徒然ぶちまけ日記

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■2006年08月31日(Thu)  天上へのモーダルシフト60
 なんてことだ。空間の裂け目から頭を出したのはヒュウイだった。
 亀裂が狭すぎて頭しか出せないらしい。きょろきょろとしている。本棚の死角に隠れているためか、自分にはまだ気づいていないらしい。
「どこだ、ここ。こんな場所、塔の中にあったか...」
 あるわけがない。
 大体の事情はミハルさんから聞いていたので、ヒュウイがどこから顔を出しているのかの察しは付いた。
 見るからにやつれた印象だが、それでも死の直前に見たヒュウイよりは元気がある様子だ。少しホッとする。
 自分が犠牲になったことで凹んでないかと心配していたのだ。
「図書館。スー姉、図書館がある!」
 スーベリーアも近くにいるらしい。
 彼女が最後に見せた、自分を責めるような目を思い出す。
 目があった。
 ヒュウイの顔が驚愕に歪み、それがだんだんと...ああ、なんて嬉しそうな顔をするんだろうか。こっちまで笑いたくなってしまう。
「ルーィ!」
「(だめよ、話しちゃ)」
 頭の内側から音が響く。自分が喋っているわけでもないのに、自分が話しているような奇妙な感覚。ミハルさんの声だった。
「ルーィ、ルーィだろ!? 生きてた、生きてたんだな!!」
「(今、あなたが彼と会話をしたら、彼を引き込まなければならなくなるわ)」
 簡潔な言葉だった。
 引き込む、それはつまりヒュウイまでこの世と決別しなければならなくなると言うことである。ルーィは喉の奥から出かかった言葉を飲み込んだ。
「ルーィ! なんで返事しないんだよ」
叫び続けるヒュウイ。
 自分が応じないのを見て次第に焦りが混じってくる。
「人違いよ」
 ミハルさんが、肩から瓦礫の埃を払いながら自分の前に立ちふさがってくれた。
 ヒュウイの顔が見えなくなる。いつも、ずっと見ていたいと思っていた顔だったけど、今はそれがありがたかった。
「彼女は、ルーィじゃないわ」
「...あんたは」
「ハバキの友人よ。そしてこの千会図書館(アレクサンドリア)の司書でもあるわ」
 千会図書館。本の虫の耳には馴染みの幻の図書館の名前だった。
 それは、古今東西のありとあらゆる書物が所蔵されてれているという伝説の図書館。真に知識を求める者の前にのみ姿を現す賢者の書斎。
「え、ここがそうだったの?」
 小声で呟く。
「(そうよ...言ってなかったっけ?)」
 聞いていない。
「そんなはずない、そこにいるのはルーィだ! なあ、そうなんだろ! 答えてくれよルーィ!」
 胸が締め付けられる。思えば、ヒュウイがあそこまで真剣な声を上げたことなど一度もなかったかもしれない。しかも他ならぬ自分のために、だ。
 思わず顔を確認したくなるのを必死で堪える。
「(いい彼氏じゃないの。やっぱり引き込んでみる?)」
 茶化すようなテレパシー。首を振って否定する。
 今がどうであれ、私という存在は一度死んだのだ。未練はない。
 未練があるとすればただ一つだけだけど、それはスーベリーアに任せることにしたのだ。自分がどうこうすることではない。
 ミハルさんは、それ以上は何も言わずに一回だけ頷いた。
 再び呪文を唱え始めると、空間の裂け目が徐々に狭まりはじめる。
「頭を引かないと、ちぎれて落ちるわよ」
「待ってくれ! なあ、何か言ってくれよ! 謝りたいんだ! 助けてくれた礼を返したいんだよ!!」
...いや、まだあるかな。未練。
 手近な瓦礫を一つ、握りしめる。


■2006年08月30日(Wed)  天上へのモーダルシフト59
「うおおおおおお!!!???」
ズズズズズズズズン――
 突如として図書室に崩れ落ちてきた瓦礫の山に危うく飲み込まれそうになるルーィ。
「な、ななななんですか」
「あの、馬鹿!」
 瓦礫の落ちてきた空間の裂け目を見上げて、ミハルさん。
「ワームホール閉じるの忘れてるんじゃないわよっ」
 そうこう言ってる間にもどんどん瓦礫が流れ込んでくる。
「な、なんで室内に落ちてくるんですか」
「元々ハバキとを繋ぐホールだったから、引きずられてきたんだわ。あの、トウヘンボク。今度あったら絶対日記覗いてやるんだから」
 ピンク色の文庫本を開きながらミハルさん。
 そのまま源語を呟く。
『偉大なる閃き、万有の英知...
其は、人の疑念より生じ、移ろい、ないし潤いをもたらすもの。
本懐を遂げるため――』
「――黒い...裂け目? 奥が全然見えない!」
「ん?」
 懐かしい――今となっては――声がした。
 見上げれば、空間の裂け目から見知った人物が頭を逆さまにして顔を見せていた。
――ヒュウイ

■2006年08月30日(Wed)  屍骸術師と勇者株13
「見つけたぞ、賊め!!」
「当主様の仇!!」
 気付いてはいたが、いつのまにやら執事やらメイドやらが集結し馬車を囲んでいる。全員が天秤棒やら長刀で武装をしていた。
「げ」ルーラが青ざめて逃げ場を探す。
「かかれっ!」白ひげを蓄え、一際年を召した執事の号令で他の者達が飛びかかる。
「ひ、ひえええ」
 御者と常務さんが悲鳴を上げたが、タツマとメイはとくに何もしない。
 執事達が攻撃を仕掛けたのはあくまでルーラのみ、こちらに危害を加える気がないことは明白だったからだ。
「大丈夫、流石に分別はありますよ」
「そ、そうですね」
と、常務さん。その表情が曇る。
「あの、服装に家紋章は...ストラング家ですよ」
「それって...今から行くところの人でしたよね?」
「ええ、当主の仇とはどういう」
「カルラ氏のライバルという意味でしょうか」
「君にしては割りと正しい言語認識だが、多分違うだろうな」
 ルーラと執事達の戦闘は思いの外、長引いている。
 連携を取る執事達に対して、スピードで掻き回すルーラ。
 軽快な足捌きで八方から迫る棒をかいくぐり、死角に回り込みつつヌンチャクの一撃を浴びせてそのまま離脱する。
 それを逃がすまいと執事達が包囲の輪を広げると、それを見越したかのように横へ飛んで隊列が伸びて薄くなった箇所を叩き、また離脱する。
 ヌンチャクは、その変幻自在の型もさることながら、遠心力やしなりを用いた打撃は一撃で骨をも砕くと言われている。その使用には熟練を要するが、もし使いこなせるのならば、これほど多様性と実用性を兼ね備えた武具もないだろう。
 ルーラはそんなヌンチャクをまるで自分の手足のように使いこなし、執事達の連携を一撃離脱で切り崩していく。
 彼女の技は、タツマの素人目にもかなりのものに見えた。
 執事達は迂闊に攻め込めぬコトを悟り、包囲を固めて遠巻きに牽制をしかける。
 絵に描いたかのような緊張状態だった。
 とはいえ、
「どうするのですか?」
 歩き出すタツマに小首を傾げるメイ。
「いや、私闘を納めるのも警官の仕事だからな」
 更に小首を傾げる、メイ。不思議でならないと言った風に、
「今日は非番ですよね」
 案外ビジネスライクな性格なのだろうか。
それとも、自分がそうだと思われているのだろうか。
「生憎、切り替えが出来るような性分じゃないんでね」
 この前殺人犯を見逃した人物とは思えない発言だなとは思うが。
 灯剣を持ってきていないのが悔やまれたが、無いモノをねだっても仕方がない。
「君は、そこの二人をしっかり守っておけ」
 乱闘に飛び込む。


