ナミとロビンは手に持てるだけの宝飾品などを奪って屋敷の外へ走り出る。
港が見える頃、ウソップ達と偶然、合流出来た。
「もう一稼ぎ出来そう」とナミは嬉しげに声をあげたが、ロビンが嗜める。
「そんなにたくさん船にお宝は積めないわ。」
「それより、船の状況はどうなってるか確認してからよ。」
ウソップ、ナミ、ロビン、アデルと、ビエラがゴーイングメリー号にようやく
辿りついた。
「ああ、皆、帰って来てくれたんだ!」人型に変身したチョッパーが汗だくになり、
心からホッとした表情を浮かべて、皆の無事を喜んで迎える。
「帰ってきたところ悪いんだけど、手を貸して欲しい」とさっそく、テキパキと
サンジの看病の為の設備を整える為の指示を出し、それが整う間にウソップの
手の手当てに取りかかる。
「皆、このワクチンを飲んで。」と手早くサンジの体から作ったワクチンをそこにいた
全員に服用させた。
「コックさん、どうしたんだ。」とアデルは不安そうにビエラの袖を引っ張る。
「さあ、わからんが。」とビエラも不安そうに答えて、チョッパーを見る。
「大丈夫、少し疲れて眠っているだけだから。」
「起きたら、また、美味しい物を作ってくれるのかな。」とアデルはおずおずとサンジの側に近付いて、顔を覗き込んだ。
「それはちょっと無理かも。」とチョッパーは申し訳なさそうに言ってから、
サンジの腕を持ち上げて、体温計を脇腹へ挟みこむ。
一方、その頃。
ルフィとシュライヤはメディスンが投げつけるガラス玉を粉々に割りまくって、
メディスンを叩き伏せていた。
「本ッ当、下らねえ奴だな。」あまりにもあっけない。
ルフィはすっかり気を削がれてもう、どうでも良くなっていた。これほど弱い奴を
腹立ち紛れにぶっ飛ばしても、ちっとも爽快ではない。
「もう、いいよ。どっかに行っちまえ。」
「おい、」投やりなルフィの言葉をシュライヤは聞き咎める。
「これでお終いにするつもりか。生かしておきゃ、面倒な事になるかも知れねえぞ。」
「だったら、お前が好きにすればいいだろ。」
シュライヤの怪訝な口調を聞いても、ルフィにはもう、メディスンに対して
気持ちを動かす物を何一つ感じられない、下らない男だとして見下す感情以外は
何も持てなくなってしまった。
それよりも早く帰って、サンジの具合を知りたいと思った。
「助けてくれ。」と血まみれのメディスンはズタボロになって床に這いつくばり、
シュライヤに命乞いをする。
ルフィの気が萎えた途端、シュライヤの気も萎えた。
賞金稼ぎを生業にしていたけれども、人の命を奪うのはそれなりに気力がいるものだ。
アデルと一緒に生きて行く為に、もう、汚れた水を被りたく無い、と思っている今、
尚更、殺さずに済むなら人を殺めずにいたい。
「二度と俺達の前に面を出すな。」そう言って、シュライヤはメディスンの横っ面を
思いきり蹴り飛ばし、踵を返した。
「帰り道、判るか。」となんとなくルフィに尋ねる。
「わかんね。」とルフィはあっけらかんと答える。
その時。メディスンは、隠し持っていた銃をそっと取り出した。
もっと早くに使いたかったのだが、ルフィとシュライヤの攻撃が余りに早くて
取り出す暇がなかったのだ。
(最後に勝つのは俺だ)と自分の運の良さにほくそ笑む。
麦わらのルフィがいくらゴムゴムの実の能力者でも、この銃の銃弾は弾き返せない筈。
海楼石の銃弾、それも散弾銃。一発打てば、大爆発を起こして弾が飛び散る。
一発で二人に大きなダメージを与える事が可能で、数発連射すれば
ルフィもシュライヤも撃ち殺せる、とメディスンは踏んだ。
ガチリ、と激鉄を落とし、照準を定める。
息遣いと殺意を悟られない様に息を殺した。
「なんだ、もう済んだのか。」
「おお、ゾロ!」
ロロノア・ゾロの声と姿を認めて、メディスンは焦った。
それは数秒、それよりももっと短い一瞬だった。
指が引き金を引く。引いた、と思った。
が、銃声は鳴らなかった。
「つくづく、姑息な野郎だな。」その声に我に帰ると、自分の手の中には、
銃身がまるで、輪切りの野菜のように鮮やかに斬り飛ばされた銃だけが残っていた。
