「なんだと。」

人質に逃げられた、と血だらけの部下がメディスンに報告して来た。
計算外の事ばかりが重なって、メディスンは自分の勝機がどんどん
薄くなって行くのをはっきりと感じた。

逃げた方がいい。
本能的にそう感じた。

麦わらのルフィに勝つには、絶対に人質が必要不可欠だ。
例え、自分が飼っている細菌を使っても、それを使う前に死ぬほどの
ダメージと苦痛を受ける可能性も方が大きい。

一瞬、弱腰になりかけたメディスンだったが、すぐに考えなおす。
いくら、
「一億ベリーの賞金首でも、人間は人間だ。」
「俺の武器に敵う奴はいない。」

あんな短期間で、血清だの、ワクチンだの作れるワケがない。
あいつらは、なんの計画も無くここに殴りこんで来ただけで、

ルフィさえ倒せば、怖いのはロロノア・ゾロだけだ。
それでも、自分の唯一である無敵の「武器達」を使えば、簡単に殺せる。
何を怯える事がある、と屋敷中に漲っている凄まじいまでのルフィの殺気を前に、
メディスンは、自分自身を鼓舞した。

「どんな死に方をするか、見届けてやる。」

最後の砦となるべき、この部屋に麦わらのルフィが飛び込んで来たら、即座に、
培養液の中で精力的に、殺すべき生物を求めて蠢く「生きている武器」を詰め込んだ
ガラス弾を盲滅法に投げつけてやろう、とメディスンは、

大きな図体で、チマチマとした作業に取り掛る。

その数分前。

「ルフィ、ルフィ!」
「ルフィ、どこだ!」ゾロと、ゾロに引き摺られたウソップは屋敷の中で、
ルフィを探す為に、大声でルフィを呼んでいた。
が、広大な屋敷で、廊下も壁も似たような作りでどうにも拉致があかない。

「ゾロ、この廊下、さっき通ったぜ。」とウソップは、壁を指差した。
「俺が印をつけといたんだ。」

(ったく、どこに潜りこんでやがる)とメディスンの居場所が特定出来ない事に、
ゾロはイラつく。メディスンの居場所が判らない事には、当然、ルフィの居場所など
判る筈もない。

「こっちか。」と来た方向と逆のほうへウソップが進み始める。
まだ、腕が辛そうで、ゾロの歩速よりも格段に遅い。

「おぶされ、かったるイ。」と言うや、
ゾロは有無を言わせずにウソップをおぶった。

「すまねえ、」とウソップは殊勝にそう言うが、なんだか、楽が出来て嬉しそうだ。
「へんなの、大人どうしで。」

いきなり、なんの前触れも無く、二人の後ろから女の子の声がした。
「アデル!」とウソップは、驚きの声をあげ、
すぐにゾロの背中からずり落ちる様に降りる。

「お前、どっから。」とウソップが慌てた口調でそう尋ねると、
「ここ。」とアデルはあっけらかんと何も無い壁を指差した。

「この隠し廊下を通らないと、悪い奴のところへは行けないと思うよ。」
「シュライヤと会えたか」とゾロはアデルに尋ねた。

「うん。」とアデルはゾロの方へ向き直り、コクンと首を折って頷いた。
「先に、ゴーイングメリー号へ行けって。」
「どっちに行ったか判るか。」とゾロはアデルの目の高さまでしゃがんで
重ねて尋ねる。

「牢屋のところまで行けば、あいつの部屋につながっておる。」とアデルの後に
少し憔悴した感のあるビエラが、アデルの替わりにゾロの質問に答えた。

「そうか、判った。」

ゾロは、ウソップに、
「お前は、この二人を船へ連れて行け。」と口早にそう言うと、
廊下の壁の一部をグイと強引に押した。
すると、屈んで入れるほどの高さの板が動き、向こう側には、薄暗い陰鬱な
石造りの廊下が見える。

「だって、俺がいねえと船に帰ってこれねえだろ、お前ら。」とウソップが反論すると、
「なんとかする。」とゾロは憮然と答えた。

「船には、今、チョッパーと熱でのたうち回ってる奴しかいない。」
「腕折ってても、お前が帰った方がチョッパーは助かる筈だ。」
「それに、そんな状況だと他の海賊や賞金稼ぎに知られたら誰が、船を守るんだ。」