「双方、直ちに武器を納めて解散しろ。公道での私闘は禁止されている」
 包囲の輪の中に入り、宣言する。
 どよめき、執事の長らしき老人が白髪の垂れる目の奥で尋ねてきた。
「オーク警察のタツマ・アヴェルだ。姓は鴇色の落穂。あいにく今日は非番で剣を持ち合わせていないが、これで身の保証は立つだろう」
 聞く者が聞けば素っ頓狂な自己紹介だが、執事の長らしき人物はそれで納得したようだった。
「...これは警察の方でしたか」
 うやうやしく一礼をされる。と、
「執事長、信じるのですか?」
「帯剣すらしてないのに...」
 あからさまに不信そうな若い執事たち。
「馬鹿者、今の姓を聞いていなかったのか」
 執事長はそれを咎め、タツマに再度一礼をした。
「ご無礼をお許しください」
「いえ、俺だって姓を立てるなんて久しぶりですし」
 あまりこだわって話が進まないなんてのはごめんである。
「それより、出来れば私闘を止めていただきたいのですが」
「申し訳ありませんが。警察の方に説くには愚かに過ぎるとは思いますが、一般人にも現行犯を捕まえる権利が認められていますので」
 慇懃だが、頑として譲らぬ口ぶりだった。
「なるほど――現行犯ね」
 まあ、そんなところだとは思っていたが。
「な、なんねその納得した目は!」
「何をしたって言うんだ」
 全員が言い淀んだ。その間にタツマは周囲の執事やメイド達の表情を眺めた。怒り、不安、混乱...そして、悲しみ。そんな顔ばかりである。
 老練たる執事の長でさえ、髭を怒りに振るわせていた。
「...殺人です」
「うそっとよ! うっちゃがやった〜はこの家の金庫っそ盗みいっただけとよ」
「どっちにしろ不法家宅侵入か」
 う。という声。しまったという感情がありありと浮かんでいる。
 どうやら、ルーラ・ループは生粋の泥棒らしい。わざわざメイド服まで着込んでいるところを見るに貴族専門のプロだろう。
 あれほどの実力がありながら、強盗犯罪課のタツマが知らないと言うのがひっかかるが。
「...コイツの身柄は俺が預かる。いいな」
 老人に断る。返事は割りとあっさりとしたモノだった。
「わかりました」
「執事長!」
「それでは我々の面目が!!」
 若い衆が持ち場を離れて執事長に詰めよろうとし、
「包囲を解くな!!」
 叫んでそれを止める。
 屋外だというのにエコーが響き、集団がすくみ上がって動きを止めた。
「敵を中心に円状に密集し、常に一定の距離を保て!!」
「は、はい!」
 一斉にそのようにする執事とメイド達。
 普段、蚊の欠伸のような声しか出さないタツマだが、腹の底から声を上げればこの程度の芸当は出来る。
(警察学校式恫喝術なんだがな、要するに)
 効果はてきめんで、執事はおろかルーラですら一瞬飛び跳ねていたのが見えた。
 背後でメイが目をしばたいている。
「そんなに意外なのか...」
 少し傷ついて、執事から棒を借りる。断ってから折り、警棒サイズにして振る。
「ほ、ほんきとよ?」
「逆らえば公務執行妨害だからな」
 もっとも、非番だが。
「あんたがうちゃの身柄預かるってのはマジとね?」
「ああ。もっとも、警察が来るまでの間の一時預かりだが」
 まあ、それにしたところで。
「ここの奴らにボコられるよりなんぼかましだと思うんだがな」
 警棒サイズにした棒を構える。
 それを見ただけで、ルーラの警戒はより深いものとなった。逃げ腰に見えるのは、なにもタツマが警察官だからと言う理由だけではない。
 ヌンチャクは長柄の武器相手には絡め取ったり変則的な軌道で攻撃をしたりと有利な面もある。
 だが、警棒のように肘程も丈がない武器が相手では小回りと間合いの関係上、その優位性を十分に発揮できない。近接用に二節棍を束ねて棒として突く用法もあるが、今度はリーチで劣るのだ。
 つまるところ、ヌンチャクは警棒とは相性が悪い。
(まあ、間合いに入る前に打たれたらおしまいだけどな)
 知ってか知らずか、ルーラはヌンチャクの一方を脇に納める独特の構えを見せる。ヌンチャクには鞭のように棍をしならせて中距離を一瞬で打ち据える技がある。おそらく彼女が今している構えはそれだろう。
 脇で固定されたヌンチャクは、引き絞られた弓矢を思わせた。
 じりじりと間合いを詰める。静寂の中、ルーラの呼吸が微かに聞こえる。
 なるほど、確かに攻めあぐねる。
「どうしたとよ。威勢が良かった割りに、消極的っとね」
 小馬鹿にするかのようなルーラの笑い。
「まあ、逮捕術にヌンチャクなんて無かったからな...」
 実際、非番で怪我なんかしたくないよなあと言う思いもある。
 労災も降りない。まったくもって消極的にならざるをえない。
「ふ、いまから負けたときの言い訳とは見苦しいべし」
「べし? ...あ、後ろ。」
「その手には乗らんとよっ!」
ゴゲス――
 緊張に耐えかねた――と言うより、あまりにも隙だらけなので思わず殴ったのだろう。ルーラの真後ろのメイドが棍棒で思いっきり彼女を殴り倒したのだった。
「そういえば、」
 今更気付くタツマ。
「手出しするなとは言ってなかったな」
「そ、そこは言っとくっとよ...」
ルーラの呻きがテーブルに染み渡った。


■2006年08月30日(Wed)  天上へのモーダルシフト58
――ズパン
ズズズ...
――ズパンスパン
ズズズズズ...
 デュランダルが手に入ってからのスーベリーアの決断は一瞬だった。
 すなわち、

「全てを切り開き、階下に降りる」

 作戦は生き残りの中で圧倒的な計算力と空間は空く能力を持つスーベリーアの下で行われたが、デュランダルを振るうのはヒュウイの仕事だった。
 幸か不幸か、デュランダルはヒュウイにしか扱えなかったのだ。
 もっとも、例えスーベリーアやおっさん達が使えたとしてもヒュウイはその役目を譲らなかっただろうが。