メディスンの腕は、ゾロの足に踏みつけられ、鼻先を血曇の残る刃先で突付かれる。
「ルフィやシュライヤは許しても、俺は許さねえ。」
そう言うロロノア・ゾロの声で、メディスンはぞっと全身に鳥肌が立った。
本当に殺す気だ、としか思えない。事も無げに人を殺せる男の気配がビシビシと伝わってくる。
「ゾロ、止めとけ」とルフィが淡々とした口調でゾロを制した。
「そんな奴、斬ったらお前の刀が泣くぞ」
「それに、サンジだって、それを嬉しがる奴じゃねえだろ。」
「腹いせで斬るんならもっと、強エ奴じゃねえと、つまらねえ。」
それが、"船長命令"なら、ゾロは従わねばならない。
「判ったよ。」と渋々答えて、刀を鞘に収める。
それから、夜が明ける。
「僕ア、幸せ者だ。」と一晩で見違える様に元気な声を出すようになったサンジは
歌うような口調でキッチンに設えられた寝床の中で、温かなスープを飲んでいた。
「美味しい?コックのお兄ちゃん。」とアデルは嬉しそうにサンジの側にしゃがみこむ。
「こんな美味いスープが作れるなんて、アデルちゃんはいいお嫁さんになるぞお。」と
小さなレディ用の素直な表情をアデルに向けて微笑んだ。
「それは無理だよ。」とアデルははにかみながら答える。
「あら、どうして?」とそのアデルの側にロビンもしゃがみこみ、サンジの手から
空の食器をそっと受取りながら尋ねる。
「私はお嫁にいかないんだ。」とアデルは元気良く答える。
「それがいいわ。下らない男に嫁いで、一生苦労するなんてゾっとするもん。」と
ナミがおどけた口調で横槍を入れると、
「違うよ。そうじゃなくって、」と言ってアデルは立ち上がって、
壁に凭れているシュライヤの側に歩み寄った。
「あたしは、お兄ちゃんの側にず〜〜っといるの。」
「お兄ちゃんに好きな奴が出来たらどうするんだ?」とすかさず、チョッパーが
からかう様にアデルに尋ねた。
「それは。」とアデルが困ったような顔をして、シュライヤを見上げる。
「アデルが好きな人を作るまでは俺は誰も好きになったりしないよ。」とシュライヤは
アデルにそう言って柔らかく笑った。
そして、
「アデル、ちょっと外に行っててくれないか。」とアデルとビエラを甲板に押し出す。
「麦わらのルフィ、いや。」
「船長、と言えばいいのか。」とシュライヤは急に真剣な表情を作って、
テーブルについて、出来合いの朝食を掻き込んでいるルフィの方へ向き直った。
「俺を一緒に連れて行ってくれないか。」
「断わる。」
ルフィは即座に、飄々と答える。
「お前を連れて言ったら、アデルが悲しむだろ。」
「それにお前、アデルから逃げたいだけだろ。」
ズバリと本当の気持ちを言い当てられて、シュライヤは黙りこんで
ルフィの顔をマジマジと見つめる。何度も思ったが、また思った。
(スゴイ奴だ)なんて、懐が深いのだろう、と息を飲む。
アデルの純粋さ、無邪気さの前に立つには自分が被ってきた穢れが邪魔で、
お兄ちゃん、お兄ちゃんと慕われたら慕われるほど嬉しさと同時に戸惑いと
迷いがシュライヤを苦しめていた。
アデルの兄として自分は本当に必要なのだろうか。むしろいない方が、
アデルは危険に晒されることも無く、自分の狂暴な姿を晒してしまう事も無い。
離れて暮らして、たまに会う方がお互いの為だと思いながら、
そう出来なかったのは、やはり、シュライヤ自身もその幸せに浸っていたかったからだ。
そんな迷いから、逃げるな、とルフィは言っている。
「おめえとアデルは、家族なんだから逃げちゃダメだ。」
「強エ癖に、腰抜けなんだな、おめえ。」と言ってルフィはにしし、と笑った。
「ログが溜まるまでにはサンジも治る。」
「今度は盛大に宴会して、お別れだ。」
そのルフィの言葉に麦わらの一味は静かに同意する。
言葉も無く、目を交し合わなくても、その船の中のキッチンの空気は麦わらの一味の
心が、一つに溶け合っているのをシュライヤに感じさせた。
そして、また、ルフィの顔を尊敬を持って見つめた。
(こいつなら、本当に)
仲間の夢を全て叶えて、そして、偉大なる大秘宝を手にいれ、
海賊王に。
(なる日が来る)そんな確かな予感がした。
(終り)