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番外編 コバト
★
盗賊の頭 ★
ゾロ
★
サンジ ★
あんなくだらない戯言一つで、こんなに惨めな気分になった。
何故、こんなに滅入っているのか、その理由を自覚したら、
もっと、滅入った。
そんな自分に腹が立った。
誰に対してではなく、そんな気持ちを抱かせた恋人に対してなどではなく、
サンジは、自分が「嫉妬」しているのだと自覚した時、
そんな自分に対して、猛烈に腹が立った。
それを御しきれない自分自身に、
ゾロを信じるとか、信じないとか、そんな次元でなく、
「嫉妬」した、自分自身に、
やりようのない憤りを感じた。感じた途端、腹立ちはみじめな悔しさに
変化して、心臓がズン、と重たくなる。
「あんた達のお宝、全部寄越せば、賞金狩りなんてマネはしないわよ?」
海賊が、海賊を襲う。
目的は、その首に掛けられている賞金を狙う事、
それともう一つは、お互いの船に積載されている物資の略奪である。
麦わらのルフィ率いる麦わらの一味は、グランドラインのとある海域で、
ゴールドロジャーを戴く、大型の船を襲った。
麦わらの一味は、食料と、航海に必要な物資は略奪しない。
と、なると、奪うのは金品だ。
世界一美しい航海士は、圧倒的な戦力の差に戦意を喪失した
相手の船長に向かって、皮肉めいた笑顔で、
「お宝を寄越せ」と談判したところ、「全て、差し上げる」と、
あっさりと交渉は成立した。
「ナミ、」
敵船の財産を見極める為に、ナミとロビンは隅々まで
検分する、その途中、一緒に船に乗りこんでいたルフィが、船底から
ナミを呼んだ。
「なに?」とナミがその声の方へ歩いて行くと、薄暗い船底の先を
ルフィが困惑した顔で指差して、
「これ、どうする?」と尋ねる。
首を傾げ、ナミはランプを翳した。
そこには、頑丈に施錠された牢屋があり、その奥には、黒い髪の
女がぐったりと目を瞑り、横になっている。
「死んでるのかしら。」とナミは どこから出したのか、
細い針金をキリキリと歯で捻じ曲げて、その牢屋の鍵を開けた。
(衰弱しきってるけど、死ぬほどではなさそう)と女を抱き上げて、
顔色、脈などでナミは判断した。
「きっと、売り飛ばされるところだったのね。」
そうと判ったなら、助けない訳にはいかない。
その女をルフィは抱いて、ゴーイングメリー号に連れて帰った。
そして、女部屋に横たえられたその女の顔を覗き込んだゾロが
しばし、その青白い顔を眺めてから、「あ!」と声をあげたのだ。
「知ってるのか?」と即座にウソップがゾロらしくない露骨な反応に
やや驚いて、そう尋ねた。
「ああ、兄弟弟子だった。」とゾロは信じられない、と言った表情で
答える。
兄弟弟子、と言ってもくいなよりも腕は全然落ちる。
ただ、彼女の両親が海軍出身で、女でも強くなければならない、と
無理矢理 入門させた、とゾロはくいなに聞いていた。
「あの子、嫌いよ。」と男勝りのくいなは、イヤイヤ稽古に来ては、
ベソベソとすぐに根を上げ、泣き出すその兄弟弟子を嫌っていた。
「泣き虫は嫌い。」
それだけでなく、男に媚びへつらう態度が 竹を割ったような性格の
くいなからすれば、どうしても 鼻持ちならなかったのだろう。
幼かったゾロには、弱いだけで何故、くいながそこまで
その兄弟弟子「コバト」を嫌うのか、理解出来なかった。
「くいなとは、種類の違う生物なんだ。あいつは。」と庇うつもりはないが、
くいなにそう言ったが、くいなは、「ゾロはバカね。」と鼻で笑うだけで、
コバトが道場に通ってこなくなるまで、ずっと無視し続けていた。
だが、「女らしい」と言いかえれば、コバトは縫い物だの、
掃除だの、炊出しだのは得意だったし、優しい姉のようで、
ゾロは決して嫌いではなかった。
「俺が、師匠に嘘をついた事があって。」とゾロは