 迷惑を掛けたことを、全員に謝ったのだが、スーベリーア個人とはまだ向き合えていない。二人して後回しにしようと言う雰囲気だった。
『ここ』
「わかった」
 スーベリーアが指をさしてD・Jの声で命令する。
 昔は違和感を感じたモノだが、すっかり当たり前になっている。
 瓦礫を斬り、平坦な道を造っていく。一行は既に床にまで到達していた。
 怪我人を含む20数名を移送するための道を切り開きながらの行軍であったが、順調なものだ。
 最上階の床は10m近い瓦礫に埋もれている。遠くに瓦礫にしては丸い石の固まりが転がっていた。
「お、おい...本当にここを降りるのか」
 マルガリ――生き残ったおっさんの一人が近より、尋ねる。
『大丈夫、いけるから』
 その言葉はどちらの言葉だったのだろうか。どちらにせよ、おっさんはその言葉で安心したようだった。
『螺旋階段はあっちよ、急ぎましょう。ヒュウイ、頼むわね』
「ああ...」
 デュランダルを振るい、瓦礫を斬っては障害物を除去し、あるいは裂け目に足場を作る。
「す、すげえな、坊主」
「坊主はやめてくれよ...」
 苦笑する。
「あ、ああそうだな。にしても...夢でも見てるようだ。今さっきまで足の踏みどころもなかったはずの瓦礫の山が、お前が一振りするだけで人が通るに申し分のない道になっていく。まるで魔法じゃねえか」
「魔法と言えば魔法なんだろうけど...」
 淡く発光する刀、デュランダルを見やる。
「その剣か。確かに切ることに関してはその剣の力なんだろうってのは判るが」
「わかるんだ」
「そりゃそうだ、刃筋すら立ってないわ、刃の向きに関係なく真っ二つになるわ。物理法則とか完全に無視してるじゃねえか。俺だってそれぐらいは判るわい」
 そう言えば、この人は剣道をやっていたか。
「そうなんだよなあ。それでも切れるんだからやっぱ凄いんだよなあ...」
 ヒュウイとしては刻の賢者に貰ったと正直に言ったつもりなのだが、このおっさん達は信じないのである。もっとも刻の賢者自体、絵本や伝承の中の存在としか信じられてないのだが。
 このデュランダルも塔の備品――ルーィが使っていた装備の類だと彼らは勘違いしているのだった。
 丸い岩が、目の前に近づいてくる。
 瓦礫に3分の2ほど飲み込まれているその岩に、ヒュウイは見覚えがあった。
 あの岩は、ルーィを潰した岩だ。
 刀を握る拳に痛いほどの力が入る。岩に線が見えた。
 切る。
 岩が真っ二つに割れて、片方が沈み込んだ。
「すげえな。切っ先で斬っただけなのになんで真っ二つになるんだ?」
「俺が聞きたいよ」
 死線が見える、とD・Jは表現した。そこを斬れば物理法則を無視し連鎖崩壊を発生させる。そういう線が見えるのだと。
「なんか違う気がするんだけど」
 ヒュウイはその喩えにさっきからずっと引っかかりを感じているのだが。
 再度、岩石を斬る。
『こら、関係ないのを斬るな!』
 先行していたスーベリーアあるいはD・Jがヒュウイを怒る。
 そんなスーベリーアにも線が見えていた。いや、正確にはスーベリーアの喉の前の空間にだ。
『ど、どうしたのさボーイ?』
 嫌な視線を感じてか、スーベリーアが身じろぎをする。尋ねたのはD・Jだったが。
 唐突に、窓ガラスのひびを思い出す。眼前の光景はアレに似ている。
「...ああ、そうか。だから線“みたい”に見えるのか」
 恐くて試すことはないだろうが、それを斬ってもスーベリーアが真っ二つにならないだろうことを、ヒュウイは無意識で理解した。
『何かわかったのかぃ?』
「いや、別のどうってことない認識の違いみたいな...」
 とたん、八つに裂けた丸岩の一部が音を立てて瓦礫に飲み込まれていく。ちょっとした揺れもあったため、一同は悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。
「な、なんだこれ」
 その中で、ヒュウイは立ちすくんでいた。
 丸岩が飲み込まれたその場所には、床板が存在した。
 つまり、天板が割れてそこにへ落ちたわけではなかったのだ。
 いや...瞬間、何を感じたというわけでもないが、ヒュウイは飛び降りていた。
「黒い...裂け目? 奥が全然見えない!」
 人一人入るのがやっと程度の裂け目が、そこにあった。







