「大変だ!皆来てくれ〜〜〜っ。」と言うチョッパーが甲板から叫んでいるのが聞こえてきた。

昔から、大した事でもないのに大騒ぎするチョッパーなので、ウソップが、
「なんだア、また どうせ 対した事じゃあねえんだろうに・・・。」と面倒くさそうに立ち上がった。
ところが、チョッパーの大慌てで近づいてくる足音がどんどん近づいてくるのと、
大勢の人間のざわめきが大きく聞こえてくるのとが同時進行している。
さすがに何事か、とキッチンにいた全員が立ち上がった。

「ルフィ、ルフィは?」
バンっとキッチンの扉が壊れそうなほどの音を立ててチョッパーが入って来る。
見慣れた慌てっぷりだが、とにかく、その理由を聞かなければ対処のしようがない。
「どうした、チョッパー。」

サンジがその騒ぎに泣き出した赤ん坊を受け取りながら尋ねる。
チョッパーはサンジの胸に抱かれた赤ん坊を指差した。
「それ、その子を返せって!なんか、武装した奴らが大勢!」

「麦わら一味の諸君!」
恰幅のいい、あまり人相の良くない中年の男が耳を劈くような大声で怒鳴っている。
「我々は、君達に預けられた赤ん坊を返してもらいに来ただけだ!」
「どうか、穏便に事を済ませて頂きたい!」
ゾロが甲板からその連中を見下ろして呟いた。

「じゃあ、なんでそんなに武装してくる必要があるのかね。」
「喧嘩、売りに来たとしか思えねえんだがな。」
ルフィはまだ、男部屋で大鼾をかいて眠っている最中だ。

キッチンにいた顔ぶれも、甲板に顔を出し、下の物騒な連中を覗き込んだ。
サンジが面倒くさそうに
「あれくらいの連中の相手をするのにいちいち、気持ち良くお眠りの船長を
叩き起こす必要はあると思うか?」
そして、ゾロに意味ありげな流し目を送る。
「え、大剣豪。」

「この子の母親はどこなの?」
ナミが指揮官面した男に向かって叫んだ。
「預かった人以外には返せないわよ。」
「母親を出しなさいよ!」

ナミの言葉に相手は明らかに動揺の色を見せた。
が、すぐにもっともらしい理由を怒鳴り返して来る。
「我々は、その母親に頼まれたのだ!」
「じゃあ、その証拠を見せなさいよ!」
どうにも、胡散臭い。
赤ん坊を引き取りに来るだけなら 武装してくる必要など全くない。
まして、大人数で押し掛けて来る事自体、非常識極まりない。警戒されて当たり前だ。

「大人しく、渡してくれたら1000万ベリー、即金で渡す!」
ナミとの押し問答に焦れたのか、男がそう怒鳴った。
口に、火をつけない煙草を咥えたまま、サンジが溜息のように男の愚かさを呆れて言葉を吐き出す。

「・・・決まりだな。」
赤ん坊を金で買おう、まして1000万ベリーもの大金を出してまで
取り返そうと言うのだ。何か、裏がある。

その時だった。
「その子を渡さないで下さい!」
「渡せば、殺されてしまいます!」

男達の群れの中から女の声が上がった。
大勢の男達の中に埋もれてよく見えなかったのだが、
その中に、後ろ手に縛られて、さるぐつわをはめられた女が混じっていたのだ。

武装した男達も、麦わらの一味も、全員の視線がそこへ向く。
当然、赤ん坊も同じようにその声の方へ顔を向けた。

「あ、あの人・・・。」
ニアだけが、その女の顔を知っていた。
紛れもなく、ニアに赤ん坊を押し付けて姿を消した女だった。

「どうするの?」ジュニアがゾロとサンジの二人の意見を短い言葉で同時に尋ねる。

ゾロがサンジを見る。
同時に、サンジもゾロを見た。
が、サンジの口は、ジュニアに話し掛ける。

「おまえ、俺がいつも言ってる事、忘れてねえか。」
「え?」
「俺の弟子なら、どんな時でもレディの味方をするんだよ。」

一方、ゾロはサニートに
「お前、すぐに刀を持って来い」とだけ言った。
ナミとウソップが男達の姿や、もっている武器から正体を探ろうと凝視している。

「なあ、ナミ。あいつらの服についてる刺繍のマークって。」
「ええ、この近くの島で後継ぎ争いの真っ最中の王国の国旗だわ。」
二人の会話を聞いて、チョッパーが驚いてサンジが抱いている赤ん坊を見上げた。

「じゃあ、もしかして、その子、王子様って事?」

サニートが刀を取って、戻って来た。
「ま、サンジ君とゾロが相手をするほどのもんじゃないでしょうけどね。」と
ナミはゾロとサンジが何をしようとしているのかを察して少し、呆れたように笑った。

「おい、ジュニア。緑頭の王子様に負けてみろ、皿洗いに降格だからな。」
「年下のコックに負けるようじゃ、俺の弟子を名乗る資格はないからな。」
どっちが早く、囚われている女を助け、どれだけたくさんの男を倒すか、の
勝負を お互いの弟子にさせるつもりだったのだ。

