2006年 一覧

(48)人口減少 新しい日本をつくる
   (日本経済新聞社)
(47)2大政党制は何をもたらすか
   (川上和久)
(46)百まいのドレス
   (エレナー・エスティス)
(45)文明史のなかの明治憲法
   (瀧井一博)
(44)日本の進路 アジアの将来
   (西原春夫)
(43)4TEEN
   (石田衣良)
(42)検証 日露戦争
   (読売新聞取材班)
(41)誇りを持って戦争から逃げろ
   (中山治)
(40)ネパールに生きる
   (八木澤高明)
(39)格差社会
   (橘木俊詔)
(38)日米開戦の真実
   (佐藤優)
(37)孤独か、それに等しいもの
   (大崎善生)
(36)検証 戦争責任T
   (読売新聞)
(35)小沢主義
   (小沢一郎)
(34)観光コースでない満州
   (小林慶二)
(33)冠婚葬祭のひみつ
   (斎藤美奈子)
(32)「正しい戦争」という思想
   (山内進[編])
(31)憲法は、政府に対する命令である
   (ダグラス・スミス)
(30)号泣する準備はできていた
   (江國香織)
(29)井上ひさしの作文教室
   (井上ひさし)
(28)コールドゲーム
   (荻原浩)
(27)兵役拒否宣言
   (小谷勝彦)
(26)草にすわる
   (白石一文)
(25)美しい国へ
   (安倍晋三)
(24)愛国者は信用できるか
   (鈴木邦夫)
(23)顔に降りかかる雨
   (桐野夏生)
(22)感染
   (仙川環)
(21)リアルワールド
   (桐野夏生)
(20)軍縮問題入門
   (黒沢満)
(19)戦争を知らない人のための靖国問題
   (上坂冬子)
(18)東京裁判の全貌
   (平塚柾緒)
(17)水曜の朝、午前三時
   (蓮見圭一)
(16)あなたに不利な証拠として
   (ローリー・リン・ドラモンド)
(15)永遠平和のために
   (カント)
(14)神道入門
   (井上順孝)
(13)日本を滅ぼす教育論議
   (岡本薫)
(12)わが子に教える作文教室
   (清水義範)
(11)いま平和とは
   (最上敏樹)
(10)薬指の標本
   (小川洋子)
(9)移民と現代フランス
   (ミュリエル・ジョリヴエ)
(8)九月の四分の一
   (大崎善生)
(7)博士の愛した数式
   (小川洋子)
(6)私はニッポンを洗濯したかった
   (武村正義)
(5)いまどきの「常識」
   (香山リカ)
(4)憲法の本
   (浦部法穂)
(3)移民たち
   (W・G・ゼーバルト)
(2)サウジアラビア
   (保坂修司)
(1)国家の品格
   (藤原正彦)
読書のコーナー:2006年
  最近読んだ本を紹介します。

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◆今年(2006年)読んだ本
 (◎お奨め  ○良い  △とりたてて言うほども無い  ×つまらない)


(48) ○人口減少 新しい日本をつくる(日本経済新聞社)2006.12.30
  今、少子化が問題になっている。人口を維持するのに必要な出生率2.07に対し、2005年度は
  1.25だった。1974年以降ずっと2.07を下回っていたらしいので、今まで人口が減っていなかった
  ことの方が不思議なくらいだ。今から出生率が多少増えても、人口が減り続けることは避けられ
  ない。
  人口が減少する社会をまだ想像できていないため、何が問題なのか、そもそも問題なのかどう
  かも含めて共通の認識がない。ということは逆にいえば、どういう社会にしていくかは自由に議
  論し自分たちで作っていくことができるということでもある。今まで自分たちでこの社会を作ってき
  たという意識を持てる人は少数であって、それは菅直人氏の言葉でいえば国民主権が実現され
  ていないことになる。人口減少社会を契機に自分たちの国つくりを始めることができれば良いと
  思う。
  さて本書でも様々な意見の人が様々なことを言っており、固まった考えを主張する本ではない。
  労働力が不足することが問題と言う人もいれば、それより需要減少の方が問題という人もいる。
  女性の就業率が高いと出生率が高いと主張する人もいれば否定する人もいる。本書は対立点を
  見せることで論点を明確にしようとしているようだ。
  過疎の地域では「居住地を市街地に集約したコンパクトな街づくり」を考えている。こういうことを市
  民が議論していく必要がある。また、「死亡時清算(資産を残して死んだ場合、受け取った年金の
  一部を政府に返還)」ということを言っている人もいた。財政を考えた場合、資産との関係は重要な
  点になるだろう。

(47) △2大政党制は何をもたらすか(川上和久)2006.12.29
  一般的なことが書いてあるだけであって、知識の整理ができるとか、新しい見方を知る
  とかいうことがほとんどなかった。各国の政治体制と選挙制度が書いてあり興味を持った
  が、なぜカナダやフランスは小選挙区制なのに多党制になっているのか、というようなこと
  は記載がない。一般的な解説書として書いているのであろうが、もう少し踏みこんで書か
  なくてはいけない。ソフトバンク新書を読んだのは初めてだったが、当分、ソフトバンク新書
  は買わないだろう。

(46) 〇百まいのドレス(エレナー・エスティス)2006.12.17
  ポーランド移民の子であるワンダはいつも同じ服を着ている。ワンダが百枚のドレスを
  持っていると言ったことを誰も信じず、繰り返しからかわれる。マデラインは友達がワンダ
  をからかうのを嫌な気持ちで見ていたがそのままにしていた。その後、ワンダの父はポー
  ランド人ということでバカにされていることを理由に別の場所に引っ越していく。マデライン
  は何もしなかったことを後悔する。そして、からかっていた友達のペギーと一緒にワンダに
  手紙を送る。しばらくして、ワンダから学校に手紙が届く。そこには、もとの学校、もとの先
  生の方が好きだった、と書かれていた。作品ではこの手紙はペギーとマデラインを喜ばせ
  たように書いてあるけれど、非常に哀しい手紙だ。からかわれていた元の学校の方が好き
  だなんて。これを読んだ子どもたちが、この哀しさを感じてくれれば良いなと思う。
  なお、本書は50年ぶりに新しく訳し直された。訳は石井桃子さんで99歳になられている
  らしい。

(45) 〇文明史のなかの明治憲法(瀧井一博)2006.12.7
  12月10日実施予定の「第3回勉強会」で問題提起として明治憲法についての話をして
  もらうことになっている。明治憲法について知識がないので調べようと思い、本を探したが
  意外なことに手ごろな本がなかなか見つからなかった。その中で本書には明治憲法が
  できるまでの状況を中心に明治憲法全体について書かれていそうなので読んでみた。
  読んでみると、興味深い箇所も多いのだが、できあがった明治憲法はどうなのかという
  記述が全くないので、理解が中途半端になってしまっている。多分、できた憲法について
  は知っているものとして書いているのだろうが、私の目的にはうまく合わなかった。

  明治15年から16年の伊藤博文の滞欧調査
   ・グナイスト(ドイツ)の考え・・・・国会は時期尚早
     国会に予算審議権を付与してはいけない。
     国会に国家財政に与る権限を認めれば、政府の歳入歳出がままならなくなり、国政
     は停滞し君主制の廃止・共和制への移行を招く。
   ・シュタイン(オーストリア)の考え
     君主主導の専制君主制も、立法部主導の絶対民主制も否定し、君主・立法部・行政部
     の調和の取れた政治を立憲政治と呼んだ。行政部が君主からも立法部からも独立し、
     自律性を持っているべきと主張
   ・シュタインからの教えにより構想を固めた伊藤博文の考え
     立憲政治は単に憲法制定で実現されるのではなく、その前提として行政諸制度を始め
     とする国家諸機関ならびに為政者と国民の意識をそれに見合った形に作り変えなければ
     ならない。
     
  帰国後の伊藤博文の改革
   ・明治18年 太政官制廃止、内閣制導入
   ・明治19年 帝国大学設立・・・官僚養成(行政部充実を目的として)
   ・明治21年 枢密院開設 ・・天皇の政治的行為の諮問機関
   (明治22年 憲法公布)

  明治21年から22年の山県有朋の欧州視察
   ・フランスの状況・・ブーランジムス
     勇将ブーランジェが下院議員当選後、歓喜した群集がブーランジェにクーデター実行を懇請。
     ブーランジェが退けたためクーデターは起こらず、群集の熱も冷め、共和制存亡の危機は回避
     議会制民主主義の負の部分を露呈。
   ・シュタインの教え
     権力圏のみならず利益圏を確立し、それを維持していくことを独立国家の必須条件とした。
     日本にとっては利益圏は朝鮮。


(44) 〇日本の進路 アジアの将来(西原春夫)2006.12.7 ・・・・途中
  21世紀後半には地域共同体形成に向かうという予測を前提として、平和貢献国家理念を構築
  していこうとしている。

