正しい戦争をめぐる議論 :2006.9.18
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「正しい戦争」という思想(2006年)より

1.正しい戦争の分類と議論の歴史概観
 @神との関係で正当化される戦争(聖戦)
     ・十字軍(11世紀後半から)
      エルサレムがイスラムに支配されたのは7世紀なのに11世紀になり十字軍派遣
      (11世紀ヨーロッパでは排斥の思想が劇的に強化された)
     ・北の十字軍(12世紀)
      異教徒征服の戦い・・・異教徒は無権利。攻撃的な絶滅戦争
     ・聖戦は、敵に対する妥協の余地が少なく、結果は凄惨になりがち

   Aヨーロッパ的観念である正戦
     [古代・中世]
     ・キケロー(ローマの思想家:紀元前1世紀)
       戦争の正当な理由を「復讐」と「敵の撃退」とした。・・・神は登場しない
       「宣言と通告」が必要とした。・・・後の国際法につながる戦争の形式的要件
     ・アウグスティヌス(4〜5世紀)
       キリスト教という、本来暴力を否定する宗教が条件付で認める暴力の形態があると表明
     ・トマス・アクィナス(13世紀)
       正戦であるには、正当な権威・正当な原因・正当な意図の3つがすべて必要
       (聖戦的要素を正戦の基本的要素から排除)
     [近世・近代]
     ・ラス・カサス(ドミニコ会修道士:16世紀)
       スペイン入植者によるインディオの奴隷化・略奪を批判 →スペイン国王を動かす
       異教徒というだけで殺し、奪うことが許されるという考えを否定
     ・グロティウス(17世紀)
       戦争の正当原因を「防衛」「物の回復」「刑罰」に限定。宗教とは一線を画し世俗的
     ・ジェンティーリ(16〜17世紀)
       インディオが野獣とさえ交合し人肉を食べるなど人類の自然に反するので、戦争は
       正当化される。(つまり、野獣に近い人間に対する戦争は正しい)
     ・ヴァッテル(18世紀)
       対等な主権国家相互のもとでは、一方が正しく他方が不正であると決めることはできない。
       →戦争の自由
     ⇒18世紀後半に正戦論が大きく転回。
       これまでの刑罰戦争でなく、紛争に決着をつける手段
       殲滅と支配ではなく、賠償と契約によって戦争は終結
       法の意味での正しさは、フェアプレイを行うこと。交戦法規(戦時国際法)

   B国際法的意味で合法とされる戦争
     ・ハーグ平和会議(1899年、1907年)
       戦争法規を成文化。戦争の防止を図るものではない。
     ・ヴォレンホーヴェン
       戦争の自由を根本的に否定し、「違法な戦争」を国際法思想に取り入れた・・正戦論の復活
       (グロティウス主義と呼ぶ)

2.異教徒の権利をめぐる議論
   「相手が異教徒だからといって殺しても良いということにはならない」という考えと、
   「異教徒に権利はなく、平然と殺してよい」とする考えがあった。15世紀には異教徒
   だからという理由での攻撃は正当な理由にはならないというのが主流となった。

   @初期のキリスト教
      「だれかが右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイによる福音書)の教えに従い、
      全ての暴力を否定し、キリスト教徒が戦争に加わることを禁じた。
   
Aアウグスティヌス(354−430)  ・・・大きく転換(上にも記載)
      個人のレベルでは、たとえ攻撃を受けても暴力を用いることは認められないが、
      公的なレベルでは正当な殺人や武力行使はありうる

   [十字軍の時代]
   Bグラティアヌスの教令集(1140年頃)
      「異教徒に対して行われる戦闘で死ぬものはみな、天国を得る」
   Cフグッチョ(?−1210)の正戦的制約
      十字軍は正しい。しかし、正しいのは異教徒との戦争全般でなく、違法に占拠されている
      聖地の奪還に限定される。・・・キケローの流れ
   Dホスティエンシス(司教:1200-1271)の理論
      キリストの生誕以来、全ての裁判権、統治権、名誉、所有権が異教徒からキリスト教徒に移り、
      今日では、裁判権、支配権、所有権は異教徒には存在しない。(異教徒にはそのような能力がない)
      →ローマ教皇がキリストの代理人として命令を下す戦争は、正戦(ここでの分類では聖戦)
   Eインノケンティウス4世(ローマ教皇:13世紀)
      