その夜、コバトと自分の過去について、懐かしそうに仲間に話した。
「友達が師匠の大事な小刀を川に落としたんだ。」
「破門されるって泣くから、つい、」
「俺が落としました」と、ゾロは仲間を庇った。
そして、バツとして、座敷牢に放りこまれ、三日間絶食を言い渡された。
仲のいい友達が破門されるのは嫌だった。
例え、三日の間、水も食べ物も口に出来なくても、構わない。
けれど、食べ盛りの少年が腹の虫をキュウキュウ鳴らして
空腹を堪えるのは辛かった。
(根性ねえなア)とそこまで話を聞いていたサンジが言葉には出さずに、
シンクを向いたまま、誰にも知られないように、小さく鼻でせせら笑う。
80日の絶食に耐えたサンジにとっては、三日の絶食など、
絶食の内には入らない。
だが、自慢げに言うことでもないので、黙って食事中の仲間に背を向けて、
話しの続きに耳を傾けていた。
「最後の一日が長くて、長くて。」
「頭の中は食い物の事ばっかりなんだが、」
「握り飯が食いてえなあ。」と牢の中でゾロは呟いた。
その頃のゾロにとっては、握り飯が一番の好物だったのだ。
甘い菓子や、肉ではなく、焚き立ての白米に、ちょうどよい塩加減で、
パリパリの海苔がクルリと巻かれた俵型でも、三角でも、中身がなんでも構わない、
とにかく、握り飯をむさぼり食いたい。
それしか考えられなくて、天窓から見える丸い月までが
握り飯に見えるほどになっていた。
「ゾロ、」と夜も更けて、空腹の所為で眠れないゾロを誰かが、
その天窓から呼んだ。
普段、怖がりで、臆病だと思っていたコバトが、
ゾロに差仕入れを持ってくる為に、師匠の家に忍びこんできて、屋根の上に登って、
来たのだと判って、ゾロは驚いて見上げる。
「お握り、持って来て上げたよ。食べな」と頭からコバトの声がして、
「握り飯が降ってきたんだ。」
「それが凄エ、美味くてよ。」
「今だにあれ以上の握り飯を食った憶えはねえな。」
ゾロは別に言葉をいちいち選んで喋る癖はない。
思ったことをそのまま、なんの意図もなく、口にするだけだ。
一瞬で、さっきまで和やかだったキッチンの中の空気が凍りついた。
「俺は、サンジの握り飯が一番美味エけどな。」とただ一人、
空気を読めないルフィが更に空気を凍らせる。
一度、口に出した言葉を撤回するのには、かなり根気がいる。
ゾロは自分が言葉を間違えた事にすぐに気がついた。
サンジは背を向けたままだ。
まだ、なにか食卓に乗せるつもりらしく、手は止まっていない。
さっきのゾロの使い方を間違えている言葉がサンジに、
(聞こえてない様に)とルフィ以外の全員が祈った。
「チョッパー、彼女には何を作ればいいかな。」とサンジは
急に振り返る。その態度には、まるきりいつもと違いなど何もなかった。
手には、作りたした料理が綺麗に盛りつけられている皿を盛っているところを見ると、
その作業に熱中していた可能性の方が高そうだ。
「え、あ、ああ、」とチョッパーは、凍りついて、いきなり溶けた空気に
しどろもどろになり、挙動がおかしくなる。
「消化のいい物がいいかもしれないわね。」とロビンが助け舟を出した。
「そうだね、身体が弱ってるみたいだし、」と
ニッコリと笑ったサンジになんの違和感もない。
また、シンクの方へ向いたサンジを確認してから、
ルフィ以外の全員の、批難の目がゾロに一斉に注がれた。
(聞こえてたのか、そうでないのか。)確認するのも難しい事だ。
だが、そんな仲間の緊迫などまるきり気にもしない船長が
あっさりとその難関を突き崩した。
「サンジ、握り飯作ってくれよ。」
「サンジの握り飯が世界一美味エんだって、ゾロに教えてやるからさ。」
そして、サンジは背を向けたまま、即答し、キッチンの空気をまた、凍らせた。
「世界一の大剣豪が満足するような握り飯を作る自信がねえよ。」
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