  @未来予測
   ・21世紀後半には国境が低くなり、超国家組織(地域共同体)が段階的に形成されて利害
    対立の調整役になる。
   ・個々の国に配慮した調整をするには国連の場は大きすぎるので、国連の役割を地域共同
    体に移行させる。・・・22世紀

(43) 〇4TEEN(石田衣良)2006.11.28
  2年前に石田氏の書いた「池袋ウエストゲートパーク」を読んだ。そこそこ面白かったけれど
  こんなものを読んでいていいのだろうか、という疑問を感じたため、評価は「△」にした。
  そういったこともあり、石田氏が本書で直木賞を受賞していることは知っていたけれど、本書を
  手にすることはなかった。しかし、最近小説を読んでいないので楽になりたくて読むことにした。
  主な登場人物は4人。全員同じ中学の2年生だ。1年の間にいくつかの事件が起こり、それが
  8つの短編となっている。4人が良い奴になりすぎているきらいはあるが、その分読み終わった
  後にさわやかな感覚が残る。中でも「月の草」が良かった。
  少し疲れているけれど気楽に何かを読みたいと思っている人にはお奨め。今回の評価は「◎」に
  近い「○」にした。

(42) △検証 日露戦争(読売新聞取材班)2006.11.24
  読売新聞が今年出版した「検証 戦争責任」が良い本だと思ったので、その前に書かれた本
  書もしっかりした本だろうと予想し期待して読んだ。具体的に言うと、私は本書に、日露戦争が
  起きた理由や戦争に至る日本政府や日本人の考え方が書かれていて、さらに、その後の日本
  の進路をどう捉えるかという考察までを期待した。しかし、本書には、日本の勝利がアジアの民
  族運動を鼓舞したということばかり書かれていて、「検証 戦争責任」のような幅広い議論になっ
  ていない。また、本書は国家主義的傾向が強く、国家を否定的に見る考えを戦後の特異な見方
  と繰り返し書いている。明治の非戦論・反戦論についても、「美しい言葉の裏側をしっかりと見極
  める必要」があるなどの記述で、現在の非戦論・反戦論を批判する立場に徹している。
  同じ新聞社が過去の戦争についての記事をまとめても、方針が異なればこんなに違う視点で書
  かれることになるわけだ。そのことを知ったことが本書を読んで得た最大の知識だった。
  
(41) ×誇りを持って戦争から逃げろ(中山治)2006.11.23
  同じことが何度も繰り返し書かれているだけでなく、記述も正確さを欠いて乱暴だ。ちくま新書は
  こんなレベルかと思われて他の本の信頼にもかかわるようなレベルの本だと感じた。
  著者の主張は、武装中立国となった方が戦争に巻き込まれる可能性は低いということだ。「専守
  防衛」の国の防衛線は自国の領土領海であるが、日本が憲法を改正して「普通の国」になると、
  防衛線を自国の領土領海より少しでも遠くに置こうとする。そうすると他国とぶつかり、他国に戦争
  の口実を与えてしまう。また、自国の領土領海を防衛線と定め、先制攻撃を放棄し、専守防衛体制
  を作ることを了解して初めてEUのような共同体が可能になる。
  このような主張は興味深いものだっただけに、もっときちんとした本に仕上げないといけなかったと
  思う。

(40) ○ネパールに生きる(八木澤高明)2006.11.22
  7月にアムネスティ奈良グループに入会した。奈良グループでは今月7日にネパールから
  人権活動家のチャラン・プラサイさんをお迎えして講演会を開催した。その準備段階で本書
  の紹介があり、ネパールについて知るために読んだ。
  ネパールが統一国家になったのは18世紀後半。周辺を制圧し国土は今の2倍になったが
  19世紀前半に東インド会社との戦争に破れ、今の国土になった。1951年王政復古で絶
  対王政になったが、1990年ごろから民主化が進み権限が縮小されはじめた。しかし、
  1996年民主化が不完全として,、王制打倒、共和制の樹立を目指して、マオイスト(ネパー
  ル共産党毛沢東主義派)が人民戦争を開始した。
  2001年ディペンドラ皇太子が親であるビレンドラ国王を射殺後、自殺するという事件が発
  生。国王の弟のギャネンドラが国王になる。この事件はギャネンドラが仕組んだ事件とする
  疑念が持たれている。この事件後、国軍とマオイストの戦いは激しさを増した。国民は国軍
  とマオイストの狭間で苦しい生活を送っている。
  著者はネパールの子どもや若い兵士の取材を通じて、児童労働の実態やマオイストに加わ
  る人たちの考えを知ろうとしている。著者はネパール人の女性と結婚していることもあり、ネ
  パールに愛着を持って取材していることが伝わってくる。国民が全く2つに分かれて戦ってい
  るわけではなく、両方から距離を置こうとしているのが感じられる。どちらかに付けば、逆の側
  から殺されるという状況がそうさせているのかもしれない。

  なお、昨年から和平の動きが出てきており、交渉が続けられている。今日の新聞によると、
  ネパール新政権とマオイストは21日に恒久的な停戦を内容とする和平協定に署名した。今
  までに2度停戦で合意し交渉に入ったが2度とも決裂した。今回はマオイストが求めてきた
  制憲議会選挙の実施(来年6月)で政権側と合意したことが大きいらしい。

(39) ○格差社会(橘木俊詔)2006.11.13
  橘木氏は、1998年に「日本の格差社会」という本を書き、日本が他国と比べて格差が小
  さい国とは言えないことを指摘した。その後、「家計から見る日本経済」を同じく岩波新書
  として出版し、さらに今年、本書を改訂版のような内容で出版した。データが豊富に載って
  おり非常に参考になる。
  今後の日本をどのような国にするかは、単に成り行きでなく、みんなで議論して作り上げて
  いく必要がある。格差の話はまさに国民が判断していくべき問題だ。
  
  [格差の現状]
  ・不平等度の国際比較(OECD調査:経済協力開発機構)
     再分配後所得 :不平等度の高いグループに属す
     (平等度の高い国)デンマーク、スウェーデン、オランダ、オーストリア、フィンランド、ノルウエー
     (平等度中程度の国)フランス、ドイツなどヨーロッパの大国が多い
     (不平等度の高い国)ポルトガル、イタリア、アメリカ、ニュージーランド、イギリス
  ・生活保護受給世帯数増加 105万世帯(2005年)  1996年は61万世帯
  ・貯金ゼロ世帯 22.8%(2005年) 1970〜1988は約5%
  ・貧困率(平均的な所得の50%以下の収入しかない人の割合)
    日本 15.3% ・・・OECD加盟国中5番目に多い (80年代半ば 11.9%)
    高い国:メキシコ20.3% アメリカ17.1% トルコ15.9% アイルランド15.3%
    低い国:デンマーク4.3% チェコ4.4% スウェーデン5.3% オランダ6.0%
  [要因]
  ・非正規雇用労働者の増加
    1995年 正規3779万人 非正規1001万人
    2005年 正規3374万人 非正規1633万人
    ここ10年間で 正規400万人減少 非正規630万人増加
  ・所得税、相続税の累進度の緩和
    所得税最高税率37%  (1986年は70%)
  ・社会保障料は逆進性
  ・経済効率重視が社会全体を豊かにするというのは幻想
    現在のアメリカや日本では、増えた分のパイは下層の人にはさほど与えられないと予想する。
  [格差が広がる中で起きていること]
  ・高齢者の貧困率が高い。 23.8%
  ・母子家庭の貧困率は50%強
  ・29歳以下の若者の貧困率 25.9%(2001年)
  ・フリーターの平均年収は140万円
  ・日本の最低賃金は低い。最低賃金法から計算される月収は生活保護支給額より低い。
  ・最低賃金以下の賃金しか受け取っていない低賃金所得者
    一般労働者1.27% パートタイマー6.18%
    製造業パート 11.1%(664円の場合) 33.1%(758円の場合)
  ・高額納税者の6割は経営者と医者: 医者が15%
  ・医者の総数は年々増加しているが、産科、産婦人科、小児科の医者は減少
   生命にかかわるリスクが少なく高額所得が期待できる診療科目に人気が集まる
    1990年から2004年での医者の数の推移
    産科(−38%) 産婦人科(−10%) 小児科(−7%)
    美容外科(+171%) 形成外科(+87%)
  ・機会の平等には2つの原則がある。「全員参加」と「非差別」
   東京大学の入学者の多くが私立進学校出身者に様変わりした。私立高校は授業料も高く
   塾や家庭教師などが必要なため、親の収入が高くないと無理になる。
   20年、30年前は親の所得が多いのは慶応大学とされていたが、今は東京大学の方が高い。
  [政策提言]
  ・同一労働・同一賃金の考え方の導入・・・パートでも正規社員でも1時間あたりの賃金は同じ
  ・最低賃金制度の充実
  ・フリーター、ニートへの職業訓練
    イギリスのブレア政権が行った「ニューディール政策」・・アドバイザーが無職やパート勤務の
    人に面接し、訓練の内容やどのような職がふさわしいかをアドバイスする。職業訓練費用は国
    の費用でまかなう。
  ・奨学金、公教育改革・・日本の公教育支出は世界最低レベル
  ・生活保護の門戸を広げる
  ・失業保険の充実
  ・累進度を下げすぎたので、是正する。 所得税の最高税率は50%くらいに。
  
