「驚いたな。」
「ああ、人は見かけによらないって、本当だな。」

声は少年のものなのだが、口調がどうにも実年齢を醸し出して、
どこか老けた子供に見られそうなのだが、

二人はそんな事まではこだわらないでいつもどおりの口調で
話している。

ゾロは多分、ニアに「人見知りのする子供」と見られ、
サンジは逆に「人懐こい子供」と認識されているだろう。

よく全く接点のない女性にあれだけ 嫌味なくペラペラ喋れるものだ、と
側にいるサニートは感心した。

男のエスコートが巧みだと、女性の心も軽やかになるのか、
サンジと話している時のニアの瞳には、
サニートの前で見せる 恐縮した、固い態度とは違い、
柔らかで朗らかな微笑が常に浮かんでいた。


が、なんだか 不快だ。
何故だ。

「なんだ、不服そうな面して。」
ニアはサンジと、ゾロはサニートと話している格好になっている。

ゾロは相変らず貫禄のある口振りで サニートが無意識にニアの方へ
視線だけ向け、少し拗ねたような表情を僅かに浮かべているのを見咎めた。

「子供の格好したままだけど、」

サンジさん、彼女を口説いてるんですが、とサニートはぶっきらぼうに
答えた。

「病気だから気にしなくてもいい。」
「あれは、生まれ付きだから、今更腹立てても仕方ねえし。」
とゾロは平然としている。

自分の恋人が、しかも昨日、今日付合った相手ではなく、
十年以上もの付合いなのに、例え男同士とはいえ、
目の前で 自分以外の人間に媚びを売る姿を見て、どうして
ゾロは平気でいられるのだろう。

名目だけの婚約者でさえ、(例え、10歳に満たない子供であっても、)
饒舌に彼女の心を溶かして、心を解している(ほぐしている)サンジに
サニートは訳もなく腹が立った。

別にニアを特別視している訳ではない、決して。
ただ、自分が思っていた印象とは少し違う ニアの姿に戸惑っているだけで。


(これは、その・・・・。嫉妬とかヤキモチとかじゃない。)

と、サニートは思いこもうとしていた。
自分との結婚を嫌がっている女にどうして、興味を持てようか。
まして、嫉妬などする理由もない。


「俺と話ししてても時間の無駄だろうが。」とゾロは 顎で
ニアの側に行け、と命じる。

と、姿が10歳なので、随分生意気な仕草の子供に見えるが、
そこはどんな姿になっても師匠は師匠なので、サニートは
しぶしぶニアの側に行く。

「腹が減ったでしょう。どこか、食事に行きましょう。」と
ニアに声を掛けた。

その声の出し方がひどく無愛想な物だが、ゾロはハッと顔を上げた。

サニートは顔かたちはサンジに良く似ている。
声までもが 若かった頃の、出会った頃のサンジにそっくりだった。


今でもサンジの声は殆ど変わらない。
けれど、出会った頃、いつもいつもサンジはゾロに対して
これ以上ないほど 無愛想な口調で 話し掛けていた。

今でも優しげな声音では決してないけれど、滅多に会えないからか、
会っている時にだけ聞ける声を聞き、交わす言葉の一つ一つが
大切に思う所為で その頃とは 微妙に 自分に対して掛けられる
口調が違うような気がしている。

今、サニートがニアに話し掛けた口調は 若かった頃のサンジが
当時のゾロへ話し掛けていた口調と声にあまりに似ていた。

ゾロはそれに驚いたのだ。

「さっきの屋台の店の食べ物でいいですか?」
「はい・・・。私はなんでも結構です。」

つい、数秒前までサンジとにこやかに談笑していたニアが
サニートの声に顔を緊張させた。

そして、初めて会った時と同じ、はっきりしない、もどかしい態度の
大人しい少女に戻ってしまう。
そして、サニートが歩き出す、その少し後を歩き出した。


「君達もおいでよ。」

当然、ニアに36歳の男が化けていると知られたくないだろうと
サニートは気を利かせて 二人にごく自然な態度で 手招きをする。

「奢ってくれるのか?」

サニートは にこやかに返答を返してきたサンジの言葉が
理解不能だ、と言いたげな表情をした。

実際、サニートがアラバスタの王子であっても、今は海賊船の新米乗組員だ。
金は今日、ナミから借りた1万べりーくらいしか持っていない。

それに比べて、グランドライン一有名な名物レストランのオーナーシェフの
サンジや、海賊であり、世界一の賞金稼ぎと言われているゾロの方が
ずっと金を持っている。

にも、関わらず奢ってくれ、と言うのは貧乏人に金持ちがたかっているのと
同じ事だ。

「いいわよ。一緒に行きましょう。」
ニアはサニートが答えるより先に答えた。

見ず知らずの、どこの馬の骨か知らない子供に なんの義理があって・・・と
つい、サニートは考える。
これがサンジとゾロでなければ そんな事は考えなかっただろうけれど。

