それは、チョットした不注意だった。
その出来事をきっかけにして、
彼にとって 生涯 これ以上ないほどの幸せな時間が
彼には 身に余るほどの幸せな日々が

自分ではもう 覚えていないほどの罪を犯し尽くした男に与えられた。


それは、運命の神の気紛れ。 


気紛れの至福


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それは 若いコックのチョットした不注意だった。



海上レストラン・バラティエ。
見習いコックは、賄い料理のフライを作っていた。
そこへ、先輩コックが食料倉庫から食材の搬入を言い渡され、
うっかり 油を火にかけたまま その仕事に取り掛かってしまった。

熱くなりすぎた鍋から 炎が吹きあがり、
慌てた彼はその鍋に水をぶっ掛けてしまう。

炎は厨房に燃え広がり、パティシエが使うバーナーや 大きな油瓶、
消毒用のアルコールなどに次々に引火し。



来客を非難させるのに 手間取って。



全焼し。


そして、海に沈んだ。


「なんだって?」


その情報は、このレストランの2代目オーナー・赫足のサンジと呼ばれる
海賊に 偶然 手にいれた電伝虫によってもたらされた。


「パティやカルネは無事なのか?」

連絡をくれたのは、彼の竹馬の友からだった。

「無事じゃあないが、生きてるよ。でも 今 重傷で入院中だ。」
「リキ、お前 どこからその情報仕入れたんだ?」とサンジは、眉をひそめながら
電伝虫に向かって 尋ねる。

「俺は、今 東の海に帰ってきてるんだよ。やっぱり、親父がやってたみたいな
食材を扱う店がやりたくて、ここんとこ バラティエにもよく行ってたんだ。」
「そうか。・・・・わかった。あのアホコックどものこと、頼む。」


サンジは、その日から1週間ほど じっくり考えていたが、やはり 放っては置けなかった。

船長以下、麦わらの一味に 一時 バラティエ再建のためにグランドラインを離れる事を申し出た。

「店のめどがついたら 必ず 戻ってくる。半年もかからねえと思う。」という
サンジの言葉をルフィは飲んだ。

偶然、ゴーイングメリー号は、ウイスキーピークの側まで来ている。
リバースマウンテンを越えれば すぐにイーストブルーへ帰れる。

「どうせだから、サンジを待ってる間、リトルガーデンに行こう。」とルフィが言い出し、
サンジが戻ってくるまでの間、その巨人の住む島で、麦わらの一味は停泊する事にしたのだった。


「俺がいねえ間、干からびるなよ。」と軽口を恋人の胸に残して、
サンジは 連絡をくれた リキと言う幼馴染の元へと向かった。


パティとカルネは、最後まで店を守ろうとした結果、全身に火傷を負い、
包丁を握れるようになるまでには 少なくとも 3ヶ月以上はかかるという。

それより、なにより 店の復旧の方がサンジには重大事だった。

先立つものは金なのだが、
海賊をしながら稼いだ金は 殆ど ナミに渡していたし、今回の事で ナミは 
サンジに1千万ベリーを
「これは、今まで サンジ君が稼いでくれた分よ。」といって快く 持たせてくれだけれど、
それを出したとしても全く同じ船を購入するには まだまだ 足りない。


今は バラティエのオーナーという立場上、略奪などの海賊行為で
資金を稼ぐわけにも行かず、サンジは困惑した。

「・・・あと、4千万ベリーもかかるか・・・。」

サンジは、見積もりを出して見た。
ゼフが開店したときの書類なども 燃えてしまったけれど
その手順は側で見ていたから 逐一覚えている。

バラティエが再建されるまでの間、サンジは安普請の小さな部屋を借りて、
そこで雑多な手配をするための日々を過ごす仮寝の宿とした。


賞金首を狩って ブローカーに突き出して金を稼いでも、マージンをかなり取られて 
芳しい稼ぎにはならないが、それでも やらないよりましだ。

サンジは、次の日から 賞金首を精力的に狩出した。

海賊、山賊、泥棒、詐欺、犯罪者ならお構いなしだった。

一月もたったころ、この界隈では もう 賞金首はめっきり少なくなり、
船を購入するための前金を払うともう サンジの手元には殆ど金が残らなかった。

こうなったら、徒党を組んでいる海賊や山賊を 一気に一網打尽にしていくしかない。




「総隊長、次の島では、妙な賞金稼ぎがでて 最近は かなり物騒らしいですぜ。」

海賊が物騒、というのは 賞金狩りや海軍、あるいは同業者である海賊から
襲われる事を差す。

部下のそんな言葉に
鬼人と呼ばれる男が鼻で笑った。

「賞金稼ぎが怖くて海賊をやれるか・・・。俺が返り討ちにしてやる。」

だが。


今は、クリーク海賊弾の暫定船長であるその男は
上陸しようと港に入った途端、その賞金稼ぎを見て 息を飲んだ。



「サンジさん・・・・っ?」


「やっぱり、てめえか。」
港に碇を下ろした途端、小船で接艦してきて なんの挨拶もなしに
船に乗り込んできた黒いスーツの賞金稼ぎは、マストに はためいている
砂時計のドクロの旗を見上げた後、総隊長と呼ばれたギンと言う男に
不遜な表情を浮かべたままの顔を向けた。


「悪イが 金がいるんだ。今、俺はコックでなければ海賊でもねえ。」
「てめえらを狩る 賞金稼ぎだ。遠慮なくかかって来い。」


警戒して怒声を浴びせる部下たちを
ギンは、無言の一瞥で叱責し、黙らせ、武器を退かせた。


「・・・その前に、事情くらい話してくれても構わねえでしょう。」
「なんで、あんたが賞金稼ぎなんかやってるのか。」


おだやかなギンの声にも サンジは態度を崩さなかった。
「てめえには なんの関係もねえ。」
「俺は、ただ 金が欲しいだけだ。てめえも賞金首だろ。」
「・・・前の俺だと思うなよ。」


ギンは、それでも サンジに狩られる気もなかったし、まだ 理由を尋ねようと口を開きかけたが、
サンジの姿はもう 視界から消えている。


本能的にギンの体が戦闘体勢に入った。

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