サンジは、深く眠っていた。
熱が出てきたらしく、額には玉のように汗をかいている。
船医が持ってきた、着替えをさせたいけれど、
一度 暴走しかけた自分を信じられなくて、ギンはまだ
サンジに血まみれのシャツを着せたままだった。
その不快さに、本来 目が覚めない筈のサンジの意識が戻った。
「・・・寒イ。」
ギンに訴える、と言うよりもサンジは独り言のように呟いた。
「寒い?」ギンはその言葉を聞き返した。
熱が高くて体温は上がっているのに、寒い、と言うサンジの訴えに、
慌てて 船医から貰った解熱剤を取り出した。
「薬です、サンジさん。」
その薬は錠剤だった。
サンジはゆっくりと顔を顰めながら起きあがり、それを
ギンの手から摘むと口に放りこみ、ポリポリと音をたてて噛み砕くと
飲み込んでしまった。
ギンが水を用意する暇もなかった。
そのまま、ドスンと背中からベッドに倒れこみ、
「ってっ・・・。」と小さな悲鳴をあげ、体をしならせる。
ギンは、人の看病などした事がなかった。
眠っている間は ただ、その寝顔をジッと見つめていただけだ。
目が覚めた今、どんな気配りをしていいのか、
判りかねて ギンはおろおろするばかりだ。
サンジのシャツは血だけではなく、サンジ自身の汗でもぐっしょりと濡れて
サンジが寒がるのはその所為か、とはた、と気がついた。
「着替え、あるなら貸せ。」
どよん、とした目つきのサンジだが、口調は 意外なほどはっきりしていた。
ギンは言われたとおり、着替えをサンジに手渡した。
ギンの目の前で、サンジはシャツを脱ぐとくるくると丸めて、
ごみ箱に投げこむ。
血と汗で汚れきり、もう、洗っても落ちないと判断したからではなく、
そのシャツを見ると自分の油断で拉致され、陵辱されかけたことを思い出すのが
いまいましいからだ。
「手が上がらねえ。拭け。」
サンジはギンに背中を向けた。
「・・え・・・。」
ギンは、サンジの背中に目がくぎ付けになった。
その背筋に沿って、白い、筋のような大きな傷跡。
けれど、それが決して痛々しかったり、醜かったりするのではなく、
ただ、全く無駄のない筋肉のつき方をしている薄い背中を
飾っている勲章のように思えた。
「寒いっつってんだろ。さっさと拭けよ。」とサンジは向こうを向いたまま
ギンを急かした。
ギンは言われるまま、そっと傷を避けて、タオルでサンジの背中の汗を拭う。
薄い布ごしに触れる、サンジの肌にギンの手が小さく震えた。
何か、喋らないとまた 本能が暴走しそうで
「サンジさん、ピアスを開けたんですか。」とどうでもいい軽口が
つい、口をついて出た。
「ああ。」とサンジは 素気無く答える。
だが、その首筋が一瞬で 桃色に染まった。
ギンはその色を見て取り、すぐにそれから目を逸らして
サンジの肩に新しい 着衣をふわり、とかけた。
「悪イな。」上着のボタンを片手で留めると、
サンジはごそごそと下半身の着衣も脱いで、ベッドに深く潜りこんだ。
「傷、痛みますか。」とギンは申し訳なさそうに尋ねる。
「これくらい、どうって事ねえのに、お前の所の船医は随分大げさだな。」
サンジはそういって 横になったまま ギンに向かって笑顔を見せた。
サンジは、ギンの事を恩義に厚い、世間知らずで不器用な、
放っておけない 歳の離れた友達とでも思っているのだろうか。
女性ならともかく、誰とでもすぐに打ち解けられるような、そんな
開けっぴろげな性格ではないはずだ。
「お前さ。俺のこと、恩人だっつってたろ。」
サンジは 朦朧とした意識ながら、船医とギンの会話を途切れ途切れ聞いていた。
「聞こえてましたか。」
ギンは、あの時、余計なことを言わなくてよかった、と心底 安堵した。
思わず、ギンの表情も緩んで 笑みが浮かぶ。
この顔を向けられるのは、世界でたった一人だけ、と言う特別なものなのに、
その相手はその事に気がつかない。きっと、これからも ずっと。
「俺がお前の恩人なら、お前も俺の恩人だ。」
それなのに、なぜかいつも、高圧的な態度に出てしまうのは、
ギンがサンジに対して いつも 従順な態度をとるから、と言うことと
普段から 男相手には誰に対しても 高圧的なので
ギン相手ならそれが余計に 際立ってしまう。
