「つまり、アデルちゃんを浚われた、」
「それを無事に取り戻す為に、ルフィをおびき寄せるエサを集めて来い、」と。
サンジはそのままの姿勢でシュライヤを締め上げ、気絶させた。
ルフィの前に引き摺って行き、そしてゴーイングメリー号に帰って来てから、
事情を吐かせた。
「なんで、俺がそいつに恨まれなきゃ、ならないんだよ。」とルフィは、
不満げにうな垂れたシュライヤに詰め寄った。
「お前、アーボック海賊団って知らねえか。」とシュライヤはルフィに尋ねると、
その言葉が終らない内に、ルフィは、
「知らねえ。憶えがねえ。」と即答する。
「あれじゃねえか、ほら、」とサンジはチョッパーに銃創の手当てをしてもらいながら、
ゾロの方へ確認の同意を求める為に視線を向け、
「この前、海の上で喧嘩吹っかけて来た、ヘビの絡みついた剣の海賊旗の」
「ああ、ルフィがサシで勝負して、ボッコボコにした船長の。」とゾロもすぐに
思い出した。
「あいつが?」とルフィが怪訝な顔をする。
ただ、ボコボコにしただけで、命までは取ってない。
そんな卑屈な手を使って復讐を企てるほどの知力などありそうもない、
デクノボーだったのに、と三人の頭の中は同じ疑問符が浮かんだ。
「反乱があったそうだ。お前らがボコボコにしたその船長、」
「部下に背かれて、碇を体に括り付けられて、海に投げ込まれて溺れ死んだんだよ。」
シュライヤは淡々と話す。
事情を話して助けてもらおう、と言う下心は全く無く、事実を事実として
ただ、伝えるだけだ。
「そんなの、俺の知ったこっちゃねえ。」とルフィは憮然と答える。当然の答えだ。
「そうだな、が、お前がボコらなきゃ、大人しく部下に背かれる男じゃあなかった。」とシュライヤはあくまで、客観的な話し口調で冷静に話しを続ける。
「そいつの兄貴は、そいつ以上にバカでな。」
「バカな弟をバカみたいに可愛がってた。」
「だから、死んだ、殺されたって聞いて怒り狂った。」
悲憤の矛先は、当然、弟を殺した、造反した弟の部下に向いた。
けれど、復讐の刃は彼らを殺すだけでは鞘に収まりきらずに、
「つまり、ボコしたルフィにまで八当たりしなきゃ、治まらんって訳か。」とゾロが
シュライヤの話しの先読みをする。
「そう言う事だ。」シュライヤは苦笑いを浮かべて答えた。
「「迷惑な話しだな。」」とゾロとサンジは同時に同じ言葉を吐き出し、
重なった声に顔を顰めた顔を見合わせた。
「けどよ、お前。」とルフィは不思議そうな顔をシュライヤに向けた。
「お前だって、強エじゃねえか。なんで、そいつの言いなりになるんだ。」
「乗り込んで、ぶっ飛ばす。それだけでカタがつくだろ。」
シュライヤはそれを聞くと、サンジに
「あんた、悪いが煙草を1本、分けてくれねえか。」と声を掛けた。
サンジはシャツを直していたが、すぐに箱ごと、シュライヤに投げ渡す。
1本、口に咥えると次にサンジはライターを投げた。
それを受取り、シュライヤは煙草の先に火を着け、大きく吸い込み、
溜息とも、深呼吸とも見えるような深い息を吐く。
「そう、簡単にぶっ飛ばせる相手じゃねえ。」
「共倒れ覚悟でぶっ飛ばす度胸があるなら、別だがな。」
シュライヤはサンジに目を向けた。
「俺の銃を肩に受けながら、あんたは何度も蹴ってきただろ。」
「これは、その時のあんたの血だ。」と自分の上着に着いた小さな血沁みを
シュライヤは指差す。
「これが、肉を腐らせる毒だとしたら、俺はどうなる?」
そうサンジに尋ねてから、答えを待たずにルフィに向き直った。
「サンジの血は毒じゃねえぞ。」とルフィは理解できずに首を捻った。
「そのバカの血が毒だって事か?」と治療道具を片付け終わったチョッパーがやっと
会話に入って来る。