■2006年08月29日(Tue)  天上へのモーダルシフト57
 居住層へ降りる螺旋階段は滑落が進み、まともな足場はもう無い。
 天然の崖昇り(降り)はこんな感じだろうかと、ヒュウイは思った。
ちなみに、ロッククライミングという遊び自体は塔にも存在する。
『あんまり剣近づけるんじゃないよ、ボーイ』
 無茶を言う。塔そのものであるD・Jから遠ざけると言うことは、常に腕を伸ばしてデュランダルを掲げ続けろと言っているに等しい。
「鞘、とかいるよなぁ」
『どアホ。斬ろうと思わないと切れないんなら鞘なんてあってもなくても一緒ジャン。そんなものいらないっつーに。持ち歩きたいんなら紐にでもくくっとけ』
「う、それもそうか...」
 剥き出しの断面を見せる石材を飛び降りる。
 途中、螺旋階段を阻むかのように小高く積もった石材の山があったが、それはデュランダルで慎重に切り裂いて道を切り開いた。
「こりゃ楽だ」
『力に毒されるんじゃないよ』
 いらだった声調で、D・Jが釘を刺す。
『行きがけ普通に登って越えたのにどうして斬る必要があるのさ』
「でも折角ハバキさんがくれたんだし、」
『ほーほー、ミーに口答えかい。偉くなったねボーイ。で、そうやって刻の賢者に踊らされて、それですっかりその剣に頼ることしかできなくなるわけだヨ』
 どうにも、D・Jはヒュウイがこの刀に依存することに懸念を抱いているらしい。
「...なあ、なんでそんなにハバキさんのこと」
『それを知ってもどうにもならないからタチが悪いのサ』
 あきらめにも似た言い方だった。
 ますます解らなくなるヒュウイ。D・Jが、自分のことを心配してくれているのは理解できる。だが、それが何故なのか理由が解らない。
 「力に頼るな。道具に頼るな」等と言うお説教は大人に限らずヒュウイですら常日頃に心がけていることではある。だが、それさえ心がけていれば道具は人の生活を助ける便利な存在なのだ。必要以上に恐れて使わないなんてのは馬鹿げている。
(ただまあ、それだけのお説教とは思えないんだよなあ)
 物憂いながら遠くを眺める。
「ん?」
 ふと、その光景に違和感を感じた。
「なんだ、あれ。断層が...いや、あんな入り方するものなのか」
『どうしたのサ』
「いや。あっちの方の壁に線が入ったみたいに亀裂が」
 走りながら、会話を続ける。
『どこさ』
「どこと言われても」
困る。なぜなら、その亀裂の線は壁やら石材やら柱やら窓やらの凹凸を無視して“ほぼ一直線”に入っているのだ。そこ、としか言いようがない。
「なんて言うか、ほら、あと5度ほど向こうの真上から入ってる断層、いや線かななやっぱり」
『おかしいネェ...そんなものない――って、ヒュウイ! 止まれ!!』
 止まれ、と言う前に既に止まっていた。D・Jに説明するためと言うこともあるが、何故だか嫌な感じがして断層の線の上に行く気が起きなかったのだ。
 途端、目の前に砂が落ちた。塔の壁を形作る石材が軋み、擦り合わさって崩れ落ちてきたのだ。それが何を示す予兆なのかはヒュウイでも解った。
 壁が崩壊し、大規模な崩落が螺旋階段を飲み込んでいく。
 岩石の一つが落ちるたびに、螺旋階段の石段が大音声と共に破壊され、埋もれる。
 静止していなければ...それに気付いたとしても逃げる間すらなかっただろう。
 ヒュウイは、それを呆然と見ていた。口を開いていたので土埃をまともに吸い込み、むせた。
 もうもうと立ちこめる砂埃、石材の粒の零れる僅かな音。
 少し離れて座り込み、砂埃が晴れるのを待つ。
「なんだったんだ、あれ」
『こっちが聞きたいネ。塔のせーれーとして面目立たないけど、ヒュウイが呼びかけてなきゃ気付けなかったヨ。なんだい、崩落を予見できたのかい?』
「いや、どうなんだろ。ただ線が見えて」
『またそれカイ。重ねて言うけどね、あの崩落は連鎖的なモノでもとから一本の亀裂が入っていたとかの原因によるものじゃなかったヨ』
 D・Jがそういうのだから、そうなのだろう。つまり、あの亀裂もしくは線はヒュウイにだけ見えていたのだ。
 そして落ち着いて今の記憶を辿ると、崩落の範囲と見えた線では場所も範囲も同じなのである。
『するってと、ボーイには崩落が線としてあらかじめ見えていたってコトかい?』
「まさか」
 煙が晴れたので立ち上がり、遅れを取り戻そうと足に力を入れる。
『お、コラ。そんな急ぐとまた滑落が』
「っても、今降りないと次の滑落で二度と降りられなくなるだろ」
 ボールが跳ねながら落ちていくかの様に、ヒュウイは一歩で跳び続ける。
 踏みしめた足場は、ヒュウイが飛んだ次の瞬間には音を立てて滑落していく。
『ちょ、待て! そこから先は一歩でも踏む場所間違えたら落ちるゾ。せめてミーがアシストを』
「いらんっ」
 その言葉でヒュウイは飛び、石材で出来た足場を駈け抜ける。
 その足場は、崩れ落ちた階段の裂け目に縦長の石材が重なるように架かり出来た橋である。橋のバランスは石材同士の微妙な緊張によって保たれているだけであり、なるほど踏み場によっては一気に足場が崩れ落ちることだろう。
 が、ヒュウイはそんなコトもお構いなしに石材の橋を一気に渡りきっていた。
『う、うそぉ。なんであれだけ走って落ちないのサ』
「ん〜なんていうか線が見えたっつーか」
 またかと言われそうだが、事実そうなのだから仕方がない。
 確かに見えるのだ。ここを踏めばまた崩落するのだろうなと言う気配を感じさせる線が。
『それはアレか、こう、ここを辿ればダイジョーブとか、勝利へのパスルートみたいな感じのアレか』
「それはよくわかんねーけど、たぶん逆」
『ふうむ。生命線(ライフライン)じゃなくて、死線(デッドライン)が見えるってコトかネぇ』 
 確かにそんな感じではある。
「なんか違うような気がする...」
『なにがサ』
「いや。死線、って言葉かなぁ。感覚的に...っと、」
 螺旋階段は円筒の内側をなぞるように在る居住層へと飲み込まれている。が、その居住層への入り口である穴が瓦礫で埋め尽くされていた。
「使うけど」一応断ってみた。
『断られてもナア...』
 デュランダルを振るう。その一太刀で瓦礫が崩れ、穴の内側へと流れ込んでいった。
「よし、行こうか」
『待たんかイ』
 何故かD・Jが声を上げた。めちゃくちゃ驚いている。
『い、いま何やりやがった、ボーイ! 壁刳り抜くとかそんなナマカナなことじゃなかったゾ』
「なにって、」
 崩した瓦礫の中は、膝立ちで侵入せねばならないほどに狭かった。
もう少し崩せばよかったと独りごちる。
「瓦礫崩したんだけど」
『崩すって積木崩しとわけが違うんだゾッ! 上部からの切断のみで力学的な均衡を潰しなおかつ一定量を滑落させるだとか、そんな熟練の発破師みたいな芸当が剣で出来るわけないでショ!?』
「いやでも出来たし」
 這い出た居住層の中は薄暗かった。石材独特の据えた匂いがきつい。下へ続く螺旋階段は大量の石材の土砂で埋もれている。そっちは無視し、左右水平に続く円周廊下を見やる。
 円周廊下なので、どちらから行ってもスー姉達のいる場所には着くのだが、それでも近い方向を向いて歩き出す。
 手近な採光窓の砂埃を手で拭う。窓ガラスは割れてはいなかったが、圧力に耐えかねてひびが入っていた。
 透明の板を斜めに走る一筋のひびを見て、ヒュウイは熟考する。
「なんか出来そうな気がして、だからやったんだけど」
 押し黙る、と言うのも変だがD・Jは何かを考えるかのように数秒唸っていた。
『...そうか、デュランダルだ。そいつが徐々にヒュウイに馴染んできてるんだな。さっきからのコトもそうダ』
 忌々しいそうな声。まるで危惧していたことが実際に起ったかのような。
「デュランダルが?」
『どこまで手が届くか、どこまでジャンプできるのか。走れば間に合うのか、殴れば壊れそうか。そんなことは誰だって判る。
 猿は尻尾で枝にぶら下がるし、鳥は自分が飛べることに疑問に感じない...ボーイに起ってるのはそういうことなのサ。デュランダルが馴染むってことは、無意識下でデュランダルが出来ることを自分のこととして認識するようになるってことなのさ』
「無意識...で?」
『う〜...持ってる道具に併せて、自分がなにが出来るかの認識が変わるなんてのはデュランダルじゃなくても起こりうるケドさ。デュランダルはそれが顕著なのサ。靴や服よりももっと身近に、それこそ手足のように――デュランダルは自分の存在を持ち主の心に認識させるのさ』
 だから厄介なのさ、とD・Jは付け足した。
『死線が見えるのもその影響なんだろうサ』
「なるほど」
 今にして思えば、ヒュウイが斬ったのはまさしくその線だった。
 その線を斬れば瓦礫が崩れると何となく思ったのである。
 スーベリーア達のいる部屋が見えてきた。

■2006年08月25日(Fri)  天上へのモーダルシフト56
「やだよ、めんどくせぇ」
『なぬっ、このトウヘンボク!!』
「ってもなあ。D・Jが喚くんじゃ持っていけもしねえし...」
 木材の山に突き立つ刀を見上げてヒュウイ。
「ハバキさんが使ってたみたいに、輪っかの部分だけになったりしないんかなあ」
『そりゃ無理さ、ボーイ。その【デュランダル】はもう剣としての機能しかないのサ。刻記憶から察するに【杖】としての機能がその鍔にあったことはアンダスタるけどネ。その鍔にはもう杖はないのサ』
 床から響くD・Jの言葉は、半分以上が意味不明だったが。
「デュランダル?」
『その剣の名前サ』
 なぜ解る、と言う顔をしたのだろう...もっとも、D・Jに視覚はないが。
『不本意だけどミーら精霊にゃ、そういうのが解るのサ。ヒュウイだって、初めて見る花が何色をしているかを知るのは簡単ッショ。そういうことなのサ』
「どういうことなんだ...」
 首を捻る。
『イイヨ。持っていきねー。別にコイツが状況を打破するキリフダになるなんてことぁないケド、それでもクソのヤクにはタつだろーし』
「いいのか? 恐いんだろ、デュランダルが」
『こここここ恐くなんてあるかボケェ! こちとら萎えてもカ・ディンギルの精霊やっちゅーねん!! たかたかたかだか刻の賢者のじんせいれー如きに恐れなしてたまるかワレェ!』
 よく解らないプライドを持ちだして喚き立てるD・J。
 その音の振動でと言うわけではないのだろうが、木材に突き立てていたデュランダルが倒れた。
『きゃああああ近づけないでぇえええボーイ! ヘルプミーヘルプッ!!』
 あるいは魔剣のことだ。意志を持ってワザと倒れたのかもしれない。
「まあ、いいか...」
 今ヒュウイがやるべきは、上に残った人達を無事に下の階に運ぶことだ。
 それには現状で最も信頼の置けるリーダー、スーベリーアの元へと戻る必要がある。
 妙に落ち着いた気持ちだった。
 体が軽く、無性に何かをやりたい気持ちに満たされている。
 いじけてる暇など、まったくもって無かったのであった。

■2006年08月24日(Thu)  史上最大の藪蛇
 冥王星降格しちゃいましたね。
 妙にいたたまれないこの気持ちは何なんだろう...カッコイイのになあ、名前とか。

 エントラ外伝(※)終了〜。

 世の中は三部作で終わるようにできているので、これで完結っぽくしておきましょう。
 このシリーズ、色々考えるべき点があるというか。...まあ一番の教訓は、人様のキャラを拡大解釈してはいけないと言うことかなあ。サリーを崩しすぎた気が。
 どうも自分の考え方は捻くれてるみたいで、主要な人物を中心にするとどんどん捻くれていくというか、アクワイとか色の付いてないキャラとか書いていた方がいいっぽい。
 外伝作家の所以か。
(※エントラ外伝はハッピーラッキーエントランスという投稿小説コーナーの二次創作っぽい話です。)

