無愛想なカバだった。
愛想のいいカバ、と言うのも図体が大きいだけに迷惑だろうが、
足を挟んでいる鉄屑が退けられた途端、
二人に一瞥もくれず、のそのそと歩き出した。

無愛想加減が、妙にゾロに似ていて、サンジは煙草を咥えたまま、
自分の感じたその印象に思わず 口角を吊り上げる。

ゾロの方も、全く同じ事を考えていて、無愛想なカバに
やはり男には 無愛想なサンジの姿を重ね合わせて 
サンジと同じような表情を浮かべて笑った。

「何笑ってんだよ。」と先にサンジの方がゾロの不遜な笑みを咎める。
「別に。あのカバ、俺の知り合いに良く似てるな、と思ってよ。」と
ゾロは暗に おまえの事だよ、と言う言葉をこめたまなざしと
口調でサンジに答える。

「そうか。俺もあのカバに似た、知り合いを知ってるぞ。」と
サンジも同じ言葉をこめて言い返す。

「感じの悪い奴だな、そいつ。誰の事だ。」
ゾロは空惚ける。それなら、サンジも同じように惚けて見せる。

「お前の知り合いってのこそ、誰の事だよ。そんな感じの悪イ奴、俺は
一人しか知らねえけどなあ。他にいるのか。」
サンジは、煙草を口に咥えたまま、皮肉たっぷりに尋ねる。

そんな言葉のじゃれ合いをしながら 二人はゆっくりとした歩調で歩く
カバを追い掛けた。



その頃、背中に背負ったナミの指示どおりに進むルフィの前にも、
どこまで続いているのか 判らない長い鉄屑で覆われた道があった。

「あれ、見て、ルフィ。」ナミが前方を指差す。
窓が全くなく、太陽の光を反射するほど凹凸のない壁で覆われた
無機質な建物が建っている。

けれど、その建物の周りにだけ鉄屑がなく、土が剥き出しになっているどころか、
家庭菜園らしき ささやかな畑と果物の樹が植えられ、
花壇まで設えてあり、そこにはよく手入れされているらしい花が咲き乱れている。

鉄屑だらけの一角に 恐ろしいほどの違和感を漂わせ、
本来なら 心和ます筈のその風景が不気味な物とナミに感じさせた。

「美味そうな果物が一杯なってるぞ、ナミ!」

振りかえったルフィの顔が輝いている。
ナミは、その鈍感さに溜息と苦笑を漏らした。

「あんたね。おかしいと思わないの?いきなり、あんな和み系の空間があるなんて
気味が悪いじゃないの。」といいながら、
伸び上がってその建物の様子を遠目から伺った。

誰かが、畑の手入れをしているようだ。

ナミは当然、かなり目がいい。
その大きな黒い瞳が大きく見開かれ、意外な人間が 土塊を弄くっているのに
驚きの声を上げた。

「あいつ、こんなところで一体何やってんのかしら?」

かなり遠くからの声だった筈なのに、ルフィとナミの視線を感じたのか、
その男は ゆっくりと二人のほうへ顔を向けた。

ルフィもさすがに目を丸くして その男の名前を確認するかのように叫んだ。
ナミとルフィの声と口調がまるっきり 重なった。


「「ゾロ??!!」」。



カバが鉄屑の山を進む。
その進行方向にようやく、人の姿をゾロとサンジは確認した。

「おおっ♪。」
サンジの瞳が見事にラブマークモードに切り替わる。

無愛想なカバが歩みより、かと言って、別に再会を喜ぶでもなく、
相変らず無愛想なままで その飼い主の側に座りこんだ。

紫の髪、紫の瞳、白い肌、すらりとした四肢。
ナミと張り合う美少女がカバの頭を軽く撫でた。

「こんな鉄屑だらけの島にあなたのような女神がいるなんて、
信じられない海の奇跡に僕の心は 喜びに満ちています。」

また、始った、とゾロは溜息をついた。
こうなると ゾロの事などまるで眼中にない。
さっさとどっかに行け、といわんばかりに 一瞬、そう言う気持ちを込めた
渋い顔を向けるだけで 黙殺される。

