メディスンの後に続いてゾロが毒々しい赤い壁の地下牢に
辿りつく。
「ずいぶん、趣味のイイ部屋じゃねえか。」とゾロはメディスンを
煽るように悪態をついた。
「ああ、一億ベリーの賞金首をぶち殺すのにわざわざ設えた場所だ」と
メディスンは振りかえってニヤリと笑う。
「ゾロ!」
奥、歩いていけば10歩ほどの距離の牢屋の中からナミの声がする。
(無事か)とゾロは黙ったまま、
目だけでその後にいるロビンとウソップの姿も確認して、
ひとまず、安堵した。
「あんた一人なの、サンジ君は?ルフィは?」
「うるせえな、黙ってろ。」
大声で、矢継ぎ早に聞く、ナミの言葉をゾロはうるさそうに遮った。
「黙ってろ、ってなんなのよ、あんた!」
「あたしたちを助けに来たんでしょうが!」とナミは噛み付くような口調で
騒ぐが、ロビンがそれをそっと肩を抱いて黙らせる。
「剣士さんだけが来た、って事は何か策があるんじゃない?。」
「一戦必勝の策が。」
それを聞いてナミは口をへの字に曲げて黙る。
その様子を面白そうに眺めていたメディスンが傍らに控えていた牢番へ、
「おい、」と声を掛け、ゆっくりと牢屋の中が見える場所にまで近付き、
自分を挑戦的な眼差しで見つめているロビン、ナミ、ウソップの顔を
卑しげな顔付きで眺め回した。
そして、バカにしきったような顔で見下し、
「お前らの中で一番、勇気のあるやつは誰だ」と尋ねた。
「はア?」とナミは片側の頬だけを歪めて反抗心剥き出しの表情で
聞き返す。
一体、メディスンは何を言い出し、何を自分たちにさせるつもりだ、と
ウソップとロビンは固唾を飲んでメディスンの次の言葉を待つ。
「勇気のある奴?そんなの、」とナミはメディスンの言葉を鼻でフンと笑い、
「あいつに決ってんでしょ、」とビシっと迷い無く、ウソップを指差した。
「え、俺か?!」とウソップは思い掛けないナミの突飛な指名に
素っ頓狂な声で驚くが、すぐにどん、と腰を据えて胡座をかき、
親指でぐっと自分の胸あたりを指差し、
「も、もちろんだ、俺は麦わら海賊団の中でも一番勇敢な男だ!」と
言い切った。
「ほお。」とメディスンは喜劇を見るような目つきでウソップを見、
牢番に顎でウソップを指し示し、
「あいつを引きずり出せ」と命じた。
そして、ゾロに向き直る。
「勝負をしないか、ロロノア・ゾロ。」
嘲りつつも挑むようなメディスンの目つきを受けて、ゾロの瞳がギラリと
野生の光を帯びた。
「お前は、六千万ベリーの賞金首で、世界最強の男を目指しているそうだが、」
「剣がなしで、俺をねじ伏せられたら、」
「仲間も、シュライヤの家族も返してやる。」
「判った。だが、メディスンの兆発には絶対に乗るなよ.」と言うシュライヤの言葉。
「ゾロ、そいつをぶっ飛ばすのは俺だ。」
「それだけは忘れるな。」
そして、ルフィの言葉がゾロに即答を躊躇わせた。
ゾロが迷っている間に後ろ手に手枷を嵌められたウソップが牢から
引きずり出される。
「返事が無い、という事はこいつを見捨てるって事か。」とメディスンは
牢番に目配せをする。
頷いた牢番が太い棍棒を振り上げた。
「んぎゃあ!!」
止める間もなく、その棍棒はウソップの肩をしたたかに打つ。バキっと鈍い音が立つ。
途端、ウソップの悲鳴が部屋に響いた。
悲鳴をあげるものの、ウソップの目はゾロにしっかりと向けられていて、
痛みを堪えながら、「こんな子供だましの兆発に乗るなよ、ゾロ!」と怒鳴った。
それを横目で眺めながら、メディスンは抑揚の無い口調、まるで商談する商人が
商品に付加価値を無理矢理つけるのを迷惑がるような口調で、
「なら、
「この勝負に勝ったら、俺の毒の特効薬をくれてやる。」
「それでどうだ。」と微動だにしないゾロに向かってそう言った。
「毒の特効薬だと。」ゾロがメディスンの言葉を低い声でなぞると、
メディスンは軽く、何度も頷き、
「ああ、今なら、間に合うかも知れんな。」
