サニートは、以外と女の子に無愛想だ。
が、ジュニアと、サニート、サンジの三人が軽装で海岸を
歩いていると、女の子の視線がサンジに劣らず、集中している。
(自分から声をかけるなんてしそうにねえなあ。)
その仏頂面にゾロの面影が見えた。
「そんな、面白くなさそうな面、すんな。」とサンジは、サニートの背中を
乱暴に掌で叩く。
「ロロノアさんに申し訳ないとか思わないんですか。」とサニートは
あからさまに迷惑そうな顔をサンジに向ける。
「俺のしたい事をするのに、なんであいつに申しわけねえなんて思わなきゃ
ならねえんだ。お前は、婚約者に申し訳ねえって思うのか?」と
サンジはそんな顔を向けられても
一向に悪びれる事もなく答え、そして、質問する。
「普通、恋人がいるなら新しい出会いなんて求めなくてもいいんじゃないの?」と
ジュニアが口を挟む。
店にいても、美人の客がいるとやけに愛想がよくなり、
サービスが過剰になることをつぶさに見ているから、今更それを咎めたり、
非難したりする気は毛頭ないが、
今日の外出は正直言って、面倒くさいと思っていた。
ジュニアにゾロの事をずばりと「恋人」と言われて、サンジは一瞬絶句した。」
だが、すぐに苦々しげな表情を浮かべ、
「お前、いつのまにそんな大人びた事を言うようになった。生意気だぞ。」と
ジュニアの足をすくい、砂浜に蹴り転ばす。
「見ろ、サニート。あの、赤い、花の模様の水着のレディ、ずっとお前の事見てるぞ。」
サンジが顎で軽く指し示したした少女の方へ、サニートも馬鹿正直に目を向けた。
はっきりと目が合う。少女は誘うように笑いかけてきたが、
サニートはぷい、と興味なさそうに顔を逸らした。
サンジの言っている事が本当だとわかるが、だから、何をどうしろというのか
サッパリ判らない。
向こうは二人連れらしく、しきりにサンジとサニートの方へ視線を投げてくる。
年のころ、20、21歳くらいか。
サンジよりも15、16歳も年下だが、サニートより3つも年上。
だが、サンジの年恰好はどう見ても 25歳くらいに見えるから、
多分、声をかければ お近づきになれるだろう、とサンジは予測した。
が、ジュニアの相手がいない。
折角、ちょうどいいレディ達なんだが、別口を探すか。
と、サンジが人手の多い、賑やかな海岸を眺め回した。
海岸には、たくさんの屋台が出ている。
いわゆる、「海の家」と言う奴だ。
「おい。ジュニア。あそこ。」
今度はサンジは身体についた砂を払っていたジュニアにその指の先を見るように促す。
100メートルほど先に、若い男、20代前半くらいの、性質の悪そうな人相の男が
酒瓶が沢山入った箱を運んでいるらしい少女に絡んでいる。
何を喋っているのかは 人のざわめきと波音で聞こえないが、
遠目から見ても、その少女が酷く怯えている事がジュニアにも伺えた。
自分よりも、少し年上のように見える少女は、ゾロが本気を出す時に
手ぬぐいを巻く、あの巻き方で頭をバンダナで包んでいる。
「で、何?」とジュニアはサンジに尋ねる。
「何って、お前、あの子を見てなんとも思わないか?」
サンジは大仰に驚いたような声でジュニアを煽る。
別に、ジュニアが邪魔だと思ったわけではない。
サニートは無愛想だが、ジュニアは店でも愛想良く客に応対するし、
相手さえ絞ってやれば 自分でどうにかするだろうと思った。
ジュニアは、困ったような顔をサニートに向ける。
どうしたらいい、とその黒い瞳はサニートに助けを求めているが、
年が上だと言っても、こんな事態は初めての事で、
サニートもどうしたら言いのか、何をしてやればいいのか 判らず、
一緒に首を捻る。
サンジはもどかしくてイライラしてきた。