サンジの短所は数え切れないほどあるが、この瞬間が一番 頭に来る。

が、そんなゾロにはお構いなく、サンジは口から流れるように
その少女に対する 称賛の言葉を出し、
なんとか、彼女の笑顔を引き出そうとする。

馬鹿馬鹿しい、やってられねえや、とゾロが背を向けて
別行動を取るべく 歩き出した時、
少女が口を開いた。その言葉でゾロの足が止まる。

「待っていました、サンジ。」
「そして、ロロノア。」

「私は、ヒワ、といいます。貴方達の力が借りたくて、この島に呼び寄せました。」
明らかに自分たちよりも年下の少女に呼び捨てにされた不快さよりも、
彼女の言葉の意味の方が二人の興味をそそった。




真っ赤な腹巻をしているその男は その男らしい、緩慢だが
油断のない足取りでルフィとナミに近づいて来た。

「ルフィ。ナミ。」

当然のように、名前を呼ばれ、ルフィとナミは顔を見合わせる。

「おめえ、ゾロじゃねえな。」
ルフィの動物的な勘がその男がゾロではないと教え、ルフィを警戒させた。
今でこそ、「ボンちゃん」などと言って 友達になったけれど、
彼以外のものであるなら、
姿を模して 相手を油断させると言う姑息な手段を取る相手なら、
ルフィは 警戒する。

ゼフの姿を模して、サンジを陥れた男の例もある。
ルフィらしくない険しい表情で そのゾロを眺めた。

「ああ、俺はロロノア・ゾロじゃない。」

ゾロの体、ゾロの声、ゾロの仕草、胸の傷まである、ナミの目には
ゾロにしか見えない その男はあっさりと 自分がゾロのニセものだと
認めた。

「じゃあ、なんだ。」ルフィは相手の動向を探るような 繊細な心理戦など
必要としない。単刀直入にその男の正体を尋ねた。

「話すより、まず、見てくれ。おまえより、ナミの方が理解できるだろう。」と言うと、
背を向け、ついてくるようにと目で二人を誘う。

「・・・ついて来いって。」とルフィはなんの躊躇いもなく
その男の後について行こうとした。

背負われたままのナミが慌てて、ルフィの耳を力任せに引っ張る。
当然、それは思いきり伸びた。

「あんた、あんな得体の知れない奴の言うこと聞いて、のこのこ付いてくつもりなの?」
「なんかの罠だったらどうするのよっ?」ときつい口調でルフィを叱る。

だが、ルフィは、平然としていた。
ニセものだ、と潔く認めた。ゾロの偽物には違いないが、
その雰囲気が限りなく 本物に近い。

だから、
「だって、ゾロだぞ?」と突飛な答えでナミを一瞬、絶句させた。

「あんた、さっき偽物だって言ってたの、聞いてたでしょ?」とナミは
ヒステリックに叫んだ。

「だから、ゾロに凄く近いんだ、こいつ。だから、俺達を騙したり、危害を加えたり しないって。・・・・多分。」

言い出したら聞かないルフィの性格は ナミは良く知っている。
だが、それで窮地を脱した事も数え切れないくらいにある。
だから、反論したい事は山ほどあるが、やっぱり ルフィを信じる。
それが一番、安全な方法だと経験がナミの首を縦に振らせた。



「ヒワさん・・・?ヒワちゃん・・・?俺達を待ってたって言うのは「一体どう言う意味ですか?」

呼び捨てにされようと サンジは構うことなく 少女に丁寧な言葉でその訳を尋ねた。

「父に命を狙われています。私を守れるのは、ロロノア、あなたしかいない。」

優しげに見える、ヒワの瞳の奥に冷たい光りが宿った。
「そして、ロロノアを動かすには、貴方が必要なの。サンジ。」


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