「負けたら、次の島まで奴隷だ。」とサンジがゾロを見て ニヤリと笑う。
「判ってる。」ゾロも同じような顔つきで笑った。

「おら、さっさと行って来い!」サンジのその怒鳴り声で、ジュニアとサニートが船から飛出した。

ニアが心配そうな顔でそれを見送る。
「あの・・・。いつも、あんな風にサニート様も剣を?」と
ナミに心細そうに尋ねた。
ナミは明るく答える。
「そりゃ、そうよ。世界でたった一人、ゾロの弟子なんだもん。」
「怪我でもしたら・・・。」
サニートは国にいた時から 盗賊や山賊を狩っていた。
腕が立つのは知っている。けれど、剣や槍だけでなく、銃器も携えている相手に
無謀過ぎる、と常識的なニアは思って不安になった。

サニートはアラバスタ王国唯一の王位継承者だ。
もしも、

もしも、命を落とすような事があったら、アラバスタの王家は
継承権を巡って 少なからず 諍いが起こるのは必至だ。
ニア自身、戦う術を知らなかったら、そんな気にならなかった。
サンジとゾロが楽観視しているけれど、
ニアには 目の前でサニートが 多少なりとも 危険な状況を見ているうちに、
いても立ってもいられなくなった。

手助けなど必要とはされてないのは判る。
けれど、サニートを守らなければ、と言う衝動に突き動かされ、

「ロロノアさん、腰の物をお借りします。」と言うが否や、ゾロが答えないうちに 「雪走」を鞘から引き抜き、
抜き身の刀だけを持って、船から飛び降りた。

「ニア!」
ナミの声が彼女を追い掛けるが、その声が上がるのと、
ジュニアか、サニートへ狙いをつけていた男の銃が
ゾロの「雪走」で弾き飛ばされるのとが殆ど同時だった。

「・・・ハンデだな。」
ニアが飛出したのを見て、サンジがボソリと呟く。
おもむろに赤ん坊をウソップに押しつけた。
「ニアちゃんが助太刀するなら、俺も弟子に助太刀するぜ。」
そう言って 手すりの上に足を掛けながらゾロを振り返った。

「ただし、左足だけだぞ。」
ゾロは 渋々そう言ってサンジの参加を認める。

次の瞬間には、サンジの姿は宙に浮き、地面につく前にまずは、
一人、男の頭を左足の踵で蹴り飛ばしていた。

「とりあえず、頭を潰せ」

サンジがジュニアに教え込んできている戦法の基本だった。
さっき、ナミと言葉を交わしていた男がこの武装集団の頭だと見て
間違いない。
だが、武装した男達の壁がその頭の前に立ち塞がっている。
まずは、それを最速の手段で切り崩す。

ジュニアは、サンジとニアが参戦した事で、動きに戸惑いがなくなった。
レストランを狙う海賊や、サンジの技に挑戦してくる命知らずを
二人でいつも蹴散らしているから、
サンジとジュニアの組み合わせには全く隙がない。

ジュニアが足場を崩しつつ、相手の体を浮かせる下段の蹴りを放てば、
そのすぐ背後に絶妙のタイミングでジュニアを飛び越えたサンジが
宙に蹴り飛ばされて 避けられない状態にある相手に
一瞬で戦闘不能にさせる必殺の蹴りを打つ。

吹っ飛ばされた男達は また サンジが計算の上、放たれた武器となり、
離れた場所にいる数人の男達をなぎ倒して行く。

サンジが着地する寸前、ジュニアは サンジが落下してくる場所へと
何人かの男の横っ面を蹴り飛ばしていて、
その男達は何が起こったかわからない間に、舞い降りた鷹の爪に引き裂かれる
柔肉の草食動物のように、サンジの足技の餌食となる。

船べりから見ていて、ゾロは眼を見張った。

サンジの動きではなく、12歳のジュニアがサンジの蹴りの
威力を最大に発揮出来るように、すばらしい アシストをしている。
それを教えこんだサンジも凄いが、武器を携えている相手を目の前にして、
その教えを少しのミスもなしに いとも容易くやってのけるジュニアに驚いた。

実の親子でも、こんな風に闘う事は出来ないだろう。
自分とでさえ、サンジはここまで華麗に舞わない。
それを目の当たりにして、ゾロは 大人気ネエ、と口の端で
苦い笑いを浮かべながら、ジュニアに薄い嫉妬に似た羨望の目を向けた。


一方。
ナミはビビの息子とその婚約者候補の動きを目で追っていた。

サニートはゾロが見込んだだけあって、明らかに 動きがいい。
いつもは ゾロの教えた刀を持つのに、今日は何故か、
アラバスタから持って来た王家の男に与えられる剣を振り回している。

