「サンジ、しっかりしろ!」とルフィはひっきりなしにサンジの耳元で
怒鳴っていた。
皮膚を覆うものの僅かな摩擦がサンジにとっては皮膚を焼かれるような
激痛と感じる。
その所為で、着ていた服を無意識に自分で剥ぎ取っていて、
サンジは横になっている急ごしらえの寝台の上で殆ど素っ裸になっていた。
腹も胸もどこもかしこも痛い。
意識が遠のくのは、激痛と高熱の所為なのに、はっきりと昏睡出来ないのは、
それも、激痛の所為だった。
「・・痛ってえ」と切れ切れに吐いたサンジの声でチョッパーは
顔を曇らせた。
サンジが痛みを訴えるなど、今までどんな怪我をしても殆どなかった事だ。
「もう少しの辛抱だからね。」と力づけながら必死で作業を続ける。
二つの大事な作業をチョッパーは誰の助けもなくやりとげなくてはならない。
一つは、今、サンジを苦しめている症状の緩和だ。
何故、熱があるのか、どの臓器の炎症なのか。原因は判っていても、
例え、それが場当たり的な処置であって、根本的治療ではなくても、
痛みと熱をなんとかしないと、サンジの体力もいくら
人間離れしているとはいえ、いつかは尽きてしまうだろう。
それに、こんな高熱が続けば、頭の中の細胞も心臓にも大きな負担が掛って、
後でどんな後遺症が出るかわからない。とにかく、一刻も早く、
沈痛と解熱の薬を調合しなければ。
そして、もう一つ。
サンジの体から血液を採取して血清を作る事だ。
そして、サンジの体が作り出すだろう抗体から、ワクチンを作る事だ。
「メディスンの"毒"っていうのは、人間を死に至らしめるモノって意味だったのか」とシュライヤはチョッパーの無駄のない作業の手順を見て、
やっと、「ドクドクの実」の正体に気がついた。
「何かのウイルスだ。」とチョッパーはそう、見当を立てた。
感染しただろう、サンジの血液にも汗にもチョッパーは直接素手で触れない様に
気を使っている。
「メディスンはこのウイルスに感染してるんだ。」
「はっきりした事は判らないけど、抗体があるから発病はしない。」
「汗腺、血管、分泌する体液の場所によって、このウイルスは」
「攻撃の仕方を変えるみたいだ。」
チョッパーはわき目もふらずにひたすら作業を続ける。
「とにかく、お湯を沸かすんだ。どれだけあってもいい。」
「俺の道具をどんどん消毒して、」とルフィとシュライヤに
簡単な補助を言いつける。
サンジの腕を止血帯できつく縛り、大きな注射器をプツリと
刺して、血を吸い上げる。
慌てているつもりはないし、きちんと覚えていた筈なのに、
やはり、取り乱していて、くれはからも、ヒルルクからも教わった
手順が正確に思い出せない。
何度も自分のノートをめくったり、本を読み返したりして、
間違いなくやってるつもりなのに、上手く行かない。
「サンジ、必ず薬を作るからもう1回、血を抜くよ。」と
血を抜く度にチョッパーは痛みにのたうち回るサンジの体を
ルフィとシュライヤに押えつけて、血を採取する。
注射針が刺さる痛みなど、今のサンジにとっては痛みのうちには入らない。
唸り声も獣のような声に変わり、痛みを堪える為に歯を食いしばるせいで、
吐く息も途切れ途切れになる。
口の中がカラカラに乾く。喉の奥が焼けつく様に痛い。
目も細かい針に刺されるような痛みが居座っている。
頭もまるで水の入った花瓶を乗せられている様に重く、こめかみに心臓が移動して来たかと思うほどドクドクと血流を感じて、それがまた金属の棒で殴られている感じが
するほど痛い。
「チョッパー、助けてくれ。」と思わず、弱音が漏れた。
こんな先の見えない痛みにのたうち回るくらいなら、殺してくれたほうが楽だと
熱と痛みで意地も理性も吹っ飛んだサンジの脳味噌は悲鳴をあげた。
それがそのまま、言葉になる。
「サンジ。」とルフィが辛そうな声を絞り出す。
そして、自分自身をしっかりと抱き締めているサンジの手を
ゆっくりと解いて、ギュっと両手で握りこんだ。
「もう、ちょっとだからな。」と子供に言い聞かせる様に声をかけた。
サンジはルフィのその声に少しだけ固く閉じていた瞳を開いた。
ぼんやりと焦点が合わず、ぶれている映像がはっきりと見えるまでに数秒かかる。
麦わらを被った、黒い髪、力強い光を宿す漆黒の瞳が自分を
見下ろしてた。
それを見た瞬間、サンジは体の力が抜ける。
(もうちょっとで、痛みが引くからな)とルフィの口が動いた。
耳で声を受けとめても、脳味噌が理解し、心に届くまでに
なんでもない状態では信じられないほどの長い時間が必要だった。
ルフィが、もうちょっと、と言った。
それなら、本当にもうちょっとなのだ。
きっと、もうすぐ、この苦しさから解放される。
サンジはそう、確信出来た。
そして、(こいつがそういうなら耐えられる。)と思った。
