「今日は、クソコックの見舞いと、船の仕上がり具合をドッグに見に行くんだ。」
サンジは、ギンの
「今日はどこへ?」と言う問いかけにそう答えた。
今朝、ギンと別れ際、ギンの女の話を聞いて、腹が立って つい、
余計な御世話だと知りながら、声を荒げてしまった。
正直、ギンがあんなに険しい顔をするのは以外だった。
その面差しの理由をサンジは、ギンがまだ その女へ未練を残しているのだと
解釈した。
(・・・好きなのに、なんでだ・・・?)
バラティエの船を造船しているドッグへと足を運びながら、
退屈凌ぎに考えた。
航海が危険だから?
仲間への気兼ねや、遠慮?
男女の事なんか、他人がどう考えようとわかることじゃネエか、と
サンジは思い至り、別のことを考える事にした。
資金繰りや、人手の手配もしなければ行けないし、考えなければ行けないことが
サンジには 山積だった。
けれど、今、ギンと金髪の女の事を考え、それをやめた時、
頭に浮かんだのは、緑色の髪の剣士のことだった。
何時になれば、あの船に帰れるのだろう。
ここにいて、するべき事を早く終えて、一刻も早く、仲間の元へ、
帰りたい気持ちに駆られた。
(・・・今ごろ、どんな季節の島にいるんだろうな。)
いつもどおりの生活をしていることだろう。
それでも、自分が不在な不自由さを皆、感じてくれているのだろうか。
無理矢理、仲間の事に頭を置き換えようとサンジは足掻いているのだ。
本当は、最初に浮かんだ 緑頭の事で 頭の中が一杯になりそうだったのを、
すぐに 仲間の事を無理矢理思い出し、その中の一人として、
緑頭を認識しようと。
だが、そうすればするほど、口の端を釣り上げて笑う、力強い笑顔が
目の前にちらつくようで、サンジは そんな自分自身に
(・・・止めろ、バカ野郎)と毒づいてみる。
恋をしているわけじゃない。
離れて、淋しいとか 心細いとか 感じているわけでもない。
早く会いたくて 堪らなくなっている訳でもない。
ただ、心臓の鼓動がほんの少し 早くなっているだけで、
特に変った事など何もない、と自分に言い聞かせる。
船の内装は、サンジが苦労して手にいれた、ゼフが選んでいたのと同じものが
既に運びこまれ、8割方完成していた。
それを隅々まで確認し、また 数日後に様子を見に来ることを
作業の責任者と約し、その後、パティとカルネが入院している病院へと向かった。
船が完成したとしても、働き手のコックがいないと話にならない。
サンジは、この二人以外にバラティエを任せるつもりなど微塵もなく、
バラティエの再建の時期は、船の完成よりも、この二人の回復次第だと
考えているのだ。
サンジは、2日おきに病院へ行く。
毎日 行っても目に見えて回復する訳でもないし、二人の衣服や、
細々した物を届けてやり、看護婦にそれを渡して、自分は直接
二人に会わない。
彼らの主治医に 回復の現状を聞くだけだ。
パティもカルネも、自分と顔を合わせるのは辛いだろう、と考えてのことだ。
ゼフからサンジへと継がれ、そのサンジから託されていた大切な船を
不注意の失火で海に沈めてしまったのだから、
瀕死の重傷を負いながらサンジに合わせる顔がない、と自責の念に駆られている、と
幼馴染のリキから聞いた。
いつもどおり、サンジは二人の荷物を看護婦に渡し、出口へと向かう廊下を
足早に歩いていると、後ろから 一人の看護婦が
「バラティエのオーナー・・・さんですよね?」とおずおずと呼び止めてきた。
「ええ、そうですが・・?」サンジは、その声に振り返って答える。
「カルネさんの身内の方、と思ってよろしいんですよね。」
看護婦は、全く表情の読めない、事務的な口調でサンジに尋ねた。
「はあ、まあ、そうですね。」
海賊まがいのコックだ、カルネには家族どころか 恋人もいない。
天涯孤独で、カルネの居場所は バラティエしかないし、そのオーナーの
サンジは、唯一の身元引き受け人であり、家族であると言っていいのかもしれない。
サンジは、看護婦の言葉を わずかに戸惑いながら 肯定した。
「先生がお話があるそうです。」
サンジは、首を傾げた。
「さっき、話したところですけど・・・?」
怪訝な表情を浮かべるサンジに、気の強そうな看護婦が
「大事なお話しだそうで、個室の方へ案内するようにと言われたんです。」と
澱みなく答えた。
さっきは、確かに診察室で、周りには 順番を待つ患者や 立ち働く看護婦が
大勢いた。
とにかく、案内するから来い、と言う看護婦についてサンジは
再び 病院の中へと戻った。
「こちらでお待ち下さい。」
看護婦は、また 事務的にそう言うと、病院の一室のドアを開く。
サンジは、なんの疑いもなく、その部屋へと足を踏み入れた。
その部屋の内側にもう一枚ドアがあり、サンジはこれも 不用意にドアを開いた。
「盗賊には、盗賊のやり方があるのさ。」
ギンの女と契約を交わした 盗賊団のリーダーが不敵に言い放った言葉。
サンジの行動を数日かけて調べ上げ、当然、サンジの戦闘能力も考慮に入れた
「策」だった。
その部屋には、あらかじめ 揮発性の高い睡眠ガスが充満するように
細工してあった。
(・・・なっ・・・・?)
天井がぐるりと回転したと思った次の瞬間、サンジの意識は真っ暗な闇の中に
引き摺りこまれた。
「パールっ!」
ギンは、頭は弱いが、確かに戦闘能力だけは 人並み以上な第2部隊隊長を
自室に呼びつけた。
サンジが来ない。
この艦隊の食事を作るのなら、夕方前には 厨房に入らなければ
間に合わない。
それなのに、サンジは星明りが明るい夜になっても ギンの所には
来なかったのだ。
「なんです、ギンさん。」
相変らず、人を食ったような顔をしてパールはギンの部屋に
入ってきたが、ギンの形相を見て顔色を変えた。
「てめえ、サンジさんを一体どこへやったっ。」と言うが否や、
ギンは、今はなんの防具も身につけていないパールを
力任せにトンファーで殴り飛ばした。
ギンの部屋の壁が パールの体を受け止めきれず、轟音を上げて
破壊される。
「・・・ギ・・・・ギンさん・・・・な、・・・なんのことです・・・?」
殆ど無抵抗で、防御など考えていなかったパールは、悶絶しながら、
ギンの暴挙の理由を息も絶え絶えに 尋ねた。
「トボケるな、てめえが今だにサンジさんを恨んでるのは知ってるんだ。」
ギンは、体から陽炎が立ち昇るのではないか、と思うほど猛っていた。
それでも、パールから何かを聞き出さなければ サンジの安否を確認できない。
「・・・あのコックに・・・もう、関わりたくネエんで・・・・。俺は・・・。」
涙と鼻水と、鼻血でパールの顔は直視できないほど グシャグシャになっている。
それを見て、ギンは沸騰するかと思えた血液の温度が一気に冷えるのを感じた。
思えば、サンジほどの猛者が パールのような頭の弱い男の策略にかかる筈もないし、
まして、腕っ節でどうにか されるわけもない。
だが、思いきり殴り飛ばした収拾がつかず、ギンは、さらに パールに凄んだ。
「じゃあ、なんでだ、なんでサンジさんは来ないっ?」
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