(38) ○日米開戦の真実(佐藤優)2006.10.26
  本書の半分は、大川周明氏が戦時中に書いた「米英東亜侵略史」であり、残り半分が
  佐藤氏による解説と考えとなっている。「米英東亜侵略史」は、1941年12月の開戦
  直後の12月14日からNHKラジオの連続講演の速記録として、翌1942年1月に出版
  された本である。
  「米英東亜侵略史」の中でアメリカとイギリスについて書いてあることはあまり違和感なく
  受け入れることができる。しかし、中国との戦いに関して書いてあることには抵抗を感じる。
  日本が中国に進出したのは中国を米英から守るためであるのに、中国は逆に米英と手を
  結んだというのは、現状を説明するための無理な論理だろう。大川周明氏も納得して話し
  ているわけではないのではないか、そんな気がした。

  なお、大川周明氏は東京裁判にかけられたが、法廷初日に東條英機の頭を後ろから
  ペタリとたたき騒いだため退席させられ、精神鑑定を受けることになった。ここまでは別の
  本で読んで知っていて、精神異常と認定されて不起訴になったと思い込んでいた。実際は
  精神は正常という結果になったにもかかわらす、裁判に復帰させられることなく不起訴に
  なった。そして、この後に書いた文章もいろいろあり、イスラム研究をしてコーランの全訳も
  したそうだ。

(37) △孤独か、それに等しいもの(大崎善生)2006.10.22
  本書は5つの短編から成っている。どれも今ひとつであった。
  「八月の傾斜」は高三の時に中学から付き合っていた同級生の大久保君を事故で失い、
  以来何にも感じない生活を送っているという設定だ。そこから抜け出そうなところで終わ
  っているが、抜け出し方が中途半端なままで面白くない。
  「孤独か、それに等しいもの」は、双子の妹を高校の時に失った設定だ。終わり方は「八
  月の傾斜」より良いが、そもそも双子である自分と妹の間の強く結びついた感覚を共有
  できないため、理解しがたく面白くなかった。
  「ソウルケージ」が、5つの中では一番伝わるものがあったように思う。でも、重要な人を
  失ったという設定の話が続くので、途中まで読んで心中した母親が出てきた段階で、また
  かと思って疲れてしまった面がある。短編を1冊に仕上げるのは難しい。

(36) ◎検証 戦争責任T(読売新聞)2006.10.8
  本書は、昨年8月から今年3月までに読売新聞に掲載された記事をまとめたものである。
  今まで、読売新聞にはあまり良いイメージを持ったことがなかったが、本書は冷静に先の
  戦争を振り返り検証作業を行った結果がまとめられており、ここを起点に議論を進めること
  ができる良書になっていると感じた。「メディア」の項目では、『新聞は必ずしも「統制に嫌々
  協力させられた」わけではなく、積極的に戦争推進に回った一面』があると書かれている。
  朝日新聞の今年の特集で’圧力に屈した’という書き方に非常に違和感を感じていたので
  本書のように捉えるべきだと思った。
    朝日新聞の記事に関する感想

  本書のメモ(少しずつ記載します)
(35) △小沢主義(小沢一郎)2006.9.30
  私は小沢一郎という政治家が好きではない。小沢一郎氏を政策的な信念を持った人と
  考える向きがあるが、私は政局を動かすためには政策を捨てる政治家という印象を持っ
  ている。そう考えないと自由党を解党して民主党に合流するなどありえない。
  さて、本書は大まかな考え方を示したもので詳細な議論は一切していない。その中には
  なるほどと思ったことと、違うのではないかと感じたことの両方があった。例えば、「国民の
  レベル以上の政治家は生まれない」ので、「国民全体の意識改革」が必要ということは正
  しいと思う。(ただし、これを今まで政治家が言うとマスコミに叩かれやすかったのだが、小
  沢氏が言うと叩かれないという不公正さを感じる。) 一方、イラク戦争への対応について、
  「日本が国連決議を待たずにアメリカ支持を打ち出したことそのものを一方的に批判してい
  るわけではない」と書いている。日本の国益や世界平和の観点から判断したものなら構わ
  ないと言う。批判しているのは国益に基づく判断があったかどうかだ。私はアメリカが核査
  察を打ち切らせてイラク攻撃を始めたこと自体、日本が進めるべき平和的解決方法に全く
  反しており、国益と言えば正当性のない行為でも正当性が主張できるような発想はしては
  いけないと考えている。したがって、このあたりの記述には賛成できない。たぶん、この小沢
  氏の主張は安倍首相がしたいくらいの内容だろう。

(34) ◎観光コースでない満州(文:小林慶二、写真:福井理文)2006.9.23
  2002年に「日中友好砂漠緑化協会」の植林ツアーに参加し、中国のホルチン砂漠に
  行った。その際に瀋陽と大連、旅順にも行った。しかし、その時、昔の満州に来ていると
  いう意識をほとんど持っていなかった。本書には、私が行った場所にも触れられており
  事前に勉強してから行けばよかったと今になって後悔している。と同時に、いつかもう一度
  時間をかけて見て回りたいと思うようになった。

  ・張作霖爆殺事件(1928)当日、与謝野晶子夫妻は現場から約2キロの奉天駅のホテルにいた。
  ・中国は日本人が作った古い建物を積極的に利用しているので、今も残っているものが多い。
   (韓国では、日本支配時代の建築物は破壊しているらしい)
  ・柳条湖事件(1931:満州事変の始まり)の現場は奉天駅から7キロ
   ・・・張作霖爆殺事件と同じ手口だけでなく、場所も近い

(33) 〇冠婚葬祭のひみつ(斎藤美奈子)2006.9.22
  結婚式や葬式は伝統のある形式で行われているのかと思っていたが、この本によると、
  伝統的に見えるものも比較的歴史が浅く、しかも、最近大きく変化しているらしい。今後
  さらに大きな変化が見られるかもしれないので、今のうちにこういう本を読んでおくと変化
  の流れがわかりやすいかもしれない。(仲人の消滅は少し驚いた。でもそれで良いだろう)

  [結婚式]
  ・明治時代のスタンダード=自宅結婚式・・・宗教者が介在しない純粋な民間行事
    @嫁方での式(婿方の使者が嫁方を訪ね、花嫁、両親・親族と盃をかわす)
    A花嫁行列(花嫁を乗せた輿を中心に親族一同が行列を組んで婿方に向かう)
    B婿方での式(花嫁花婿の三々九度の盃に続き、親、家族、親類、客と盃をかわす)
  ・神前結婚式・・・宗教が介在、1923年以降都市で普及
    最初の神前結婚式は、1900年皇太子嘉仁(大正天皇)の婚礼
    国家神道との関係もあったが、ビジネスとして広まった(ホテル業界)
  ・戦後、1950年代後半、冠婚葬祭互助会が専門の結婚式場を持つ・・平安閣や高砂殿
  ・敗戦直後まで、自宅結婚式が過半数。
   1950年代以降、専門の式場やホテルでの神前結婚式が主流となり、1960年代後半
   には80%以上を占めた。
  ・近年、神前結婚式が急速な人気下落、キリスト教式が人気上昇
   1995年ごろ、比率が逆転。最近は7割以上がキリスト教式
  ・また、最近、仲人が消滅した。媒酌人を立てた結婚式は1割以下。首都圏では1%未満。
   (1995年には首都圏でも60%以上が媒酌人つきだった)
   ・・・終身雇用制と年功序列を前提にした企業社会の崩壊に呼応している
    

  [葬式]
  ・江戸時代より前の葬式
    宗教者は介在しなかった。
  ・葬式と仏教が結びついたのは江戸時代
    1635年寺請制度(日本人全員を寺に帰属させた)・・キリシタン弾圧目的
    1700年ごろには、位牌、仏壇、戒名が導入された。
    寺は本寺におさめる上納金を調達するため、檀家の葬式と法要を行い経済基盤とした。
  ・江戸時代からの葬式
    @遺体を洗い清めて(湯灌)、ひと晩つきそう(通夜)・・・ここは今と同じ
    A自宅での葬式(翌日、遺体を棺におさめて焼香し、庭先で人々と別れをして出棺)
    B野辺送り(棺を中心に一同が葬列を作って檀那寺や墓地に向かう)
    C寺での葬式と埋葬(僧侶が読経し墓穴に棺を埋める)
    *江戸時代は大部分土葬、1896年の火葬率27%、1955年で54%、
  ・明治の都市では葬列がイベント化・・・数万人の葬列もあった。
  ・大正には派手は葬列は姿を消し、かわって祭壇と霊柩車が登場
  ・初の告別式は中江兆民の葬儀(1901年)・・・1923年以降都市で普及
    親族の焼香を「葬儀」、一般会葬者の焼香が「告別式」
   戦後は、告別式形式が主流になった。
  ・1990年代半ばから「家族葬」が増えている。
  ・「世間並みの葬儀」に必要な費用は300万円

