「あの時みたいに、」とロビンはゾロを見て、微笑んだ。
「あの時の感覚を思い出せば、絶対に失敗しやしないわ。」
あの時の呼吸をゾロは眼を閉じて、静かに呼び醒ます。
体の中に刻みこまれている筈の呼吸の記憶を再現する。
ゾロは深く呼吸を吐き出し、目を開いた。
静かに、すっとゾロの手に握られた糸ノコがロビンの首を戒める鉄の輪の淵をなぞる。
一方、その頃。
屋敷の正面からシュライヤとルフィは群がる用心棒達を蹴散らしながら、
堂々と押し炒った。
「人質がいるってのに、随分大雑把なやり口だな。」とシュライヤは
呆れているが、内心、アデルの安否が気掛かりでなら無い。
「俺の仲間は大丈夫だ。お前の妹だって強エから大丈夫だ。」と
ルフィは全く動じない。
(なんの根拠があってそんな事を)とシュライヤは思うのだが、
何故だか、ルフィがそう言うなら、アデルは絶対に無事だと確信出来る、
我ながらそれが不思議でならなかった。
そして、走る廊下の床や壁からも二人を阻むような罠が
のべつ幕なしに設えてある様子と、自分たちに向かってくる用心棒達の
「格」が徐々に上がり、少し梃子摺るようになって来た。
「近いぞ。」とシュライヤはルフィに告げる。
「ああ。」とルフィも殴り飛ばし続けた所為で、返り血で濡れた拳を
ズボンで拭いながら頷く。
「お前エ、そろそろ妹の所へ行っとけ。」
「は?」
さっきまで、大丈夫だ、と言っていたのに、とシュライヤは
ルフィの言葉を聞き返した。
「お前エの妹はサンジの血を塗ってねえ。」
「メディスンって奴がお前エの妹やじいさんを人質にしても」
「絶対エにとり返せるけど、また、サンジみたいに"不思議毒"にやられたら
可哀想だろ。先に助けといた方がいい。」
思い掛けないほど、ルフィが真剣で、真っ当な事を言うので、
シュライヤは呆気にとられ、唖然とした顔でルフィを眺めた。
「んだよ。」とルフィは口を尖らせてシュライヤを睨み返した。
「いや、案外、賢いことをいうなあ、と思って。」とシュライヤが間の抜けた声で
答えると、
「お前エ、俺をバカにしてンな。」とルフィは不服そうに目を細めた。
「いや、悪イ。見直した。」とシュライヤはバツが悪そうにヘラッと軽く笑う。
「そうか。」とルフィは気を良くし、にしし、と歯を剥き出して笑い返した。
シュライヤは、サンジから聞いたアデル達が閉じ込められている部屋へと
向かう為に一旦、ルフィと別行動になる。
「じゃあ、アデル達を助けたら、すぐに追い駆ける。」と帽子を被りなおしながら言うと、ルフィは、
「や、その頃にはもう終ってるだろ。」とあっさりと答えて、すぐに走り出した。
シュライヤはそれを聞いて、また、思った。
(ホントにそうだろうな。)
ルフィが言う事に間違いはない。
そう感じる事に、もう、不思議だとさえ思わなくなっていた。
ロビンの手がウソップの手の骨を折った牢番の男に絡みつき、
腕を締め上げていた。
「おい、そんな事いいから、さっさと刀をとり返せよ。」と
牢の中でゾロが渋い顔をしてロビンを見ている。
「あら、私は狙撃手さんの仇を討ってるのよ。」とロビンが涼しい顔をして答えると、
「なら、さっさと腕なり、首なり折っちまえ。」ゾロが面倒くさそうにそう言った。
「首は折らなくていいぞ、ロビン!」とウソップが慌てて、
物騒なゾロとロビンの会話に血相を変えて割って入った。
「ねえ、牢番さん。」とナミが猫なで声を出す。
「この屋敷の宝物ってどこに隠してあるのか、教えて。」
痛みに顔を歪めて、牢番はナミに懇願の色がはっきりと浮いた眼差しを向けた。
「教える、教えるから、腕を離してくれ、折れる!」
「1本だけに負けとくわ。」とそう言うと、ナミはロビンにウインクした。
ロビンは、肩をそびやかして、呆れたように少し笑う。
その途端、「ボキ!!」とイヤな音がして、牢番の男が悲鳴をあげた。
悶絶する男のポケットからロビンの腕の1本が器用に鍵の束を引っ張り出す。
別の腕が丁寧にゾロの刀を三振りとも束ね、次々に床に生えた腕がリレーして、
牢の中まで運び込んで来た。
「で、どうすんだよ。」とゾロはナミに尋ねる。
「あたしとロビンはお宝を頂くわ。」
