「悪かったな。」


その日の朝、ゾロに「今日は俺と出掛けるんだ。」と言われてサニートはホッとした。

この島の女の子と過ごす時間など、自分には必要がなく、
面倒意外何物でもなかったのに、
サンジに強要されては 渋々ながらも 昨日知り合った女の子と
一緒に過ごさなければならなかった。
色んな意味で気が重かった。

アラバスタで、一言も言わずに飛出した事、婚約者はどんなに
不安に思っているだろう。
そんな事が心を咎めて、サニートは他の女の子と過ごす時間を楽しめないのだ。

何より他の女の子に、興味もなかった。
興味のない事に時間を取られるのはわずらわしい。

それがサニートの気が重たくなる理由だった。

ゾロと二人で町を歩いていると、いきなりゾロが口を開いた。
その言葉が唐突にサニートへの謝罪だったので、
サニートは驚いた。
ゾロが自分に対して 謝るような事は何もしていない。

「え?!何がです」

却って、サンジのお節介から逃げる口実を作ってくれたことを
感謝こそすれ、「悪かった」などと言われるとサニートは困惑する。

「別に悪気があった訳じゃねえ。あいつは自分が女を見れば構いたくなるほうだから、
お前もそうだと勝手に思ったんだ。嫌な思いをさせて悪かったな。」

サニートが驚いてゾロの顔を見つめていたので、
ゾロは自分が謝った事の理由を掻い摘んで説明する。

「ま、本人は悪い事をしたなんて 微塵も思ってねえから謝って来ることは
絶対に有り得ねえ。だから、替わりに俺が詫びる。済まなかった。」

「とんでもないっ。」
ゾロは頭こそ下げないが、その口から何度も 謝られると
サニートの方が恐縮する。

「サンジさんに悪気があったなんて全然思ってないです。」と
謝られた方のサニートが逆に申し訳なさそうな表情をした。

「どこへ行くんですか?」と話しを換える
「別に。宛てなんかねえよ。」とゾロは素気無く答える。

「とにかく 出かけねえとお前また あいつのおもりをしなきゃならねえだろ。」と
言われ、サニートは恥かしくなった。

「なんでもお見通し」だと言いたげなゾロの懐の深さと態度に頭が下がる。




ジュニアの方は相変らず忙しく働いている。
売り物の料理の下準備にしっかりと時間をかける。
一切 手を抜かず、手早く、丁寧に下準備をするジュニアの手つきを
ミユは食い入るように眺めている。

「あ。」

ジュニアが一瞬、料理を作る手を止めた。
サンジがくれたレシピの中にある、スパイスを一つ、背負って来た
袋の中に確かにいれた筈なのに 探してみても見つからない。

「不味い、忘れてきたかな?」そのスパイスがないと、
サンジの味にはならない。
師匠から許された味は 渡されたレシピどおりに作り上げてこそ
出来あがるのに、未完成のまま、人の口に入れるわけには行かないのだ。


「俺、ちょっと船に行って取ってくるよ。」とミユに言うと、
ジュニアは一目散に港へ向かって走った。


「宛てがない」と言いながら サニートとゾロは賞金首を探して
町をうろついていた。

が、ちょっとサニートがゾロから目を離した僅かな間に
ゾロを見失った。

サニートはゾロの血を受け継いでいるが、方向音痴の血は受け継いでいない。
だが、ゾロが極端な方向音痴だと言うことも全く知らなかった。

賞金首の顔など サニートは覚えていないので、適当に人相の悪い男を襲ったりしたら
ただの通り魔になってしまう。
「仕方ない。船に帰ろう。」と呟いて一人、港へと元来た道を戻って行った。

サニートが港に帰り付いた頃、ジュニアはもう 目的のスパイスを手に握って
ミユの店へと走って戻っていったところだった。

(・・・サンジさん、いるのかな)