(32) 〇「正しい戦争」という思想(山内進[編])2006.9.16
  興味深い本なのだが、複数の方が書いたものを並べているために同じことが書いてあったり
  するなど読みにくい。でも、全く知らない領域のことが取り上げられていたり、重要な指摘が
  されていたりするので、丹念に読めば得るところは多いと思う。
  本書では、「正しい戦争」を次の3つに分けているので、下記に整理しておく。

   @神との関係で正当化される戦争(聖戦)
     ・十字軍(11世紀後半から)
      エルサレムがイスラムに支配されたのは7世紀なのに11世紀になり十字軍派遣
      (11世紀ヨーロッパでは排斥の思想が劇的に強化された)
     ・北の十字軍(12世紀)
      異教徒征服の戦い・・・異教徒は無権利。攻撃的な絶滅戦争
     ・聖戦は、敵に対する妥協の余地が少なく、結果は凄惨になりがち

   Aヨーロッパ的観念である正戦
     [古代・中世]
     ・キケロー(ローマの思想家:紀元前1世紀)
       戦争の正当な理由を「復讐」と「敵の撃退」とした。・・・神は登場しない
       「宣言と通告」が必要とした。・・・後の国際法につながる戦争の形式的要件
     ・アウグスティヌス(4〜5世紀)
       キリスト教という、本来暴力を否定する宗教が条件付で認める暴力の形態があると表明
     ・トマス・アクィナス(13世紀)
       正戦であるには、正当な権威・正当な原因・正当な意図の3つがすべて必要
       (聖戦的要素を正戦の基本的要素から排除)
     [近世・近代]
     ・ラス・カサス(ドミニコ会修道士:16世紀)
       スペイン入植者によるインディオの奴隷化・略奪を批判 →スペイン国王を動かす
       異教徒というだけで殺し、奪うことが許されるという考えを否定
     ・グロティウス(17世紀)
       戦争の正当原因を「防衛」「物の回復」「刑罰」に限定。宗教とは一線を画し世俗的
     ・ジェンティーリ(16〜17世紀)
       インディオが野獣とさえ交合し人肉を食べるなど人類の自然に反するので、戦争は
       正当化される。(つまり、野獣に近い人間に対する戦争は正しい)
     ・ヴァッテル(18世紀)
       対等な主権国家相互のもとでは、一方が正しく他方が不正であると決めることはできない。
       →戦争の自由
     ⇒18世紀後半に正戦論が大きく転回。
       これまでの刑罰戦争でなく、紛争に決着をつける手段
       殲滅と支配ではなく、賠償と契約によって戦争は終結
       法の意味での正しさは、フェアプレイを行うこと。交戦法規(戦時国際法)

   B国際法的意味で合法とされる戦争
     ・ハーグ平和会議(1899年、1907年)
       戦争法規を成文化。戦争の防止を図るものではない。
     ・ヴォレンホーヴェン
       戦争の自由を根本的に否定し、「違法な戦争」を国際法思想に取り入れた・・正戦論の復活
       (グロティウス主義と呼ぶ)

   本書の内容(詳細)
(31) 〇憲法は、政府に対する命令である(ダグラス・スミス):2006.9.15
  本書2章「国民には、憲法に従う義務があるか」の中に、ホッブスとジョン・ロックの
  社会契約論の違いが書かれていた。私にとって本書の中で一番おもしろかった(下に記載)。
  二番目に記憶に残ったのは、5章で「これからの護憲運動」に触れ、3つのやり方に
  言及した箇所だ。
   一つ目は日本の軍事力で守るという方法で、憲法改正賛成・安保反対という立場をとれば
   一貫した考えになる。
   二つ目は日本は軍事力で守られるべきだが、自分たちでやらず米軍にやってもらうという考え
   安保賛成・憲法改正反対は、矛盾をなくすことはできない。
   三つ目は軍事力無しの外交をやるべき。この人たちは、護憲運動とともに反米軍基地運動、
   反安保運動をやらないと、思想と行動の矛盾はなくならない。
  この三つ目は非常に痛いところを指摘している。護憲運動は反安保に通じるため、決意を必要
  とする考えだということが感じられる。
    
  ホッブスの頭の中の実験
   ・もし、政府がまったくなかったらどうなるか
    → 自然な状態になる。自然な状態は、万人と万人との闘争。個人の個人の闘争
       この状態では、人間は「あらゆるものを自分のものにする権利」(第1自然権)を持つ。
   ・この状態では生きていけない。
    → 社会契約を結ぶ。
       それぞれの個人は(他の人も皆同様にするという条件で)、自己の第1自然権に
       よるすべてのものに対する権利を放棄する。
       しかし、自己の権利を放棄しないものが1つある。それが国家。
       その無限な権利が国家権力(主権)となる。

    → 国家権力により、社会の治安・秩序ができ、人間生活が可能となる。
   ・なぜ、国民が政府の命令(法律)に従うべきか。
    → そうでないと「自然状態」に戻るから。
    ⇒義務ではなく、恐怖
     
  ジョン・ロックの頭の中の実験
   ・もし、政府がまったくなかったらどうなるか
    → 自然な状態になる。自然な状態は闘争状態ではなく、完全に自由な状態。
       自然法があり、人間には自然法を理解する能力(理性)があるので闘争にならない。
   ・この状態は不便。(審判なしのスポーツの状態)
    → 自然な状態にいる人間は、第三者的立場の審判の役割を担わせるために政府を設ける
       社会契約を結び、個人の自然権を政府に渡す。
    → 審判が偏った判定を続ければ、その審判をクビにできるのと同じように、
       政府が社会契約を破り、傲慢で抑圧的になった場合、国民がそれを倒し、
       別の政府を建てる権利を持つ。

   ・政府は自分たちの都合で作ったもの
    → 政府は社会契約の相手であり、契約を守る限りにおいて市民もそれを守る。
       つまり、市民は法律に従う義務がある。

(30) △号泣する準備はできていた(江國香織):2006.8.31
  江國香織は本書で直木賞を受賞している。レベルの高い作品を期待して読んでみた。
  短編12編の中に、寂しさ、空しさ、淡い喜びなどが含まれている。そして意外性もある。
  決してレベルの低い作品ではない。しかし、私が満足できる作品はなかった。
  粒がそろいすぎているのかもしれない。失敗作が含まれていても良いので、突出した作
  品を読みたかった。
(29) 〇井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室(井上ひさし):2006.8.18
  文章を書くことに興味を持ってから、時々作文の本を読むようになった。すると、意外な
  ことが書かれている。例えば、本書に、「なるべく主語を消していく」と書かれている。ず
  っと日本語は主語が明確でない、あいまいだ、ということが言われていたので、主語を明
  確に記した文章を書かなくてはいけないと思い込んでいた。明確に書くのが良い場合と
  書かなくても良い場合があることを知ったのが収穫だ。
  また、本書の最終章はこの作文教室に参加した人の文章が紹介されている。レベルが
  非常に高い。もっと意識して文章のレベルアップしないといけないと思った。

  (本書より)
  ・「私」とか「僕」といった自分を指す人称代名詞は、ほとんどの場合、全部、削ったほうが
   いいんです。日本語は主語を削ると、とてもいい文章になるというのが鉄則ですから。
  ・文章が複雑になって長くなるときは、必ず先触れの副詞を使うこと。(「まだ」「さぞ」etc)
  ・「−という」とか、「−について」「−に関して」ですが、これは、どれだけ使わないですま
   せるかというのが実は勝負どころです。「−という」「−といわれる」。つまりいい加減。
   はっきり言わないでおいて、これを入れて、責任とらないで済ませようという、心理的な
   動きが必ず裏にありますから。

(28) 〇コールドゲーム(荻原浩):2006.8.17
  中学時代にクラス中からいじめられていた「廣吉」が4年後に復讐を行う話である。主人公は
  同じクラスの高3生「光也」である。高校生を主人公にして同級生が多数出てくる話はあまり
  深みがなくておもしろくないものが多いように感じていたが、本書はかなり迫力があった。
  著者の別の作品(高校生ものではないもの)を読んでみたいと思う。

(27) 〇兵役拒否宣言(小谷勝彦):2006.8.16
  世界各国の兵役制度や兵役拒否について調査し、兵役拒否についての考えを書いた本である
  (出版は1997年)。著者は『日本で徴兵制度が導入された場合、刑務所に入れられても、木の
  上に吊るされても、「殺す」ことは拒否します』と書き、兵役を拒否する立場を明確にしている。
  私は自分に兵役が差し迫った場合を想定して考えてみたことがなかったので、不意を突かれた
  ような気がした。また、下記の事項についても私自身がよく考える必要があると感じている。

