1  2  3  4  5  6  7  8  9  10 11 番外編 




「仕方ないんだろうさ。そういう星の下に生まれちまったって事で」
「諦めてやるよ。」

男は、帽子の下に表情を誰からも隠すように、自嘲気味にそう呟いて、
場末の雑踏の中、歩き出した。

夜だと言うことだけは判る。
だが、男に取って時間などはどうでも良かった。

自分の未来などクソくらえ。
ただ、大事な者を二度と失いたくない、失いたくない、
だから、また、

返り血を浴びる腹を男は括る。


偶然、手にいれたログがその島を指し示した。
以前、一度だけ訪れた島、けれど、立ち寄ることさえなかったから、

景色を見て、麦わらの一味はそれと気がついた。

「あれ、ここって、」まず、気がついたのは当然、航海士のナミだった。

「そうよ、あのレースのゴールだった島よ、」とナミの隣で
前方の景色を眺めていたロビンが相槌を打つ。

上陸はしなかったけれど、見知った島だった。
だからと言って、油断した訳ではない。
決して用心深く行動したのではなかったけれど、軽はずみな行動ではなかった筈だ。

食料調達に、備品の整備に、賞金稼ぎに、といつもどおりにめいめいの仕事をこなして、
また、合流する時間に、

ナミとウソップは。
そして、それを探しに行ったロビンは、現れなかった。

「お前エならともなく、ロビンちゃんや、ナミさんが帰って来ないなんて、
絶対エ、何かあったんだ。」と落ち合う場所は、場末の酒場だった。
待ち合わせの時間を1時間も過ぎていないのに、
コックのサンジが、
酒場のテーブルで、立ったり、座ったり、何度も出入口へと視線を向けたり
落ち着きを無くし始める。

「女の買い物には時間が掛るんだって言ってたじゃないか、サンジ。」と
並んだ料理をまだ、食べ飽きることも無くガっついているチョッパーが
サンジの心配そうな顔を無邪気に見上げた。

「そうだけどよ。そう、金もねえって言ってたし」とサンジはチョッパーの言葉に
やや、上の空のような声で答えてまた、出入口へと目を向けた。

「だから、ネギって買ってるんだろ。」と目の前に数えるのが
面倒なほどのジョッキをズラリと並べたゾロが億劫そうにサンジの独り言に答える。

サンジはそのゾロの言葉など全く耳に入らなかったように、
「俺、ちょっと探してくる。」と立ち上がった。
「探すなら、俺が行くよ。」とチョッパーはサンジのシャツの裾を小さな蹄で
引っ張るが、
「食事が済むまではテーブルについてるもんだ、」と軽くサンジはそれを振り解いた。


ナミやウソップが寄り道するならともかく、ロビンがそれに付合っているとは思えない。
それならそうと、必ず、なんらかの連絡をしてくるだろうが、それがない、と言うのが、
サンジは気になったのだ。

