サンジの意識は混沌としている。
意味の判らないうわ言を言い続けている。

それを見る、ルフィの顔がが強張って行く。

「俺は、絶対エ、負けねえ。」

ルフィの心の中に猛烈な怒りと悔しさが込み上げる。
ゲドクザイなど無くても、正面切って一発、ぶん殴って勝負をつける。
何故、サンジはそれをさせてくれなかったのか。

負けた時に死なない為の準備など必要ない。
勝つ、と信じきってくれているなら。

「サンジは俺を信じてくれなかったのか。」とそれがルフィには悔しい。

「信じてるよ、」

チョッパーは、サンジの診察をしながらルフィを厳しい顔で振りかえった。

「サンジは、ルフィが勝つって信じてるよ。」
「ただ、絶対に死なないで欲しいと思ってるだけだ。」

チョッパーはルフィに憤りを隠さない目を向けて言う。
「ルフィを信じてなけりゃ、こんな無茶が出来る筈ないよ。」

ルフィに対する絶対的な信頼があるから、身を投げ出すようなマネが出来る。
信じてもいない人間に、命を差し出すような事が出来る訳もない、と
チョッパーは短い言葉でルフィに言い聞かせた。

「ごめん。」

自分の間違った考えに気付かされ、ルフィは素直に、チョッパーに謝る。

そして、
「俺はどうすればいい?」とルフィはチョッパーに尋ねた。
「俺が許可するまで、ここで我慢してて欲しい。」とチョッパーは短く答える。
「我慢?」とルフィはチョッパーの言葉を聞き返した。

「ワクチンか、血清が出来るまで何があっても我慢するんだ。」

チョッパーがそう言った時、ゾロが口を開いた。
「そんな時間は無さそうだ。」

シュライヤ、ゾロ、ルフィがゴーイングメリー号の甲板に人の気配を感じて、
一斉にその、気配の方へ視線を走らせた。

次の瞬間にはゾロが刀を構えながら、甲板へと出る扉を乱暴に開く。

みすぼらしい身なりの男が突っ立っていて、ゾロがその喉もとに
鬼徹の切っ先を突き付けた途端、
振るえ上がって、
「俺は、麦わらの船長さんに伝言を届けに来ただけだ。」と半ば叫ぶ様にそう言った。

「なんだ。」とルフィが真っ直ぐにその男へその伝言を尋ねる。

さっさと来ないと
裏切ったシュライヤの家族もろとも、手もとの仲間を殺す。
コックを見殺しただけではとても足りないと思うなら、
俺に勝つ方法を何時間でも、考えているがいい。

それだけが伝言だった。

「クズ野郎。」とルフィは吐き捨てるように呟く。

「ルフィ、」ゾロが空を睨みつけるような顔付きのルフィに近寄る。
「時間稼ぎに暴れて来てやる。」
「俺がそいつと遊んでる間は、ナミ達に手出しはさせねえ。」

ルフィはゾロの言葉を振りかえらず、嫌な灰色の夜明けを睨みつけ、
口を一文字に引き絞って聞いた。

ゾロは船長命令に絶対的に従う。
ここで、ルフィが行くな、と言えば行かないだろう。
だが、行くな、と言う理由がルフィには思い浮かばなかった。
いや、行くな、と言う感情が、
ゾロを止めたい、止めるべきだと言う感情が浮かばなかった。

ただ、ただ、メディスンに対して腸が煮えるかと思うほど
"むかついた"。

「ゾロ、そいつをぶっ飛ばすのは俺だ。」
「それだけは忘れるな。」

その言葉で、ルフィは斬り込みを許すとゾロに伝える。
ゾロはニヤリと満足げに笑って頷いた。

シュライヤの案内でゾロはメディスンの屋敷へと向かう。

シュライヤの身のこなし、身の軽さはサンジに良く似ている、と
その走る姿をどうしても追う形になりながら、ゾロはシュライヤの背中を見て
そう思った。

「俺も、相当海賊を狩って来たが、あんたらみたいな海賊は初めてだ。」と
メディスンの屋敷に潜りこんでからやっと、ゾロを振りかえって
そう言って薄く笑った。

「そうだろうな。」とゾロもやや、挑発的な眼差しを浮かべて笑い返す。

打算も無く、ただ、「信じる力」だけで結ばれている、確固たる絆、
そんな目にも見えない、手にも触れないモノで命を賭けられる。
「本当に凄エ海賊ってのは、あんたら見たいな奴らを指すんだろう」と
シュライヤは呟いて、足を進めようとした。