  (本書より)
  ・徴兵が公平に行われたら。忌避・拒否の声が高まって戦争が早く終わる」という説があります。
   しかし、第2次世界大戦末期の日本はほぼ公平に全員徴兵されていたのに、反戦の気運は高
   まりませんでした。この説も神話です。
   →3つ目の点の箇所にも関係しますが、民主主義国家で平等になると兵役も平等に行わなけれ
     ばならなくなるので、国民は平和を好み戦争に反対するようになる、という考え方は間違って
    いないように思えます。
    しかし、徴兵制が反戦につながるわけではないという本書の指摘を読んで、なぜ反戦につな
    がらないのだろうと疑問を感じています。
  ・たとえ独裁者の人が虐殺(粛清)を命令したとしても、その命令に従う人間がいなければ虐殺
   (粛清)は起こりません。つまり虐殺(粛清)に関係した個人個人に罪があります。私は真の個
   人主義の立場による兵役拒否は、この命令に従わないという不服従の行動だと思います。
   →オウム真理教の事件のあと、私はこのことを強く感じました。しかし、自分に不服従の行動が
     取れるという自信はありません。逆にいえば、自信がないからこそ、その事態にならないように
     事前に行動したいと考えています。
  ・フランス革命の「自由・平等・博愛」という精神によってパンドラの箱が開かれました。国民にと
   って兵役が義務とされ、国家と国家、国民と国民の総力戦となりました。
   →フランス革命をこのように捉えたことがなかったのでこれも意外に感じたことの一つです。

(26) △草にすわる(白石一文):2006.8.5
  白石一文の本はたしか4冊目だ。過去に読んだ3冊はどれも読ませる力はあると思うのだが、
  読み終えてしばらく経つとほとんど記憶に残っていない。本書についても同じことになりそうな
  気がする。
  本書は3つの小説からなっており、その中では「草にすわる」が一番良かったと思うが、どうも
  今ひとつ突出するものを感じない。それは、記憶に残る文章がないということかもしれない。

(25) △美しい国へ(安倍晋三):2006.8.4
  本書には特に新しいことが書かれているわけではない。したがって、次の首相の可能性が
  高い人がどんな考えを持っているかを知りたいと思う人だけが読む本である。
  一読して、どうも引っかかる箇所が随所に出てきた。一般的に安倍氏は国家主義的な傾向が
  強いと思われている。本書はそう思われているだけではないということを実証する内容になっ
  ている。
 
  ・ヒトラーとの宥和を進めるチェンバレン英国首相に対して発言する議員に「スピーク・フォー・
   イングランド」という声が飛び、対独開戦を政府に迫る演説を行った。安倍氏は「スピーク・
   フォー・ジャパン」という国民の声を背景に闘う、と書いている。
  ・アメリカでいう「リベラル」は、社会的平等や公正の実現には政府が積極的に介入すべきで
   あるという考え。このように書いたあとで、安倍氏は、わたしはアメリカで言われるリベラルで
   はない、と宣言している。
  ・「(先の大戦で)マスコミを含め民意の多くは軍部を支持していたのではないか。」
    →この点は、私もそのように感じている。
  ・自民党のできた理由は日本の独立の回復であり、憲法改正が独立の回復の象徴。
  ・経済制裁で南アフリカのアパルトヘイト政策は終焉した。北朝鮮に対する経済制裁が効果が
   ないという根拠はない。
  ・「個人の自由を担保しているのは国家である。」
  ・「「日の丸」はかつての軍国主義の象徴であり、「君が代」は天皇の御世を指すといって、拒
   否する人たちもまだ教育現場にはいる、これには反論する気にもならないが、(以下略)」
  ・「「君が代」が天皇制を連想させるという人がいるが、この「君」は、日本国の象徴としての
   天皇である。」 → やはり好ましくないのでは。
  ・「(アメリカ)国内にはいろいろな価値観や意見がある。だが、すごいと思うのは、いざ外に向
   かうときは、アメリカ国民は、国益の下に一枚岩になることだ。」「国益がからむと、圧倒的な
   求心力がはたらくアメリカ。これこそがアメリカの強さなのだ。」
    → これは非常に恐ろしいことを書いている。これを好ましいこととして書くとは。
  ・「わたしたちが守るべきものとは何か。それは、いうまでもなく国家の独立、つまり国家の主権
   であり、わたしたちが享受している平和である。」
  ・「教育の目的は、志ある国民を育て、品格ある国家をつくることだ。」
    →ここまで国家にこだわるのはなぜだろう。

(24) △愛国者は信用できるか(鈴木邦夫):2006.7.25
  鈴木邦夫氏は右翼である。右翼の本を読むきっかけは、教育基本法改正に関して愛国心
  を法律に書き込むことに反対している人の中に右翼的と思われている人がわりに多いことを
  知ったことである。
  著者は押しつけがましい愛国者を否定し、皇位継承も男系にこだわる必要はないと考えて
  いる。三島由紀夫へのこだわり等を除けば、理解できる箇所は結構多い。
  本書で最も頭に残ったのは右翼を「憂国」と「愛国」に分けたことである。
  「愛国」はすべてを認めて愛するので、現状維持で保守的だ。「憂国」はこの国の状態を憂い、
  ここが駄目だと指摘する。これを極めると「反日」になる。安保反対で革命前夜の雰囲気の時
  に日本を守ろうとした右翼の心情は「愛国」で、2・26事件などのは「憂国」だ。
  このように書くと「憂国」が暴力的に見えるが、著者は次のようにも書いている。
  「憂国は時に暴力的になり、暴発し、連鎖する。しかし、あくまでも個々人の自発的な意志に
  任されている。(中略)その点、愛国は一見平和的だが、暴発すれば国民全体を巻き込む。」
  「愛国は全員が強制される。(中略)愛国心は、そうでない人間を排除し罵倒するために使わ
  れることが多い」
  著者は「憂国」の心情に感動しやすく、「憂国」の左翼にも共感を示している。

  ・本書には頻繁に三島由紀夫が登場する。引用されている文章をいくつか以下に記す。
   「この言葉(愛国心)には官製のにほひがする。(中略)どことなく押しつけがましい」
   「キリスト教的な愛であるなら、その愛は無限定無条件でなければならない。したがって人
    類愛というのなら多少筋が通るが、愛国心というのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、
    国境を以て閉ざされた愛だからである」

(23) ×顔に降りかかる雨(桐野夏生):2006.6.22
  友人であるジャーナリスト耀子がドイツへの取材旅行の後に1億円を持って姿を消し、その
  1億円を暴力団から預かっていた成瀬は耀子が付き合っていた男という設定で始まる。
  途中よくわからない世界に入り込み、どのように終わるのだろうと思っていたら、無理やり
  殺人事件にしたような終わり方だった。桐野夏生は直木賞を取っていて、期待して読んだ
  のに完全に期待はずれだった。

(22) △感染(仙川環):2006.6.21
  ジャーナリストの小説デビュー作らしい。デビュー作だからか気になる点が多い。まず、
  主人公が話す会話の中にぶしつけな言葉が多すぎる。また、間抜けな刑事や奥行きの
  ない性格の同僚達、さらに偽物と最初からわかるワープロ書きの遺書など、周辺をうまく
  固めることができていない。したがって、小説としては一流のものではない。
  ただ、ジャーナリストが自分の主張をするために一例を示す意味で書いたのだとすると違
  うように見えてくる。臓器移植などの医療技術が認可されるのは単に技術レベルだけでは
  ないようだ。例えば、不正や事故によって強い拒絶反応を引き起こしてしまうと、再度認め
  られるまでに数十年くらいの年月を要してしまう。このことを防ぐために必死に不正を隠そう
  とするという事件は起こりうるものかもしれない。

(21) △リアルワールド(桐野夏生):2006.5.20
  母親を殺して逃走する高校生男子ミミズ。隣に住む同学年の少女ホリニンナ、ホリニンナと
  同じ高校に通うテラウチ、ユウザン、キラリンがミミズの逃亡に手を貸す話だ。最後は悲劇的
  に急展開している。なかなか高校生を主人公にした作品でリアルさを出すのは難しく、本作
  品を特におもしろい小説だとは感じなかった。ただ、別の作品をもうひとつ読んでみたいとは
  思った。

(20) ◎軍縮問題入門(編者 黒沢満):2006.5.19
  私は、一部を除いて軍縮は進んでいないと思い込んでいた。しかし、実際には冷戦の時も
  含めて軍縮の交渉は幅広く行われていた。特に冷戦が終結した1990年代前半に成果と
  なったものがいくつもある。もちろん、不十分なものが多いし、2000年以降停滞している
  ようである。でも、世界にはその流れに抗して軍縮に向かおうとする力も強いものがあるの
  だろう。本書を読んで、多国間による取り決めによって平和を作り出していく可能性があるこ
  とに希望を持った。安易に軍縮を悲観視してはいけない。
  なお、本書は軍縮全体についてまとめた本で非常に勉強になる。2005年に新版が発行
  されたところなので、最近の状況までを含んでいる。多分、軍縮の全体像を把握できる本は
  これしかない。
  
