「なあ、退屈だし、腹が減った。」
チョッパーは、船の上でウソップと二人、別に何をする、と言うこともなく、
仲間が戻ってくる時間をただ、ボンヤリと待っていた。
二人とも、小心者ではあるけれど、それでも、チョッパーの方は
まだ、ウソップよりは好奇心が旺盛な方だ。
ウソップは、と言うと昨日拾ってきた鉄屑で何やら 道具を作ろうとしているところだったのだが、
どうにも上手く行かないらしく、チョッパーの言葉に反応した。
「ああ〜、サンジの作った弁当、さっき食っちまったし、確かに小腹空いたよな。」と
相槌を打つ。
そして、手に持っていた作りかけの作品を放りだし、立ちあがった。
「気分転換に魚釣りでもすっか。」
「しよう、しよう!」とチョッパーもその思いつきに賛成し、
格納庫へ釣竿と取りに行った。
小腹がすいたからと言って、食料を勝手に食べたら後で 流血沙汰のお仕置きが待っている。
それなら、自分たちで魚を釣るなり、貝を取るなりして 食べた方がいいし、
何より 楽しい。
二人は、船からさほど離れていない場所の岩場で
ウソップは貝を取り、チョッパーは、人型になって遠くへ釣り糸を投げる、
やや大物狙いの釣りに興じた。
一時間もして、バケツ一杯の貝を取ったウソップが、なかなか釣果の上がらない
チョッパーをからかっていると、
唐突にチョッパーが真剣な顔をして、鼻と耳を蠢かした。
「誰かが、ヨタヨタ走ってくる。」
そう言うと、風下の方へと顔を向けた。
ウソップも チョッパーの視線の方へと目を向けて、耳をすませてみた。
チョッパーは釣竿を砂浜に置いて、自分の耳と鼻が捕らえたその気配の方向へと
トナカイの姿になって駆け出す。
鉄屑が転がっている足場の悪い砂浜を走るのなら、人型よりもトナカイ型の方が
適していると思ったからだ。
その後ろにウソップも続いた。
背のあまり高くない、真っ白な頭髪の老人が足取りもおぼつかない様子で
砂浜を歩いている。
チョッパーとウソップは同時に目をむき、大声を上げた。
老人の後ろから 刀を抜き身にし、ゆっくりと老人を追い詰めるように歩いているのは、
「ゾロ!」だった。
が、チョッパーとウソップが驚いたのは それだけではない。
黒い手ぬぐいを頭に巻き、目つきに感情の篭らない、不気味なほどの静かなゾロが。
砂浜に力尽きたようにうずくまった老人を取り巻いた。
立ちはだかったのではない。
取り巻いたのだ。
そう。
黒手ぬぐいを頭に巻いたゾロは一人ではなく、4人、いるのだ。
ウソップとチョッパーが自分の眼を疑うのも無理はない。
「ゾロが4人いる???。」
二人の気配を察したのか、そのうち、水色の腹巻をしていたゾロの一人が
ウソップの声に気が付いた。
他の三人も一斉に チョッパーをウソップの方へ顔を向けた。
8つの緑の瞳に射すくめられ、二人とも震えあがる。
「逃げろ、よくわかんねえけど、やべえぞ、あいつらっ。」とウソップはすぐに
走り出そうとした。チョッパーも頷いてウソップに続こうとした。
が、チョッパーは、砂浜に倒れこんだ老人に、ゾロが・・・紫の腹まきをしたゾロが
刀を付きつけているのを目の端で捉え、踵を返した。
「おい、チョッパー!」慌てて ウソップが呼びとめるがチョッパーの足は止まらず、
トナカイの姿のまま、紫腹巻のゾロに体当たりをしようと足場の悪さをものともせず、
力強く砂を蹴った。
が、チョッパーとウソップの二人では、ロロノア・ゾロの集団にかなう筈もなく、
一撃で殴り飛ばされ、意識を失ったところを老人と一緒に縛り上げられ、
どこへともなく、連れ去られて行った。
「私の言う事を聞いてくれれば、サンジに危害は与えないわ。」
ヒワは絶えず、笑顔を浮かべている。
サンジは今は痛みを感じないらしく、黙って彼女を見つめていた。
「魔獣って、どういうこった。」
