「案外、姑息な手を使うじゃねえか、麦わらも.」とてっきり、
ルフィがサンジを使って暗殺を企てたと思ったメディスンは皮肉一杯の顔付きで
サンジの首元を締め上げる。

「・・・ックッ。」

呼吸の、その出口を締め上げられて、サンジは呻く。
メディスンは、サンジをつるし上げる様に締め上げているから、
自然、サンジの目は苦痛の混じった、けれども、決して怯えていない、
交戦的な色の濃さをそのまま、メディスンを見下ろしている。

その目つきが「ルフィがそんな事をする筈がないだろうが。」とメディスンの
言葉をはっきりと否定し、自分の身の危険よりも、己が信奉するルフィへの
絶対的な信頼と尊敬を顕していた。

「小物海賊団風情が生意気な」と怒鳴ると、メディスンは、力任せに
サンジを傍らの調度品の並び立つ壁際へ叩きつける。

陶器の割れ飛び散る騒々しい音が静寂の中に響いた。
サンジは瓦礫の中に一瞬で埋まる。

「ッカハッ。」水の中から引きずり出されたと思ったら、
次に締め上げられ、息の整う暇もなく、背中で陶器を粉々に粉砕し、
やっと、サンジは呼吸を取り戻すも、狭くなっていた気管が上手く空気を吸い込まずに、
サンジは全身を跳ねるように震わせて、乾いた咳を吐き出した。

その咳が治まらない間に、メディスンの振り上げた足がサンジの
腹部を狙って振り下ろされる。が、サンジは咄嗟に体を捻って、その衝撃を避けた。

グシャ、と音がして、メディスンの素足がサンジがいた筈の場所に叩き付けられ、
メディスンは、割れた陶器の破片を踏みつける。

足の裏には無数の破片が突き刺さり、皮膚をプツリと破けて、血が滲んだ。

(血、)サンジはそれを目の端で捉え、瓦礫の中から跳躍し、
メディスンの側から飛び退った。

「俺の能力は聞いているだろう、」とメディスンは自分の足の裏から出た血を
痛がりもせずに、誇らしげに顎で指し示し、サンジに挑戦的な目を向ける。

「麦わらが俺を殺す為にお前を送りこんだんじゃなきゃ、
あらかじめ、毒の解毒剤でも作る為にここに来たんじゃないのか。」と言って、
ニヤリと笑った。

「血がほしけりゃ、くれてやる。いくらでも持って帰るがいい。」
「ただし、俺の足に跪かなきゃ、摂れねえがな。」

そう言って、サンジの目の前に汚いスネ毛の見苦しい足をあげて、
足の裏を見せびらかす。

その時だった。

サンジは全身にいきなり悪寒が走った。
一気に高熱を出した時のような悪寒を感じた、それを自覚した途端、
足の先、指先、体の先端から弱い電流が流れるような痺れが広がって行くのも感じた。

(なんだ、これは。)

直接、汗も血も、まだ触っていない。
それなのに、何故、毒が回ったような効能が体に現れるのか。

「痺れが来たか.運の悪い奴だ。」とメディスンは大仰に、眉を寄せ、
同情している演技をした、大根役者のような顔付きをしながら、
ゆっくりとサンジに歩み寄ってきた。

「こんなところに探りに来ないで、大人しく、捕まっていれば、」
「苦しまないで死ねただろうに。」と猫撫で声でいいつつ、立つ事ができなくなり、
壁に持たれてようやく、崩れ落ちる体を支えているサンジの顎に、




無骨で、気味悪いイモ虫のような指をかけ、猫なで声でそう言った。

「麦わらの前でお前ら仲間の首を一人一人、コロリと落としてやるつもりだったんだ。」

全身が痺れ、体温が急上昇して体の自由が全く効かない状態でいながら、
サンジはまだ、メディスンに牙を剥くような眼差しを向けていた。

「そんな事をしたら、殺されるのはお前の方だ.」と言う言葉も歯の根が合わずに
言葉にならない。

(これは毒の所為なのか)とサンジは朦朧とした始めた意識の中から考える。

一瞬、途絶えた意識の中、ガラスが割れる音がして、サンジははっと意識を取り戻す。

「貴様、」

サンジの顎を掴んでいたメディスンの巨体がどこかへすっ飛んでいく。
また、数々の調度品が破壊される大きな音がたった。

「おい、毒にやられたか。」と何時の間にか、閉じていた瞼を開いて、焦点が
定まり、相手の顔を確認する前に、サンジの耳に入ってきたのは、
落ち着いた、シュライヤの声だった。

「そろそろ、ばれる頃合だと思ってな。」とサンジを助け起こす.