  本書の内容

(19) △戦争を知らない人のための靖国問題(上坂冬子):2006.5.10
  靖国神社に首相が参拝することに賛成する人の本を読もうとは思っていた。それで本書が
  出た直後に書店で手に取ったが、あまり代表的意見ではなさそうに思ったので買わなかった。
  しかし、最近、靖国参拝賛成派国会議員に上坂氏が講演したと新聞で知り、読む意味が
  あると感じたため、購入した。
  本書の中には暴論と思える箇所も少なくない。ただ、1箇所非常に重要な箇所があった。
  それは次の部分である。
   「国民が国のために命を捨てれば、国家はその霊を神として靖国神社に祀るというのが、
    いわば当時の国家と国民との約束事であり、遺族は血縁者が靖国に祀られることによ
    って一つの命の終焉を納得した。私の知るかぎり、この約束事は無効になったから承知
    するようにと、国家から国民に向かって正式に宣言されたとは、こんにちまで聞いていな
    い。」
  このような捉え方をするならば、靖国神社に首相が公式に参拝すべきという話になっても不
  思議はない。このことが本質的な部分だと思う。しかし、実際には、その約束事は戦後なく
  なった。靖国神社は国家から離れて一宗教法人になった。靖国神社と祀られた人や遺族と
  の関係が続くことは認められるとしても、国家が守ってはいけないのだ。遺族らに約束はな
  くなったとはっきり言いにくい面はある。しかし、どうしてもその理屈が残るなら、再度政府が
  はっきりと見解を出すべきかもしれない。

  その他の主張は次の通り。これらの考えや感覚が靖国参拝賛成派の代表的意見だとは思わ
  ないが、アジア・太平洋戦争の見方などには共通する部分があるようだ。
  ・靖国神社が戦時下で果たした役割を知らない人が多数を占める中での靖国参拝是非の世
   論調査は無意味。
  ・敗戦3ヶ月目に戦没者招魂を行った姿勢に共感
  ・戦争中の前だけを見つめて前進していた小学生のころの日々を一種の爽快感を持って思い
   出すときがある。危険をはらんだ快感が戦争の2文字の裏側にある。
  ・靖国神社の遊就館はかけがえのない博物館
   →歴史を残すのは良いが、参拝場所にあるということは今もその考えを肯定することになる。
  ・日本は敗戦国としての裁きを受け命を提供して償いを済ませた。どこに必要以上の配慮が
   いるものか。→謝罪は終わったという考え。
  ・戦争はお互い様→一方的に侵略した加害者という考えを否定
  ・中華人民共和国の建国は1949年である。建国前に処刑された他国の首脳の霊に首相が
   参拝することに異議をはさむ資格があるのか。
  ・中国、韓国はサンフランシスコ条約の門外漢だったから、A級戦犯や靖国問題に対する発言
   権はない。→この理屈がわからない
  ・東京裁判でのパール判事が、「平和に対する罪」が犯罪でないと主張したのは正論
  ・日本は独立後、戦犯を釈放する際に裁判の当事者の了解を得ることになっており、その手続
   きに則って釈放した。
  ・昭和天皇は、「米国より見れば犯罪人ならんも、我国にとりては功労者なり」といわれた。

  
(18) ◎東京裁判の全貌 (平塚柾緒):2006.5.7
  昨年、東條英樹の宣誓供述書を読み、東京裁判の全体像がわかる本を探していた。
  本書には戦後の要人逮捕からA級戦犯7名の処刑までが書かれており、法廷の弁論を
  中心にした構成ではないので弁論の部分が占める割合は3分の1程度である。このため
  もう少し詳しく知りたいと思う箇所がたくさんあるが、最初に全体を把握するには適切な
  本だと思う。
  私は東京裁判の知識はあまり持っていなかったので、本書で知ったことはたくさんある。
  その一つが、独自の意見書や判決文を提出した少数派判事がパル判事だけでなかったことだ。
  裁判長でもあったウエッブ(オーストラリア)は、侵略戦争の罪(共同謀議)だけで死刑にする
  ことに反対した。また、天皇の不起訴問題にも言及している。
  オランダのレーリンク判事は、「平和に対する罪」で死刑は適用すべきでなく、また広田元首
  相ら4人の文官は無罪と言っている。
  フランスのベルナール判事は、「平和に対する罪」は認められないと言っている。
  フィリピンのジャラニラ判事は、判決の量刑が寛大すぎると主張した。

  私は、当時の植民地主義国が「平和に対する罪」を認めたことは非常に重要なことだと思って
  いたので、フランスの判事が認めなかったのは自国に跳ね返ってくることを恐れたからではな
  いかと思う。
  東京裁判については、「平和に対する罪」「人道に対する罪」という事後法により裁かれた裁
  判であることや、戦勝国による敗戦国を裁いた裁判だという問題点が大きく取り上げられる。
  もちろんそれ自体も問題だが、だから日本に責任がなかったような主張をするのではなく、戦勝
  国がその判決をしたことを逆手に取って、過去に遡って、他に「平和に対する罪」はなかったのか、
  それに対する償いはどうなっているのかといった戦勝国を含めた世界の植民地主義自体につい
  て見直すことが一番意味のあることだと思う。 
  
(17) ×水曜の朝、午前三時 (蓮見圭一):2006.5.6
  解説に「実にいい小説である」と書かれていたけれど。どうも私には良さが伝わってこな
  かった。主人公の四条直美は祖父がA級戦犯という家庭に生まれ、大学に入ったころには
  許婚もいた。そのような環境に反発し、就職後すぐに大阪万博のコンパニオンに応募し
  東京から大阪に半年間移り住む。そこで京都大学の研究室所属の臼井と知り合い、付き
  合うようになる。しかし、彼が北朝鮮出身で北朝鮮の旅券で渡航する人物だと聞き、逃げ
  てしまう。その後、別の男性と結婚するが、臼井のことが忘れられず、連絡は取り合う関係
  が続く。四条直美は脳腫瘍で余命わずかになったことがわかった後に、このことをテープに
  吹き込み一人娘に送ったということになっている。
  良さが伝わらなかった理由の一つは文体だろう。私には男性が書いた女性の言葉と読めて
  しまい、ずっと気持ち悪さが付き添っていた。また、作者は1959年生まれなのになぜか古い
  時代の家庭に反発する女性という、これまた古い女性観に基づいて書いている気がする。
  これも興ざめしてしまう一因だったように思う。

(16) 〇あなたに不利な証拠として (ローリー・リン・ドラモンド):2006.4.29
  著者はアメリカで5年間警察官として働いた経験をもつ女性で、本書は女性警察官を描いた
  9編の作品から成っている。拳銃、死体、死臭、血が頻繁に出てくる作品で、本来私の好きな
  タイプの作品ではない。しかし、本書は、暴力と接しある意味暴力を行使する人間の中にある
  人間性を描いており引き込まれる。人間性というのは、優しい心という意味ではなく、個人の心
  にある傷、歪みを含んでのことだ。
  一般的に海外の作品は書評等のきっかけがないと手にしにくい。本書は早川書房のハヤカワ・
  ミステリとして売られており、私が自分で見出すことは非常に難しい。でも、海外の作品の中に
  は、本書のように日本の作品には無いものが描かれていることがある。もっと海外作品に接し
  た方がいいと思った。

(15) ◎永遠平和のために (カント):2006.4.27
  22年前に本書を読み、そのときは国際連盟が本書の構想の下にできたことを知らなかった。
  戦争時に将来相互の信頼を不可能にすることをしてはならない、ということが書いてあるのを
  非現実的だと思ったことを覚えている。人類は私が非現実的と思ったことを実際にやっており
  たとえ不充分であれ、過小評価してはいけないと今は考えている。
  さて、今回読み直してみて、カントの平和の主張の根底に、人間をモノとして扱わないこと、自
  分も同時に従わなければ他人を法の下に法的に束縛することはできないとする平等の考えが
  あることを再確認した。また、植民地主義への批判も書かれており、どの人間も公平に見る公
  正さがうかがわれ、非常に格調高い平和論だと感じた。
  なお、哲学者カントが本書を書いたのは71歳の時である。その歳までに少しでも近づきたいも
  のだ。

  本書の内容のメモ
(14) ◎神道入門 (井上順孝):2006.4.23
  神道について系統だった解説をした本を読んだことがなかったので非常に参考になったし
  面白かった。古くからの神々が大和朝廷の全国統一とともに国家に組み込まれ、律令政治
  のゆるみとともに国家の影響が薄れて仏教の影響が濃くなったが、明治に再度大きく国家の
  管理体制になった。戦後、国家の影響を離れたが、依然、国家管理体制時代の考え方の影
  響が色濃く残っているのが現状のようだ。
  神道は国家の影響を強く受けたがために、国家の歴史を反映した部分がある。それゆえに
  神道を日本の伝統と考え、今後も国家との関係を持ちながら残していこうとする人たちがいる。
  また、逆に、国家の影響を持っているがゆえに、国家とははっきりとした分離が必要と考える
  人もいるのだろう。

