揺すっても、頬を叩いても、サンジは目を覚まさない。
「無駄よ。サンジの意識に関わりなく眠らせているんだもの。」
「「R−1」を倒してくれたら、すぐに目を覚まさせてあげるし、
船も出させてあげるわ。どっちにしろ、ログはめちゃくちゃで
私の言う事を聞かなきゃ、この島から出る事さえ出来ないわ。」
ヒユの後にゾロは異様な気配を感じて、視線を向けた。
それに気がついたヒワがほくそ笑む。
「どう?私の作ったロロノア・ゾロよ。よく出来ているでしょう?」
なんなんだ、これは。
ゾロはそう ヒワに尋ねたところでまともな答えが帰ってこないだろうと思い、
その言葉を飲みこみ、ただ、ヒワと不気味に佇む 数人の自分自身を
睨みつけた。
「・・・でも、オリジナルのあなたよりも全然弱いのよ。戦闘に関する
データが足りないからかもしれない。」
ヒワは魔獣と呼ばれるゾロの眼差しを受けても動じなかった。
「これは、R−7。」
「アールセブン、だと?」
ヒワはまず、一番近くにいた、山吹色の腹巻をしたゾロの腰に手を回した。
「そう。彼は7人目のあなたって事。ロロノアの7人目って意味で、
R−7って言う訳。」
「R−1って言うのは、つまり、」
「ロロノアの1人目、つまりあなたに限りなく近い、一号の事よ。」
低い声でゾロはさらにヒワに 噛み付くような視線を投げる。
「話が違うじゃネエか。お前はパパがどうのって言ってたろ。」
「てめえが作った俺の偽もんにどういう訳がしらねえが命を狙われてるだけだろう。」
「違うわ。R−1はパパが作ったの。本当に良く出来てるのよ。」
「R−1には、何人もの R・タイプが殺されたの。」
どちらが正しいとか、ゾロはどうでも良かった。
ヒワの話しだけ聞いていると 正当防衛のようにも聞こえるが、
その手段に関しては 決して潔いやり方だとは思えない。
それに。
どう言う目的で自分の偽物を大量に作ろうとしたのか、
判らない事が多過ぎて、助太刀する気はさらさら起きなかった。
サンジを人質に取られている。
無事に返してくれる保証などない。
ヒワには ゾロを信用させる要素が何もないのだ。
もしも、ヒユの言うとおり、その「R−1」が自分の力量に
肉薄しているのなら、こんな気持ちで闘って勝てる筈などないと思った。
「・・・訳を全部話せば考えてやる。そのコック一人を人質に取っただけで
俺を自由に操れると思うな。」
本当にゾロの力を必要としているのなら サンジを苦しめる事はあっても、
決して命を奪うような事はない、とゾロは予想した。
自分の意志でのみ、刃を奮う。
邪な他人の意図で刀を抜くことは 剣士としての誇りが許さない。
それは 充分、サンジも判っている筈だ。
どんなに苦しい目にあっても、ゾロにヒワの条件を飲めとは絶対に 口にしない。
「・・・頑固なのね。いいわ。私が話さなくても、その気にさせてあげるから。」
ヒワはポケットから小さなカプセルを取り出した。
それを白い掌で弄ぶように開くと、中から 大きな羽音の虫が数匹 飛出す。
「・・・これも私がクローンしたの。遅効性の毒がある蜂でね。」
虫は、迷う事もなく、さ迷うこともなく、攻撃相手に真っ直ぐに向かっていくように、
ゾロの目にも映らないほどの早さでサンジに近づいて行った。
「生物兵器に使えると思って開発したんだけど、パパに怒られたの。」
ゾロが慌てて手でその虫を払いのけても、虫の動きに追いつくことが出来ず、
サンジの肌に取りついた。
「ただ、一度刺したら死ぬのよ。・・・その虫が死んだって事は、標的に毒を注入できた証拠なの。」と言い、サンジの襟元に無造作に
転がった、不気味に鮮やかな虫の屍骸を見て、
