「妙な真似をしたら、サンジの心臓を止めるわよ。」
「何度も言わなくても判ってる。」
鉄屑の山を上りながら ゾロは前だけを向き、
ヒユの言葉に苦々しく応える。
道すがら、黙って歩く、気まずい空気に居心地が悪いのか、
ヒユがゾロの背中へ声を掛けて来る。
それが癪に障って忌々しかった。
「・・・私がどうしてサンジの体を自由に出来るか、教えてあげましょうか。」
ゾロは目線だけをヒユに一瞬向けたが、
興味なさそうにまた 前を向いて歩き出す。
「・・・物質には、相性の悪い音波ってあるのよね。」
「それを複雑に使ったわけ。別にサンジだけに使えるわけじゃない。」
「あなたにだって使えたんだけど、そうなったら戦闘力が落ちちゃうでしょう?」
サンジは、さっき、ヒユがゾロに見せたクローンの一人、R−7の背中に
背負われて、微動だにしない。
今は余計な事を考えては行けない。
集中力を高めなければ、自分の分身に勝てない。
ゾロはヒユを黙殺し、ただ、目的地を目指して黙々と歩いた。
鉄屑で出来た、小高い丘の上に辿りつく。
「ゾロ!」
見覚えのあるカバの背中にはルフィがいて、
その隣には
かなり距離があるのに、一瞬 体中の毛が逆立つような感覚を
感じさせる男が立っていた。
きっと、向こうも同じだろう。
他の偽物達には感じなかった、ぞっとするほど 自分と纏う空気までが
転写された、彼が R−1だとすぐに判った。
「お前がH−20か!サンジを返せ!」
R−7がルフィの怒鳴り声に反応したかのようにサンジを
無表情のまま、荷物のように地面の上に投げ落とした。
「はじめまして、麦わらのルフィ。私はH−20じゃないわ。」
「ドクタークロイツの一人娘、ヒユよ。」
「お前はH−20、クロイツの娘ヒユの20人目のクローンだ。」
R−1が静かに口を開く。
その言葉に一瞬で ヒユが、いや H−20の形相が変わった。
「違うわっ。私はパパの娘よ!クローンなんかじゃないわっ。」
「私はあんたみたいな作り物なんかじゃないっ。」
R−1は黙って、H−20を見ていた。
その眼差しには 憐憫の情が含まれているのをゾロは見て取る。
他のクローン達は血の通わない人形のようなのに、
このR−1は人間らしい感情を持ち、温かな血もその体の中に
流れているのだと H−20に向けた表情でそれを察する事が出来た。
どんな暴挙をするか予測できないらしく、R−1はそれ以上
何も言わず、横合いから見れば、
H−20とにらみ合いをしているようにも見えた。
長い沈黙の後、R−1が意を決したかのように刀を抜いた。
「俺は、ドクタークロイツにお前の処分を命じられた。」
「俺の使命はロロノア・ゾロを倒すことじゃない。」
R−1にとれば、サンジの人質などなんの意味もないものだった。
彼にとって最も優先すべきは 生みの親でもあるクロイツであり、
彼の命令は絶対だった。
R−1は「苦しまずに、一瞬で済ませてやる。」
そう言うが否や、微塵の躊躇いもなく、H−20へと刃を向けた。
金属のぶつかる高い音がする。
ゾロはH−20を守るためではなく、反射的にその太刀筋を見て
体が動いた。
自分とそっくりなその動き、その衝撃を受けとめて、ほくそ笑む。
本気で相対するには持って来いの相手だと思った。
鍔迫り合いのジリジリと金属が擦れる音の中、
二人ともが あまりに現実離れした映像に 目が合った途端、
不敵に笑い合う。
次の瞬間、渾身の力を込めて相手を押し返し、距離をとった。
「俺は、お前の情報を全て入力されている。」
「全く同じ能力だ。だが、持久力とお前の動きを予測できる
判断力はお前の上を行く。」
R−1はこれ以上ないほどの冷静さを見せた。
だが、ゾロはその言葉を一蹴する。
「くだらねえ。」
サンジの拘束を解くためには、H−20の望むとおりに R−1を
倒さなくてはならない。
「俺は守りてエ奴を守るためにてめえを倒す。」
「御託を並べてる暇があったら、」
R−1の力は 自分と伯仲しているのは刀を合わせて改めて判った。
生きるか、死ぬかの激闘になるのは必至だ。
「・・・かかって来い。本物とまがい物の違いを充分に見せてやるぜ。」
「ゾロ!ダメだ、戦ったらどっちがか死ぬぞ!」
ルフィがカバから飛び降りてきて二人の間に割って入る。
そのルフィの背中をR−7が狙った。
が、そんなヌルい攻撃がルフィに通用する訳がない。
「こんにゃろう、ゾロの癖に背中を狙うなんて 失敬だな!」
振り向きざまに思いきり R−7の横っ面を張り飛ばす。
「「お前、邪魔なんだよっ。すっ込んでろ!」」
二人のゾロが同時にルフィを咎めた。
「それより、サンジに薬を飲ませるのが先だろ!」
ウソップが大型の銃のような物を肩に担いで怒鳴った。
ゾロとR−1の動きがその言葉で止まった。
「薬を寄越せよ。」ゾロは刀を納めた。
R−1も H−1を黙殺して、ゾロと同様に刀を鞘に納めた。
「・・・いや・・・そうしたいのはやまやまなんだが、それは出来ない。」
困惑した顔でR−1がそう言った瞬間、ウソップがサンジの異常に
気がつき、意識を取り戻そうと呼び掛ける声が二人の耳に入った。
「サンジっ。おいっ。」
ルフィとウソップはサンジを抱き起こすが、意識のないまま
額にびっしょりと脂汗をかき、頭を抱え込んで悶えている。
「勝手な事をしないで。誰が戦うのを止めろって言ったの?」
ヒユは 激しい怒りを体中で押さえこんでいるかのような
気配を漂わせていた。
「サンジっ!おいッ。サンジ、しっかりしろっ。」
どんなに大怪我をしても、呻き声一つ上げない男が
体を戦慄かせ、悲鳴をあげる。
ルフィが歯を食いしばり、H−20を射殺すような目つきで
みたが、H−20はその視線にさえ、全く怯まない。
「サンジが死んでもいいの?ロロノア・ゾロ。そいつを
倒さない限り、サンジは苦しみつづけるわよ!!」
威嚇するかのように激しい感情を露骨に見せるH−20に向かって、
なだめる様に、強い意志を込めた口調でR−1は静かに口を開いた。
「・・・俺が死ねば、そいつは助けてくれるんだな。」
トップページ 次のページ