  神道のメモ
(13) △日本を滅ぼす教育論議 (岡本薫):2006.4.12
  元文部科学省の人が書いているので、ゆとり教育をめぐる議論に関する文部省批判が
  具体的に書かれているのかと思っていたが、必ずしもそうではない。議論の中の間違った
  点を指摘する内容になっている。その中にはなるほどと同意できるものも多いのだが、全体的
  にアメリカやヨーロッパとの比較が多く、別にそれと同じ考え方を取る必要はないだろうと感じる
  部分も少なくない。また、「人間は自分の欲求の方向にしか動かない」というような決め付けた
  書き方も気になった。
  

  ・教育の現状が正しく把握されておらず、ムードに流されている。
    →その通りだと思う。何が問題だから変えるという理屈が見えていない
  ・「ゆとり教育」は「詰め込み教育」批判から生まれた。「ゆとり」とは「単位時間に教える量」に
   関係するので、「ゆとり」拡大には「学習内容削減」か「授業時数の増加」の2つの方法がある。
   しかし、採用されたのは、学習内容3割減少と授業時数2割削減であり、「ゆとり」は1割しか
   増えていないことになる。このような状況で今度は「ゆとり教育見直し」が叫ばれている。
    →確かにそうだが、でも1年で学ぶ量が3割減ればやはり「ゆとり」増加に間違いはないだろう。
  ・人が価値を見出すあらゆるものについて、需要、供給、マーケットという概念が成り立ち、
   マーケット内の各人の欲求に従った動きによって全体が動くという考えを持たないと建設的で
   ロジカルな議論はできない。
    →著者はOECD(経済協力開発機構)に5年ほどいたので、マーケットの概念を広く使いたい
      のだとは思うが、単純化しすぎの議論になる恐れがある。
  ・「すべての子どもに必要な能力」と「それ以外の能力」とが分離されていない。国際比較テストで
   低下した能力が全ての子どもに必要な能力かどうかが検証されていない。
    →小学校レベルでは将来の基礎となる読み書きと計算をしっかり身に付けることが重要だと
      思う。応用はその後でも良い。国際比較テストを新聞で見た時、問題が良くないように感じた
      記憶があるので、比較テストは内容をよく見て判断する必要があるのはその通りだろう。
  ・義務教育段階では「全ての子どもに必要な能力」を身につけさせる必要があるので、結果の
   平等主義は必要。
    →これは良い考え方だと思った。
  ・入試に厳格な正確性・公平性を求めるのは、先進国では日本のみ。
    →このことが果たしてきた役割は非常に大きいと思う。他国が真似をしても良いのでは。
      なお、以前、大学センター試験は欧米では少なく、東アジア(韓国、中国?)特有と聞いた
      ことがある。
  ・人はすべて「自分の欲求」の方向にしか動かない。「ルール」によって「義務化」や「禁止」され
   ていることを除けば、各人は「自分の欲求」に従って行動してよい。
    →本書の各所に出てくる考え方で非常に抵抗を感じる。人間をこのように決めつけること自体
      気に入らない。

(12) 〇わが子に教える作文教室 (清水義範):2006.4.7
  本書は子どもの作文教室であるが、細かな文章上のテクニックが書かれているわけ
  ではない。書く気にさせるために、どのようにして子どもの気持ちを乗せるかを中心に
  書いている。「親から子どもに手紙を書く」「デザインのいい原稿用紙を与える」という
  きっかけを与えることや、とにかく最初に良いところを見出してほめるということなど、
  著者がやってきた作文教室での経験を踏まえて紹介している。
  その中で、「読書感想文は書かせるな」というところに特に共感した。「読書感想文を
  書くということには、よい子ぶりましょう、おりこうぶりましょう、という臭みがプンプン漂
  っている。推薦図書の中から1冊選んで感想を書くというやり方の中に、とてもいい本で
  感動しました、というしかない圧迫がある。」 そして、お世辞を言うことを前提に本を読
  むのは苦痛のはずで、本嫌いになってしまうとも書いている。これは感想文だけでなく
  作文でも同じで、最後はこのようにまとめなければいけない、と子どもは思い込んでいる。
  この思い込みを除いてやることが非常に重要だ。
  なお、本書は子どもに書かせる教室であって、大人が書く際に参考にできるテクニック
  はあまり書かれていないのでご注意を。

(11) 〇いま平和とは 〜人権と人道をめぐる9話〜 (最上敏樹):2006.4.6
  平和について考えるべき項目はたくさんあるが整理して考えないと一向に前に進むことが
  できない。本書は9つに項目を絞って問題点を示しており、平和に関する議論のスタート時
  点で目を通すのに適切な本だと思う。
  本書を読んで、普遍性、公平性を重視することが重要であることを再確認した。普遍性・公
  平性というのは、例えば、日本が対イラク戦争に賛成する理由が普遍性を持つならば、ア
  メリカが反対しようと戦争することを主張するはずだ。しかし、実際は異なっていて普遍性が
  ないのは明白だ。
  今、普遍性がない現象が多く見られるが、国際刑事裁判所設立の動きなどを見ると、長期
  的には公平性・普遍性を国際社会に持たせようとする動きが進んでいるようにも見える。
  辛抱強くあきらめずに取り組むことが大切だろう。

  内容のメモ
(10) 〇薬指の標本 (小川洋子):2006.3.14
  不満を感じつつも、また、小川洋子の本を手に取ってしまった。本作品は不思議な世界を
  展開している。登場人物は、川上弘美の「古道具 中野商店」に出てきてもおかしくない
  ような雰囲気を持ち、これは今までに読んだ「完璧な病室」「博士の愛した数式」のどちら
  とも異なる雰囲気だ。そして、この雰囲気は悪くない。
  ただ、彼女の作品は、意識的に最後まで描ききらないことが多いように感じる。「薬指の
  標本」も、最後の場面は見せずに終わっているし、今まで読んだ作品もそのような形が
  多い。描かないことによって読者に考えさせたり、緊張感を持ったまま終わらせる効果は
  あるのだろうが、あまり望ましいことではないと思う。

(9) 〇移民と現代フランス (ミュリエル・ジョリヴエ):2006.3.13
  フランスの移民の人たちへのインタビューから成り立っている本のため、うまく頭に入ってこない
  ところがある。けれども、フランスの移民は一つの典型例で語れるものではないだろうから、この
  ような中から、現在の状況を汲み取っていく必要があるのだろう。
  本書の中で、移民への調査で、「同化か帰国か どちらが好ましいか」という問いかけに、同化を
  選ぶ人が大半という結果が紹介されている。「祖国に仕事があれば戻りたいか」という問いに対し
  ても、帰りたい36%、フランスに残りたい56%となっていて、仕事だけがフランスにいる理由でも
  ないことがわかる。

  最初の数字の部分だけ整理しておく。
  ・フランス国民の1/3の少なくとも祖父の一人が外国人。・・・かなり多い
   (フランス国民は約6000万人)
  ・フランスの移民の数は430万人(1999年:7.4%)
   内、フランス国籍を取得している人156万人、取得していない人275万人
   なお、移民と認められるのは、外国で生まれて出生時にフランス国籍を持っていなかった人
   移民の両親からフランスで生まれた子供は、自動的にフランス人になる。
  ・正式な滞在許可証のない人たちは、「サン=パピエ」と呼ばれる。多くは観光ビザで入国し
   オーバーステイをしている。
   この人たちは上の数値には含まれておらず、30〜100万人と推定されている。
   正式な書類がないと、正式に働くことも助成金を受け取ることもできない。このため、非合法に
   働くことになり、収入は最低保障手当ての額より少ないことも多い。
  ・アルジェリア・チュニジア・モロッコ人は、マグレブ人と総称される。
   フランス在住のマグレブ人は、250万人
  ・フランス生まれのマグレブ第2世代は、「ブール」と呼ばれる。

(8) 〇九月の四分の一 (大崎善生):2006.3.7
  4つの短編からなり、どれもうまく余韻を残して書いている。特に4つ目の「九月の四分の一」の
  終盤は良かった。また、途中で紹介されたサルトルの言葉も浮かずに話の流れに合っている。
   「消しゴムというものは予めその機能を想定して、そうなるべくして設計して作られる。それは
   存在である。しかし、人間が例えばそうであるように、人間には予期すべき機能も設計図も前
   もっては考えられてはいない。そういう存在を実存と呼ぶ」
  大崎氏の作品を読むのは3冊目で、本作品は「アジアンタムブルー」よりかなり良かった。最近の
  作品「ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶」が文庫化されたらまた読んでみたい。ただ、大崎
  氏の作品は雰囲気が似ているため、何か前作を越えるものを感じさせないと飽きられてしまうよう
  に思う。

(7) △博士の愛した数式 (小川洋子):2006.3.1
  本作品は映画化されて話題になっていることもあり、文庫本の売れ行き第1位になっている。
  評判が非常に良いため、かえって今読みたくない気がしていた。しかし、80分しか記憶が持たない
  という設定が、昨年読んだ「完璧な病室」の歪んだ雰囲気を思い出させ、予定より早く読むことになった。
  220と284が友愛数、28が完全数、714と715という連続する和の積は最初の7つの素数の積に
  等しいなど、和の美しさを随所に入れながら、本当にこのような博士がいるような気にさせるのは作
  者の力量があることを示しているのだろう。でも、私は大いに不満を持った。「完璧な病室」の4作品
  に含まれる不安定で屈折しているが深層に触れたような思いが消えてしまっている。その分読みや
  すくなったのだが、私には退屈に感じた。作者はこのような作品が本当に書きたかったのだろうか。
  一時的なヒット作を狙って書いたように見えてならない。