賑やかだが、どこか、胡散臭い町。
血の匂いに鈍くなった者なら、住み易かろうが、そうでない者には、
危険な町を、サンジは仲間3人の姿を探して歩く。

「誰かを探しているのかい」

雑踏の中を歩いていて、サンジはいきなりそう声を掛けられた。
その声は至極、友好的で馴れ馴れしいが、背中に感じるのはその声に反して、
漲った殺気だ。

「レディ二人と鼻の長い宇宙人を」

立ち止まったけれども、振りかえらずにサンジは答える.
背中に、そのまま貫けばモロに心臓の位置になるその場所には先端の尖ったなにかが、押しつけられている。

「ここじゃ、禄に"話"、は出来ねえだろう。」
「何か知ってるんなら、教えてもらおうか。」

サンジは顔だけを僅かに斜めに傾けて、自分の背中に刃物を突き付けている男の顔を
確認する。

名前など名乗り合わなかったが、アナグマとその家族だった釜焚きの老爺と一緒に
いた、見知った男だった。

話、とサンジは言ったがここでは 暢気な会話の事を指しているのではない。
雑踏の中で、戦う訳にはいかない、然るべき場所で渉り合おう、と言っているのだ。

その男、シュライヤ・バスクードに先導されて、サンジは町外れの
廃屋が立ち並ぶ閑散とした場所へと足を運ぶ。

「色々都合があってな。」
シュライヤは周りに人気(ひとけ)がないのを目を左右に油断なく動かして
確認しつつ、サンジに向き直った。

「その、美女二人と宇宙人は俺が浚った。」
「悪イが、あんたも来てもらう。」

今夜の月は半月で、そう、見通しは悪くない。
朽ちかけている廃屋も、戦闘の舞台としては申し分ない。

「無事に返してくれるっつうんなら、同行するぜ。」
「が、そうじゃなさそうだ。」

サンジは咥えていた短い煙草を ペッと音がするほど乱暴に吐き出した。

代りに新しい煙草を咥えなおす.それも、相手の力量を探る為、
そして、相手を焦らして、隙を作る為にわざとゆっくりと、横柄な態度で。

シュライヤは、つい、この間まで「海賊処刑人」と言われた男だ。
サンジの力量も、サンジが自分の力量を推し量っている事も判っている。

同じような戦闘スタイル、そして力量もほぼ、互角だととお互いが悟った。

「大人しく、口を割るって訳にもいかねえか。」熾る熱が黒いスーツに
包まれた体から陽炎のように立ち昇る。

「あんたこそ、大人しく、俺の言いなりになる訳にもいかねえようだ。」
薄く笑ったシュライヤの全身からも、爆発寸前の火山がエネルギーを溜めるような
気配が放たれて、

サンジとシュライヤは身構えた。

「蹴り技だけじゃ、俺に勝てないぜ。」とシュライヤは不敵な笑みを帽子の下の
顔にじんわりと滲ませる。

「蹴り技だけ・・・ね。」とサンジはシュライヤの言葉を軽く鼻で笑った。
「蹴る、ってだけが足技じゃねえって事、教えてやるよ。」

それが戦闘開始の合図になる。
サンジの靴が地面にコツン、と小さく軽やかな音を鳴らす。
その音が消えないうちに、踏みしめた石畳が軋んだ。

高く跳躍し、体を捻りながらシュライヤはサンジの横っぱらを狙う。
だが、その足は同じ様に空中に身を躍らせ、
また、同じ様にシュライヤの首筋を狙っていたサンジの足が瞬時に軌道を替えて、
弾き飛ばした。

(ック)攻撃をかわされただけの筈が、シュライヤの足はサンジの足と
接触した後、その衝撃の凄まじさに痺れる。
そのまま、地面に着地したのも、殆ど同時、シュライヤは、
自分の足を石畳に叩きつけ、粉砕した。

(そう来るか。)サンジはシュライヤの行動を目で捉え、次に来る攻撃を
予測する。自分もよく使う手だ。

粉々の石つぶてをシュライヤは足先を地面スレスレに滑らせて、
軽く蹴り上げると、それが再び地面に落ちない内に、一つ、一つ、を
素早く、的確に蹴る。
石の弾丸が散弾銃の如くに、サンジめがけて放たれた。

が、サンジは側面へ飛び退き、その直線的な攻撃を交わし、
手早くジャケットを脱いだ。

シュライヤが照準を定め直す為に視線を移したその刹那に、
サンジの姿を見失う。

が、目で捉えられない、と判るや、すぐに感覚を切り替え、
殺気を探知すると背中にサンジの気配を感じて、振りかえり様、
サンジの脇腹を狙う位置へと蹴り込んだ。

バサ、と音がし、シュライヤの視界が真っ黒な闇に塞がれる。
(ク!)と思った時には、腸が押し潰されるかと思うような衝撃を腹に受け、
そのまま、背中から廃屋の石壁に叩き付けられた。

が、これくらいはダメージのうちには入らない。
顔に引っ被ったサンジのジャケットを剥ぎ取ると、
シュライヤはバネのように跳ね起きつつ、サンジの顎を狙った。

顎ではなく、サンジの横っ面にそのつま先が叩きつけられ、サンジは
地面に叩き付けられる。

けれど、追い討ちを掛ける為に振り上げられたシュライヤの足を
地面に背を押しつけたまま、片足で受けとめ、もう片足で
シュライヤの軸足を払った。

よろめきざま、シュライヤは何時の間にか握りこんでいた
超小型の銃で、サンジの肩先を狙い、引き金を引く。

それは狙いどおりにサンジの右肩の肉を削ぎ、石畳に弾かれて高い音を立てた。

「言ったろ、足技だけじゃ、俺に勝てねえってな。」
シュライヤは、まるで、サーカスの軽業師のような動きで、サンジの側から跳ね退き、
距離を置いてから改めて銃を構え直した。

「フン。」
サンジはぬるり生暖かい液体がシャツを濡らしていくのにも一向に構わずに
シュライヤをまたせせら笑う。

「足技で、俺に勝てねえから武器を使うだろうが。」とサンジはシュライヤに
嘲りの目を向けた。

「まあ、海賊を仕留めるのに正々堂々とヤる必要はねえからな。」
「そう、狩りを楽しむ場合は別だろうが。」

サンジはそう言って煙草の煙を大きく吐き出した。
煙草を指で摘んだままの指先で、シュライヤの銃を指し示し、
「だが、そんな脅しで竦み上がった海賊が、何人いた?」とさも、バカにするような
表情を浮かべた。