さも、面白い物を見たかのような表情を浮かべた。
「てめえっ・・・。」その表情を見て、ゾロの血が怒りで熱くなる。
こんな少女に本気で殺意を感じたのは 初めてだった。
「毒が全身に回るのは4時間後。心配しないで、苦しまないで死ぬから。」
「心臓が徐々に固まって行くの。」
「刀を寄越せ。」
ゾロは 搾り出すような声を出した。
「望みどおりにR−1を斬って来てやる」
その頃。
ゴーイングメリー号の側に、のっそりとカバがあゆみよっていた。
カバはザブザブと海に入っていき、ゴーイングメリー号のすぐ側まで
泳いで行くと 大きな鳴き声を上げた。
「・・・R−1を何かが呼んでる。」
クローンの体というのは、肉体の再生力が凄まじく早く、
さっきの怪我はもう、跡形もなく、消えていた。
その代わり、胸にはゾロと同じ場所に、同じような傷跡が出来た。
チョッパーが訝しげな表情で耳を済ます。
そして、その珍客の到来をそこにいる全員に告げた。
全員がチョッパーの後に続いて、船の上から海を覗きこむ。
そこには、海には全く不似合いの、水棲の愚鈍な動物が上を見上げて吠えていた。
その声をチョッパーは黙って聞いていたが、いきなり 船べりに足をかけると、
人型に変身しながら そのカバの背中に降り立った。
「?」カバの背中の鞍に、何か、金属で出来た掌に乗るほど小さな
筒が乗せられているのを目ざとく見つけた。
宛名も、差出人もない。
「なんだろう、これ。」
一時間も経たず、ルフィとウソップはそのカバの背に乗り、鉄屑で敷き詰められた道を、R−1の先導で進んでいた。
ルフィは、顔を伏せ、眼を閉じて ナミが簡単に説明してくれた事を
なんとか理解しようと考えこんでいた。
ウソップは、遠隔攻撃出来るようにとドクタークロイツの家から
見たこともない武器を借りて、その調整をしている。
「いい?ゾロのニセモノが人殺しの道具として売られれるの。」
「そんな事は許せねえっ。」
ナミの説明はそれだけですんだ。
それだけで善悪の判断をしたのだが、それ以降の話しがルフィには
サッパリ判らない。
だが。
チョッパーがカバから持って来た筒を開くと、鈴の音のような
少女の声が聞こえて来た。
「パパ。本物のロロノア・ゾロの力と、R−1の力、どちらが
優れていると思う?私は、彼らの戦闘力の違いにとても興味があるの。
詳しいデータを取る事が出来たら、きっと、もっともっと強いクローンを
作る事が出来るでしょう?
だから、二人を闘わせたいと思います。
そちらの動きは全て把握していますから、妙な動きは見せない方がいいわ。
私の言う事を聞いてくれなかったら、麦わらの一味のコックが死にます。
私の作った、クローンの毒蜂の毒の効果が現われるのは今から4時間後です。
それまでに解毒剤をR−1に持たせて、指定した場所に寄越して下さい。」
どう言う事だ?
サンジが死ぬ?
毒蜂?
データ??
ルフィは、カバの背中に乗ったまま、
散らばって 繋ぎ合わせられない言葉と
自分の目で見て来た事態を思い出しながら 頭を捻っていた。
ゾロ同士を闘わせたって、ゾロが勝つに決まっている。
そうなると、
ルフィははっと目を開いた。
ゾロと闘ってゾロが勝つ、と言うことは
この目の前の赤い腹巻のゾロは命を落とすと言う事になる。
ゾロとは違う、けれど、ゾロっぽい、
限りなく ゾロっぽいと感じる R−1が死ぬのは
(嫌だ。)と思った。
そして、自分の大事な仲間を 脅しの材料にして命を脅かす
「H−20」が許せなかった。
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