「ウソップとあんたは、ルフィを連れて帰って来て。」
「以上、文句ある?」
ナミは口早にそう言うと、天候棒を一つ、ウソップの折れた手首に押し当てた。
そして、
「えい!!」と力任せにウソップの腕を掴んで引っ張る。
ビキっと骨が軋む音があがり、「ぎゃあああ。」とウソップが叫び声を挙げた。
「添え木にしてなさい。少しは痛みもマシになるでしょ。」
「ちゃんと、ゾロとルフィを連れて帰って来てよ、あんたがしっかりしないと、」
「どこにいっちゃうか、わかんないんだからね!」
それだけ怒鳴ると牢番を引き摺って走り出したナミをゾロが慌てて呼びとめる。
「おい、ナミ!」
「なによ?!」とナミは迷惑そうに振りかえった。
「出来るだけ早く船に帰れ。」とゾロが言うと、ナミはその言葉が言いおわらない内に、
「チョッパーとサンジ君なら大丈夫よ。」と自信たっぷりな口調で言いきった。
「なんで」俺が言おうとしている事が判ったのか、
それに何故、そんなに自信満々なのか、をゾロは至極短い言葉で尋ねた。
「なんで?」とナミはゾロの口真似をし、片目だけを細めて、さも、
バカにしたような表情を浮かべた。
「あの二人は、麦わらのルフィが選んだ船医とコックよ。」
「何を心配しろっていうのよ。」
「バッカじゃない。」
そう言うと、ゾロにクルリと背を向けて先に走って行ったロビンを追い駆けて行った。
「畜生。」とゾロは口惜しげに呟く。
なんだか、ナミに言い負かされた、と言うよりももっと根本的な、
性根が座ってるか、座っていないかで、打ち負かされたような気がした。
(負けてたまるか)
とサンジを心配する余りに気が散っていては
ナミに根性で負ける。そう思うと、意地でもナミが船に帰るより先に、
意気揚揚と船に帰り着いてやる、と対抗心が燃え上がってきた。
「いくぞ、ウソップ!」とナミとゾロの二人のやりとりの成り行きを
オロオロと見守っていたウソップにそう怒鳴ると、ゾロも走り出す。
ゴーイングメリー号では、チョッパーが必死でルフィの血液から
血清を作っている。
今、サンジは高熱を出しながら眠っているけれど、対処的な薬では、
体の中のウイルスの増殖を止められない。
(サンジ、頑張れ。)と呪文のように念じながら、チョッパーは
作業を進める。
一刻も早く、血清を完成させなければ。
音も無く、叫び声もないけれど、ここでも静かに戦いは繰り広げられていた。
ルフィと判れたシュライヤは、サンジから教えられたアデル達の牢屋に辿り着いた。
薄暗い中、一瞬視界が途切れる。
「アデル!無事か、俺だ!」シュライヤは目が慣れるのを待てずに大声で呼び掛けた。
「おにいちゃん、ここだよ!」と元気なアデルの声が奥から返って来た。
(無事だったか。)全身から、一気に力が抜けた。
今まで生きてきて、これほど脱力したのは初めてだ、と思うほど、膝から下の力が
一気に抜ける。
「おにいちゃん、危ない、後!!」
アデルの金きり声が響いた。
瞬間的にシュライヤの体が反応する。
すぐに振り返し、拳の裏側で相手のこめかみを反転する勢いに任せて
殴りつけ、更にぐらつく敵の顎を力任せに蹴り上げた。
「やったあ!」とアデルが牢の中で拳を突き上げ、飛び跳ねる。
それを見て、シュライヤは自然に頬に笑みが零れた。
「アデル、すぐに出してやるから、もう少し、」
「女の子らしくしな。」
シュライヤは、アデルとビエラを外に出し、
アデルの目線にまで腰を落として、帽子をアデルの頭に乗せた。
「港に、あの、船がある。」
そう言えば、アデルには判る、と思いシュライヤは簡単にそう言った。
「そこで待ってな。すぐに帰るから。」シュライヤがそう言うと、
アデルは頷き、小指を差し出した。
「ゴーイングメリー号だね。判った。早く帰って来てよ。」
「約束だよ。」
シュライヤはアデルの可愛い小指に自分の小指を絡めよう、と手を
出し掛けた。だが。
あまりに可愛い、綺麗な指を見て、気遅れがした。
(この指と約束を交わすには俺の手は)汚れ過ぎてる、と思ったのだ。
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