「お前は俺の命を助けてくれたじゃねえか。」
「そりゃ・・・。」
サンジが言っているのは、
クリークの毒ガスからサンジを守った時のことだ。
この人を守りたい、と思った瞬間、初めて自分の命に価値を見出した。
それまでは、自分の命を惜しんでいなかった。
奪うことだけの人生で 自分の命を惜しむことなど許されない。
命など、クソくらえ、と思っていた。
人の命だろうと、自分の命だろうと、関係ない。
命運が尽きるか、尽きないか、ただ それだけの違いで
誰かを守るために死ぬなど、愚か者のすること以外、ないものでもない、と。
けれど、今は、
サンジの為に命を捨てられるのなら、自分の命がサンジという存在の
代償となるのなら、これほど 幸せな死に方はないと心から思う。
あの時、サンジが自分の命を投げだして バラティエを守ろうとした
気持ちが今なら よく判る。
口篭もったまま、黙ってしまったギンを
「傷が治ったらまた、雇ってくれるか。まだ、3000万ベリー分も
働いてねえ。」とサンジは横たわったまま、見上げる。
「もちろんです。」とギンは 床にしゃがみこんだ。
「1週間は腕を動かしちゃいけねえそうです。」
「大人しく、言うことを聞いてくださいよ。約束です。」
サンジは頷いた。
本当はギンと交わした「約束」には、お互いを脅かす、
強迫じみたものなのだが、今、ギンが口にしたそれには
そんな野暮なものは 一切、含まれていなかった。
サンジが言うことを聞かなければ ギンは例の女を殺す。
その女をギンが殺そうとするなら、サンジは身を挺してその女を
守ろうとするだろう。
そんな 殺伐とした条件が含まれている、「約束」が
サンジの傷が癒えるまでの間、二人を繋いだ。
そんなものでしか、サンジを縛ることが出来ない事に
ギンは淋しさと切なさを感じてはいるけれど、
それでも、「約束」と言う響きに 浮き立つ心を 愚かだと
自嘲した。
「ところで、お前、どこで寝るんだよ。」
抗生剤と消毒、解熱剤をちゃんと投与しなければ サンジの体に触る。
ギンは今夜は 眠らないつもりだ、とサンジに言った。
この部屋は豪奢だが、巨大なベッドがひとつきりしかない。
そのベッドは大人が3〜4人は余裕で横になれそうなほど
大きいのだが。
「辛くなったら起こすから寝ろよ。俺もお前が起きてちゃ
落ちついて寝られねえ。」
サンジはうつ伏せになった。やはり、仰向けのままだと 麻酔が切れ始めている
傷が痛むらしい。
今日一日、サンジのことが気がかかりで 確かに肉体的にも 精神的にも
ギンも疲労していた。
サンジに寝ろ、と言われて急に その疲労感が体に広がったような気がする。
「じゃあ、汗を流して横になります。」とだけ言うと、ギンはシャワールームに入った。
当然、ギンはサンジの隣で横になるつもりなどない。
ソファでも、床でも、どこででも眠れる。
ただ、同じ部屋にいる、それだけで嬉しいのに。
「辛くなったら起こすから寝ろよ。俺もお前が起きてちゃ
落ちついて寝られねえ。」
サンジにそう言われて、ギンはバスルームでざっと汗を流して、
部屋に戻った。
サンジは相変らず うつ伏せになって窓の方へと顔を向けている。
何を考えてるんだろう、何故か声がかけられない。
サンジの頭の中は、これからの事で一杯だった。
パティとカルネが動けるようになり、船の完成の目処がついたら、
あの二人に任せて 自分はもとの仲間のもとへ帰れる。
だが、肝心のパティとカルネの回復が芳しくないし、金策の中心である
ギンの船のコックとしての仕事もこの調子では しばらくは稼げない。
もちろん、この稼げない分まで ギンから貰うつもりなどないし、
そうなると 予定していた金額よりも少なくなる。
そうでなくても 予算ギリギリどころか すでに調度品や壁紙など
かなり無理して用意した所為で さらに借金しなければならなくなっていた。
(・・・さて・・・。どうしたもんか。)
なるべく、借金を作ったまま バラティエを離れたくなかった。
もしも、営業を再開しても 以前のように繁盛しなければ
自分の我侭で 余計な装飾(今風の壁紙や予算に合わせた調度品を
用意していれば、その分 金を使わなくて済んだのだが、)に