「君が出す事はないよ。」
何に腹を立てているのか、サニートは判っていないし、
腹を立てていることさえ 自覚していなかった。

けれど、客観的に見ているゾロとサンジの目には あきらかに
サニートはイラついている。

「君の持っている金は、アラバスタの国が留学資金として支給したものか、
実家から送られてきた物でしょう。だったら、アラバスタの国の民が
納めてくれた税じゃないですか。それを無駄遣いするなんて。」

俺、何を言っているんだろう、と俯いたニアの姿と、
背中に刺さる視線に気がついて サニートは急に口を閉じた。

「何、ヤキモチの鬱憤ばらしをニアちゃん相手にやってんだ、クソ王子っ。」


ゾロが後からサンジの口を塞がなかったら間違いなく
そう叫んでいただろう。

「俺達はいいから、行って来てくれ。」

知らない人に物を買ってもらったら怒られるんだ、とどうにか
ゾロが言い繕う。

サニートは 一瞬だけ振り向くとそのまま ニアの歩調を無視するかのように
ずんずんと歩いて行く。
その後をニアは 心細そうについていった。


その姿を見ながら、サンジは 本当に悔しそうに、
「最悪だ、あいつ。」と悪態をつく。

不器用にも許容範囲がある。
例え、男女間でどんなに不器用でも 絶対に相手を不安にさせたり、
泣かせたりするのは 論外だ。
不器用なら不器用なりに それを自覚すれば それをカバー出来る手段が
絶対に見つかる筈なのに、サニートは 不器用な上に、無自覚なのだから、
始末が悪い。
サンジのフェミニストとしての許容範囲にはとても入らない。

「お前が悪イんだよ。馬鹿。」

サンジがあまりにもニアと親しげだったので、つまり、
サニートは ヤキモチを妬いたのだ、とゾロも気がついていた。
サンジこそ、それを自覚していなかったとしたら、
悪いのは
サニートではなく、サンジである。

「ニアちゃんの笑顔、あいつに見せたかったんだよ。」とサンジは
憮然と呟いた。
「こんなガキにヤキモチ妬いて、その苛立ちをニアちゃんにぶつけやがって。」

その言葉をゾロは鼻で笑って皮肉った。
「王子様ってのは我侭でアホだって昔から決まってるからな。」


皮肉たっぷりに言うゾロの言葉にサンジの片方だけ見える眉がつりあがる。

「へえ。誰のことだ、そりゃ。」
「一般論だ、気にするな。」

ゾロは軽く受け答えた。

サンジは、そのことよりもまだサニートに対して腹立ちが治まらないらしく、
批判めいた言葉を吐き続けていた。
「ビビちゃんの血を引いてるのに なんで、あんなに思いやりがねえんだろう。」
「お前がヘラヘラして纏わりついてるから悪イんだよ。」

ゾロは 聞く耳など持たないと判っていても、余計なお節介を焼いた所為で
若い二人の間に波風を立たせたことを判らせようと試みる。

「好きな相手が自分以外の人間に、自分にゃ見せネエ面 見せてたら
気が悪くなるんだよ、普通は。」
「特に若い女の笑ってる顔ってのは、お前も好きだろ。」

サンジは砂浜に腰を降ろした。
ゾロもその隣に座る。

聞く耳を持っているのか、無視しているのか 判らないが
サンジは 水平線を黙って眺めていた。

「あの王子様は婚約者に腹を立ててるんじゃねえ、それを引き出せない自分に腹を立ててるんだ。」
「それじゃ、やっぱり八つ当りじゃねえか。」

サンジは不満そうに呟いた。
人が口を挟む問題ではないのを判っているから、あまり 本気で怒るのも大人気なくて馬鹿馬鹿しいのだが
ニアが本当に哀しそうな顔をしそうで、それを出すまいと耐えている様子が
とても 見て見ぬ振りなど出来なかった。

「いいんだよ。それでも。」
ゾロはニヤリと歯を見せて笑った。

「キモチをぶつけ合えば何か 見えてくるもんが必ずある筈だ。」
「泣いても、怒っても、最後に笑えれば それで全部チャラになる。」

「そうだろ?」

子供の顔で、素直に、邪気なく笑うゾロの顔にサンジは 言葉を失った。
確かにそうだ。

それを判っていた筈なのに、若い二人の不器用な行動を見て自分達の辿ってきた道と重ねて考えはせず、
ただ、穏やかで 甘い恋路だけが幸せだと言う考えを押し付けてようとしていた。

