(間違い無いわ。)
チョッパーからサニートの怪我の状態を聞き、まだ 意識の戻らない本人を
様子を見て、ナミはサニートの出生に対する疑いを ほぼ、
100%の確率に限りなく近い確信を持った。
この子は、サンジ君が生んだ、あの赤ん坊だわ。
僅か2ヶ月といえば、肉片に毛が生えたような、
カンガルーの子供のような、卵から孵化し立ての、丸裸の雛のようなもので、
とても 無事に育つ訳が無いし、
あの時、チョッパーは「ダメだった」と当然のように言ったけれど、
その赤ん坊の亡骸を誰も見ていない。
第一、腰から胸に銃弾が貫通して、熱は高いけれど、
さして 苦しそうでもない寝顔で寝ているサニートは
(どう考えても、人間じゃないわ。バケモノ並よ。)
と、ナミは思った。随分、育てやすい赤ん坊だっただろう、
良く眠り、良く食べ、良く喋り、やたら健康で。
まあ、普通の人間なら確実に死んでいる大怪我だろうけれど、
サンジとゾロの血を引いているのだから、心配する必要は無い。
今は、とりあえず、ニアと、例の赤ん坊とそれをニアに押しつけた女の問題も
さっさと解決しなくてはならない。
けれど、そうは言うものの、サンジやウソップも サニートの容態を
心配している。
特に、ウソップは この船で自分と同様、常識的な人間だから、
サニートの怪我が命に関わるものだと言う事が判る筈で、
心配もひとしおだろう。
(サンジ君は、男の子に冷たいからなあ。)と、ナミはサニートの額からずりおちた
タオルを直して 溜息をついた。
撃たれたのがもしも、ジュニアだったら 少しは顔色を変えただろうけれど、
サンジの心配は サニートよりも、激しく落ちこんでいるニアの事に集中している。
サンジらしいといえばサンジらしい。
が、サニートが 自分とゾロの間の子供だと知ったらどうするだろう。
ベタベタと甘やかすような子供好きではないけれど、
赤ん坊の世話をするのも 嫌いではないし、情に厚いのは いうまでもない。
だが。
(あの時の嫌がりっぷりを考えるととても 言えない。)
ナミはまた、溜息をつく。
サニートがサンジの腹に息づいた時、ナミが飲ませたメスメスの実の影響で
サンジは 半陰陽の体だった。
(私にも責任の一端はあるんだものねえ)
妊娠した、と判った途端、高いところから飛び降りるし、
バーベルは振り回すし、どうにかして 堕胎しようと躍起になって
結果、大出血を起こし サンジは死に掛けた。
サンジがゾロと特別な関係になった時は ナミも驚いたが、
それからも 女好きは変わらなかったから、
ゾロだけが サンジにとって 特殊で特別で、尚且つ 最も大切な人間である事は
理解できたけれど、
女であるナミには、そんなゾロの子供を何がなんでも殺そうとした
サンジの気持ちだけはどうしても理解出来ないのだ。
まして、男である以上、望んでも決して叶えられない事なのに、
それを受け入れようとはしなかった。
そんなサンジに
「サニートは、ゾロとサンジ君との間に出来た子供よ」と真実を告げて、
何か 良いことがあるだろうか。
(なんにもなさそう)ナミは溜息ばかりをつく。
ゾロとサンジは、ゴーイングメリー号がオールブルーについて、
そして碇を上げてまた 大海原へ旅立つ時、また 離れ離れ、
別々の場所で生きて行く。
この短い時間に波風を立てないほうが二人のためだ。
ナミが気付いた、サニートの秘密は ただ、確認の意味でチョッパーには伝えてみるが、
ルフィには まだ 誤魔化しておく方が良さそうだ。
世話をするべき ニアの感情が酷く不安定なので、赤ん坊が泣き止まない。
仕方がないので、サンジが四六時中、赤ん坊を樽に入れて、側においている。
ニアに赤ん坊を預けたのは 母親ではなく、母親の乳姉妹の侍女だった。
例のお家騒動の家の、跡取だというのは間違いないのだが、
この赤ん坊が生まれてこなければ、子供のいない国王の弟が王位を次ぐ事になっていた。
「姫様は、王様の侍女でいらしたのですが、」
その女の話では 王が彼女を寵愛したけれど、子供を産めなかった王妃が
彼女に無実の罪を被せ、王宮から追放し、
産まれた赤ん坊も王の子供とは認められなかった。