金をつぎ込んで作ってしまった借金を
無責任に パティとカルネに負わせる事になってしまう。
最初は目処が立つまでは バラティエに留まるつもりだったが、
何時までも 仲間を・・・・・ゾロを待たせておきたくもない。
だから、なんとしても、借金を作らず、出来るだけ早いうちに
営業を再開しなければ、とサンジは 一人 焦燥感に駆られつつあった。
そんな事を考えているサンジの背中を見て、ギンは
てっきり サンジの大切な人・・・。
以前は 命を投げ出してまで守ろうとした
あのレストランのオーナーだったが、今はきっと、その耳に光るピアスの
持ち主がそうなのだろう、そして、その人の事を考えているのだろう、と
ギンは勝手に解釈し、胸の中に もやもやとした
黒い綿がつめこまれたような 息苦しい気分になった。
こういう時は声を掛けない方がいい。
ギンは黙ったまま、そっと ソファまで行き腰を降ろした。
とにかく、今日はなんだか疲れてしまった。
海軍、海賊、賞金稼ぎ相手に暴れまわる方がよほど 疲労感が少ない。
サンジの身を案じて駆けずり回り、部下の訝しげな視線も無視して、
柄にもなく取り乱し、気が張り詰めていて、無我夢中だった。
そして、その身の安全と無事を確保した時の喜びと安堵に心がだらしないほど
弛緩した。
その感情の落差に滅多に使われないギンの人間としての神経が疲労していた。
ギンはまるで 眠りに引き摺りこまれるように、ソファに深く
体を沈めたまま、眠り込んでしまった。
ギン、飯が出来たぞ。
え?サンジさん、怪我をしてたんじゃ・・・。
熱いうちに食えよ。
俺、もう、行かなきゃいけねえから、さっさと食っちまえ。
行くって、俺と約束したじゃないですか、
怪我が治るまでここで大人しくしてくれるって。
俺も約束したんだよ、お前よりもっと、もっと、大事な約束。
だから、もう、行く。
待ってください。せめて、これを全部食べてから・・・・。
時間がねえ、じゃあな。
待ってください、船は、店はどうなったんです、サンジさん!!
「サンジさん!!」ギンは自分の声で目が覚めた。
途端、心臓が口から出るか、と思うほど驚く。
「うるせえなあ、耳元で怒鳴るな。」
目の前にサンジの顔があり、迷惑そうに顔を顰めていた。
「な、なにしてんです、横になってないと」とどもるギンに
サンジの 呆れたような、また、迷惑そうな顔が
「お前がソファで寝ぼけ腐ってたから 起こしてやったんだ。」
「寝るんなら、ベッドでねりゃいいだろ。」とギンの顔に息がかかりそうなほど
近くにあり、批難がましい口調で言った。
「そんな事で起きたんですか、寝ててください。」
ギンはサンジの体を押し戻した。
サンジの薄い、薄い、汗の匂いがする。
ああ、もう、側に来ないで下さい。
頭に浮かんだ事と、言葉が重なった。
さっきのように 押し倒したくなる衝動を理性で押さえる事が苦しくなる。
自分がサンジに対して、そんな気持ちを抱いている事など、
絶対に知られたくないから、その理由を話すわけにはいかないのが
さらに辛い。
「なんだとお?。てめえ、人が親切に言ってやってんのに、なんだ、その言い草は」
サンジは 瞬時に機嫌を悪くした。
当たり前だ。
自分を探しまわった所為で疲労しているギンがソファで
窮屈そうに眠っているのを見て、気の毒に思い ベッドで眠るようにと
勧めた、側へ来るな、などといわれれば
サンジでなくても カチンと来て当たり前だった。
「そんなつもりで言ったんじゃないです。」とギンは慌てて
取り繕うが、もう、サンジはヘソを曲げていた。
「ふん。どう言うつもりで言ったか ど〜うでもいい。」
「どこでも好きなとこで寝やがれ。」と言い放つとベッドに入って、背を向けてしまった。
こんな時のこんなギンを クリーク海賊団の誰が想像するだろう。
サンジに背を向けられ、明らかに その機嫌を損ねてしまった事に
すっかり落ちつきをなくし、怯えてさえいるように見える。
人は、これを「惚れた弱み」と言う。
「いや、俺は別にサンジさんがそばにいた事にびっくりしただけで、
あの、起きちゃいけないと言ったのに おきていたりして、
それで、寝てて欲しくてそう言っただけで、別に、・・・。」と