■2006年08月24日(Thu)  TumbleWit11
「ぬおおおおぇ。デュー、聞いてくださいよデュー!!」
 空っぽのフライパンを片手に涙目の叔母さん。
「お、お、お馬さんが私のパエリアをパエリアをおおお」
 指をびしびしと突き付ける方向では、馬が立ったまま寝ていた。
「あ〜」
「私の御飯がぁ、マイディナーがぁあああ」
 たかだか馬にパエリアを食べられた程度で本気で泣きわめく29才と○ヶ月。
 よく見ればディアストーカーに蹄の足跡がまたできていた。
――オレもう充分勝ってるんじゃないかな。
 フライパンにこびり付いたパエリアの残骸を摘んで食べようとするおばさんを見て、デューはため息をついた。
 そのパエリアの残骸を引き寄せて、自分の口に放り込む。
「あ〜〜」
「腹壊すよ。適当に何か作るから」
「ほ、ほんとぉ?」
「本当本当」
 さて、何を作ろうか。下手な料理じゃパエリアの埋め合わせにはなりそうにない。
 頭の中が献立一色に染まる。
 鼻歌が漏れる。
 野宿の夜は嫌いだが、こんな時間は嫌いじゃない。
「おばさん、」
「ううう...その呼び方はやめてぇ」
「おばさん、この村、どうなると思う?」
「知りませんよぉ、そんなの」
 と、言いつつも、おばさんは夜空を見上げた。
「でも、良くなることは確かなんじゃないでしょうか」
 馬に引きずられたおばさんが、保安官事務所を訪れるのは随分後になってからだった。その時間は無罪放免を訴えるだけにしては、ずいぶんと遅かった。
「それが誰がもたらす変化なのかは、今の私たちには知りようがありませんよ」
「かもね」
 雪平鍋を手に同意する。
 良い夢でも見たのか馬が寝言で嬉しそうにいなないた。
 
(終わり)

■2006年08月23日(Wed)  TumbleWit10
 保安官助手は丸まるようにうつぶせに倒れ、動かない。
 それを見てデューは立ち上がるのを止めた。手近に落ちていた小石を拾って二三発撃つ。当たっても無反応だったので、その次にデューは馬の尻を撃った。撃たれた馬は驚いて焚き火の方向へ走り出した。
 ようやく立ち上がって、ガンベルトから拳銃を引き抜く。無銘のこの銃はエアロと名乗る戦士から譲り受けた危銃で、別名を悪食(バッドイーター)と言う。
 この銃は――その二つ名の通りに――あらゆる弾薬メーカーのあらゆる口径の弾丸を喰らい吐き出すことができた。
 最も、今撃つのは空砲である。
 闇を振るわせる大音声が響くと保安官助手は転がりながら飛び起きた。
 倒れ方が不自然だったので気絶したふりをしているのは解っていた。パチンコ玉程度なら喰らってやり過ごそうと思ったらしいが、銃声を聞いてはそうも考えてられなくなったのだろう。慌てて立ち上がり...そのまま逃げるのかと思いきや、手に持つライフルを撃ってきた。
 撃った場所はデューがいた位置だったが、すでにデューは移動している。当たらない。
 更にスリングを横面にたたき込むと、保安官助手は今度こそ膝を付いてくずおれた。ダメージが限界を向かえたらしい。
 鼻血を噴く顔を押さえる保安官助手。その押さえる手の平をまた撃つ。
 悲鳴と降参の声が聞こえたが、デューはそれを無視して走り出し相手との距離を一瞬で盗んだ。ベルトの銃に指を掛けるのを見てその手を銃ごと踏み砕く。生木を折るような感触が靴底から伝わるのに嫌気を感じつつ、男の袖を掴んだ。
 そうして体を背負うようにして投げ飛ばした。
 結局のところ、デューの行動の何から何まではこの一本背負いのためだけにあった。距離を詰めたいがためだけにあれこれ小細工をしたのである。
 前後不覚の状況で見える星空に男が何を見たのかは知らない。
 が、地面に叩きつけられた保安官助手の顔は化け物を見たかのように、驚愕に満ちていたのだった。
 
「...君は勇敢で強い上に、慎重なんだな」
 ぐるぐる巻きに縛られた保安官助手は、仰向けに星空を見上げたまま、無感情にそう呟いた。
「師匠が残心を重んじさせ(・・)る人達ばっかりでさ」
 中でも死んだ振りとか降参した振りとか嬉々としてやってくる師匠が一人いたのだ。今現在その人はロンドン市警でも指折りの女性警部として名を馳せている。
 馬のいななきと悲鳴が遠くで聞こえた。
 察するに馬が焚き火にでも体当たりしたのだろうが、まあどうでもよかった。
「あの馬は、俺の親友の馬なんだ...実習時代に出会った旅人の」
 突然、そんな昔話を繰り広げる保安官助手。
 デューはそれを東から左へと聞き流した。馬に思い入れがあるのは、言葉や態度の端々で知っていたことでもある。
 その旅人である親友とやらの馬を、旅人を死刑にするのが生き甲斐の保安官が所有していたと言うことは、つまりそういうことなのだろう。
 推測できたし、実際にそんな話を保安官助手は繰り広げた。
 保安官だけでなくこの村も駄目だという愚痴もした気がするが、もちろん聞いてなかった。
 パブの客であるならば彼の背負った人生に乾杯でもすることだろうが、男はただの犯罪者だ。感情に訴えるべきは年端もいかないデューではなく陪審員である。
 男の愚痴は夜の西風に乗って飛んでいくだけだった。
 明らかに嫌気の差した顔を見てか、保安官助手は軽く苦笑を漏らした。
「何か言ってくれよ」
「いや、別に」
 苦笑を漏らせば、誰しもが嫌悪を示すとでも思ってるのだろうか。
 だとしたらそれは間違いだろうし、むしろそれをツッコむべきかとかどうでもいいことが脳裏に浮かぶ。
「風見鶏、直しておいた方がいいよ」
「あのトリックに気付いたのは、探偵さんなんだね」
「いや、」
 単に時限式の射撃装置を仕掛けただけのアレをトリックというのであれば、世のトリック作家がすべからく筆を折ることだろう。
 馬を誘導することで確実に保安官を射撃位置に誘い込む手業は確かに技巧的だっが、仕掛け自体はバレれば犯人が誰であるかが一瞬で特定できてしまうと言う欠点を持ったお粗末なものである。
「多分みんな気付くんだと思うけど」
 それが告発されるかは、この男の人望次第だろう。まあ、保安官に寄り添って甘い汁を吸っていた一部の人間さえどうにかすればいいのではなかろうか。
 そんな杜撰な犯罪の隠蔽のために殺されかける自分たちを思うと、やはり同情する気など欠片も起きないし、気の利いた台詞を言ってやる気など更に起きやしないのだった。
 保安官助手の愚痴は更に続く。
 そう言えば名前を聞いてない。
「君みたいな勇気があれば良かったんだ...そうしたら」
「勇気ってさ、」
 と、男の愚痴が止まった。
 しまった、何も言わなきゃよかったと思いつつも、歯切れが悪いので最後まで言うことにした。
「いや、勇気って要はやらなきゃいけないことを行動に移せるか移せないかって事だろ。行動したら勇気がある、出来なかったら勇気がない。
 それって、やることやってれば勇気があるってことでさ、まあ良く分かんないけどそんなのに何の意味があるんだよ。別に、」
――勇気があったらと言って誰かを救えるわけでもなく、何が叶うわけでもなく、金持ちになれるわけでもない。無ければまあもっと無理なのだろうが。
「だいたい、あんたが俺らを殺しに来たそれも“勇気がある”って奴じゃないのか?
よかったな、あんた勇気があるよ」
「ち、違う。ゆ、勇気とは勇気とはそんなものじゃない」
「いや、別にどうでもいいけどさ。そんなのよりやらなきゃいけないことがあるし、」
 デューは、行方不明だった父を捜すため、多くの師に仰ぎ修行を繰り返した。
 それは、デューの生き様の全てだった。父を捜しその面を一発殴ることだけを夢に、デューは歯に血の色が染みこむかのような修練を積んできたのだ。
 だが、数ヶ月にその夢は脆くも崩れ去った。叔母さんが、いともあっさりと父の居所を探し出し、彼をフロンティアパブに連れ戻したのだ。
 その時に、デューはデューの生きる目標の全てを失った。
「勇気なんかじゃ勝てないだろうし」
 それ以来、デューの目標はひどく漠然としたものになった。
 理屈は簡単で、だから漠然としすぎている。即ち、自分の目的が奪われたのなら、奪った人間に勝るこでそれに届く人間であったことを証明し、目的達成とするしかない。
 デューの目標はそれ以来、サリサタ・ノンテュライトに勝つことなのである。
 我ながらしけた願望だけどね、とデューは転がる男に吐き捨てる。
 コレだから野宿の夜は嫌なのだった。
 妙に青臭いことばかり考えて、喉だけ熱くて空気は寒い。