けれど、明らかに王の息子である。
まだ、赤ん坊なのに、政治の道具として使うには 十分な利用価値のある立場だ。
もしも、成人してから王の息子だと 国の重鎮が認めたら
王の退位後、即位する気がマンマンの弟、王弟殿下と呼ばれている男にとって、
この赤ん坊は将来の展望に影を投げ掛ける存在だった。
「だから、殺せと。」
「で、そのオヒメサマはどこにいます。」
その侍女よりも、赤ん坊はサンジによく懐いていて、
サンジの腕に抱かれていれば、とりあえず、機嫌がいい。
サンジは 赤ん坊を抱いたまま、その侍女に尋ねた。
「海軍に保護して頂いてます。」
「とても、子供の好きな中佐さんがいらして、
その方が個人的にとても良くしてくださったんですけれど、」
「もう、新しい駐屯地へ行かなければいけないから、と、
「赤ん坊の面倒を身に来る様にと連絡してくださったんです。」
「それで、私も姫様と一緒に海軍の駐屯地に匿われていたのですが、」
「つい、お外へ連れて出た途端、こんなところまで追手が来ているとは思わなくて」
「追い駆けられて、逃げている内に、その」
と ニアを呼びさした。
「とても、優しげなお嬢様と、側に腕の立ちそうな青年をお見受けして、
この方々ならどうにかしてくださる、と王子様をお預けした次第です。」
同年輩くらいの女性にニアは 涙で濡れた目を向けた。
口調は 必死で激しく吹き出しそうな憤りを押さえ込んでいるのを
側にいるサンジは感じ取る。
「その所為で私の大事な人が死にそうになっています。」
「あなたも、国が大事だと仰るけれど。」
あなたと、その子を助ける為に、私の国にとっても、大事な方が
死線をさまよっておられるんです。
そう言った時、ノックもせずにいきなり ドアが開き、
ゾロがのっそりと入ってきた。
「ニア、サニートが目を覚ました。すぐ、行け。」
ただの連絡事項を淡々と口にするように言うゾロのすぐとなりを
ニアは「はい!」と答えて すぐに走りぬけて行った。
「あの野郎、何回、ニアちゃんを泣かすつもりだ。」とサンジは
不服そうに呟く。
「で、大丈夫なのかよ、うちの船の王子さまは。」
サンジは 樽の中に赤ん坊を寝かせながらゾロに尋ねた。
「ああ、多分な。死なれでもしてみろ、俺達、一生ビビに顔向け出来ねえだろ。」
二人は、侍女と赤ん坊を残して、サニートの所へと何も言葉など交わさずとも、
当たり前のように足を向けていた。
「いくら腹を痛めた子じゃねえっつっても、実の子供同然に育てたんだからな。」
人間、一番心を開いている相手に秘密をもっている時、
それを決して口にしてはいけないと 日頃、どんなに自分を戒めていても、
ふと、気が緩んで その秘密を思い掛けなく無防備に 吐露してしまう事がある。
「何?」
サンジの足が止まる。
その瞬間、ゾロはしまった、と口が滑った事に気がついた。
「お前、今、なんて言った?」サンジは 聞き逃してはいない。
すぐにゾロに意味を 詰問する。
「何が。」ゾロは務めて平静を装う。が、すぐに掌に汗が滲み出した。
「お前、今、ビビちゃんの腹をなんとかって言ったよな?」
敵意剥き出しの相手に命をやり取りする危機を乗り越えてきた事は
数え切れないくらいにある。
が、こんな危機に直面するのはゾロにとって初めての経験だ。
誤魔化すか、
それとも、もう、17年も経っているのだからと割りきってくれることを期待して
全部、ぶちまけてしまうかのどちらかしかない。
そのどちらかの選択しかないのだが、目の前で 明らかに
不信そうな目を向けているサンジが立っていては、頭の中の血が
逆流するようで、ゾロは 外見上はいつもと変わりなく、
堂々とした態度を崩さないが、内面は 数年ぶりに慌てふためいていた。
ゾロの背中に汗が吹き出し、背骨の溝を伝って流れ落ちる。
「お前、何をそんなに汗かいてんだよ。」
必死で頭の中に 口達者なサンジを言い負かすことの出きる理屈を
考えようとしても、頭に血液は回らず、徒に 体温が上がるだけで
なにもいい考えが浮かばない所へ、サンジが
ゾロの額に浮かんだ汗を訝しげに見つめがら 不信感剥き出しの
眼差しを向けている。
どうする?