異教徒もキリストの羊。非キリスト教世界の存在を認め、共存を求めた。
      →対異教徒論の主流になった。

   Fウラディミリ(15世紀)
      ローマ教皇は異教徒を守らねばならず、正当な理由が無い限り、異教徒を攻撃してはならない。
      (インノケンティウスに依拠し、考えを進めた)
   [大航海時代(アメリカ大陸発見等)になり、変化]
   Gセプールベダ・・・スペインのインディオ略奪行為を容認
      異教徒の支配権や財産権は否定しない。
      重要なのは異教徒かどうかではなく、
自然法に反するかどうか。
      インディオを攻撃するのは、人肉嗜食という自然法に反する大罪を犯しているから
   
⇒異教徒に対する聖戦としての正戦論は終わったが、野蛮人、未開人への正戦の時代が始まった。
     
3.インカ帝国征服戦争をめぐる議論
   1492年のコロンブスによる新大陸発見以後、スペインは海外展開事業に乗り出す。
   1521年アステカ王国征服、1532年インカ帝国へ侵攻
   征服戦争と強制労働、ヨーロッパ渡来の疫病により、先住民人口は激減
   →先住民の自由と生命を擁護する運動が起こる。・・・中心は先住民のキリスト教化を担った宣教師

   @ビトリア 
     王室が従来唱えてきた征服戦争の権原を否定し、正当な戦争を仕掛けることのできる条件を
     論じた。条件の1つは、先住民が布教権を侵害した場合。
   Aセプールベダ(2Gにも記載)
     先住民をスペイン人に服従すべき生来の奴隷と規定
   Bラス・カサス(1Aにも記載)
     平和な改宗化こそ、キリストが弟子たちに命じた掟と論じた。布教と改宗化を目的として行われる
     戦争を否定。
     →インディオの生命を犠牲にしてうわべだけのキリスト教化が行われている現実に問題性を看取。
     ⇒一時的に王室を動かし、被支配者側の権利を数多く規定した「インディアス新法」(1543年)ができた。
       しかし、1550年代後半、ハプスブルグ朝スペインが権威を喪失し、ラス・カサスも主張は疎んじられた。
       
4.20世紀の正戦論・・・シュミットとハーバーマス
   @シュミットの正戦論
    [T](1926年発表)
     国際連盟が真の連合かどうかという問題こそ、国際連盟の中心問題だとし、真の連合の条件として
     「保証」と「同質性」を挙げている。
     「保証」とは、暴力的領土変更に対する保証であり、「現状維持の正統性の保証」を意味する。
     つまり、連盟創立時を正常な状態とみなし、現状変更を望むものは平和の侵害者とみなされる。
     「同質性」とは、国内秩序の同質性であり、民主的正統性の共有を意味する。同質性を供えた連合は、
     不自由な人民を暴政から解放するために内政に介入する権利を有するとされる。
    [U](1927、32年発表)
     「正義は戦争の概念と相容れない」
     人間性を引き合いに出し戦うことは、敵から人間的性質を剥奪し、敵を非人間と宣言して、戦争を
     非人間的なものにまで推し進めることになる。
     例として、北米インディアンと、第1次大戦後のドイツ(敗者への非人間的扱い)
    [V](1938年発表)・・・正戦批判
     戦争を全面化するには正義が特に不可欠であり、大規模な正戦は今日自ずと全面戦争になる。
     
18世紀以降の戦争概念では各国が戦争の正、不正を決定し交戦する一方で、非交戦国には中
     立義務が課されており、戦争が限定されていた。しかし、不戦条約や国際連盟規約に従い戦争の
     正、不正を決定し、不正な攻撃国に対し、中立義務を捨て去るよう第3国に対し要求される。この
     結果、戦争を限定する歯止めがなくなる。

   Aハーバーマス・・・イラク戦争批判
    ・野蛮な体制からの解放という善き結果は、国際法違反の戦争を事後的に正統化するのか、と問う
    ・武力による一方向的な実現を禁じることこそ、民主主義や人権の普遍主義的中核をなしている。
     (ハーバーマスの議論の内容が理解できず)