「もう充分だ、お前はルフィのところへ戻ってくれ」とゾロは
シュライヤを止めた。

「ここへルフィを案内してくれ。」そう言いながら、ゆっくりと
刀を一振りだけ引き抜く。

二人は周りに殺気を覚えて左右に素早く目を走らせた。
長く続くだろう、廊下の先に深い闇がある。二人の目線はその中へと吸い込まれて行く。

「判った。だが、メディスンの兆発には絶対に乗るなよ.」とシュライヤ、
じり、じり、と闇の中から迫る数人の刺客を目で威嚇しながら、
潜入して来た経路を後ずさりながら退き始める。

「ああ、船長の命令だからな。」
「毒野郎をぶっ飛ばすのは、船長の仕事だ。」とゾロは前を見据えたまま、答えた。

ゾロを阻む雑魚を追い詰めていけば、メディスンの居場所が判る。
別の事を考えながらも、ゾロがメディスンの屋敷を侵攻していくのに、
殆ど手間は掛らない。

何人か、斬ったところで、「退け」と怒鳴り、
「俺の仲間のところへ案内しろ」と言えば、それで良かった。

が、敢えてそうせずに、ゾロはわざと隙を作って相手に自分の力量を
軽視させるべく、振舞う。
ギリギリのところで相手の武器を交わし、ギリギリのところで相手の攻撃を避ける。

何故なら、
(メディスンの注意を引き付ける)だけが今回のゾロの目的だからだ。

「麦わらはどうした。」とゾロがかなり、屋敷の奥まで踏みこんでいった時、
やっと、見覚えのある大男が姿を現した。

(こいつだ)とゾロはメディスンの顔を思い出して、その男がメディスンである事を
確信した。
その途端、自分ではさっきまで、全く自覚していなかった怒りが急に
心の中から沸きあがり、その感情が瞳から鋭い光になってメディスンに向かって
一直線に走った。

こいつの血を浴びた所為で。
(死にそうなくらい、あいつが苦しんでる)と思うと一瞬、
ルフィとの約束が頭から飛びそうになる。

「麦わらは、よほどの腰抜けらしいな。」と言うメディスンの雑言が無ければ、
ゾロは感情のまま、刃を走らせていただろう。

「腰抜けはてめえだろう。」
「人質を取らなきゃ、ルフィとサシで勝負する度胸がねえんだからな。」

メディスンのふてぶてしい言葉でゾロは我に返り、そして、嘲った。

「そう、そして人質は多ければ多いほど良い」とメディスンは動じずに
ゾロの言葉を肯定して、慇懃に答える。

「ここまで来たんだ。お前も人質になって貰おうじゃないか。」

そう言うと、メディスンはわざわざゾロに向かって背中を晒してから
顔だけをゾロに向けて、

「世界一の剣豪を目指す男が無防備に晒した背中を斬れないだろう?」と言って、
見下すような笑みを浮かべた。

それを聞いて、ゾロは軽く眉を潜める。口惜しいが、メディスンの言うとおりだ。
背中を向けている相手の背後から斬る、などルフィとの約束以前に、
剣士としての誇りが許さない。

「来い、仲間の顔を拝ませてやる。」

ゾロは仕方なく、刀を鞘に収めた。
どんな罠が張られていようと、時間を稼ぐ、と言った以上、
ここで退く訳にも行かない。
そして、ナミ達の無事が確認でき、しかも自分が側にいれば、
絶対に手出しをさせない、と言う自信がゾロにはある。

「随分、サービスがいいじゃねえか。」と憎まれ口を叩き、メディスンの後に続く。
ふと、広い屋敷を脱出する時、道順を間違えまいか、と思ったけれど、
(ここを退く時は)ナミやロビンも一緒にいる。
そう思って、ゾロは道しるべを確認することも無く、メディスンの罠に自ら踏みこんで行った。

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