こんなただの通路で立ち話で済む話しか?とゾロは なるべく、
サンジの視線から目を逸らさないようにしながら、自問自答する。
「サニートはビビちゃんの産んだ子じゃねえのか。」
「知らん。」
サンジが聞きなおしてきた、つい、うっかり 滑った口が喋ってしまった事に
ゾロは咄嗟に空惚けた。
まだ、解決策を何も思い付かない内に尋ねられたのだから、仕方がない。
(ああ、こいつに嘘をつきたくねえ。)とすぐに その言葉も否定したくなる。
「知らんて、なんだ。今、お前エが言ったんだろ、なんの事だ。」
「サニートが誰の子供だろうと、お前に関係ねえだろ。」
こうなれば、サンジがよく使う、逆ギレ、屁理屈、なんでもいいから、
とにかく、関係ねえ、黙ってろ、うるせえ、で
言い争って、話しを逸らす戦法を取ろう、とゾロは 瞬時に決めた。
「関係ねえはねえだろ、」
サンジが理屈をこねる前にとにかく、言葉を続けさせない。
相手がムカツク言葉をどんどん ぶつけるのだ。
「うるせえな、サニートとビビが親子じゃなけりゃ、お前になんか
迷惑が掛るのかよ。」
いかにもうるさそうに、面倒くさそうにゾロは顔を顰める。
が、サンジはまだ、ゾロの思惑に乗ってこない。
真剣な顔で、いつもの口調、怒っている訳でもなければ、
何かを探るような冷静なものでもない。
ただ、いきなり降って湧いた、疑問に対する答えを知りたいだけらしい。
「ビビちゃんの息子じゃなけりゃ、誰の子供なんだよ。」
「ビビが子供だと思って育ててりゃ、ビビの子供だ、文句あるのか。」
「本人も知らない事だ、他人のお前が口を挟むことじゃねえだろ。」
ゾロがきっぱりとした口調でそういい放つと、サンジは驚いたような顔をして、
「そりゃ、そうだ。」とようやく、納得した。
けれど。
ゾロがあまりにまともな理屈を言い、その割りに慌てている様子に、
何か、隠し事がある、とすぐに察した。
サンジの目から見ると、サニートの歩き方、後姿、剣をもっている時の
体さばきや、目つきがゾロに似過ぎている。
他人とはとても思えないのだ。
そうか、わかった。わかったぞ。
サンジの顔色がさっと 蒼ざめた。
一気に不機嫌な顔付きになる。
サニートはこいつの子供だ。
俺が腹に赤ん坊抱えてる時、どっかのレディに孕ませてやがったんだ。
なんの根拠もないし、そんな事有り得ないことなのに、
サンジは サニートの出生の可能性はそこしかない、と考え至る。
物凄い鋭い目つきがゾロの目を射抜いた。
「で、父親面してる訳だ。」
「何イ?」
サンジの顔つきで、何を考えているのかをすぐにゾロは理解した。
「俺とビビの間の子供だとまだ、思ってんのか。バカじゃねえか。」
「自分が生ませた子供をビビちゃんに押しつけてのうのうと・・・」
「いい加減にしなさい!!」
何時の間にか、二人の前に仁王立ちになっていたナミが一喝した。
「サニートは、ビビの子供よ!アラバスタの後継者よ!」
「それ以外、何者だろうと、あんた達になんの関係もないでしょ!」
いつか、真実を知る事もあるだろうけれど、今、それを知って、
幸せになる者など誰もいない。
ビビが大事に、愛情を注いで、育てたサニートは、
その血肉がいくら ゾロとサンジから生まれ出た物でも、
もう、ビビだけの息子だ。
