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気も狂わんばかりの哀しみに飲み込まれた男がいた。
実際、気が狂ったのかもしれない。

自分が世の中で一番不幸な男だと本気で思った。
最愛の妻も、最愛の娘も、同じ病で若くして亡くした。

妻は23歳。娘は17歳の若さで逝った。

治療方法のない難病で、生まれた瞬間から
まるで時限爆弾を抱えているように、30年とその肉体は持たない一族だった。

もう一度、妻に。
もう一度、娘に。

3人で暖かな食卓を囲み、幸せな家庭の再現を夢見て、男は狂った。




一つなぎの大秘宝を求めて、今日も麦わらの一味は
羊頭の船を操り、偉大なる航路を往く。

「おかしいわね。」次の島へと導く筈のログホースを見ながら
ナミが眉間を寄せた。

その側で、望遠鏡を覗いていたサンジが その不服そうなナミの声に頷いて。
「確かに。この海図だと、次の島まであと3日はかかるはずなのに。」と
答える。

「航路を間違ったって事はないわ。ログはちゃんとあの島を指してるもの。」
サンジは双眼鏡から目を離してナミの腕にはめられているログをチラ、と見る。

「ナミさんの手首って魅力的だ♪」
「だから、なによ。」

二人は見張り台の上にいる。
無風状態で、帆船であるゴーイングメリー号は今、
人間離れした、サンジ以外の野郎連中が 大きなオールを使って漕いでいるのだ。

「俺もそのログホースになりてえなあ、なんて。」と
サンジが甘えるように言うと、
「なってもいいけど、ゾロやウソップの腕にも巻かれる時もあるけどいいのかしら?」と
バカにしたような答えが返って来た。

「で、おかしいでしょ?ここ2日ほど 無風状態が続いてたのよ。」
海図を見たり、航路を確認するのは言わずと知れた
ナミの仕事だが、海上レストランで育ったサンジも
ナミには敵わないが それなりの航海術は身に着けている。

他の男連中よりはかなり ナミの専門知識交じりの会話についてくるし、
最終判断はルフィに委ねるとしても、選択肢を決定する時、
ナミが自分の考えを言葉にして一度 メモ代わりにサンジに聞かせておく。

ケスチアにかかった時、船の進路が心配で安心して寝ていられなかった。
その時の経験から、もしも体調を崩したりしても、今なら
サンジがナミの代行する。


「予定なら3日っつっても、それは風が順調だった時の事でしょ?」と
サンジはすぐに脱線した話しを元に戻してナミの言葉に相槌を打ち、
「それなら、少なくとも予定より1日半は遅れてる筈だから、
「このログの島にはあと4日から5日はかかる計算になりますね。」と言い、
もう一度 双眼鏡を覗いた。

「でも、あの島に着いちまいますね、どうします?」
「寄るか、寄らないかは、キャプテンに聞かなきゃね。」



「島だ〜〜〜〜。」


寄らない、などという訳がなかった。

その島がはっきりと肉眼で見える頃、船長に替わって
サンジがオールを握り、航海士と船長が甲板でどんどん近づいてくる
その島を眺めていた。

「・・・変な島ね。」徐々にはっきりと見えてくるその島の海岸は
びっしりと鉄屑で覆われている。
砂浜や岸壁ではない。

だが、鉄屑がある、と言うことは人間が住んでいる事に他ならない。

「ナミ、なんか、ず〜〜〜っと鉄のゴミが転がってるぞ。」とルフィは
額に手を翳して島のさらに奥を見ようと船首の羊の飾りの上で伸び上がった。

「危ないから止めなさいよ。・・・どうする?つまないかもよ。」

ただの鉄の廃棄所かもしれない、とナミは思った。
けど、ちょっと待って。

それに混じって、もしかしたらすごく価値のある金属も落ちてないかしら。
・ ・・・例えば、金とか。

「寄る、寄るわよね、ルフィ?!」
「当たり前だあ、あんな面白そうな島、素どおりなんて出来ねえって!」

一瞬、ナミはその島に寄ることを「面倒ね」と思ったのだ。
けれど、「金が落ちているかも」と言う
自分自身の考えに思わず、ルフィに少し、舞い上がった声を出してしまった。


ルフィはその鉄屑で遊ぶつもりだったので、ナミとルフィの目的には
全く接点がないのだけれど、「テツクズ島に上陸する」と言う目的だけは
一致した。


「なんせ、鉄なんだから滅多やたらに拾ってきても船には積めないわよ。適当にね。」と
ウソップとルフィに言い、ナミはチョッパーをつれて
さっそく 金探しに出掛けた。

鉄くずばかりの島にコックのサンジは全く興味がない。
ちょうど、昼食も済んだ頃合だったので、その後片付けをしながら
船番をする事にした。

ゾロは連日、オールを漕がされてさすがに 疲れたのか
ダンベルを振りまわさず、甲板で昼寝をしている。

「・・・つまんねえ島。」サンジは洗い物をしながら窓から見える風景を見て呟いた。

これだけの鉄屑で覆われているのだから、絶対に鉄の破棄所だと思う。
賑やかな市場もないし、誰もいないに決まってる。

可愛いレディなんか、絶対にいないだろう。
出会えるとしたら、この島に鉄屑を捨てに来る、廃棄物をあつかう
むさい男くらいだ。

「・・・つまんねえ所だな。」と言葉を変えてまた呟く。

外に出てみれば、初夏の陽気を思わせる天候だ。

「取りあえず、泳ぐか。」
甲板から海を覗くと、海の底が見えるほど綺麗な水で、
結構な深さもある事から、サンジは時間つぶしに
船の周りで泳ぐ事にした。

風もないし、波も穏やかだ。

サンジは、するするとシャツを脱ぎ、スラックスも脱ぐと
甲板から海に向かって飛びこんだ。


昼寝をしていたゾロがその音で目を覚ました。

音のした方へとあくびをしながら歩いて行くと
サンジが気持ち良さそうに泳いでいる。

(・・・海が似合う男だな。)とその姿を見てつくづく思った。



ルフィとウソップはナミが見たら 「なんなの、そのガラクタは!」と怒りそうな
鉄屑をガラガラと引き摺りながら島の中心に向かって歩いた。

「あれ?」と前方を見てウソップが驚いた声を上げる。
だだっ広い土地に、鉄屑が敷き詰められたように見えるほど大量に放置されている。
良く見ると、刃物ですっぱりと斬られているような切り口で
破壊された物が殆どだった。

上のものを退けると錆びた鉄屑が次々と出てきて、地面を拝む事は出来ない。

何もないが、視界はいい。
そんなところでウソップは 仲間の姿を見つけた。

「おおい!」と大声を上げて、その仲間の男の名前を呼んだ。


「チョッパー、これっぽっちなの?」とナミは鉄の残骸に
わずかに光る金を見て チョッパーに あからさまなほどの落胆を見せた。

「こんなところに金塊が落ちてると思うほうがおかしいよ。」とナミの
文句に不満げな声でチョッパーは言い返す。

ナミ達は、海岸沿いを歩いていた。
チョッパーはナミの探す金の匂いを嗅ぎ取ろうと地面に鼻を擦りつけ、
しきりに蠢かした。

「ん?この匂い・・・?」
チョッパーの鼻腔にも、仲間の男の匂いが流れこみ、すぐ側にいると
思って首を持ち上げた。

ナミがその男の名前を呼ぶ。

「ゾロ!」


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