「そうだった。」
サンジは 少しだけ俯いて答える。

「なら、余計なおせっかいを焼くのはもう止めとけ。」
「例え、ナミに頼まれた事でも、だ。」

ここで 異義なく頷くのも 何か悔しい気もするが、ゾロの言う事は確かに正論だった。

サンジは小さく溜息を吐く事で ゾロの言い分を了承した、と示す。

「せっかく、ガキの体になってまで 尾行して来たのに無駄になっちまったな。」
とゾロは自分の体を見まわして呟いた。

そのゾロの顔をサンジは 舐めまわすような視線で見つめている。
「なんだよ。」

その疑問にサンジは数秒答えず、ただ、ゾロの顔と体をジロジロと見、掌で、
髪や顔をやたらと撫で回し始めた。

「気味悪イ、一体なんだよ。」

ゾロはその白い手を振り払う。
この体で いつもの艶めいた行為をするとでもいうのなら
それはさすがに 勘弁してもらいたい。

「お前さ、どっかでガキ作って来いよ。育ててやるから。」
「頭、腐ってんのか、お前。」

思い掛けないサンジの言葉に 思わずゾロは サンジを砂浜につき飛ばした。
が、簡単に転がされるわけもなく、突き飛ばそうと伸ばした腕を簡単に掴まれて、
一緒に砂浜に転がされる。

遠目から見れば、少年が二人、じゃれ合っているようにしか見えない光景だった。

「俺はジュニアを育てたんだぜ?もう一人くらいどうって事ネエ。」
「どっかで作って来い。」

幼いゾロの容姿を見ていると、もっと小さい頃の姿を見たくなった。
ゾロが自分の体をなデまわしているところを見ているうちに、思考が脱線して行き、
これほど強い男の遺伝子が一代限りというのはどうしても惜しい、と考えた。

ジュニアも、立派にウソップの血を容姿にも、手の器用さにも受け継いでいるし、
ゾロの子供なら、きっと 腕力も強い筈。

育てて、コックと戦闘術を教えこんだら、どんな海賊がレストランに
殴り込みに来ても 怖れる事はないし、サンジはおいおい、ジュニアが一人前になればレストランを任せて、
ゾロと一緒に行動するつもりでいる。

その時に、安心して店を空けるには強力で、信用できる用心坊がいればありがたい。

と、サンジが話すと、ゾロは 露骨に驚いた顔を見せた。

「お前、そんな事考えてたのか。」

「ジュニアが一人前になれば、」
それはごく、近い未来だと言って良かった。

「言ってなかったか?」と 本気で首を捻っていたサンジに思わず唇を重ねる。

「聞いてねえよ。」ゾロは体を起こし、サンジの腕を掴んで起き上がらせた。
「それ、本気だろうな?今更冗談だなんて言うと ここに埋めちまうぞ。」

自分でも判るほど ゾロは舞いあがっている。
言葉がどもりそうになるほど、舌が上手く動かない。
感情が先走って言葉がついて来ないのだ。

「本気だ。だから、どっかでガキ作って来い。」
「そこじゃねえっ。」

飄々と答えるサンジの頭を掌でパチンと乾いた音がするくらいの強さで叩いた。

「今からガキ作って、モノになるのに最低15、6年も掛るだろうが。」
「そんなに待てネエ。」

ああ、そこか、とサンジは ポンと手を打った。
そして、今度はサンジが ニヤリと意味深な、ゾロをからかうような笑顔を浮かべた。

「俺が一緒に行くって言う事が嬉しいんだろ、大剣豪のロロノア・ゾロは。」
「当たり前だ。」

煽られても、ゾロはそれに乗らず、バカ正直に答える。
すると、逆にサンジの方が沈黙した。
白い肌に綺麗な赤みがさした。

「いつでも好きな時にヤれるし、美味エもんを食えるし。」

そう言いながら 恥かしそうに笑った。
「何より、寂しい思いをしなくていいだろ、お互い。」




「いらっしゃい。どうしたの?」

ジュニアは相変らず忙しそうに、けれど 楽しそうに働いていた。
が、自分の前に機嫌の悪そうな空気を漂わせて
店の商品を買いに来たのだろう、サニートに心配そうな顔を向けた。

「昼飯を買いに来ただけだ。」

サニートの機嫌が悪いのをジュニアは初めて見る。
機嫌が悪い、と言うより どこか 元気がない。

「あのさ、俺達ももうすぐ休憩とるから、一緒に昼飯を食べない?」

人の良さは父親ゆずり、自分だって残り少ない滞在期間でミユと二人きりになって ゆっくり話せる残り少ない時間をサニートの為に使おうとしているジュニアの気持ちに、当然、サニートは気がついた。

「いや、いいよ。大丈夫。」

自分の方が年上なのに、ジュニアに気取られるほど 露骨に
嫌な雰囲気を醸し出していた事をサニートは即座に反省した。

「女の子には優しくしないと駄目だよ。」

養父から叩きこまれたフェミニストぶりに サニートは苦笑して
頷いた。


少し離れたところでニアを待たせているから、サニートはジュニアの店で買った物を持ってニアの所へと戻った。

そして、海の色の瞳がこれ以上ないほど見開かれた。
「どうしたんです、それ。」
「あ、あの・・・。」

ニアも、困惑しきって、取り乱し掛けていた。
腕の中には、布に包まれた赤ん坊が大きな声で泣いている。

「ここでサニート様をお待ちしていたら、若い女の人が」
「この子を少し抱いていてください、って仰って、」
「断わるまもなく、走ってどこかへ行かれてしまったんです。」


トップページ   次のページ