は、サニートの方に視線さえ向けなかった。
「おい、腹巻。」食事がメインディッシュまで進んだ時だった。
「デザートに使う果物を格納庫に置き忘れたから取りに行く。ついて来い。」
サンジにそう声をかけられ、ゾロは無言のまま 立ち上がった。
ラウンジから少し離れると サンジはゾロに向き直った。
「どうよ、あのプリンセスは?」
「お前、なんだ、かんだ、言っても どうにもあの王子サマの事が気になるんだな。」
ゾロは、わざわざ自分を外へ連れ出して ニアの感想をゾロに聞いてきた
サンジが可笑しかった。
多分、気になる理由なんか、自分でも上手く説明できないのではないか、と
なんとなく思う。
「お前は気にならないのか?」「別に。」
ゾロの答えにサンジは目を丸くした。
「別にって・・・。結構、ジロジロ見てたじゃネエか。」
ゾロは サニートの婚約者に興味はある。
それを「気になる」と言うのなら、「気になっている」のだろうが、
サンジのは「心配」と言う感情を吹くんだ、「気になっている。」だ。
だから、微妙にゾロの「気になっている」とサンジのそれは違う。
「あの・・・。私がここに来たのは・・・。」
二人が格納庫から戻ると、ふと途切れた会話を ニアが唐突な言葉で
再開させた、その瞬間だった。
「・・・サニート様との婚約を・・サニート様から、・・・・破棄して頂きたいとお願いしに参りました。」
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