その事実をナミは、誰もが真実を知っても それぞれが揺るぎない幸せを
手に入れた時までは、死守しなければならない、と腹を決めた。
「二人とも、風向きが変わったわ、さっさと甲板へ出て!」
と怒鳴って 無理矢理 会話を中断させた。
ニアは、サニートの格納庫のドアを音を立てない様にそっと開けた。
サニートの側には、チョッパーがいた。
ニアの気配に振り向いて、にこりと笑う。
その笑顔を見て、サニートの容態が 安心していいものだとわかって、
ニアの頬にも、自然に笑顔が浮かんだ。
「ニア、俺、ちょっと取って来る物があるから、サニートを見てて。」
ニアは、はい、と答えてすぐにサニートの側に近づいた。
チョッパーは、パタパタと軽やかな足音を立てて、ドアの外へ出ていく。
ドアが閉められたのをニアは目で確認してから、そっと 床に跪き、
サニートの顔を覗き込んだ。
「サニート様。」
ニアの顔が目の前に有る。
やっぱり、泣いてたんだな、と紫の瞳の周りが真っ赤なのを見て、
サニートの心の奥がズキリ、と痛んだ。
麻酔が効いているので、体が動かない。
女の子を泣かせると、こんなに胸が痛むんだとサニートは初めて知った。
サニートはニアが剣を奮うところを見ていた。
ニアの一族は、代々、アラバスタ王家に武道を以って仕えて来た家柄だ。
剣を扱える事には驚かないが、想像以上にニアは強かった。
武術の鍛錬を受けた男の集団を目の当たりにして、
臆する事無く、怯まなかった勇敢な姿に サニートは ほんの数秒、見惚れた。
その強いニアが泣いていた。
泣かせることに、以前は少しも 罪悪感を感じなかった。
勝手に泣いてろ。
女は泣けば 同情されると思って、嘘泣きをするんだ、とサニートは
最初にニアの涙を見た時には思ったのに。
「泣かないでください。」
サニートは どうにか、声を振り絞ってそれだけを言った。
笑った顔が見たい、と泣かせたくない、と思う心の裏返しで
サニートはニアにせがみたくなったけれど、まだ、上手く声を出せない。
そして、ニアが入って来る足音を聞いた時、
怪我をしてなかったんだ、と、とても ホっと、全身の力が抜けるほど安心した。
「ご気分はどうですか。」
泣かないでください、とサニートに言われて、ニアは必死で
涙を堪えて、そう尋ねた。
サニートは言葉で答える替わりに 鮮やかに微笑んだ。
どちらともなく、手をしっかりと握り合っていた。
ニアはサニートの手がとても温かくて、大きな事を初めて知った。
サニートは、剣を握っている割に、ニアの手が小さくて、細くて、
思いきり握ったら 壊れてしまうかもしれない、と思った。
「どこも、怪我はないですね?」
尋ねたサニートの言葉に、ニアが 素直に頷く。
「はい。」
サニートはそれを聞いて、良かった、と、脳味噌の中の細胞が全部、
一気に安心して、ダラダラに緩んでいくような気がした。
ニアの声をもっと聞きたい、と思った。
サニートはどうして、急にニアが綺麗に見えるのか、理由が判らない。
けれど、痛みと熱で 苦しかった眠りの中、
ニアの泣き顔ばかりが思い浮かんでいたのを思い出す。
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(続く)