持ちなれない刀を剣の様に扱うニアに対抗したつもりかもしれない。

「アラバスタの女って、凄まじいわね。」とナミはニアの動きを見て、
驚きのため息を漏らした。

あの大人しい外見と、立ち居振舞いからは想像できない、
鋭い太刀さばきだ。
多くの兄弟全てがアラバスタを守る守備隊に属し、
親戚縁者全てが武人の家に生まれ、数少ない女の子とは言え、
恐らく、その名に恥じぬ様に厳しく育てられたのだろう。

ただ、ゾロの刀はやはり、扱い辛いのか、
剣の事など何も判らないナミから見ても、明らかに無駄な動きをする事が
多かった。

一方、サニートは何度もニアに 鋭い視線を走らせては
剣を振るっている。

恐らく、(ニアを気遣っているんだわ。)と サニートの血に流れる
本当の親の血の可能性をナミはその仕草から推測した。


サニートは出来ることなら、致命傷を与えないよう、
そして 相手が戦意をなくすように考えながら 動いているが、
しっかりと 軍事訓練された、殺意剥き出しの相手に そんな手加減は
中々難しい、と感じ始めている。
剣にべっとりと脂と血が回って、切れ味が鈍くなってきていた。

「チッ。」

王族の男らしくない舌打ちをし、サニートはそれを拭おう、と
戦闘に全て向いていた意識を一瞬逸らした。

その時、ニアは地面に切り伏せた筈の男がサニートへ照準を合わせているのを
視界の端で捉えた。
体の中の血が一瞬で凍る。



動けなかった。



「サニート!!」


ゾロの声が怒声を上げている男達の声を掻き分け、サニートとニアに届く。
狙撃手の指が引き金に掛るか、掛らないか、の刹那にニアの刀が
その銃を弾き飛ばした。


背を向けていたサニートが前のめりに吹っ飛んで行く。
ゾロの声に、サンジとジュニアも異変を即座に感じ取った。

「「ニアちゃん、伏せろ!」」


ジュニアとサンジが同時に叫んだ。
ニアがその声に、身を伏せるとジュニアは腰から短銃を取り出し、
目にも止まらない早さで弾を装填した。
もう、遊びではなく、まさに最も迅速な方法でこの小競り合いに
終止符を打つ。

ジュニアの援護射撃の中、サンジが男達の肩や頭を飛び越え、
その武装集団の指揮者の前に降り立ち、
男の目が怯えに瞬く間もないうちに、サンジの踵がその首もとを捉え、
次の瞬間には 固い地面から土煙が上がるほど強く、頭を蹴り下され、
地に叩きつけられていた。

「失せろ。」

サンジの低い、その声が戦闘終了の音となる。



サニートは剣に縋るようにして、うずくまっていた。
腰から血が溢れているだけではなく、胸のあたりもべっとりと血で濡れている。
倒れまい、としてサニートはその体勢ですでに意識がなかった。



「ニアがあの銃を吹っ飛ばしてなければ、サニートの頭に」
「銃弾が撃ちこまれてたわ。」


ナミは、サニートとニアの動きをじっと見ていたから、それは確かに事実で、
ナミの膝に取り縋って泣くニアを慰める為の捏造でなく、
事実だとして 伝えた。

「大丈夫よ、チョッパーの腕も確かだもの。」
「心配しないで、赤ちゃんの面倒、見てあげてちょうだい。」

男達は 一旦、引き上げて行った。
後に残されたのは、赤ん坊をニアに預けた女だけ。

その女に詳しい事情を聞こう、という状況ではなかった。
けれど、女に赤ん坊を返してたら、また あの男達に狙われるだろうから、
ナミは 女部屋にその女と赤ん坊を匿っている。

「腰から受けた銃弾が肺を貫通して抜けたんだ。」

もう少し、あと数cmずれていたら 心臓をぶち破っていた。
心臓の下、を弾は抜けている。
けれど、体に穴が空いているのだから 命に関わる重傷である事には
変わりない。
心臓にはダメージはないけれど、太い血管を掠めていた傷から
ドクドクと血が溢れ出ている。

誰が呼び掛けても、サニートの意識は戻らない。

「サンジ、腕出して!」

チョッパーが大きな注射でサンジの腕から血液を吸い出す。
それをどんどんサニートの体へと注ぎこむ。

俺とサニート、同じ血液型なのか・・・とサンジは チョッパーが
許容範囲とするギリギリまで血を抜かれても平然としながら
別にその事になんの違和感も感じなかった。

「助かるか?」

ルフィが真っ白な顔になっているサニーとの顔を心配そうに覗きこむ。

「助かるよ。」チョッパーは 力強く答える。
出来るだけの事はした。

普通の人間なら絶対に安心など出来ない。
けれど、サニートは 何度となく 視線をさ迷っても
その度に 不死身の如く生還した ゾロとサンジの血を受け継いでいる。

だから、チョッパーは胸を張って、ルフィに言える。
「助かるよ。なんの心配もない。」

ルフィがサニートの顔を見て、ボソリと呟いた。
「なんか、サニートってこうやって見ると」
「サンジにそっくりだ。」

いや。
サンジそのものに見える、とルフィは 思った。

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