「こりゃ、すごい、流石はグランドライン帰りだね。」
「イーストブルーでも、サウスブルーでもここまでの上玉はお目にかかれないよ。」
「オークションにかけるか」
「元手もかかるぜ。こうみえても、赫足だ。」
「まず、薬漬けにしねえと、売り物にはならねえよ。」
「なあに、いくら赫足でも、両手両足の腱を切っちまえば いいのさ。」
「薬漬にして、呆けちまうより、じゃじゃ馬のまま 組み敷いた方がお客は満足する。」
サンジの意識が下卑た男達の会話で引き戻された。
瞼が重くて開かない。
指1本も動かせない。
喉を何かが塞いでいるようで、声も出ない。
(・・・・とにかく、現状を把握しねえと・・・。)
サンジは、聞き耳を立てた。
体が動かない間は、よほどのことがない限り、意識を失ったままの振りをする方がいい。
声の種類で周りの人数。
反響する音で、部屋の広さ。
擦れる金属の音で、武器を携えているかどうかを憶測する。
「・・・別嬪さんだな。話じゃ、随分綺麗な蒼い目をしてるとか。」
サンジの頬を 生暖かい、汗ばんだ掌が撫で回した。
(・・・っクソ気持ち悪イんだよ。・・・・。)
体さえ動けば、男を娼館へ売り飛ばそうとしている男など、何人いようと
瞬殺できる。
「意識が戻ったらすぐに暴れるだろうから、今の内に身動きできネエようにしておくか。」
冷徹そうな男の声だ。
「まて、オークションにかける前に傷ものにするな。値が下がっちまう。」
「見ろよ、この肌。」
いかにも 好色そうな声音の中年の男の声だ。
体ガ動くようになったら、この男を一番最初に蹴り殺してやる、とサンジは
思った。
その男は、サンジのシャツのボタンを外し、頬に触ったあの脂ぎった掌で
首筋を撫で、そのまま 腹筋の丘を執拗に撫で回したからだった。
「・・・おい、味見したくなっちまったのか。」
含み笑いをしている、ほかの男の声がした。これで、3人。
「・・・変態め。」例の冷酷そうな声が軽蔑したような声を出した。
それに反応するように、数人の男の鼻で笑うざわめきがサンジの耳に入る。
・ ・・3人どころじゃねえな。10人近い人数、何人かは銃を持ってやがる。
部屋は、そこそこ広い。
こいつらを全員潰すほどには 体は自由に動かないだろう。
出入り口の場所さえ判れば どうにか脱出出来るかもしれない。
「おい、折角だから、もっと隅々まで検分してやろうじゃネエか。」と
また、別の男の声がした。
一体、なんの目的で、自分をさらったのか サンジには全く判らない。
サンジの体がいきなり持ち上げられ、うつ伏せにされた。
着衣の上から、何人かの男の手が 臀部や、内太腿をしきりに撫でる。
気味が悪くて反吐を吐きたいが、まだ 充分に体ガ動ける状態ではない。
サンジは、唇を噛み締め、ゆっくりと髪に隠れた目を開いた。
「あの女、あと700万ベリー寄越すって言ってたな。」
「バカな女だぜ。すぐにクリーク海賊団にとっ掴まって嬲り殺されるに決まってる。」
「海賊をナめた女の末路だ。哀れむことはネエ。」
口々に喋りながらも、サンジのシャツをズボンから引っ張り出し、
背骨の窪みを指でなぞったり、僅かな隙間から 臀部へと
手を滑りこませ、その固く引き締まった筋肉を乱暴に鷲掴みにしたり、
男達は サンジの体を弄ぶ。
瞼。
指。
徐々にサンジの体から 睡眠ガスの効果が消えていく。
それでも、この男達を蹴り飛ばすには、まだ 時間がかかりそうだった。
サンジの体が再び 仰向けにされる。
その瞳が 強い光を持って 手負いながらも獲物を刈る猛禽類の獰猛さを
孕んでいることには、誰も気が付かなかった。
「・・・ロロノアと兄弟になるってのもいいな。」
その一言は、サンジの理性と体力のバランスに 大きなギャップを作った。
薬の効果の所為で、まだ、動けない。
それがサンジの理性だった。
噴出した怒りで、サンジの体を縛る 薬の効用は 一瞬、消し飛んだ。
男の一人が大仰な悲鳴をあげる。
「ロロノアと兄弟になるってのもいいな。」と言った、男の手に、
ナイフが深深と突き刺ささり、サンジの体のすぐ側に
まるで、釘で打ちつけられた板のように固定されている。
ゼフから贈られた、どんな場所でも 食材をさばけるようにと サンジが
チビナスと呼ばれていた頃から大切にしていたナイフだった。
「・・・殺してやるっ・・・・てめえらっ・・・・っ。」