  「完璧な病室」の感想(2005.12.28)

(6) ◎私はニッポンを洗濯したかった (武村正義):2006.2.14
  私は武村さんには思い入れがある。それで本書も購入してすぐ読んだ。武村さんの経歴は大体
  知っているつもりだったが、本書には知らなかったことも多く書かれていた。
  @自治省の役人で32歳の時、武村さんの書いた論文に興味を持った田中角栄から呼び出され、
  半年に渡って田中事務所で自民党の「都市政策大綱」をまとめた。後に田中角栄はそれをベースに
  「日本列島改造論」を書いた
  A最近では評判の悪い1990年の金丸訪朝団に同行し、声明についての交渉を行った。
  武村氏らが交渉している最中に、金丸氏らが「戦後の償い」を受け入れてしまった。

  役人だったからか田中角栄とつながりがあり、自民党に入ってからも事務局長を努めることが
  多かったようだ。細川政権での小沢・市川に対する疑心暗鬼は大体報道されていた通りで、自社さ
  政権の誕生も小沢氏主導の政権を拒む意識が生んだ面が強い。
  それにしても、新党さきがけという理念ある政党が無くなってしまったのは惜しい。さきがけの政治
  理念に、「侵略戦争を繰り返さない決意を確認し、政治的軍事的大国主義をめざすことなく、世界の
  平和と繁栄に貢献する」 「社会的公正が貫かれた質実国家をめざす」という言葉がある。
  今、民主党にこれだけのことが言えるだろうか。
  
  さて、1998年7月の参議院選挙で新党さきがけは議席を取ることができず8月に解党となった。
  この報道後、私は何度かFAXを党本部に送り、党を残すことを主張した。たぶん私以外からも存続を
  望む声が多かったのだろう。新党さきがけは国会議員2名の状態で、党名を「さきがけ」(新党を
  無くした)と変えて一応存続した。
  しかし、結果的に武村さんの活躍の場を狭めてしまったかもしれないという思いがある。2000年には
  病に倒れ選挙にも落選したため政界を引退された。
  2002年10月には武村さんが会長をしている日中友好砂漠緑化協会の植林ツアーに参加した。
  武村さんは植林作業もされていたが、まだ病み上がりの様子であった。また、あまりさきがけ時代の
  ことを話したくないような雰囲気があったし、政界を事実上引退されていたが多少未練があったように
  思う。でも、先日聴いた講演会では3年前とは比較にならないほど元気そうだったし、本を出版したことも
  あってか吹っ切れて新しい生活を送っている感じがした。

(5) △いまどきの「常識」 (香山リカ):2006.2.12
  30項目の「常識」について語っている。あまり重要な指摘とは思えなかった項目も含まれているが
  次の2点は私にとって興味深かった。
   1つ目は他者との関係に関する点だ。自分の苦しみに関係することは関心を持つが、他人の苦しみ
  には興味を失ってしまう人が増えており、「自分も傷ついたことのある人は他者の痛みにもやさしくな
  れる」ということは今では通じない、と述べている。それは個人の場合だけでなく、他国への関心につ
  いても同様だ。別の項目では、「涙」があらゆる感情や理屈よりも価値や説得力があるものとなってい
  る傾向を批判し、さらに、その涙が、「この人には同情して大丈夫」という対象にだけ流す涙になってい
  ることを指摘している。ともに、北朝鮮の人々への想像力の欠如を例に取っている。
  自分を含めた特定の人にだけ関心を持ち、限られた範囲にだけ思いを馳せるということは、それ以外
  への無関心ということになる。昔、学校で学んだ方向とは違う方向に進んでしまっている。
   2つ目は平和運動への違和感だ。著者は軍隊を持った普通の国になる主張を批判しているが、同時
  に、思考停止した状態の平和運動も批判している。「平和」「反戦」という言葉だけで拒絶されてしまう
  のは、聞く側だけでなく話す側の思考停止も要因になっているというのだ。この意見には私も賛成だ。
  この思考停滞状態から抜け出すために、他の人に加わってもらって勉強会をやりたいと思っている。
  でも、私が学ぼうとする範囲自体に思考停止要因はあるだろうし、勉強会という手法にも既に拒絶され
  る要因は含まれている。始める前から心配しても仕方ないけれど。

(4) 〇憲法の本 (浦部法穂):2006.2.10
  日本国憲法の全体を説明した本である。単なる解説ではなく、憲法に関係する裁判所の判決を
  数多く紹介し、どういうことが問題になるかを示していてわかりやすい。
  一例を挙げる。現在、一般の公務員は国家公務員法で政治活動の自由が制限されている。
  これに関係する事件として、猿払事件が紹介されている。この事件は、北海道の猿払村の郵便
  局職員が勤務時間外に選挙ポスターを掲示し、かつ、掲示を依頼したことで起訴された事件である。
  この判決は1審、2審は無罪だったが、最高裁では有罪となった。勤務時間外だったのに、19条の
  思想の自由や21条の表現の自由が認められなかったわけである。このように、裁判の判決には
  納得しかねるものも多くある。憲法がどのように活かされているか、問題点は何かを知るうえで参考
  になる。

(3) 〇移民たち 4つの長い物語(W・G・ゼーバルト):2006.1.26
  リトアニアからの移民で猟銃で自殺した老人「ドクター・ヘンリー・セルウィン」、4分の1ユダヤ人で
  鉄道に身を横たえて自殺した元教師「パウル・ベライター」、アメリカに渡り晩年精神病院でショック
  療法を進んで受け死亡した「アンブロース・アーデルヴァルト」、イギリスに逃れたが両親は移送され
  た画家「マックス・アウラッハ」。 4つの話とも沈鬱な雰囲気があり重苦しい。ナチスの時代から数十
  年経過しても、解決するわけではないものが心の中に残っている。人間には想像力があるが、果た
  して私に想像できるだろうか。

(2) 〇サウジアラビア(保坂修司):2006.1.15
  本書の副題に「変わりゆく石油王国」と書かれており、「三歩進んで二歩下がる」という形で徐々に
  リベラルな方向に変わりつつある、という事を実例を挙げて説明している。変革のきざしと反動的な
  政府の対応、リベラルな動きと保守派の動き等があり、本当にリベラルな方向に進んでいるのか
  どこかで大きな反動の波に飲み込まれるのか、本書を読んだだけではわからなかったことも多い。
  しかし、サウジアラビアを知る一つの取っ掛かりとしては興味深い本だと思う。
  
  ・サウジでは王族の急増が問題になっていて、人数の多さが王族の力でもある。そして、それが
   維持できるのは、一夫多妻制にあるのだろう。
  ・サウジは石油の産出で国庫歳入の多くを占め、所得税は無いし、教育費、医療費が無料だ。
   しかし、人口が30年で4倍に膨れ上がっており、石油産出だけでは苦しい状況で、一人当たりの
   GDPは1980年代の60%くらいしかない。
  ・サウジでは女性は自動車の運転をできない(国籍によらず)
  ・2005年にクウェートで女性に選挙権が認められた。サウジは未だ。

   本書のメモ:サウジアラビア
(1) △国家の品格(藤原正彦):2006.1.2
  「論理(だけ)では世界は破綻する。自由、平等、民主主義も論理でしかないのでフィクションだ。
  それに対して、日本人が古来から持つ情緒を重視し、武士道精神を復活させることで国家の品格
  を取り戻すことが日本の進むべき道だ」というのが本書の主張だ。
  私は最近、論理が大切だということを考えていてHP用にメモ書きをしている際中だったので、
  論理を否定的に捉えていることに興味を持った。ただ、筆者が例に出している’論理’は局所的に
  論理を持ち出しただけのものが多い。例えば、
  @「アメリカ国民は学校を卒業したら必ずタイプを打つ。したがってタイプを英語の時間に教えることは
    有用である。」これをアメリカの学校で実践し、タイプは打てるようになったが英語が崩壊した。
  A国際化に対応するために小学生に英語を教える
  ・・・わかりやすいワンステップ論理を批判したり、英語より中身を学ばせるべきという主張は理解で
  きるが、上記@Aが論理の限界を示す例ではあまりに貧弱で、批判している内容が不明確だ。
  著者はあくまで「論理だけでは」という言い方をしているので、多角的に考えない思考は危険という
  当たり前のことを言っているように見える。
  著者が、新自由主義、普通の国、自衛隊のイラク派遣といったアメリカ中心の思考を否定している点は
  賛同できるが、日本人固有の情緒が自由・平等より上位にあることを世界に示さねば、と書かれると
  簡単に賛同するわけにはいかない。


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