「・・・サニート様との婚約を・・サニート様から、・・・・破棄して頂きたいと
お願いしに参りました。」


その言葉で、キッチンはさらに静まり返る。
皆がそっと無言でサニートの答えを伺った。

「なぜです?僕には君との婚約を破棄する理由も、権利もありませんが。」

普段はがさつな仕草も見せるけれども、そこは王族としての
威厳をサニートはちゃんと身に付けていた。

ビビとコーザ、それとコブラの躾の賜物だろう。
いざ、と言う時に毅然とした態度が取れると言う事は、
サニートがしっかりと王族としての自覚を持っている事だ。

それを改めて目の当たりにして麦わらの一味は 固唾を飲んだ。

「・・・私がアラバスタの王妃になるには相応しくない人間だからです。」

ニアがサニートの、サンジに良く似た声に気圧されながらも
小さな声で答えた。

「それはあなたが決める事じゃないでしょう。」

サニートの声に僅かに ニアを責めるような感情が混じったのを
敏感なナミとサンジは察した。

「あなたと僕の結婚は おじい様がずっと以前に決めたことです。」
「僕にも、あなたにも、それを拒絶する権利はないし、」
「もしも、本気でそう思ってるのなら、僕じゃなく、」
「おじい様に直接仰ってください。」



こいつ、一体誰に似て、こんなに薄情なんだ、とサンジは
ニアに優しさの欠片も見せないサニートを蹴り飛ばしたくなった。
ニアはと言うと、俯いて、瞳から 今にも涙が溢れそうになっている。

(きっと、あのサングラス野郎に似たんだ。ビビちゃんに似てるなら
もっと優しい筈だからな。)

とにかく、この嫌な空気をなんとかしたい。
二人きりにしたら、サニートはきっとニアを泣かすばかりだろう。

どうすれば言いのだろう、と何気なくナミの方へ視線を向けると
ナミもサンジの方を見ていて、目が合った。

「ニアさん。ちょっと、私の部屋に行きましょうか。」
「サンジ君、デザートとお茶、運んできてね。」

ナミは ニアの肩に手を沿えて、立ち上がるように促した。

「判りました、すぐ持って行きます。」

サンジは明るく答え、ジュニアにすぐに用意するように
目で指示をし、シンクの方へと向き直った。

ニアとナミはキッチンを出て行く。

誰も何も喋らず、二人の後姿を目だけで追っていた。

ドアが締められた途端、サンジがいきなりサニートの椅子を
蹴っ飛ばす。

「なんのつもりだ、てめえっ」

当然、サニートはバランスを崩して床に倒れこみそうになるが、
そこはゾロの直弟子、そんな無様な事にはならず、身をかがめて
すぐに立ち上がった。

が、珍しくルフィも眉をひそめて、
「あの態度はちょっと酷エぞ、お前らしくネエ。」と
サニートを咎める。

「もっと、優しい言葉で訳を聞けただろ?」
「サニート、今の冷たすぎるんじゃないの?」と
チョッパーもサニートを責めるような口調で言う。

「あんな言い方されちゃ、訳なんか話せる訳ないぜ。」と
ウソップまでが ルフィ達の意見に同調する。

ゾロだけが黙って まるで無関心かのような態度を崩さなかった。

「女の子を泣かせるなんて、100年早エ、このヤギのエサ頭が!」

以前なら簡単にサンジに蹴られていたが、サニートは飛んできたサンジの
足を交わし、
「服が汚れますよ、サンジさんっ。」と生意気にも
皆の意見などに全く耳を貸さない、無視するような言葉を吐いた。

「おい、俺の話しをちゃんと聞け、サニート!」今度は
全く別の方向からルフィの腕が伸ばされて、サニートの腕をがっしりと掴んだ。

そこへサンジの足が飛んできて、思いきり頬を蹴り飛ばされ、
サニートはキッチンの端まで吹っ飛んで行く。

「っ・・・・っつ。」壁に持たれたまま、サニートは蹴られた方の頬を押さえる。

サニートにはサニートの考えがあって ニアにあんな態度をとったのだろう、と
ゾロは信じていたから この諍いにも一切 手も口も出さなかった。

「・・・聞いてますよ。でも、放っておいてください。」

サニートは さっきの毅然とした態度から一転して
拗ねたような面持ちと声音で呟いた。

「あ?なんだア?放っておけ、だア?」

サンジが顔を歪めて サニートの言葉を聞き咎める。

「振られるのは僕なんですから、その理由なんでどうでもいいでしょう?!」
「どんな理由にしろ、僕は彼女から結婚したくないって言われたんですよ?」
「皆の前で!」

ニアが好きだった訳ではない。
婚約を破棄する理由など どうでもいい。

自分はニアと結婚すると信じて、ゾロとサンジ、ルフィとナミ、
ビビとコーザなど 仲の良い 伴侶と共に幸せな人生を歩んでいる者達を見て、
それに憧れていた。

人に決められた相手だけれど、幸せにしてあげたいと子供の頃から
思って来た相手だった。
当然のように、父と母のように仲睦まじい家庭を ニアと築く心積もりは
出来ていたつもりだ。

なのに、一方的に「婚約はなかったことに。」と言われて
頭に血が昇った。
子供の頃から 王位継承者としての責任とは言え、それでも
ニアという少女には 特別な感情が全くなかった訳ではない。
それが、自分だけの一人よがりだったと ニア自身の口から出た
言葉で思い知らされた事に 衝撃を受けたのだ。

その結果が あの冷たい、思いやりのない態度となって
現われた。

それなのに、自分ばかりが悪いように皆に言われて
サニートは 惨めになり、一気に捲くし立てた。

さすがに、サンジも、ルフィもサニートのその態度と言葉に
絶句した。



「ね、訳を聞かせてよ。あれじゃ、サニートも納得しないし。」
「あんな冷たい子じゃないのよ?」
「きっと、あなたにいきなり言われて びっくりしたのよ。」


ナミはニアをベッドに座らせて、その真正面に跪くように座り、
ニアの手を優しく擦って、
ポロポロと黙って涙を流すニアを落ち着かせるように優しく語り掛けていた。

「・・・すみません。」
ニアはハンカチで涙を拭った。

ナミの瞳はビビの慈愛に満ちた物とそっくりだ、と感じ、
小さな声で話し始める。


「・・・ビビ様も、その前の王妃さまも立派な方です。」
「気高く、勇気に満ちて、国を本当に愛していて、国民の誰もが
王妃さまを慕っています。」

ナミは頷く。

「サニート様も、天真爛漫だけれど、勇気も知恵もおありで、
お小さい頃から 国民から愛されておられてます。」

「そんな王室に私なんか・・・。」
「王妃になるなんて、恐ろしくて・・・。」

ナミは そんなところだろうな、とニアの話しを途中まで聞いて納得した。
この気弱そうな少女がビビの後継者になるには
確かに無理がある。

「じゃあ、サニートの事が嫌な訳じゃないのね?」

ナミの言葉にニアは 頬を赤らめて頷いた。


トップページ   次のページ