■2006年08月23日(Wed)  わでぃーだんりんらんせんらんどぶだけだげだげどぅーどぅーでーやどー
 昔、自分の小説のことを絵のない漫画みたいだと言われたことがあります。
 まあいいけど。



読書

『伝説の勇者の伝説〜権力のワンダーランド〜』
『七人の武器屋4』

伝勇伝は相変わらず面白いですね。
ゾーラが好きなので今回の外伝の読み切りがゾーラ話でほくほくです。
ゾーラは悪意の精獣モードじゃないライナと互角。ピア時点より成長してるもののまだトップレベルじゃないみたいです。今後に期待。
武器屋はジャンが全部面白かった。
町民体育祭でもあったなあ、○×ウルトラクイズ。
これとサイコロサバイバルというゲームがあって、最後までサイコロの出目か○×を当てられると洗剤がもらえるというゲームでした。
ケンジとサエの部分の挿絵が見たかった。鉄仮面というと『鉄仮面をめぐる論議』みたいなフルフェイスの仮面かなあと思ったけど蝶々マスクみたいなのもあるのだろうか。

■2006年08月23日(Wed)  TumbleWit9
 銃より矢が勝るというケースは多い。
 もちろんそれは、銃の圧倒的な殺傷力と不可避性を半ば無視する上で成り立つ話であはあるが。
 例えば「音がしない」「曲射が出来る」「壊れにくい」「ハンドガンと比べれば中距離での命中率に勝る」等がそれであるが、デューはなにより「弾が遅い」ことが矢の利点であると考えていた。
 もっとも、デューが扱う武器は矢ではない。スリングショットというゴムで鉄弾をはじき飛ばす武器である。
 鍛冶屋のジュニアに制作を頼み、路地裏の男に手ほどきを受けたこのY字のパチンコを、デューは滅多に使わない。
 普段は銃を使用しているからだが、だいたい荷物から引き出すのがそこはかとなくめんどくさい。滅多に使うこともないから、珈琲セットと同じく荷物の一番奥に詰め込んでいる。ちなみにこの珈琲セットは旅先の絶景で珈琲を飲みたいとおばさんの我が儘で携行しているのだが、準備がめんどくさすぎて一度も使ったことがない。
 スリングショットの固定金具を手首に載せて、グリップを握る。
 グリップがウェブリーの銃把と同じ形なのは、それもそのはずで本物のウェブリーの銃把を使用しているからである。ジュニアがウェブリーを分解して作ったのだった。
 為、銃床部にはウェブリーJr.と刻印されているのだが、デューはその名前でこいつを呼んだことはなかった。いろいろ忌々しいからだ。
「だいたいなんでウェブリーなんだよ、コルトでもいいじゃんか」
 スリングショットを試し打ちする。耳元で爆ぜるようなゴムの音、闇の奥へと鉄の弾が吸い込まれていく。遠くで小石が跳ねる音がした。
 相手が馬で近づいているということから、よほど遠くまで追跡する覚悟だったのだろうことがよく解る。あいにくと村から100mもしない場所で野宿しているのだが、これは不運であったに違いない。
 まあ、どうでもいいが。
 おばさんが居るはずの場所で焚き火の煙と光が上がるのを見てか、保安官助手は馬を止めた。ここなら馬の足音も気付かれないと思ったのだろうが、これもあいにく村を出たあたりでデューもおばさんも気付いていた。耳が良いとかの問題じゃなく、夜はそれほど音が響くのだ。
 道の畝に腹ばいに隠れているデューからは10m離れていた。
 ハンドガンならまず当たらない距離だが、スリングが当たらない距離ではない。
 ただ、スリングは音より早く飛ばないので発射音や風切音は聞かれるかもしれないと危ぶんだが、デューが打ち出した弾はそんな不安を余所に馬を下りた保安官助手の腹部にヒットした。
「もう少し上か」
 舌打ちもせずに、二発目を打ち出す。
 矢が銃弾に勝るのは弾が遅いことであると、デューは考える。
 弾が遅く、一発目の軌道が見えるため、修正が容易なのだ。
 見えない弾丸を撃つ銃のプロはともすれば二発目も外してしまうが、ダーツやアーチェリーのプロにはそれがない。
 軌道修正を受けて放たれた二発目は、痛みに驚いて硬直している保安官助手のこめかみを穿ち、見事昏倒させた。




 

■2006年08月21日(Mon)  TumbleWit8
「この村は野犬の害に悩まされていていましてね。定期的に空砲で威嚇するのだそうです」
「それ、なにかの伏線?」
 枯れ枝を組んで作った焚き火の上で、フライパンがコトコト揺れている。
 闇、火の灯りだけが照らす空間、星座を結びたくなるような夜空に、冷え切った硬い空気、白い息を吐いては孤独を感じずにはいられない、昼を忘れたかのような静けさが耳を痛くする。
 今更何の感傷も涌かない星空の下で、とりとめもない会話を続けている。
 デューは野宿の夜が嫌いだった。
 無駄に大人びて、何かを悟った気がしてしまうから。
 ただの夜が、まるで掛け替えのない時間であるかのように錯覚してしまいそうで、それが今の自分にとってはどうしようもないほどに恐い。
 焚き火を囲んで、おばさんと向かい合って。国に帰れば二度とこんな夜は来ないのだろうなと当たり前のことをつらつらと思う。
 そんな思考の余裕が生まれる夜が嫌いだった。
「風見鶏、壊れてたね」
「軸が歪んででしまってましたからねぇ。もともと壊れかけだったんでしょうけど。今日ので決定的に壊れてしまったのでしょう」
 等という、おばさんの表情は夕餉のことしか頭にないようだった。魅入られたかのようにフライパンを覗いている。
「今日の御飯は何ですかぁ?」
「口調」
 軽くため息をついて、蓋を開ける。湯気が立ち炊きあがり米と肉が香りを立てる。パエリアである。野宿とは言え新鮮な野菜が手に入る距離だったので作ってみた。
「わぁ、良い匂いですねぇ」
 目を輝かせるおばさん。
年甲斐もなく鼻をひくつかせ、恍惚としてはしゃぐ。
「欲を言えば魚介類が欲しかったんだけどね」
 傍らでくべていた干し肉の塩スープをカップに注いで、手渡す。
「いえいえ、流石酒場の息子。ほんと、連れてきてよかったですねぇ」
「別に酒樽から生まれた訳じゃないんだけど...」
 おばさんにとっての自分の存在意義に悩みつつも、自分がいなかったら今頃この人どうしてたんだろうと本気で心配する。藁でも囓ってそうだ。
「むぅ、何か変なこと考えてませんか?」
「いやいや、滅相もない」
 村の方角から、馬の足音が近づいてくる。微かな音だが夜の静寂では際だって仕方がない。
 今頃旅に出る人間もいないだろうし、これは保安官助手(あるいは代理)が口封じに自分たちを殺しに来たのだなと推測できた。
 スープを一口飲んでのんびりと腰を上げる。ふと横を見ると、おばさんがパエリアを皿に盛り分けることもせずに、そのままフライパンにスプーンを突き立てていた。
 それを見て「行儀が悪い」と注意し、爪先で地面を蹴る。
「...オレの分、残しといてくれよな」
 