「血だけじゃねえ。汗も、ヨダレも鼻水も、ションベンも、なにもかもが
毒なんだ。」とシュライヤは答えた。
「能力者なんだな。」とゾロは独り言のように呟いた。
斬れば吹き上がる血を浴びれば
殴りつければ、そいつの皮膚を破って流れる血に触れれば、
毒に犯される、だから、手だし出来ない、と言う。
「銃で撃てばいいじゃねえか。」
皮肉っぽい微笑を浮かべたサンジにそう言われて、
「アデルの居場所を聞き出すまでは殺せねえ。」とシュライヤは真面目に答えた。
「判った、俺が聞いてやる。」とルフィは力強く言い切る。
「そいつのところへ連れて行け、ついでにぶっ飛ばす.」
「待てよ、ルフィ。」
気に早まってはマズい、とサンジはルフィを制した。
「こっちもロビンちゃん、ナミさん、その他約一名を人質に取られてるんだ。」
「迂闊に動くと、どんな弱みを握られるかわからねえ。」
「とにかく、ウソップ達が無事かどうか、をまず、確認するべきだ。」
ルフィはそう言われて、「う〜〜、そんなのどうやって確認するのか、わからねえよ.」と唸った。
「お前にそれを考えろ、とは言わねえよ。」とサンジは鼻から小さく息を吹いて軽く
ルフィをあしらった。
「で、どうするつもりなんだよ、」とゾロはサンジとシュライヤに向き直った。
「とりあえず、腹ごしらえだ。」とサンジはシャツの袖を捲り上げ、ニヤリと笑って、
ゾロに答え、
「それでどうだ、キャプテン、」とルフィに尋ねると、
「そうだな、賛成!サンジ、肉大盛!」と元気な答えが返って来た。
そして、その3時間後。
「シュライヤがしくじって、麦わらにとっ掴まっただと?」と薄暗い地下ながら、
豪奢な部屋の中で、がっしりと肉付きのいい中年の男が、
毛足の長いカバーの掛ったソファーの上にふんぞり返りながら、部下らしい、
海賊から耳打ちされて、忌々しげに呟く。
数秒考えた後、
卑怯者が姑息な案を考えついた時に浮かべる卑劣な笑みを頬に浮かべた。。
「それならそれで構わんさ。どっちにしても」
「麦わらは仲間がこの俺の手に握られていると判らせる事が出来たんだ、」
「俺に拳を向けてくる理由さえありゃそれでいい。」
「メディスン様、」と別の部下がドアの外からその男を呼んだ。
薬も過ぎれば毒になる、と言う事を揶揄してなのか、そのドクドクの実の男は、
「メディスン」と名乗っている。
「シュライヤの使いってヤツがお会いしたい、と言って来ています。」
(シュライヤの使いだと?)とメディスンは馬のように長い顔の眉間を僅かに寄せた。
が、今挑んでいるゲームの進行をより楽しむ為の情報を得る為に、
「ここへ連れてこい」と部下の報告に指示を与えた。
暫くして、メディスンの前に通されてきたのは、赤い色のサングラスを掛けた、
赤黒い髪の男だった。
服装の好みがシュライヤと共通しているが、この町では見たことのない男だ。
「なんだ、貴様は。」と用心深く、警戒し、そして相手が畏怖するように、
メディスンはその男に野太い声で凄みつつ、そう尋ねた。
「シュライヤの幼馴染で、相棒だ。」と赤い髪の男は答える。
体躯が良く似ているし、年もシュライヤとそう大差は無さそうだ。
だが、シュライヤは一匹狼の賞金稼ぎだった筈で、相棒がいたと言う噂は聞いた事がない。
「組んでたのは、数年前までだ。」
「俺が大怪我をシュライヤに付いて行けなくなった。」
「やっとシュライヤを見つけて、また荒稼ぎをするつもりで、説得してた最中だったのさ。」と男は澱みなく答える。
「名前は?」とメディスンが警戒を解かないまま尋ねると、
「どうとでも、好きに呼びゃいいさ。」と男は答えた。
「このヤマをこなしたら二度とあんたとは関わらねえ。だから名前を教える必要はねえし、
