「俺、女の子を好きになっちゃいけない、いけない、とずっと思ってきたから、
何時の間にか女の子を好きになれない人間になってしまったのかもしれない。」

お知り合いになった女の子を前にしても、一言も喋らず、
仏頂面を晒したままのサニートは、夜、船に帰ってきてから
珍しく元気をなくして、ジュニアにぼやいていた。

ジュニアの方はというと、明日もミユの店に手伝いに行く、と言う約束をしているから、
そのことでサンジにコックとして色々聞きたいこともあったけれど、
年上の癖に、自分に向かって
対した問題でもないことを真剣な顔で愚痴るサニートを放っておくわけにもいかず、
ナミが取ってくれた宿のベッドに寝転んで大人しく適当に相槌を打ちながら聞いていた。

「・・・おい、ちゃんと聞けよ。なあ。」
「聞いてるってば。」

サニートの話に寄れば、二人の女の子とお知り合いになって、
最初の店で 4人で食事をし、その後 海で泳いでいたのだが、
気がつけばサンジがいなくなっていて、女の子と二人きりになっていた。

何を喋っていいのか判らず、なんだか酷く精神的に疲れてしまった。
女の子の話も、黙って聞いていても何をしゃべっているのか
サッパリ判らず、聞き返そうにもその隙さえ与えられず、
なんだか、高い水着を強請られ、断われなくて
買ってしまった。明日も会ってくれる?と言われて、「面倒くさい」と答えたら、
横っ面をひっぱたかれた、と言った。

「女の子って疲れる・・。」
母親のビビからも、頬を張り倒されたことはない。
罰を受ける時は、張り倒すのではなく、拳で、鼻血が出るほど殴られてきたから
平手で張り倒されたくらい、なんともないのだが、
悪い事をしていないのに張り倒されるのは腑に落ちない。

「そう言う事、俺に言われてもわかんないよ。」
ジュニアは、ミユと働いて楽しいと思いこそすれ、疲れてはいない。
「サンジに直接言えばいいじゃないか。」と話をどうにか切上げようとする。

「した。」


馬鹿野郎、そんな断わり方たら誰だってムカツクだろっ。
俺がせっかく 見つけてやった可愛い子だったのにっ。
明日、探し出して謝って来いっ。

「って、言われた。それこそ、面倒臭エ。」
「行かなきゃ行かないで 蹴られるしね。」とジュニアは心底気の毒になって相槌を打つ。

「ゾロにそれとなく言ってみれば?サンジだって悪気があってやってる訳じゃないから。」
「実は迷惑だって。」

そう言うと、サニートは黙ってしまった。
こんな下らない事に時間を費やすくらいなら、ゾロに稽古をつけてもらった方が
ずっと有意義だ。
こんな事をするために海に出たんじゃない。
かと言って、余りに下らないことなので、ゾロに相談するのも
馬鹿馬鹿しいし、師匠たるゾロに失礼だ。

「よし、やりたくねえ事をすることはねえよな。やっぱり、サンジさんに
自分で言う。面倒だから嫌だって。」



サンジとゾロは、同じ宿の別の部屋にいた。
「くだらねえこと、させるんじゃねえよ。」
ゾロはベッドの上にふて腐れたような態度で横たわっていた。

風呂から上がり、少し日に焼けて赤くなった肌を晒して
窓を全開し、気持ち良さそうに夜風に吹かれているサンジに
ゾロは不機嫌そうな、戒めるような声を背中から掛ける。

「ああ?なにがだよ。」

サンジの女好きは一生、死ぬまで治らない、と諦めている。
今日、出掛けて行って知り合った女とどこで何をしてきたか、など知りたくもない。

その女には悪いが、どうせ、一時の遊び。

「ヤッたのか。」とつい、口が勝手に動いて聞いてしまう。
どうでもいい事、と判りきって、悟りきっているのに。
そのつもりでいるのに、どことなく浮かれて、艶めいているようにさえ思う
後姿を独占欲で絡めとってしまいたくなる。