「血を、」まだ、取ってねえ.とサンジは壁にめり込んだメディスンを指差した。

「判ってる。けど、血を採っただけじゃダメなんだ。」とシュライヤは
すぐにでもサンジを助け出す為に、自分が侵入して来た窓の方へ
サンジを引き摺る様にして歩き出す。

「あいつ、能 力 者 じゃね  え。」サンジはどうにか必死で言葉を
繋いで、シュライヤにいきなり閃いた、自分の体の変化を起こした原因を
伝えようとする。

「ああ、それも判ってる。判ってるが、今は退き時だ。」
シュライヤは頷いたが、やはり、窓へと歩く足を止めはしない。

サンジは、悔しげに顔を歪めて、メディスンを振りかえった。
シュライヤに蹴られ、壁にめり込むほどの衝撃を受けたくせに、
メディスンはもう、そこから立ち上がり、ニヤニヤとバカにしたような笑みを浮かべながら、二人を見ている。

「俺の血はいらないのか、コックのサンジ。」
「お前の棺桶を器用な狙撃手に作らせて待ってる、と自慢の船長に伝えるがいい.」
「お前が死なない間に、な。」

サンジは意を決した様に渾身の力を振り絞って自分を支えていたシュライヤを
突き飛ばし、腕を振りほどいた。

その衝撃で全身に鋭い痛みに変化する痺れが走り、その苦痛に顔がゆがむ。

けれども、サンジは床に散らばっている陶器の破片を素早く拾うと、
躊躇いなく、メディスンの体に自分の体をぶつけるような勢いをつけて、
その懐に飛び込んだ.

「遠慮無く土産は貰って行くぜ」と怒鳴り、陶器の破片の、鋭い切口を
メディスンの手首に走らせた。

「ッツ」思い掛けないほど、早かったサンジの動きにメディスンは驚き
そして、手首の傷の痛みに小さく悲鳴をあげる。
サンジが傷つけた場所から血が吹き流れた。

たかが、手首を切っただけの傷の筈がまるで、体から吹き出る事を喜ぶ様に
高く吹き上がって、サンジの服に、頬に飛び散る。

「バカな、」

シュライヤは、信じられないサンジの行動に目を剥いて、
呟くともなしにそんな言葉を呟いた.


血まみれのサンジを担いで、シュライヤはゴーイングメリー号へと
全速力で走る.

走りながら、ゼイゼイと荒い息を吐くサンジに怒鳴りながら
尋ねた。

「あんた、なんだってあんな無茶をするんだ」
「死にたいのかよ。」

サンジは億劫そうに、切れ切れに答えてきた.
「死にたくねえからやったんだ。」

「あいつが能力者じゃないってなんでわかった。」
とシュライヤは更に尋ねる。
最初の問いに対するサンジの答えの意味を聞き返す時間は無いし、
自分を理解させるまでサンジに話しをさせるのはどだい無理だと判断したから、
全く別の質問をした。

「食器が」とだけサンジは答えた.


サンジが持って帰ってきた食器をゾロから渡されて、チョッパーは
数秒見てから、首を捻った.

「オカシイな。」

毒なら、この食器になんらかの変化があってもおかしく無い筈なのに。
人を殺すほどの強烈な毒なら、劣化したり、変色したり、溶けたり、と
「長年使っているらしい食器があるのは変だ」と言った.

「唾で人の皮膚を溶かす・・・って噂が本当なら、こんな樹脂の食器なんか、」
「ひとたまりも無い筈なのに。」


「食器が変質してなかった、って、あんた気がついてたのか.」とシュライヤは、
サンジの「食器が」と言う言葉を先読みして聞き返すと、小さく、サンジは頷いた。

「あの、バスタブの中にも飼ってたんだ、だから、俺」
「汗も、血も受けてなくても、あいつにやられた」それをいい終わるまでに、
なんとかシュライヤは、サンジをゴーイングメリー号まで運ぶ事が出来た。


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