「・・・俺が死ねば、そいつは助けてくれるんだな。」
H−20に向かって R−1は真っ直ぐな視線を向けて、
躊躇いのない口調で 事も無げに重大な交換条件を口にした。
「察しがいいわね。そうしてくれる?」
H−20も平然といい返す。
次の瞬間、R−1は 刀を鞘ごと腰から引きぬき、地面に突き刺した。
一連の動作には澱みがなく、迷いもない。
流れるような素早い動きだった。
地面に空へ刃先を向けた刀の鞘を引きぬいて、
ぐっと 左胸を押し当てる。
「アールワン!!」ルフィの驚愕の声と、高い金属音がなるのが
殆ど同時だった。
R−1の刀が日の光を受け、銀色に煌きながら
鉄屑で敷き詰められた地面を滑る。
和道一文字が地面に突き立てられた白刃を弾き飛ばしたのだ。
「・・・やっぱり、まがい物だよ。お前は。」
ゾロは 呆然としているR−1を見下すような目つきをして、
心底 蔑むような声音で R−1の短絡的な行動を責めた。
「あいつの為にてめえの命をてめえで断って見ろ。」
「そんな事したら、馬鹿みてエに義理堅いあいつが
自分の不甲斐なさをどれだけ責めるか、わからねえみたいだな。」
「サンジが殺されてもいいのか。ロロノア。」
同じ声、同じ顔だが、篭った迫力に歴然とした差が明確になった。
ゾロを悔しそうに見上げるR−1は、すでにゾロのクローンではなく、
一個の人格を持った 別の人間に ルフィにも、ウソップにも見えたのだ。
「あいつが死ぬほどの苦しみを味わってるのを平気で見ていられるのか。」
ゾロに気圧されながらも、R−1は徐々に気迫を取り戻しつつ、
自分の行動を責めるゾロへ 激しい口調で異論をぶつける。
どうして、はじめて会ったサンジを 守るために命を投げ出しても
惜しくない気持ちになったのか、R−1自身にも判らなかった。
そうすることが正しいとか、間違っているとか、
そんな理屈は不必要だ。
守らなければ。
サンジを苦しませるものから、サンジを守る。
R−1の意識を超えた声が身体の中から突き上げてきて、
当たり前のように、自分の武器である刀で
自分の心臓を一刺しにする決意をするのに、殆ど何も考えなかった。
「あいつのこと、なんにも判ってネエ癖に生意気なんだよ。」
「そんな奴があいつの為に命を賭けるなんて、100万年早エ。」
ゾロのその言葉に、R−1はうつむいて、
地面の一点を睨みつけるような表情のまま、黙りこんだ。
ゾロはウソップの腕の中で 悶絶するサンジを横目で見た。
「これくらいの痛みに耐えられない奴じゃない。」
「そうかしら?」
二人の会話を 面白くなさそうに聞いていたH−20が冷酷な光を
瞳に宿して、落ちついた声で会話に割って入ってきた。
「どうしても、言う事を聞いてくれないのね。いいわ。」
「だったら、サンジを本当に殺してしまうから。」
「心臓を止めるくらい、訳もない事よ。」
ウソップ君、この銃は二つの使い道がある。
一つは、普通の銃としての機能だ。
もう一つは、ある電波を遮るジャマーの役割も果たす。
もしも、H−20が君達に危害を与えるようなことがあれば、
この 赤いスイッチを押せば、
その電波を拡散する事が出来、その攻撃は無効化する。
ここに来る前、クロイツはウソップに銃の取り扱い方を説明していた。
単純な操作だし、これくらいの銃が扱えなくては、
海賊の狙撃手は務まらない。
ウソップはサンジの身体から一旦腕を放して、銃を構えた。
当然、音が出るわけではない。
効果があるのか、ないのか、さっぱりわからない。
が、サンジを見つめているH−20の表情が強張っていることで、
心臓を止めようとする音波を遮っている事がわかった。
「・・パパの道具ね。」
H―20は悔しそうに顔を歪める。
サンジは、深い闇が一瞬で光に照らされ、重すぎて持ち上げられなかった
瞼がごく自然に開くのに任せて 意識を取り戻した。
当然、今の状況がどうなっているのか、全くわからない。
「気がついたか、サンジ!」
ルフィがサンジに駆寄る。
ゾロとR−1も ルフィの声に反応してサンジの方へと
同時に視線を向けた。
目の前にゾロ。
そして、ゾロ。
視界の中には、三人のゾロ。
ウソップとルフィ、そして、ヒユ。
その頃、クロイツも、チョッパーの背中にまたがって
H−20が指定して来た場所へ急いでいた。
事の発端は全てクロイツの 亡き妻と娘への狂った愛情ゆえの発明からだ。
それから発展した騒動に、身も知らない海賊を巻き込んで、
平然と顛末を傍観するなどと 無責任な事をするつもりは
全くなかった。
その隣でナミも息を切らせて小走りでそれに続く。
「・・・ヒユは17歳、妻は23歳で死んだ。」
二人とも、遺伝子が持つ、独特の病で クロイツに愛を、
悲しみを植え付けて 彼の元から永遠に去ったのだ。
「今のH−20の肉体年齢は17歳。ヒユが死んだ歳になってる筈」
クロイツの技術を持ってしても、その病は克服出来なかった。
「じゃあ、そのH−20も。」
チョッパーは 背中のクロイツを振り向き、言葉短く尋ねた。
クロイツはチョッパーの言葉に頷いた。
「もうすぐ、寿命が尽きる筈だ。」
「ヒワちゃん。」
憎憎しげな眼差しを もう、隠すこともせず、
自分の攻撃も、作戦もことごとく 首尾良くいかない苛立ちを
黙ったまま 立ち竦んでいるH−20にサンジが
穏やかな声で話し掛ける。
左胸の奥に鈍い痛みが走った。
それ以上の言葉は言わず、ただ、サンジは 微笑んだ。
拗ねて、ひねくれて、反抗して、溝が出来て、
それを埋めたくて足掻く内に もっと溝が深くなる。
そのやりきれなさ、
俺にはよく判るよ。
蒼い瞳は H−20の、ヒユの肉体を持つ、愛が欲しくて
地団太を踏む少女の心に語り掛ける。
それは 感情と言う、言葉よりももっと多くの心理的情報を
伝達する、人間独特の性能だった。
「あんたなんて、大嫌いよ。」
H−20は 蒼く温かい海の波に飲まれる事を拒み、荒い言葉で
一瞬 沁み込んだサンジの優しさを弾き飛ばした。
「R−7、R−1を殺してっ。解毒剤がなければ、サンジは
あと、10分ほどで死ぬんだから。」
その言葉に 無表情のままのR−7が刀を抜いた。
ゾロとR−1は、その攻撃に対抗すべく、身構える。
だが。
「なにやってるの・・・?」
その命を下した、H−20へ R−7は刃先を向けた。
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