自分が「助けに行け」と怒鳴って、無理矢理行かせたのでは意味がない。
ジュニアが自分の意志で その少女を助けないと、「ジュニアの初恋物語」は
はじまらないのだ。
「なんとも思わないのか、それでも俺の・・・。」
息子か、とサンジは怒鳴りたい所だが、ここでそれを口走れば
自分の実年齢を視線を投げてくるレディ達にばらしてしまう事になりかねないし、
いい年をしてなにやってんだ、と自分で自分の気を萎えさせてしまいそうなので、
途中で言葉を飲みこんだ。
「判ったよ。でも、これが済んだら俺、一人で先に船に帰るからね。」
サンジの道楽に付合ってられない。
師匠の道楽のお供はサニートに任せて、さっさと帰ろう、とジュニアは考えた。
やたら気の若い父親というのも落ち着きがなくて、息子としては気恥ずかしい。
ジュニアはそんな気分だった。
「ひつこい男は嫌われるよ。」
少女の腕を掴んで、なんだ、かんだと卑猥な言葉を吐いて、怯えさせていた男の
背中にジュニアは声をかける。
周りにも男がいるのに、何故、誰も子の少女を助けようとしないのか、と
ジュニアは不思議に思った。
「ああ?お前、俺が誰か、知ってるのか・・・?」
ああ、どこかで見たことがある、とジュニアは思った。
男の顔に見覚えがある。どこで見たんだっけ・・・?
「知ってる。ええっと・・・。」
「いいか、この魚は深い海に住んでてなかなか獲れないが、このオールブルーでは
一番、美味い魚だ。料理法は・・・。」
つい、最近、サンジが教えてくれた、白身だが飛び切り美味の深海魚。
水圧の激変で目は飛び出し、唇が分厚く、醜悪な顔つきだが、
鱗まで食べられる、高級魚だ。
「ああ、レインボークエだ。レインボーアラともいうんだっけ。」と
ジュニアは急に思い出す。
「と、言うことは、クエの魚人?」とジュニアは真顔で男の姿を凝視した。
「なんだと!」
鱗もなければ、水かきもない。どう見ても普通の人間に向かって、
ジュニアは大真面目に侮辱したらしい。男の顔が真っ赤になった。
「俺は、この島のっ・・・・。」
嫌われ者だったらしい。なにか怒鳴ったが、ジュニアにはよく聞き取れなかった。
殴りかかってきたので、その拳を片足で受けとめ、
弾き飛ばして、靴底を鼻面へのめり込ませたら、砂煙をあげて倒れこみ、
そのまま、動かなくなった。
「文句があるなら、港に来てくれたら、相手をするよ。羊の頭の船だから。」
ジュニアは男にそう声をかけて、サンジの方へ振りかえった。
(・・・ったく!)
もう、サニートを従えて 大胆な水着の若い女性に親しげに話し掛けている。
見なれた光景だが、横で突っ立っているサニートが可哀想になった。
が、もう、どうでもいい。
さっさと帰って、みんなにおやつを作ろう、と思い、
少女に声も掛けずに歩き出した。
「待って!」
その足を少女の声が止める。
「助けてくれてありがとう。あの・・・なにか、お礼をさせてください。」
ジュニアは、少女が運んでいた、酒瓶の入った箱を持ち上げ、少女の店まで運んで行った。
それは、「レディに重たいものを持たせるな!」という師匠の言葉に従っただけ。
この島の郷土料理の屋台を出している、と言う言葉につられたのだ。
師匠が師匠なら、弟子も同じようなものに興味が引かれるものらしい。
「ありがとう。」賑やかな海岸に面したその屋台に着き、ジュニアが
その箱を少女の言う場所へ置くと、少女は礼をいい、無造作にバンダナを取った。
(あ)
師匠と同じ、細くて綺麗な向日葵色の髪がぱさり、と細い肩にかかって、
ジュニアの視線はその見慣れている筈の、自分とは違う、その髪の毛に注がれた。
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