■2006年08月21日(Mon)  TumbleWit7
 西風が保安官事務所の戸を叩き、辻風を巻き上げた。
 頬をくすぐる空気に熱はなく、見渡せば空は見飽きた感のある夕景のグラデーションで彩られていた。
 綺麗には違いないが、自分がどれほど田舎に来ているのかを自覚する景色ではある。今日どこで寝よう。
「もう出立(い)かれるのですか?」
「ええ、お湯とシャツ、ありがとうございました。服は捨ててかまわないので」
 買ったばかりのネクタイとシャツに別れを告げる気分で挨拶をする。
 ジャケットには流石に別れを告げてないが、人前で着ることはもう無いだろう。
 手痛い出費である。
「君とはもう少し話したかった。保安官助手としてじゃなくて、」
 人なつっこい柔和な顔で微笑み、握手を求めてくる。血まみれの衣服と靴の手入ればかりが気になってロクに顔も見てなかったが、そこそこ美形だった。顎髭が少しだけ生えているが彫りが浅く総じて若く見える。4,5才上と言ったところだろうか。
 デューがその手を取ると、しっかりと握りかえしてきた。
「君は凄い少年だ。何に臆することなく、自分が正しいと思ったことを行える。そんな、強い勇気を持っている。僕も、君のような人間だったらどれだけ...」
 目に涙をためて、熱い表情で語りかけてくる。
 自分の手にしがみつく保安官助手の姿は、主観でも客観でも誰がどう見ても情け無く見えた。握手した手を話さない様は、まるで「この手から少しでも勇気を分けて貰おう」とでも考えていそうで、正直うっとおしい。
 だいたい、この男は勘違いをしている。
「自分は、そんな勇敢な人間じゃないすよ」
 手を引きはがして、後ろに下がる。
「アンタだって十分勇敢じゃないか。全部見たわけじゃないけど、あの保安官に何度も意見してたみたいだし」
 励ましたつもりだったが、逆効果だった。
男の泣きそうな顔から本格的に涙が零れた。
 少しだけ伸びたあごひげから水滴がぽたぽたと零れる。
「勇敢なわけがない。そんなことない。自分にもっと勇気があれば、今頃、この村はもっと発展していたし、誰かの死を嘆く日常もなかったんだ」
 今は亡き保安官は、近代文化を執拗に嫌っていたらしい。
 年も近いというのに、独裁的な統治をしいて、あたかも西部劇の寒村じみた世界を形成していたのが、あの保安官だったのだ。
 そんなだからまあ、誰が次期保安官に選ばれても、今より田舎染みると言うことはありえないだろう。周囲の村落よろしく、徐々に都市の一部として吸収されるに違いない。
 そんなことを考えたのはデューだけでもないのか、
「...ふぅむ、近代的になるのが決して良いわけじゃありませんよ」
 先ほどから馬と会話し続けていたサリサタおばさんが、ふと横槍を入れた。
「牧歌的でいいじゃありませんか。屋根は低いし空も低い。
風も涼しくて...近代的になって、その代償で風見鶏が止まっては風情も無いでしょうに」
 保安官助手(今は保安官代行とでも言うべきか)は無言でそれを聞いていたが、数歩下がって別れの敬礼をして再度こちらを向いた。
「今夜の宿は取られましたか?」
「えぇ。野宿の予定ですよ」
 きっぱりと答えたのはおばさんだった。
 デューも異論はない。正直な話、村にいる間は宿に泊まりたいのだが(この村にも宿ぐらいあるだろう)、放免されたとは言え犯罪者として扱われた過去がある状況下では貸してくれる宿があるとも思えない。
「今夜は冷えますよ。ほら、空気が澄んで遠くの山がよく見える。この辺りの夜は、零下を割り込むこともざらです。あばら屋でよければ私の家をお貸ししますが」
 それは願ってもないことではあったが...
 おばさんの答えは先刻と同じだった。
「申し訳ありませんが、やはり野宿にします。理由は、お察しください」
 ちなみに、おばさんの「お察しください」と言う言葉は「理由を考えるのがめんどくさいので適当に想像してください」と同義である。
 頑なに拒む理由が見えなかったが、デューとしても無理にこの保安官代理の世話になることもないなと感じていた。また暑苦しい話をされそうだったし。
「そうですか、残念です...」
 言ってみただけなのか、保安官代理はそれ以上勧めることはなかった。

■2006年08月19日(Sat)  TumbleWit6
「ひ、酷い目に合いました...」
 保安官事務所に闖入するその人を見て、デューはああと思い出したように頷いた後、
「生きてたんだ」
「死んでなるものですかぁ!」
 身体中砂だらけな上にところどころに蹄の跡がスタンプされたおばさんは、自分を縛り付けていたロープを板床に叩きつけた。縄抜けに成功したと言う風でもなく、自然にほどけたのだろう。
「必死で馬さんをなだめて説得したんですからね。ああ、もうなんたることでしょう。髪の中まで砂埃だらけではないですかっ」
 それはいつものことである。
 見た目はボロよれだったが思ったよりダメージはないらしい、元気だった。
「まったく、馬に引きずりまわされるなんて何年ぶりでしょうか」
「馬に引きずりまわされた経験はあるんだね」
 としか言いようがない。
「それより、馬は大丈夫なのでしょうか」
「馬の心配ですかっ、こ、ここここの状況下において馬未満の軽視っぷりとは」
 いきりたって叫ぶが、今のはデューの言葉ではない。
 保安官助手の言葉である。
「んと。引きずり回されて生きてたんだから、無罪でいいかな?」
 めんどくさいがデューは一応聞いてみた。
「いや、そうはいかないよ。執行は延期されてたし、しばらく拘留してもらって再度審議をする予定だ」
「もしかして、保安官が決まるまで待つとか?」
 眉をしかめる。地区にも依るが、保安官は概ね選挙で選ばれる。そんなものを待っていたら、デュー達の滞在日数が大幅にロスされてしまうのだ。
「いや、流石に時間が掛かりすぎる。代理人...自分が代わりにやる」
 どちらにしても、もう二三日は掛かりそうだ。
 事件が好機に転ぶとも思ってなかったが、むしろ悪転している。これではあの横暴な保安官の統治の方が良かった。逃げ切ればそれで終わりだからだ。独裁的で偏執狂的な統治ならば逃げる名目も立つし、牛泥棒で指名手配をするほど連邦警察も暇ではない。
 こうして冷静で現実的な対応で来られた方がよっぽど面倒なのだ。
 難しい顔でこれからの身の振り方を考えていると、怖ず怖ずとおばさんがこちらの顔を伺って来た。
「デュ、デュー。わ、わたしはどうなっちゃうのですか?」
 不安で押しつぶされそうな、まるで人の家のガラスを割ってしまった子供のような顔である。
 そんなおばさんに、デューは軽く微笑んで肩に手を載せた。
「大丈夫」
 強い口調で頷きかける。
「オレ、おばさんの分もちゃんと観光するからさ」
「見捨てる気満々っ!? デュー、聞いてちょうだいよ、デュー!」
 デューは、ああ、今のオレってきっとものすごく爽やかな笑顔をしているだろうな、と思いつつ、
「オレ、帰ったらおばさんに手紙を書くよ」
「しかもそのまま帰郷!!? ひどいですぅ! あんまりですぅ!」
「寂しくないように、日々の出来事とか細かく書いてさ。そうだ、帰ったら真っ先にリンゴの木を植えるよ。ちょうど叔母さんが罪を償い終わった頃に実が成るはずだから、帰ってきたらみんなで食べよう」
「ながっ。わたしどれだけ捕まってないといけないんですか」
「あ〜、盛り上がってるところ悪いんだけど」
 保安官助手が申し訳なさそうに。
「言いそびれたというか、言う機会を逃したというか。牛を盗まれた被害者が訴えを取り下げてるんだが...おーい、聞いてる?」
 が、もちろん涙目で訴えるおばさんの耳には届いていないのであった。