確かに、銃で一発肩を撃ち抜いたくらいで怯えて竦むのは
海賊でも三下、下の上から下の下の下っ端くらいだ。
そこで竦んでくれれば生け捕りにするのに、
歯向かってくる輩は全て、シュライヤは息の根を止めて来た。

「さあね。いちいち数えてなかったからな。」とシュライヤは平然と答えて、
サンジにもこの威嚇が効かないようなので、更にもう一発、
致命傷にならない場所へ撃ちこむ為にさり気なく、照準を絞った。

対峙する二人の戦闘意欲満載の視線がぶつかり合う。
そして、サンジが動き、シュライヤの目がそれを追う。

銃口を向けて、発砲し、手応えを感じても、サンジは怯まず、
足技の射程圏内に踏み込んでくる。

(保身って言葉を知らねえ、バカか、こいつは)とシュライヤは
遮二無二ヤケを起こして攻撃してくる海賊とは違い、
無駄なく、確実にシュライヤの急所を狙ってくるサンジの蹴りを
腕、足を使って防戦するだけで、徐々に手一杯になって来た。

それでも銃はまだ、しっかりと手に握ったままだ。
(足だ、)とどうにか、サンジの動きを止める為に防戦しながら
足を狙う。

サンジの動きは早過ぎて、また、何度も何度もその蹴りを受けとめた銃を持つ右手が
痺れて、照準が定められない。下手に撃つと動脈に撃ち込んでしまいそうで、
シュライヤは躊躇った。
だが、頭の中に閃光が走り、シュライヤの瞳の前に映像が走った。

やっと、心が通い始めた大切な妹、アデルの無邪気な笑顔。

(こんなところで迷ってどうする)とシュライヤは自分を叱咤し、
自分の首を狙う為に撃ちこまれるサンジの瞬間的にがら空きになる脇腹に
神経を向けた。

だが、その躊躇いが、一瞬の隙を生む。

銃を弾き飛ばしたサンジの足は唐突に向きを変え、シュライヤの肘の内側に
つま先を絡めつかせ、そのままサンジは体を捻ってシュライヤのまだ、
痺れているだろう手首を引っつかんだ。

肩先を靴先で捉え、引っつかんだ手首を太股の下側をくぐらせるように
力任せに引っ張りつつ、そのまま地面に押し付ける。

「グッ」シュライヤの肩の骨がボキ、とイヤな音を立てた。
シュライヤの腕を足に無理矢理絡めつかせたまま、サンジはその背中に
デンと腰を下し、空いているもう一方の足のつま先で頚動脈を押え付ける。

「関節技(サブミッション)のお味はお気に召したか、お兄さんよオ。」
「さて、レディ二人と宇宙人の居場所、教えて貰おうか。」


アデルと、ビエラと、シュライヤは麦わらの一味と別れてから、
少しづつ、少しづつ、お互いの距離を縮めて、お互いが、お互いをどれだけ
大切に思っているかを理解し始めていた。

失って、絶望していたものが再びこの手にある、何気ない日々を何事もなく過ごす、
それだけの事で、

妹がそばにいる。
繋いだその掌が柔らかく、温かく、そして、自分を見上げて、笑っている。

それだけの事で、

空が蒼いこと、
季節季節には様々な花が代わる代わるに咲き、そして薫ること、
海の風が時にとても優しい事、
子犬が、子猫が愛らしい事、
暑い時に飲む冷たい水が、焼きたてのパンが、
瑞々しい野菜が美味い事、

自分の幸せを奪ったガスパーデに復讐する為だけに生きて来た8年間に失っていた
鮮やかな幸せの色をシュライヤは 取り戻して行く。

そんな日々の最中だった。


「麦わらのルフィの仲間を一人残らず、拉致して来い」
「さもなくば、お前の大事な妹を殺す。」


過去を振りかえっても、悔いても、もう、その幸せを手放せなくなった頃、
シュライヤを一人の海賊が脅して来た。

シュライヤは、穏やかな生活に油断していた事に臍を噛んでも遅かった。
過去に、自分が犯して来た罪の清算に怯えていたのは最初だけで、
いつしか、アデルが与えてくれる幸せにすっかりその事を忘れていて、

アデルとビエラを誘拐されてはじめて、やはり、
真っ当な人間として、血の匂いさえ忘れるほど、幸せに慣れきるような贅沢は
絶対に自分には許されない事をシュライヤは悟った。

大事な者を守る為に正儀も仁義も義理もない。

だから、腹を括った。

「仕方ないんだろうさ。そういう星の下に生まれちまったって事で」
「諦めてやるよ。」

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