サンジは、ぴったり3時間、身動き一つせず眠りつづけて、
目を覚ました。


「・・・なんだ、まだいたのかよ。」

ぼんやりとした顔でサンジはギンにそう声をかけて来た。
帰れ、とも いろ、とも言わなかった癖に、随分な言いぐさだが、
その口調がのんびりしている所為か、それとも サンジだからか、
ギンは少しも腹が立たなかった。

「・・・酷いなあ。」とギンは苦笑する。

サンジは大きく一つ伸びをして、立ち上がった。

「起きてたんなら 後片付けくらいしとけよな。」といいつつ、
手早く部屋を片付け始めた。


「今日は、どこへ?」
ギンは何気なく 尋ねる。

「今日は、クソコックの見舞いと、船の仕上がり具合をドッグに見に行くんだ。」
と楽しげに言う。

そして、「お前のおかげで思ったより早く 再建できそうだ。」と
笑顔を向けて来た。

登りきった太陽を直視した様に、ギンは目を瞬かせる。


「ありがとうな。」


そんな事を言われては、どんな顔をして言いのか ギンは判らない。
「は。」とこれ以上ないほど短い言葉で返事を返した。


二人で揃って、サンジの部屋から出る。
「ほい。」サンジは、ギンに無造作に鍵を渡した。

「は?」

「お前、俺が寝ちまったから帰るに帰れなかったんだろ。」
「次から、ちゃんと扉を閉めて帰れ。」


この人は、一体何を言ってるのだろう、とギンは首を捻った。


いつでも来い、というつもりで渡された鍵ではないらしい。
だが、こんな事をされると 誤解してしまう。

ギンは、その鍵をジッと見つめる。

「なんで、俺に部屋の鍵を?」
「だから、俺が寝られネエだろうが。無用心でよ。」

サンジは面倒くさそうに答える。
「誰かのためじゃネエと、食事を作る気にならネエし、食う気も起きねえ。
ま、食いたねエなら。」

サンジは、ギンの前にぬっと、掌を突き出した。

「返せ。」


困る、という感情をギンははじめて知った。

どうしていいのか 本当にわからない。
ギンは、鍵を見て、サンジの顔を見て、視線をさ迷わせ、答えられないでいた。

「今度は、ほら、お前の・・・恋人、連れて来いな。」

サンジの思い掛けない言葉にギンは目を丸くした。
「は?」


さっきから、ギンは「は。」「は?。」「は?。」と殆ど、碌に言葉を
喋っていない。

二人は、何気なく歩き始めた。
「なあ〜に、惚けてるんだよ。ちゃんと聞いてるぜ。」

金髪で、蒼い瞳の女。
サンジは、彼女のことを言っているのだ。

「あれはそんなんじゃないです。」とギンは、必死の呈で否定した。
サンジはにやり、と少し 冷やかすような笑みを浮かべた。

「照れるなよ。随分、大事にしてるって聞いてるぜ?」
「誰にです!」

思い掛けないほど、ギンは大声を出してしまった。

その勢いに、今度はサンジの方が面食らった。
「・・・なんだよ。そんなに必死に否定する事ねえだろ。」

「誰に聞きましたか。」

サンジが答えなくても、恐らく コックの仕事を手伝っている連中だろうと
予想がつく。

余計な事を、とギンは舌打したくなった。

「・・・あれは、そんなんじゃないです。」
「綺麗な人じゃないか。」サンジは、ギンの言うことが理解できない、と言うように
首を捻った。

なぜ、あんなものを拾ったのか、と言う理由は口に出来ない。

「とにかく、恋人なんてとんでもない。もう、いらなくなったから捨てました。」
「なんだと!」

その言葉を聞いた途端、ギンは思いきり 横っ腹を蹴り飛ばされた。

「レディを捨てるだあ?てめえ、一体何時からそんなに偉くなった?!」
「サンジさんに関係ないでしょう!?」


本当にその事については サンジに口を挟んで欲しくないのだ。
ギンは思わず、また大声を出していた。

「ああ、関係ないね。お前のする事に興味なんか これっぽっちもねえよ。」
「だけど、レディを使い捨てみたいにするのは許せねえぞ。」

サンジは、何故 その女をギンが捨てたか、と言う事には口を挟む気はなかった。
ただ、か弱い女性を海に伴い、用が済んだ途端 さも 不用品といわんばかりに、
「捨てた。」と言った、ギンの態度が許せなかったのだ。

ギンは、拳を握り締める。
訳のわからない、一体誰に対してなのか、何に対してなのか 
理解できない 不可思議な 悔しさがこみ上げてきた。
胸が ギリギリと音を立てて 締めつけられるようだ。


目の前に、サンジがいて。
サンジの身代わりにしていた女が目障りになって。

それで捨てた、といえばサンジは一体 どんな顔をするのだろう。
どんな言葉をギンに吐きつけるのだろう。


女を捨てた事には 少しも罪悪感を感じなかった。

むしろ、その女を側においていた事に後悔を感じたくらいだ。
そんな自分の気持ちを判って欲しいとは思わない。
けれど、サンジと自分の距離の遠さを思い知らされて、
ギンは 初めて やりきれない 「哀しみ」を覚えた。


「・・・サンジさんにはわからない。」
ようやく、ギンは声を絞り出す。

サンジは、不機嫌極まりない顔をギンに向ける。
「・・・わからねえな。そんな薄情な奴の事なんか。」


「サンジさんは、俺の何を知ってるって言うんです。」
薄情と言われて、ギンはサンジに食って掛かるように尋ねた。
自然、目つきは鋭くなるし、口調も厳しくなる。


クリークは、右腕と言われた自分を毒ガスでサンジとルフィもろとも、
殺そうとした。そのクリークの代理として海賊を率いている自分が
情が厚いとでもサンジは思っていたのだろうか。

「・・・知らねエよ。知りたくもねエ。」
ギンの目つきと態度を見ても、サンジの態度は変わらない。
「だったら、口を出さないで下さい。俺には、俺のやり方があります。」


どうして、こんな険悪な会話になってしまったのだろう。
全て、あの女の所為だ。

「じゃあな。」サンジは港とは逆の方へと歩き出した。
ギンの方へ背を向けて。

おそらく、夕方にはギンの船に 海賊達の食事を作りに来るだろう。
けれど、もう 和やかな会話は望めそうにない。
ギンは、サンジから渡されたままの部屋の鍵を握り締めたまま、
サンジの背中を 黙って見送るしかなかった。


しかし。
夕方になり。
夜になっても。

サンジは、ギンの船に来ることはなかった。

まさか、あの口論くらいでサンジが仕事を放棄する筈がない。
何か 突発的な用事が出来たとしても、使いくらいは寄越すだろう。

(・・・一体、どうしたんだ、サンジさん・・・?)

月が高く 昇る頃、ギンはジッとしていられず、サンジの部屋に向かった。

戻る   次へ