抗体から作った血清は発病したサンジへ。
その抗体から作り出したワクチンは、シュライヤとルフィへそれぞれ
処方される。
「なんで、上手くいかないんだ、コン畜生!!」と
サンジの症状をなんとか少し緩和させ、本腰をいれて血清と
ワクチンを作り始めたチョッパーが自分の不手際にイラつき始めた。
「チョッパー、俺思ったんだけどよ。」とルフィが腕を組んで、
失敗した試験管の中のどす黒いサンジの血を眺めながら、いつもどおりの
淡々とした口調で
「サンジの血って、普通の人間の血と違うんじゃねえか。」
「だから、上手く薬がつくれねえのかも」
それを聞いて、チョッパーはギョッと目をむいてルフィを見た。
「だったら、どうするんだよ。」
「俺は、この、失敗したサンジの血をこうする。」と言うと、
ルフィはサンジの血の入った試験管を傾け、
片手を器の様な形にして、その血を受けとめた。
シュライヤとチョッパーは固唾を飲んでそれを見守っている。
ルフィはそれを腕にごしごしとこすりつける。
皮膚にべったりと塗られたサンジの血で、ルフィの体が血まみれになる。
「そんなバカな。」とシュライヤは眼を見張った。
まるで、上質の化粧水が肌に浸透するように、サンジの血がルフィの皮膚に
沁み込んでいき、清浄な水を浴びたかのようにルフィの肌がツヤツヤと光った。
「ほらな。」とルフィは得意げにチョッパーとシュライヤに笑って見せた。
「俺を死なせたくねえって思うだけでサンジの血は万能薬になるんだ。」
「ほら、」と今度はルフィがチョッパーに腕を差し出す。
理屈では理解出来なくても、ルフィはサンジを救う方法を本能で、
本人曰く、「勘」で、知っていた。
「俺の血、役に立つだろ?」
サンジのウイルスに対する抗体から、無毒のワクチンを作る、と言う作業が
すっ飛んでしまったが、とにかく、サンジの血がルフィに取りこまれた。
そして、ルフィの体の中で、サンジの特殊な奇跡の血は、にはあっという間に
抗体を作り出す。
そして、その抗体を持つルフィの血液から今度はサンジを救うための
血清を作るのだ。
「嘘だろ、そんな事」とシュライヤには全く理解出来ない治療方法だった。
「この男の血が万能薬なら、なんで自分が感染するんだよ。」と
チョッパーに尋ねるのも無理はない。
「自分の怪我や病気にはなんの役にも立たないんだ。」
「ただの血にしかならないし、サンジが助けるつもりになっても、」
「全然効かない時もあるし。」
どんな法則性があるのか、俺にもまだ、理解出来ないんだ、
とチョッパーはシュライヤに困惑した様に答える。
「効くさ、俺が効くって信じてりゃ、効く」とルフィは言いきった。
「おい、お前もこれ、塗れよ、」とルフィは残っているサンジの血を
シュライヤに差し出した。
(ホントにこんなモノが効くのか)とシュライヤは信じられない。
けれど、ルフィは仲間を助ける為にメディスンと戦う。
そのキッカケを作ったのは他ならぬ自分だ。
恩を仇で返そうとした、その咎をシュライヤは身を以って漱がねばならない。
サンジがルフィを無条件に信じ、
そのサンジをルフィもまた、無条件に信じ切っている。
部外者のシュライヤにはそう見えた。
だからこそ、受ける衝撃も大きい。
(なんの根拠もねえのに、)こんなに強い信頼関係を血も繋がっていない者同士に
存在するのか。と驚いた。
「あんたが信じるなら、」とシュライヤは腕をめくった。
ルフィがこれだけ強く信じている事を疑う理由はなにもなかった。
まるで、近付く物を強引に引寄せる渦のようなルフィの魂に、
シュライヤもいつしか、無意識ながら、ルフィを心から信頼するようになっていたのだ。
「よし。」とシュライヤが血を自分の腕に塗り、ルフィの時と同じ様に
サンジの血が沁み込んで行く様を見届けて、にしし、と歯をむき出して笑い、
「チョッパー、俺の血を早く抜け。」とチョッパーを急かした。
「んじゃ、俺達は行くけど、」とルフィはチョッパーに血を抜かれた後、すぐに
たち上がった。
今は解熱剤と鎮痛剤の所為で、
状態が安定しているとは言うものの、サンジの体にはまだ
メディスンの飼っていたワクチンがうようよと息づいている。
いつ、また暴れ出すかわからないし、さっきまでの症状で衰弱した臓器に
どんな打撃を与えるか判らない。
「俺達は絶対エ、負けねえ、だから、」
「チョッパーも、サンジも、負けるんじゃねえぞ。」
ルフィの言葉にチョッパーは力強く頷く。
「負けねえ。」と短く答えると、ルフィは満足げに笑った。
「行くか、」とまるで遊びに誘う様にシュライヤに声を掛ける。
仲間を、家族を取り返す為に。
二人は真っ直ぐにメディスンの屋敷にひた走る。
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