「お前達のコックは」と空トボケるような顔を作って数秒、
何かを考えるような間を取った後、
「あと、半日もたんだろうが、特効薬があれば助かる。」
「その話しを俺に信じろって?」とゾロはメディスンの話しの腰を折った。
「お前に貰わなくてもうちの船医がそんなもん、簡単に作る。」
「間に合わんさ。」今度はメディスンがゾロの言葉を遮った。
「半日どころか、2時間もたないかもしれん。」
「俺を殴り倒せばすぐにでも、体がバラバラになるような痛みから
「コックのサンジを解放してやれるぞ?」
「今ごろ、皮膚を引っぺがされるような痛みやら、内臓を生きたまま
切り裂かれているような痛みにのたうち回っているだろうよ。」
「気の毒に。」
それを聞いて、ゾロの心に動揺が走った。
殴り倒して手に入れても、それが特効薬かなど信じられる要素は何一つ無い。
だが、頭の中に短い息を苦しげに吐き、魘されているサンジの姿が浮かんだ。
それを消す様にゾロは頭を振る。
「船長命令は、時間稼ぎだ。」と自分に言い聞かせ、どうにか冷静でいられるよう、
自分を戒めた。
(俺ア、こんなクソ野郎の言う言葉よりも、チョッパーを信じる。)と腹を括る。
その僅かな沈黙の間に牢番がウソップをまた、殴りつけた。
その音と悲鳴を聞いて、ゾロはギロリとメディスンを睨みつける。
「特効薬が欲しい訳じゃねえ、うちの狙撃手を殴るのを止めろ。」
「ほお。それじゃあ、俺と勝負する気になったか。」とメディスンはニヤニヤと
面白そうに笑う。
「くだらねえ」とゾロは吐き捨てる様に言い、刀を地面に投げ捨てる。
「グランドラインに入って相当、卑怯な奴に出会ってきたが、」
「てめえは俺が今まで見たやつの中で一番腰抜けだ。」
ゾロがそう言うと、メディスンは心外だと言わんばかりに目を細めた。
「俺は弱い者イジメをしたい訳じゃあないんだ。」
「お前みたいに強い男と拳を合わせたいって言ってるんだ。」
「手加減させてもらうぜ、」とゾロは拳を握りしめてボキリ、と骨を鳴らした。
「お前を殴り倒すのは船長の役目だが。」
「相手しなけりゃ、狙撃手を殴るってンなら仕方ねえ。」
どうせ、こんな奴の拳、たかが知れてる。心配すんな、とゾロは
ウソップに声を掛けた。
ゾロの頬にメディスンの拳がめり込む。
思ったとおり、(全然効かねえ)と感じ、反射的にメディスンの横っ面を
殴り飛ばす。
「うぎゃああ!」
次の瞬間、ゾロの耳に飛び込んで来たのは、メディスンの悲鳴ではなく、
ウソップの悲鳴だった。
壁に大きなヒビ割れを作ったメディスンが口の端から滴る血を拭いながら
ゾロを見、
「うちの牢番は俺に忠実でね」
「俺が殴られる度に、捕虜を殴るらしい」と言ってふてぶてしく笑った。
「てめえ、」とゾロは怒りに滾る目をメディスンに向ける。
途端、メディスンの拳がゾロの腹部に激しい衝撃と共にめり込んだ。
「ゾロ、俺はいいから!やっちまえ!」と叫んだウソップをまた、
牢番が殴る。顔ではなく、牢番はウソップの腕に棍棒を振り下ろした。
ボキ、と言う無気味な音がしてウソップはがっくりと床に崩れ落ち、
腕を庇う様に体を丸める。
その襟首を無理矢理掴んだ牢番は、ウソップの両手を床に押しつけて、その上で
棍棒を振り上げた。
「ウソップ!」と牢屋の中からナミの叫び声も上がる。
「止めろ、」とゾロは思わず大声を上げた。
両手の甲の細かい骨を砕かれたら、ウソップの手は二度と自由に、
今までのように器用には動かなくなる。
そう思った途端、ゾロは牢番の振り上げた棍棒の前に何も考えずに体を投げ出していた。
偶然なのか、必然なのかはわからない。
振り下ろされた棍棒は、ゾロの頭にまともに打撃を与えた。
「ゾロ!」と叫ぶナミの声も、ウソップの声もゾロにはもう聞こえなかった。
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