しどろもどろ言い訳をし始める。
「別に俺はお前にどう思われてようと、興味ねえから。」
知らない、感じていない事が時として人を傷つける事がある。
本人は、全くその事を自覚していなくても、
傷つけられた方の心は抉られる。
まさにサンジの言葉はそれだった。
"興味ねえから"
この一言はさすがにギンにはこたえた。
ギンが固まった。
確かに。
サンジが大切で、どれくらい大切か、と言う事を誰かに話し始めたらきっと一晩では 足りないくらいだ。
けれど、それを誰よりも伝えたいサンジに伝えられる勇気もなく、
それを大声でひけらかす度胸もなく、
悶々と重ねてきた想いがあるだけで、それに対して
見返りも 応酬も期待などしていない。・・・つもりだった。
見返りも応酬も期待しない、と心に言い聞かせてきたのに、
やはり、のどこかで 「こいつ、もしかして俺の事好きなのか?」くらいの
疑問を持ってくれるくらいの事はして来たつもりになっていたらしい。
だからこそ、今 また サンジの言葉に傷ついた。
こんな、デリケートな心を自分が持ち合わせていた事にまず、
驚きもするが、それ以上にサンジの"俺はお前に〜興味ねえ"と言う
言葉の衝撃は大きかった。
ところが、その傷をまた、サンジは一瞬で塞ぐのだ。
「早く寝ろっお前も疲れてんだろうがっ。」
「俺が具合悪くなったら 看てくれるんだろうが。今の内に休め。」
サンジはたった一言で、ギンの破れた恋心をまた、綺麗に縫合するのだ。
労わられ、頼られている。
それを感じられると、また ギンの心の中に春風が吹く。
ここで、サンジの隣で眠る事に対して 遠慮するのは
どう考えてもおかしい。
「お前、何を遠慮してるんだ?」と勘ぐられる。
意識し過ぎかもしれないが、とにかくサンジが眠るまでは
隣に横になった方が自然だと思った。
失礼します、などと言うのも おかしい。
男同士なのだから、例え 大きなベッドでも体を密着させて眠るわけでもないし、
なにも挨拶して 同衾することはない。
ギンは無言でベッドに潜りこんだ。
どうして、この部屋のベッドのシーツはこんな淫靡な柄をしているのか、と
どうでもいい事が妙に気になる。
「じゃあ、な。」
サンジはそう言って瞳を閉じた。
お休み、と言うのは気恥ずかしかった。
そんな言葉、よほどの事がない限り、ゾロにも言わない。
ギンと枕を並べて眠るなんて、想像もした事はなかった。
(俺、こいつに殺されかけたんだよなあ。)とサンジはふと考えた。
(可笑しな事になったもんだよなあ、クソジジイ)とその時の状況を
思い出して、心の中でゼフに語り掛ける。
背中越しにギンの寝息が聞こえてきた。
穏やかな、規則正しい寝息は思いのほか静かだった。
サンジはゆっくりと体を起こして ギンの方へ向き直った。
「鬼人」と呼ばれる男の寝顔を見たくなったからだ。
(へえ。)
バンダナをしていない、殺気立ってもいない、何時も開かれている
鋭すぎる眼光が瞼に遮られていると、
ギンの顔立ちも随分と 端正な物に見えた。
(こいつ、なんで こんなに俺に構うんだろう。)
薄明かりの中でサンジは ギンの寝顔を見ながら考えた。
(そういや、あいつの時も最初、そんな風に思ったっけか)
そこに考えが行きついた途端、思考が急速に脱線した。
脱線しなければ、ギンの今までの行動を分析し、行きつく答えに気が付いた筈なのに。
(・・・あいつ、今ごろ干からびてねえかなア)と
干からびている剣豪を思い描いて クスと小さく笑い声を漏らした。
サンジはまた、うつ伏せになった。
そして、また瞳を閉じた。
あいつの事か、こいつの事か、どちらの夢を見るのだろう。
翌朝。
「ギン。」
サンジからはっきりと名前を呼ばれると ギンは飛び起きた。
サンジより遅く眠って、早く起きるつもりが逆になってしまった。
サンジは、ソファに腰掛けていて、クリーク海賊団の船医が置いていった
薬をテーブルに並べていた。
「これ、どれがどれかわからねえ。」と言う。
「あ、す、すいません。朝飯は・・・。」とギンは慌ててサンジの
側に歩み寄った。
サンジは目で、「ルームサービスが置いていった」と、部屋の隅に置いてある
ワゴンを示した。