一緒に暮らしていれば、こんな気は起きないのだろうか。
くらだらねえ。

聞いてしまった自分が一番 下らない嫉妬心に苛まれ、下らない男になっている事に
嫌気がさして、ゾロは目を伏せた。

ベッドが軋む音がして、ゾロの首にいつもより少し熱くて、ほのかに汗ばんだ
サンジの二の腕が回される。

「気になるか・・・?」と斜め下からゾロの表情を覗きこむ。
その顔は勝ち誇ったように笑っている。
そして、ゾロの答えを待たずに、不器用な言葉しか吐き出せない唇を塞いだ。

その行動で、やましい事が何もないとゾロは心の中の曇りがとれる。
誤魔化されている、と昔は思ったけれど、今は、サンジの行動の底にある心が
唇を合わせただけでも手に取るように判るようになった。


唇を離して、少し睨む。
「ナメんな。」

で、なんの話だったっけ、とサンジは全く取り合わず、飄々として
ゾロの真正面に胡座をかいて座る。

「サニートにしろ、ジュニアにしろ、勝手にさせとけって言ってんだ。」

帰ってきた時のサニートの疲労困憊した様子を見て、
サンジのやっている事はサニートにとって、迷惑とか、余計なお世話とか言う事以外、何ものでもない。

「じゃあ、あの二人が恋のひとつもしねえで、大事な青春時代を過ごしちまっても
いいってのか?」と自分の行動を戒められて不快に感じた、その感情を露骨なほど表して
きり返してくる。

「人と人の繋がりなんて、他人がお膳立てして成り立たせるもんじゃネエだろ。」
「でも、初恋もまだなんて、男としてどうかと思うぜ。」

ゾロの持論は、年齢なんて関係ない、恋なんて知らなくても知っていても、
運命の相手がいるなら、どこかで必ず出会える筈で、サンジがヤキモキする事はない。
サンジはただ、二人の世話を焼く振りをして、結局自分が楽しみたいだけと言うものだ。

「なんだと!」

人間、図星を刺されると逆キレする。
特にサンジはその傾向が強い。

額に浮いた血管でそれを悟り、ゾロは腕組みをして、言い返せる物なら言い返してみろ、と言うような表情をサンジに向ける。

「自分はどうだったか、考えりゃわかるだろうが。」と悔しそうに黙りこんでなんとか
正論をどうにか搾り出そうとしているサンジに向かってさらに煽って見る。

わからねえ、といえば「お前馬鹿か」と言われるだろうし、
判った、とゾロの意見に素直に頷くのも嫌だ。

馬鹿にされるのも、言うことを聞くのも嫌だ。
だから、黙るしかない。

今度はゾロの掌がサンジの首筋に沿い、少し乱暴なほどの強さで引き寄せる。

「考えてみろ、自分がどうだったか。」
薄い唇ではなく、首筋にゾロはゆっくりと唇を這わせた。
取りあえず、口で言うより体で反省を促す事にする。



翌朝、ジュニアはサンジの部屋を出掛ける前にノックした。
実は昨夜の内に聞いておきたかったのだが、サニートと二人でゾロとサンジの部屋の前に立った時、

「どうも、明日にした方がいいみたいだね。」とジュニアが気配を察し、
用件は翌朝にしよう、と言う事にしたのだった。

二人は部屋に備えられたベランダに出ていて、
ゾロは普段着のままだが、サンジはどこかに出掛けるつもりか、もう、
身支度を整えていた。

今日もミユの店に行く、と言うと、サンジは胸ポケットから白い小さな紙キレを取り出す。

「あの料理な、ちょっとアレンジしてみろ。これ、レシピだ。」と
いつの間に用意したのか、一流コックのレシピをジュニアに手渡した。


「ありがとう。試してみるよ。」
ジュニアは思い掛けない 師匠の心使いに素直に驚きと感謝の
気持ちを黒い瞳に表して、嬉しそうに出掛けて行った。

さて、サニートだ。
「あの・・・。」今日は出掛けたくない、と言い掛けるより先にゾロがサニートに声を
掛ける。

「今日は俺と出掛ける。顔洗ったら刀持ってついて来い。」

サニートは驚いてサンジの方をみた。
昨日、「絶対、探して謝ってこい」と言われたし、
自分の今日の予定はきっと サンジと行動を共にしないと行けないと思っていたところ、
ゾロが横から口を挟んで来たりしたら
きっと 機嫌を損なうだろう、と思った。
が、サンジは何も言わない。

(昨夜の内に気が変ったのかな?)とサニートはホッとした。

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