そのサンジの気迫に男達は、息を飲んで 後退った。
所詮、海賊と盗賊とでは、その気質が違う。
戦うことを極力避け、姑息に立ち回り 利益を得ようとするのが盗賊なら、
勇気と英知を以って、海を制し、尚且つ 獰猛さを以って 戦い、
その先に偉大なる大秘宝を求めているのが海賊だ。
いくら 多勢に無勢であっても、その戦力の差は明らかだった。
サンジは、ナイフを引きぬき、すぐに自分の戦闘スタイルを取った。
男達の顎が砕かれる、鈍い音が響く。
と、同時に何発かの銃声も響いた。
サンジの憶測した通り、男達は10人近くいた。
そして、やはり 数人が銃を持っていたのだ。
だが、サンジの動きが早くて 照準を合わせられない。
この部屋で銃を乱射したら、仲間まで 巻き添えにしてしまう。
脱出する。最初はそのつもりだった。
だが、サンジの理性は完全に吹っ飛んでいた。
ロロノア。
ロロノア・ゾロ。
その名前を口に出し、自分を陵辱しようとした男達の血を見ないと気が済まない。
男達が飲んで、床に散乱した酒ビンが逃げ惑う男達に蹴られ、踏まれて、
砕かれ、床の上に散らばる。
そんなことにはお構いなく、サンジは男達を追い詰めた。
足技を自由に操るために、自分の体を支える手がガラスの破片で
血だらけになることも、全く厭わない。
一人残らず、殺してやる。
それしか頭になく、それだけがサンジの体を動かしていた。
だが、精神力と実際の体に残る薬の効果のバランスの崩れは
すぐに均衡を取り戻し始める。
男達の殆どを床に叩きつけたのに 要した時間は 僅かに
5分とかからなかった。
サンジは、全員が自分の足元に転がったのを 自覚した途端、
凄まじい眩暈に襲われた。
(・・・・っチ・・・・・。まだ、気が済んでネエのにっ・・・っ。)
サンジが片手で 顔を覆った。
ヨロヨロとその足取りがおぼつかなくなったサンジの体に向けて、
床に伏せたままの男の一人が銃の照準を合わせた。
息があるのは、既にその男だけになっている。
後の男達は、喉笛を潰されたり、眉間を潰されたり、訳のわからない間に
サンジに蹴り殺されていた。
ゆっくりと出口に向かうサンジの背中に向かって、生き残った男は
銃口を向け、最後の力を振り絞り、引き金を引いた。
風船の弾けるような小さな音だった。
サンジの背中に焼けた棍棒が振り下ろされたような 衝撃が走り、
前のめりに転倒した。
「っ・・・・くっっ・・・・。」
肩甲骨の下あたりに被弾した。
痛みよりも、嗅がされた薬の作用なのか、眩暈が酷くて
立ちあがれない。
サンジは這う様にして その部屋から出た。
狭くて暗く、湿っぽい 嫌な匂いの充満した廊下を
サンジは 脱出口を求めて 壁に持たれながら 歩く。
(ッ・・・・冗談じゃネエ。なんで、こんな目に会わなきゃならねえんだ。)
総隊長であるギンにとっては、クリーク海賊団の攻撃要員は
全て 自分の手足だ。ドン・クリークが不在の今は、
攻撃要員だけでなく、航海士、操舵士、船医なども ギンの支配下にある。
たった、6人の海賊のコックであるサンジよりも、海賊の格、と言う視点で言えば
はるかに高い。
ただ、その行動場所がイーストブルーに限られているか、グランドラインか、と言う
違いは大きいし、王下七武海を倒した麦わらの一味は
そんな尺度では 測れない 実力を持っていることは
ギンも 充分に承知している。
それはさておき、ギンはたかが コックを探すのに クリーク海賊団全員を
収拾し、総動員して探索させた。
それに反発するものもいたが、ギンの恐ろしさはその口を閉ざさせ、
全員がその命令に従ったのだ。
「・・・ギンさん。俺に心当たりがあるんだが。」
ギンの腹心で、例の女に金を渡した男が 部下からの知らせを
待つしか出来なくて イライラしているギンに
自分の私見を述べてきた。
「心当たり?」ギンはその男を信頼している。もちろん、サンジへの想いなどは
口には出していないが、この男にはきっと 悟られているだろう、と
予測はしていた。
「ギンさんが拾ってきた女ですがね。俺が金を渡して叩き出しておきましたが。」
ギンは顔を顰めた。
あんな、醜い者を拾ってきた自分の愚かさを思いだし、また 気分が悪くなる。
「あんな女に何が出来る。」ギンは男の予想を聞く気にもならなかった。