あんたも俺の名前を知る必要もねえ、違うか?」と半笑いを浮かべている。
「で、なんの用だ。」とメディスンは初めて男がここへやって来た用件を聞く。
「この1件が片ついたら、シュライヤはもう一度、俺と組んでくれるそうだ。」
「だから、あんたの為じゃなく、俺は俺の為にあんたに手を貸す。」
「お前を信用する要素が俺にはなにも見つからんのだが。」とメディスンは
まだ、その男に疑いの目を向けた。
「俺がヤツと幼馴染かどうか、は確かめられるぜ。」
「アデルなら、俺がヤツと幼馴染だって断言出来る筈だ。それしか、」
「俺の話しを信頼してもらう方法はねえ。」
ごく自然な話しの流れで、メディスンはその男を
アデルを捕らえ、拉致している秘密の部屋へと自ら案内するしかなくなった。
シュライヤが麦わらのルフィの手に落ちた。
が、まだ、その戦力を削ぎ切っていないし、目的は、ルフィの部下を全員、
ルフィの目の前で嬲り殺しにする事だから、出来る事なら、
ロロノア・ゾロも、コックのサンジも、船医のトニー・トニーチョッパーも、
全員、捕らえたい。
その為の手駒として、その赤黒い髪の男を使おう、とメディスンは判断した。
二人の足音を聞きつけたのか、
「ここから出せ!出せ、バカ!」と真っ黒な牢屋の中から元気な声が聞こえてきた。
メディスンの後の男が小さく、含み笑いをする。
「おい、ガキ。」と牢屋の鉄格子にむしゃぶりついて喚いているアデルに
メディスンは低く声をかけた。
「黙らねえと、絞め殺すぞ。」と言った途端、
「なんだい、やれるもんならやってみろ、あんたなんか、おにいちゃんにギッタンギッタンに
やられちゃえ!」とアデルはキャンキャン吠える仔犬のように可愛く凄んでいる。
「久しぶりだな、」と赤黒い男はアデルの目のまえでしゃがみ込んでから声を掛けた。
怪訝な顔をするアデルの前で、男はゆっくりとサングラスを外し、
僅かに指先で自分の前髪を軽く梳くって見せ、
唇だけを動かし、声を立てずに、アデルに「レディ、」と呼び掛けた。
サングラスの下からは晴れた空色の瞳があり、指先で摘んだ髪に隠していた眉毛は
渦を巻いている。
「あ!」とアデルは大声を上げるそうになり、慌てて両手で口を覆った。
アデルはすぐにその男の正体を、そして姿を変えている訳を悟る。
二人は目で頷き合い、笑みを交わしあった。
「この人はおにいちゃんの友達だ。」と興奮を鎮みきらないまま、
アデルはその男を指差した。
「名前は知っているか」とメディスンに聞かれて、アデルは首を振る。
「私は三才だったんだ。顔は覚えてても名前まで知るもんか。」
「でも、ちゃんと覚えてる。この人はおにいちゃんの友達だ。」
こんなに幼い子供が大人を欺くとはメディスンも思わなかったのかも知れない。
アデルが海賊船に乗って育った子供だったからこそ、出来た芝居だった。
アデルの居場所は確定出来た。
後は、ナミ達の居場所を突き止めたい。
サンジは再び、サングラスを掛けて立ち上がった。
だが、(急いては事を仕損じる、)と自分を戒める。
「麦わらのルフィの前で、仲間を嬲り殺す」と言うメディスンの目的が
メディスンとの簡素な会話の中から嗅ぎ取ったサンジは、ナミ達がまだ、無事であると
確信を持った。
(ルフィがここへ来れば、その目の前へ引き摺り出すってつもりらしいな。)
コソコソ動きまわって正体がバレてはマズい、と考えて、サンジはここへ潜りこんだ
一番大切な仕事をこなす方法を考え始める。
一方、その頃、ゴーイングメリー号では。
ゾロがサンジの回りくどいやり方を一向に理解しないルフィの説得に四苦八苦していた。
「なんで、直接行ってぶっ飛ばしちゃいけねえんだよ。」
「人質を取られてるっつってるだろ。」
