「これは、前国王がお前のため、国の為に決めたことだ。」

父のコーザにはじめて自分の婚約の事を聞いた時、
サニートはあまりに幼すぎ、事の次第をなにも 理解していなかった。

2つ年上の婚約者。実際、背も自分より低いから
歳の差など どうでも良かったのを覚えている。
王族の血を引く親戚の少女の中でも 目立って大人しかった。

婚約式の直前で飛び出してきたから、実際、正式には
婚約したとみなされていない筈だが、今更婚約破棄など 身分の低い
その婚約者の方からは言い出すことが出来ない。
もちろん、ビビもコーザも サニートがいないからといって
勝手に婚約を破棄するつもりなどないので、アラバスタに帰ってき次第、
すぐに婚約式をして、結婚と同時に王位に就かせるつもりになっていた。

「・・とまあ、ビビちゃんの手紙には書いてあったわけだ。」
「あいつも大変だな。」

サンジの話しを聞いてゾロは溜息をついた。

サニートの人生は サニートのものではなく、まるで
アラバスタの為だけに望まれているように思えた。

国の為に、自分の希望も夢も 決して優先させてはならないのだ。
何事も 国のため、国民の平穏な生活を守るために プライベートもなにもかも、
アラバスタの王族は犠牲にするというのだろうか。

「ビビちゃんだって、国の為に必死だったじゃネエか。」
「平和な状況を守るためなら それくらい 仕方ねえだろ。」
「あの国に生まれなきゃ、もっと気楽に生きられたのに。」

他人事のような事を口にしたサンジをゾロは 無言で軽く睨んだ。

真実を言ってやろうか、そうしたらそんな薄情な事は
口にしなくなるだろう、と薄い憤りを感じたが、
そんな事をしても 今更なんの意味もないと思い直して、
冷めたコーヒーを 不味そうな顔をしたまま すすった。

アラバスタの国は広く、それぞれの地域を王から預かる、と言う形で
領主が統治している。その力関係を均衡に保つために、色々なしきたりや
制度がすでに整えられているが、王族との婚姻もその一つだ。

ただ、ビビは女王であるため 伴侶は自由に選べた。
だが、サニートはそうはいかない。
政治的に影響の大きい結婚を領主達は望んでいるが、
ビビの父、ネフェクタリ・コブラは あえて 領主の推薦する少女ではなく、
王族の親戚から 次代の王の妻、つまり 王妃候補を選出した。

王族同士の結束を高めるためだった。

「あのビビが息子を籠の鳥にするとは思えなかったがな。」
「やけに気にするんだな。」

サンジはゾロの顔を覗き込んだ。
「何か、あの王子様について隠し事してるだろ。そんな面してるぜ。」

が、ゾロはその言葉を無視し、立ちあがった。
そして、わざと見当違いの言葉をかける。

「・・・日もまだ高エけど・・・。涼しいところに行くか?」
真顔で誘って来たゾロへ、サンジは鼻を フン、と小さく鳴らした。
「真昼間から盛れる訳ねえだろ。」と答えた。


夕方になって、サニートはジュニアを背負って帰ってきた。
その頃になって、ようやく 眠たそうな顔つきのサンジと
スッキリした顔のゾロも船に戻ってきた。

皆の食事の支度を整え、怪我の所為で熱を出して動けず、ナミの部屋に
横になっているジュニアの所へサンジは食事を運ぶ。


「・・・どうして、屋台の料理を作ってるだけで怪我をするんだ、お前は。」

ジュニアは、サンジに叱られるだろうなあ、と覚悟はしていた。
足技で名を馳せた サンジの弟子は自分しかいないのに、
こんな田舎島に隠れ住むような 腰抜け海賊に怪我を負わされたのだ。
機嫌のいい訳がない。

サンジはジュニアの上掛けをめくって起き上がらせた。
頭の上からじっと全身くまなく 眺めまわす。
「・・・腕はなんともねえな。」と、小さく胸を撫で下ろしたかに感じる
溜息を漏らした。

サンジはジュニアを叱責するつもりなど全くなかった。
足技を叩きこんで入るけれど、まだまだ 未熟だ。これくらいの
怪我で済んで本当に良かった。
ただ、女の子の前で ボコボコにされた事は ジュニアのプライドを
深く傷つけ 敗北の屈辱をいよいよ 歪めた痛みとして感じているのではないかと
心配になる。