「第一、恨むなら俺だろう。サンジさんは関係ない。」
男は首を振った。
「あの女は自分が拾われてきた理由を知っちまったんですよ。」
金色の髪と、海色の瞳と。ただ、それだけの理由の身代わり。
「ギンさんの大事な人を恨んで、邪なことをしたんじゃネエかと。」
「俺は、その線で調べてきます。」
ギンは応えなかった。
あの男の言うとおりなら、サンジに振りかかった災難は自分の所為だ。
「サンジさん・・・なんで、ここに来ねえんだ。」
気持ちが乱れた。
ここにいるのももどかしくなって、ギンは部下の知らせもまたずに
とうとう 船を降り、自分の足でサンジを探し始めた。
「ギンさんっ。」「総隊長!」
狭い港町で、全ての部下を総動員して探索させているのだから、
ギンの行くところ、行くところに部下がいる。
その都度、「何か手がかりはねえのか。」と尋ねても 芳しい答えは帰って来ない。
(・・・ここはどこで、どんな構造になってやがる。)
サンジは肩で息をしながら まだ 例の建物の中にいた。
窓が全くなく、密閉された空間からして、「地下」かもしれない、と
予想して、階段を探したが、痺れと痛みに体が思うように動かず、
まだ、階段は見つからない。
あの部屋にいた男達は全員 蹴り殺してやったつもりだが、
万が一 追っ手がかかれば逃げきれるかどうか 判らない。
(ッ畜生。俺が何をしたってんだ。)
(あの串団子野郎が恋人を大事にしなかったのが悪イんだっ。)
サンジは盗賊たちの会話をしっかり聞いていて、自分が拉致され、
男娼として売られそうになった理由を知った。
恨むのは、串団子野郎のギンであり、実際 自分に危害を与える依頼をした
ギンの女には 同情こそすれ、恨みなどは抱いていなかった。
サンジの足取りを調べていた部下からの知らせで、
パティとカルネが入院している病院から サンジが煙りのように
消えた事が判った。
そして、次にこの港町を根城にしている盗賊から情報を得ようとしたところ、
その根城には 留守居役しかいず、その留守居役を脅して
仲間達がどこに行ったかを吐かせた。
「・・・今日は大きな買い物があるとかで、・・・。」
狂暴さと勇猛さを誇る クリーク海賊団の海賊達に凄まれ、
盗賊の留守居役はあっさりと
その盗賊達がさらってきた人間を一時 拘束しておくための建物に
集まっている、と吐いた。
「大きな買い物だと?」ギンの顔色が蒼ざめる。
「大きな買い物」がサンジの事かどうか、ギン以外の者は判断しかねた。
だが、ギンは即座にサンジだと判断した。
「ご苦労だった。お前ら、船に戻れ。俺一人で行く。」
朝から探索して、もう日が翳り始めていた。
もしも、サンジが無事で、無駄足になるならそれが一番良い。
けれど、そうでなく、サンジにもしものことがあったら。
あの綺麗な体を汚されるようなことがあったら、
誰の目にも触れさせたくない。ギンは 単身、その屋敷に向かう。
女への憤りなどは後回しだ。サンジの無事さえ確認できたら、
後で嬲り殺してやる、とギンは歯噛みをする思いで
港町から森へ向かって 全力で走った。
「へへ・・・・大人しくしろよ。」
醜く、太った男がヨダレをたらしながら、サンジの耳たぶを噛む。
サンジは、出血の所為で意識が朦朧とし、今だ 効力の消えない薬に
体の自由を奪われ、ただ、好色なことが取り柄のような男に
簡単に組み敷かれてしまった。
サンジはようやく、地下からの階段がない事に気がついて、
通気口を辿り、地上階に出た。
盗賊達が浚って来た人間を逃がさないように 一階から地下への階段を
作らず、一階の床から梯子を降ろさなければ 脱出できない
構造にしてあったのだ。
サンジを組み敷いている男は、この建物をただ 管理している
いわば 盗賊の牢番だった。
通気口を破って、地上階に出たサンジはすぐに外へと脱出したが、
その物音に この牢番が気がつき、追ってきたのだ。
「・・・こりゃ、確かに上玉だ・・・。」
戦闘にも、策謀にも 全く向かず、盗賊達の間でもさげすまれてきた
この牢番は、地下室で 幹部達が喋っていたことを聞いていたのだ。
「あいつら、全員殺しちまって、俺にやられたんじゃあ、なんのために
逃げてきたのか わからねえなあ、ええ?別嬪さんよ。」
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