「なんで、サンジだけがコソコソ行かなきゃなんねえんだよ。」
「あいつ以外に誰がそんな器用な事出来ると思ってんだ。」
「いいか。」とゾロは全く実のない無駄な会話の堂々巡りにいい加減うんざりして、
本腰を入れて真面目に話そう、とルフィの前に身を乗り出した。
「確かにお前が勝つ気でやりゃ、どんな奴だってぶっ飛ばせる」
「別にあいつがお膳立てをしなくても、ぶっ飛ばす事は出来るだろうけどな。」
そこまで言うと、ルフィは大きく頷いた。
「そうだろ、だったらなんで、そんな危ねえ事をわざわざするんだよ、サンジは。」
「バレたら、一番最初にヤられるのサンジじゃねえか。」
「俺はそれがわかんねえんだ。」
ゾロはそれを聞いて、鼻の穴から溜息をつく。
「それくらいは覚悟してるんだよ、あいつは。」
「誰の為でもねえ、お前の為だから、恐エ事なんて何もねえんだろ。」と
吐き捨てるように言った。
「お前が生きてなきゃ、俺達全員が死ぬって思ってんじゃねえか。」
「お前の為って事は、俺達全員の為、自分も含めて、全員の為だ。」
理解しているつもりでも、心配が消える訳ではない。
ルフィを説得しながら、ゾロは自分の腹の中の不安をどうにか押え込もうと
言葉を紡いだ。
サンジが探り出してくるだろう毒の成分が判らなければ、
刀を武器とするゾロも、素手で戦うルフィも、メディスン相手に戦えない。
だから、サンジは危険を承知の上で相手の懐に潜りこんで行ったのだ。
「あいつもバカじゃねえ、退き時くらい心得てる。」
「お前エは、しっかり食って、馬力、蓄えてろ。」
チョッパーはシュライヤから、メディスンの毒の特性について情報をあまさず、
聞き出していた。
「相手をした奴は間違い無く死ぬから、側でそれを見てた奴から聞いた話しだ。」と
シュライヤは前置きし、
「血も、汗も、とにかく、効能が全部違うようだ。」
「一口に毒って言っても色々あるからね。」とチョッパーはメモをしながら頷く。
呼吸を止める毒。
視界を塞ぐ毒。
神経を麻痺させる、あるいは攪乱刺せる毒。
皮膚を溶かす毒。
皮膚を焼く毒。
激痛を引き起こす毒。
「結局、サンプルを取らないと成分を分析する事も解毒剤や中和剤を作ることも出来ないのか。」と話しを聞き終わってからチョッパーが溜息をつく。
そして、「そんなサンプル、どうやって取ってくるつもりなんだろう、サンジ。」と不安げに
呟いた。
(汗、ヨダレ、鼻水、血)
サンジはゾロを、サンジを、チョッパーを捕えると言う目的を果たす
"赤黒い髪の男"として町をぶらつきながら考えていた。
ヨダレ、つまり ツバは割りと簡単だった。
食事の時に使う食器、スプーンやコップに絶対に付着している。
どれだけ僅かでもチョッパーなら分析出来る、としっかりメディスンの食器を
布に包んでシャツの隙間に突っ込んで盗み出してきた。
(学習するね、俺は。)と自分の盗み技の鮮やかさに自嘲する。
関節技はロビンから、盗みの技はナミから教わっているし、
擦りになっても食べていけるくらいの腕にはなっているとナミが笑っていた事を思い出す。
(疑いぶかい野郎だ。)と自分の行動を監視する為に着けて来る男を
サンジは巻きつつ、ゾロとの接触を試みる。
絶対に人に見られないようにして指定した場所へ来るようにと、
あたかもウソップが書いたように偽造したメモをその尾行の男に持たせた。
「こいつで、ロロノア・ゾロをおびき寄せるんだ、頼む。」と言うと、案外
簡単に納得したようだ。
(ご丁寧に地図まで描いたが、無事に来るかねエ)とサンジは場末の
木賃宿の一室で、メディスンの唾液がついた食器を密かにゾロに手渡す為に待つ。
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