ゾロは低く 静かな、けれど並の人間が聞けば 竦みあがるような声で
ヒワの言葉尻を捉えた。
「魔獣は魔獣よ。とてつもなく強いの。鉄さえ斬れる無敵の剣士よ。」
ヒワは自分の長い髪を指でもてあそびながら答える。
「付いて来てちょうだい。」というが否や、さっきのカバの背に飛び乗る。
ゾロはこんな 小娘の言う事を大人しく聞くのは我慢ならなかった。
サンジもゾロの気持ちは充分にわかるが、
自分の体に与えられる 外傷のない拷問を逃れる事よりも、
ヒワの不思議な言葉に興味をそそられた。
昨夜、みんなが言ってたカラフルな腹巻のゾロの正体を知るチャンスかもしれない。
「ゾロ。行って見ようぜ。」
そう声をかけてきたサンジの眼差しは 痛みから逃れる為にゾロに縋っているものとは
全く違う、
新しい島に着いて、冒険だ、探検だと騒ぐルフィの瞳の輝きに似た光りが宿っていた。
(面倒な事になっても知らネエぞ。)とゾロは溜息をつきつつ、
その目に頷いて、カバの背に乗ったヒワの後に続く事にした。
二人は並んで歩きながら ヒワに聞こえないように言葉を交わす。
「なんだよ。なんで、大人しくあんなガキの言う事なんか聞かなきゃならねえんだよ。」と
ゾロは不満げにサンジに囁く。
「なんか、訳があんだよ。」とサンジも同じ声の低さで答える。
「そんな事、俺らの知ったこっちゃネエだろうが。」と尚も言い募ると、
「面白そうじゃネエか。もしかしたら。」サンジは さっきまでのた打ち回っていたとは
思えないほどの生き生きとした表情で、
「お前自身で、お前の力量を測れる、滅多にネエチャンスかもしれねえ。」と応える。
「そんな事はどうでもいい。俺は人に利用されるのが我慢ならねえんだよ。」
やがて、二人がヒワに誘われれて辿りついたのは 鉄屑で覆われた山の斜面を抉って
作った階段を降り、地面の中に埋め込んだ強大な鉄の箱状の部屋だった。
刀を取り上げられたゾロには鉄の扉を破る術はない。
何がなんだか良くわからないままに、ゾロとサンジは拉致されてしまったのである。
「で、お前を作った ドクタークロなんとかって奴はどこにいるんだ。」
ルフィは ナミとR−1の話しに判る範囲で加わって、
それでも 一番重要な事を尋ねる。
「H−20が何処かへ隠している。ドクターも年だ。長い監禁生活は身体に良くない。」と
R−1は 常に無駄な言葉を話さず、簡素に、判りやすく
二人の質問に答えていた。
「どうして?」
「H−20って、そのクロイツって人が作った、秘書のクローンなんでしょ?大人しくて、なんでも言う事を聞くんでしょう?」とナミが新しい疑問を投げると、
R−1は、
「それは、俺にもわからないんだ。どういう理由でドクターをさらったのか・・・。」と
申し訳なさそうに応える。
「よし!なんだか わかんねえけどゾロっぽいのが困ってるんだったら力になるぞ!」
そう言って、ルフィは豪快に笑う。
「チョッパーなら、匂いで手がかりでも判るかもしれないわ。」とナミが言い出し、
ルフィ、ナミ、R−1は ゴーイングメリー号が停泊している海岸へ向かった。
その途中、R−1はルフィには気がつかれないように ナミに小声で
「・・・サンジって、どんな奴なんだ?」と聞いて来た。
ルフィとナミを知っていたのだから、サンジの事も当然、知っていると思っていたナミは
多少、驚いたが、すぐににっこりと微笑んで、
「あら、サンジ君の事なら 誰よりもよく知ってるはずでしょう?」
「ゾロのクローンなんだもの。」とからかうと
R−1は 顔をやや赤らめながら、「もう、いい。」と顔を顰め、そして背ける。
そして、鉄屑だらけの坂道で、ロロノア・ゾロの集団と鉢合わせしたのだった。
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