サニートは港から船を見上げる。サンジがいたら、昨日の件を蒸し返されるかもしれない。
今はゾロがいないのだから、サンジに付いて来いと言われたら
断わるのが申し訳ないし、面倒だった。

(ジュニアの様子でも見に行くか)とサニートは思い付いて
賑やかな海岸へ行ってみる事にした。



ジュニアがミユの店に戻ると見覚えのある男と、他に5、6人ほどの
人相の悪い男が その周りにたむろしている。

(あ・・・クエの魚人だ。)

サンジに言われて、と言うきっかけがあったけれど、
ミユに纏わりついていた 醜悪な面構えの男がまた ミユの店に現われ、
何か 言いがかりをつけているようだった。
しかも、連れている男達の手には、12歳の少年相手には大げさ過ぎる
武器が携えられていた。

仕返しに来たのだ、とジュニアはすぐに察して、唇をかんだ。

そのまま、足を早めて駆寄る。

「おお、勇敢なボーイフレンドが帰ってきたぜ。」

男の一人がジュニアを一瞥しておかしそうに言う。

クエの男が怯えて震えているミユを肩に担ぎ上げた。
「ガールフレンドを無事に返して欲しいんなら 大人しくしろよ。」
「ちょっとでも、抵抗してみろ、こいつの腕、へし折ってやる。」

周りに人がいるのに、どうしてこの男の振舞いを皆、
黙殺しているのだろう。ジュニアは クエの男やその仲間だか、
部下だかわからない男達に すばやく視線を巡らしながら、
そのことが疑問だった。

「大人がこんな事したら、捕まって牢屋に入れられるンだぞ。」と
男達の行動を無邪気に咎める言葉を吐いた。
その言葉に男達は、ジュニアを下品な大声で嘲笑する。

「あはははは、大人は捕まるんだってよ」
「牢屋に入れられるんだゾってか。」

男達がバカ笑いをしている間、ジュニアは作戦を練っている。
ジュニアは 日頃からサンジのレストランに来る、
柄の悪い客との諍い事に慣れていた。

海軍の太佐だろうと、世界政府の役人だろうと、他の客の迷惑になるなら、
お構いなしのレストランだから、足技に任せて蹴り飛ばしていればいいのだが、
相手の力量を見ぬくことも、自分の実力を高めて行く上で
重要な事だ、とサンジはいつもいう。

そして、
「負けそうだと判ってても、行く時は行け。お前のオヤジはいつもそうして
戦ってきて、負けた事がねえんだ。相手の実力が自分よりも上だと思ったら、
オヤジから受け継いでる頭と根性で戦え。」と言われている。

とにかく、ミユを取り返せば、こんな田舎島のチンピラなど
1分もかからずに蹴り飛ばせるのだが。

クエの男はミユを担いだまま、卑怯にも武器を持っている男達の壁の後ろにいる。

「大の大人の男が俺みたいな子供に仕返しするのに、随分な人数だよね。」
ジュニアは、リュックを背中から下して、砂の上に胡座をかいた。
気がつかれない様にリュックの肩ベルトのバックルを外す。

「抵抗しないから、自分の手で俺に仕返しすればいいだろ。」と
クエの男をまっすぐに見た。

「それじゃ、俺の気が済まないんでね。」とジュニアを嘲笑うような、
見下すような目つきをして、不遜な態度でいい返される。

「俺が蹴っ飛ばしたのはあんただけでしょ。他の人に殴られる覚えはないんだけど。」
「うるさいっ。」

あまりに落ち着き払ったジュニアの態度にクエの男はイラだった。
自分が逆の立場だったなら、あんなに落ちついてはいられない。
まだ、子供の癖に、なんて生意気な子供なんだ、とますます
この少年に対して憎悪の念が体の中で膨らむ。

クエの魚人の口が歪められ、愚かな言葉が耳障りな声と一緒に吐き出された。
「生意気なガキにはお仕置きだ、やっちまえ!。」

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