そう言う時は そんな複雑な心中など知らない顔をするのが一番いい。
大人びた事をいうけれど、ジュニアはまだ12歳なのだ。
これからもっと強い相手と店を守るために闘わなければならない。
今以上に強くなるための試練だ、口には出さないけれど、
黙って 側にいる事で励ましてやる。

「・・・怒らないの?」

食事をとり始めても、口を開かず、椅子に腰掛けて ぼんやりと
煙草を吸っているサンジにジュニアが 恐る恐る声をかけた。

「・・・怒られるような事、してきたのか。」
逆にサンジは尋ねる。ジュニアは なんと答えていいのかを
頭の中でまとめているのか、少し頭をたれた。


「怒られるようなことはしてないけど・・負けた。」
「誰に。」

即座にサンジの不機嫌な返答が返って来た。
そのまま、あまりに早いサンジの返答にジュニアが答えられないでいると、
「負けたことだけが悔しいのか?」と さらに 詰問口調で尋ねる。

「あの子を守れなかったのが悔しいのか、どっちだ。」

それでもまだ ジュニアが口篭もっていると 
「怒るかどうかは その返答次第だな。とにかく、今日はゆっくり休んでろ。」
といい、すっと 音も立てずにサンジは立ちあがった。

「いつ、出航するの?」
部屋を出ていこうとしたサンジにジュニアの、どこか 心細げな声が追い駆けて来る。
サンジは、足を止めて振り返って、ジュニアの次の言葉を待った。

ジュニアは、自分でもどうして唐突にこんな事を聞いたのか、判らなかった。
ただ、「もう少し、この島にいたい」と思っているのは確かだった。

「・・・そりゃ、ルフィの気まぐれだから俺に聞かれてもわからねえな。」
「今晩、急に出航だ〜って言い出すかもしれねえし、・・・。」
そこまで言うと、ジュニアの表情を ジュニアに悟られないように、
無関心な、無表情な眼差しを装って、じっと探ってみた。

そして、その心を代弁してやる。
薄く、口元をほころばせて。

「・・・もうちょっと、この島にいたいんだな。」

「・・・うん。あの子に、サンジが教えてくれたレシピ、覚えてもらいたいんだ。」
もう少し、ミユの事を知りたいから、と言う言葉が思い浮かばず、
取ってつけたような理由をジュニアは言い繕った。

「ふーん。」が、珍しく歯切れの悪い口調のジュニアの様子で
サンジは すぐにその心中を察した。内心、嬉しくて堪らなくなった。
露骨に、「よくやった!それが女に惚れたって事だ、頑張ってモノにして来い!」と
ジュニアの背中をバシバシと叩いて、
大笑いしたいところを無関心な素振りをあえて取った。

本気でジュニアの初恋を喜んでいるのだが、そんな事をすれば、
軽軽しい言葉と軽薄な態度だと解釈されかねないし、何より、
茶化していると思われる。

「・・・ま、ルフィにはそう伝えておく。」
「とにかく、それ食ったらさっさと寝ちまえ。」

そう言って、サンジは部屋を出た。

そうか、初恋か。
サンジは煙草を咥えたまま、にんまりと笑った。

ハッピーエンドでも、バッドエンドでも、構わない。
ジュニアが、そんな想いを自分以外の誰かに抱く程、成長して来た事が嬉しかった。

誰に言おうか。
やっぱり、ウソップだな。
でも、父親にそんな事、いちいち報告するみたいでおかしな話しだ。

サンジは 軽やかな足取りで 船のラウンジへ向かう。

その時、潮風が吹きつける音と、波音に混じって人の声が聞こえたような気がした。
気のせいか?とサンジは周りに耳を澄ませる。

「誰かいませんか〜〜〜?。」
「どなたかいらっしゃいませんか〜〜〜っ。!」

確かに、そう聞こえた。
壮年の男の声に聞こえる。

声のするほうへと船の上を歩いていき、サンジは港を覗きこむ。
が、港には人影ひとつなかった。

首を傾げてもう一度、耳を澄ませてみる。

「ルフィ船長の船とお見受けしますが〜〜。」

「おお〜い。」サンジはその声の主に向かって答えた。

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