「あ、飯を食ったらこれが 抗生剤で・・・。」と一通り説明をする。
「ギン、ちょっと、出掛けていいか。」
「ダメです。」
二人の間の約束事がある。
サンジは自分を落とし入れた女を守るためにはギンの言う事を聞かなくてはならない。
らしくなく、ギンに自分の行動の許可を尋ねるのはそのためだ。
「じゃあ、俺の部屋に言ってカバンを取ってきてくれねえか。色々目を通さなきゃ
いけねえ書類があるんだ。」とサンジに頼まれる。
その日から、ギンはサンジの為に諸事、バラティエ再建の為の
使い走りをした。
パティとカルネの世話や、そのほか まだバラティエ再建の日を待ってくれている
コック達との連絡係と言ったことだが、それでもサンジの役に立っている事が嬉しかった。
「あの馬鹿より、お前の方が頼みやすいな。」とサンジはいう。
あの馬鹿、と揶揄されているのは やはり、ピアスの主だろうが、
そんな比べ方でさえ、ギンは嬉しいのだった。
もちろん、ゾロ相手なら 無理に体を動かしてでも自分が動く。
熱があろうが、傷が痛もうが ゾロの前で弱音を吐きたくないし、
バラティエの事は 自分個人の事で本当は誰の手も煩わせたくなかった。
だが、何故か ギンには素直に頼めた。
その自分の気持ちも不思議でならない。
自分自身でも理解できない。
が、とにかく ギンにできそうな事はギンに頼む事にした。
1週間の辛抱だ。
約束は、その間だけ大人しくしている、と言う事だったから。
ギンがサンジに頼まれて持ち歩くカバンの中には
沢山の書類が入っていて、それにサンジはベッドに横になったまま、
いちいち目を通しては サインしている。
その姿が海賊とはとても思えないほど知的で、窓から差し込む光の中で
見ると 本当に惚れ惚れするほど 綺麗なのだ。
「ボケっと見てネエで、この書類をそっちのテーブルに並べろ。」と
ギンは文句を言われる。
横になったままなのは、律儀にギンとの約束を守っているからだ。
そんなことをしているうちに あっという間に5日が過ぎた。
6日目、再び クリーク海賊団の船医がやってきた。
サンジの傷の具合を診察して
「もう、起き上がってもいいな。しかし、こんなに早く回復するとはなあ。」と
驚きつつ、絶対安静の戒めを解いた。
「約束は1週間だったから、今夜で最後だな。」
ギンは「ええ。」と頷く。
過ぎてみれば、夢のような時間だった。
サンジをひとつの部屋に、ベッドに押し込め、自分だけが独占したのだ。
もう、一生 こんな幸せはない、と確信できる。
だが、
何も変らない、変えられない。
変えられなかった。
それでも、ギンは満足している。
この1週間、ただ、サンジの瞳はギンだけを映していた。
ギンだけに話し掛けていた。
ギンだけに、笑って、ギンだけに怒って。
この1週間のサンジはギンだけのものだった。
それに今更気がついて、出きる事ならもう一度、その至福の時間を
味わいたい、と思ってしまう。
最後の夜、サンジは言った。
「じゃあ、な。」
眠る前にサンジはそう言うのだ、とこの1週間で知った。
きっと、ロロノア・ゾロにもそう言うのだろう。
その夜もそう言って、サンジは背を向け、瞳を閉じた。
サンジよりも早く眠ってしまったのは最初の夜だけで、
それからはずっとギンの方が サンジの寝顔を見ていた。
狂おしいほど、愛しくて。
このまま、時が止まってしまえばいい、とその都度、思った。
最後の夜、もう二度とこんな風に同じ褥に眠る事はないだろう。
それなのに、
こんなに近くにいるのに、やはり 指で髪を触れる事さえ出来ない。
一時の衝動に駆られて得る満足よりも、穏やかな眠りを優しい笑顔を失う事の方が
ギンには何倍も恐ろしい事なのだ。
小さな寝息が聞こえてきた。
震える手でサンジの肩に触れた。
深く眠っているのか、そこは温かく、ギンが触れていてもなんの反応もない。
ギンは何時の間にか、口中に堪っていた生唾を喉に押し流した。
ゴクンと小さな音が鳴る。
吸い寄せられるように、白い頬に唇が近づく。
その瞬間、サンジが寝返りを打った。
(??"!#%$〒っ!)
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