「そうか。」ゾロの言葉にウソップは力強く頷いた。
「じゃあ、なるべく早く帰って来いよ。」

その言葉をゾロは、隠し廊下に進みながら背中で聞き、「おお。」と短く返事をする。


ルフィは、全速力で走った。
そして、大きな、なんだか、頑丈な、やたらとごてごてと模様を彫り込んだ
ドアを見つけた。
どこをどう走った、なんか全然考えていない。

アデル達が拉致されていた牢屋は、確かにメディスンの自室と繋がってるが、
それは裏からであり、ちゃんと表から侵入する経路もあった。
ただ、あくまでも、外敵から身を守る為に廊下や階段などでその部屋に至る経路は
極めて複雑に入り組んで作ってある。

だが、ルフィの「勘」のまえには、そんな姑息で小心な防御が効果をあげる筈も無く、
ルフィは、一直線にメディスンの部屋へと辿りつく。

「出て来い!」とドアの前で一度だけ怒鳴った。
が、そう怒鳴っておいそれと出て来た奴は今まで数々の猛者と戦って来て、
一人もいなかった事をすぐに思い出す。

「ゴムゴムの〜〜。」

大きく、腕を後に振りかぶってそのまま、出来る限り伸ばした。

「ノックゥ!!」伸縮する勢いでつむじ風のような風圧がルフィの耳の横を通り過ぎる。
豪奢で、頑丈な扉は拳がめり込んだ瞬間に、土砂崩れのような音をあげて、
木っ端微塵に粉砕される。

「来たか、麦わら。」とメディスンは粉砕された扉の粉塵の向こうでふてぶてしく
ルフィを待ち構えていた。

「お前も、暇つぶしか。」とルフィは唐突に尋ねる。
「ほお。」とメディスンは、
ルフィが自分のなげつけようとする「ガラス弾」を避けられない距離に近付くのを
虎視眈々と狙っている。そして、そういう狙いを持っている事を悟られないように、
あえて、ルフィを逆上させる為に、わざとルフィを見下すような表情を装った。

「くだらねえ暇つぶしに、俺をつき合わせた。」
「俺の仲間を傷つけた。」
「気に食わねえ。」

ルフィはそう吐き捨てる様にそう言って、冷めた目でメディスンを見据えた。
「今まで、ぶっ飛ばして来た奴の中でお前エが一番、下らねえ。」

「弟の仇、取らせてもらおう。」
「違うだろ。」

メディスンの仰々しい言葉を何時の間にか、ルフィのすぐ後に辿りついていた
シュライヤがはさも、バカにしたように遮った。

「仇なんか、ハナから取る気ねえ。」
「ただ、強エ奴に本気で相手されて、倒せば自分が偉くなったような気分になれる。」
「そう思ったから、弟を利用したんだろ。」
「お前の部下から聞いたぜ。」

シュライヤの言葉にルフィは、全く反応は示さない。
そんな事はこの際、どうだっていいのだ。

「麦わらのルフィの首をとれば、一気に名声が手に入る。」
「いざとなったら、海軍も味方につけるつもりで、
「弟が"麦わらに殺された、その仇を討つ"って大義名分が欲しくて、」
「ルフィにボコられて、弱ってる弟を間接的に殺したんだ。」

シュライヤの言葉を聞いて、メディスンは鼻で笑った。
「だから、どうした。」

「弱い奴は生きている価値がない。」
「弟を生かしておいたのは、奴が俺に金を持って来るからさ。」
「人を殺して手に入れた金だろうと、汗水垂らして働いて得た金だろうと、」
「価値はなんにも変わらねえ。」
「だが、あいつがいなくても俺はこれから先、何も困らない。」
「陸に居据わったまま、奴の部下達を使って海賊をやればいいんだからな。」
「だから、厄介払いしたまでだ。」
「バカ面さげた顔をみるのはもううんざりだったんだ。」

「血の分けた弟を殺すなんて」とシュライヤは憎々しげにそう呟いて
メディスンを睨みつけた。

「同じ親から生まれたってだけで他人と代りゃしねえ。」とメディスンは
シュライヤの言葉をまた、嘲笑した。

「生きてる価値がねえのは、お前のほうだ。」とルフィは淡々と、
冷ややかに静かな声で言い放った。

「兄弟は、他人なんかじゃねえ。」
「弟を虐める兄貴って言うのは、人間のクズだ。」
「俺の兄貴はそう言ってた。」

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