■2006年08月19日(Sat)  TumbleWit5
 血生臭い風が、乾いた空気になびいた。
 保安官が胸から血を吹いて、二秒も待たずに馬から転げた。
 誰もが呆然とそれを見ている。

 そんな止まった時間の中で馬に走り寄り、落下する保安官を体全てを使って受け止める人間がいた。
 デューである。
 圧倒的な体重の差で、押しつぶされるように重なって倒れた。

「狙撃だ!」
 地面に倒れたままで、叫ぶ。
 その叫びで目の前にいた保安官助手がはっとなって周囲を振り仰いだ。
「全員物陰に隠れろ!!」
 悲鳴、そしてパニック。
 最初の悲鳴の前に保安官助手が命令したことに、デューは内心安堵していた。
 村人達は、我先にと逃げるが、そこに著しい混乱は起きていない。家族はおろか、友人をかばう余裕すら見えた。
 大半が近くの酒場に逃げるのを横目で見つつも、保安官から這い出たデューは馬の尻を叩いて「行け」と叫ぶ。
 血の臭いに恐慌状態に陥っていた馬は、その衝撃にいななきを上げてがむしゃらにぐるぐる回った後、全力で走り出した。
「きゃぁああああたあぁすけてぇえええええ!」
 何やら悲鳴が聞こえたが無視して保安官に向き直る。
 打たれた保安官はうつむけで脱力しきっていた。コートの穴から鮮血が溢れ、ワイシャツとを赤黒く染め上げている。
「き、君も...」
 保安官助手が何か言おうとしたが、それを手で制す。振った手から血の粒が飛散した。
 銃弾は胸を貫通していた。見れば解る、即死だ。脈を取るだけ無駄だろう。貫通痕からしてライフルだろうが、ライフルにしては銃声が妙に大きかった気がした。
 仰向けにしようと血に滑る手をシャツで拭うが、ワイシャツとネクタイも血でべっとりと濡れていた。ぬるっとした感触に眉をしかめ、やむを得ずその辺の土に手をつけて即席の滑り止めにする。
 無言で片腕を持ち上げ、ベルトを掴み、体を入れ込むようにして仰向けに返す。
 どう、と音を立てて上を向く保安官。
 保安官助手の顔が一瞬引きつったのを脇に、デューは目を瞑り軽く黙祷を捧げた。保安官の顔は、遠くの何かを凝視したままで固まっていた。瞳孔は散大しきっている。
 立ち上がって、思い出すように馬のいた場所へと移動し、馬の高さを想像する。
 保安官は撃たれる寸前になにかに気付いていたようだった。
 見えた風景には、町の入り口があった。風見鶏がこっちを向いて止まっている。
「な何をしているんだ。そこは危険だ! 君も早く」
「いや、撃たれてるならとうに撃たれてるし」
 狙撃手の気配はない。だいたい、狙撃なんてのは撃って目的を果たしたら即座に逃げるのが基本だ。いつまでも現場にとどまる訳がない。
 捕まらないために遠くから撃つのだから。
 保安官は何を見たのだろうか。あのタイミングならライフルの火を見たのだとしても不思議ではないが。
 血生臭い風が吹いている。
 湿っぽい風に煽られ、ウィードの塊が右から左へと転がっていった。
 転がったあとに、馬の足跡を見る。あの足跡も、いずれ風が掻き消すのだろう。
「あ」
 そういえば、おばさんが馬に引っ張られたままだった。
「...まあ、いいか」





■2006年08月16日(Wed)  風紀部48
 TakeBack'sが先だって肉を食い散らかしていたおかげで、食事の用意は大幅に遅れていた。
 まあ、そもそも本格的なバーベキュー自体がまだだったらしいが。
 刻乃華姉妹と風紀に茜坂倫子がキッチンに入り、残りのメンバーはベランダで涼んでいる。吹雪も手伝おうとしたのだが即座に追い出され、悔し紛れに雪路を追い回している。
 そろそろ日も沈みかけだった。虫の音が風情を通り越してやかましい。
 ふと、季節はずれの蝉がやにわに鳴き出した。季節感を大幅に間違えた蝉の声に一同が軽く驚いていると、音量の絶頂を迎えるかいなかの瞬間ぶつと音が途絶え「なんじゃそりゃあ」とやはり一同で肩を落とすのだった。
 やれカラスに突かれたのだ、やれめぼしいメスがいないから別の場所に飛んだのだと推測が飛び交う中、英鳳はあれが最後の一鳴きだったのかもしれないな、とそんなことを考えた。

 日が沈んだ。

 武之部希生と相馬桂介は共に3−1所属、吉泉幸輔や夜宮吹雪とはクラスメイトである。
 3−1の能力者は、「固有の物体に働きかけ、法則性のある超常現象を起こす」と言う地域性を持つ。
 代表例としては夜宮吹雪の【魔術(リーグ)】が上げられ、この能力は銀色のリングを媒介に様々な自然現象を起こすことができた。
 また例外的に、集団発狂事件前から超能力者であった吉泉幸輔はこの地域性から外れた能力を持っているが、今はどうでもいい。

 相馬桂介の能力【贋作(マッハ・ガジェット)】は、小道具を一時的に本物に換える、と言う力だった。
「とっとと封印して貰いたいんだが...こっち的には」
「そうもいかねえだろ」
 応えたのは吉泉幸輔。
「お前の力は、そこにいるやつらには有用だからな。ほら、アレ作ったらお前最強だぞ」
「...どれだよ」
「デスノート」
「うちの部長の趣味じゃないな」
 ため息を吐いてあっさり拒否する。
 二人は庭――と言っても、江戸時代の村落のように周囲には畑と道と雑草しかないわけだが、足首程度の生け垣によって体裁だけは庭と区切られた空間で対峙していた。
「ん、そりゃどういうことだ?」
「演劇で使った小道具じゃないと無理なんだよ、どういうわけか」
 あっさり答える相馬。弱点をいってるのとほとんど同義の発言である。自分の能力に別段の愛着もないらしい。
「そりゃあれだな。お前さんが無意識に小道具と認める範囲を決定してるんだ。
さもなきゃ、アドリブで何でも作れちまうことになるからな」
「かもな」
 吉泉が、周囲の石ころを浮かせた。
 二人から半径5mくらいの全ての石ころが巻き上がり、吉泉の前で点描の絨毯を作る。
 対する相馬は、ポケットから筒のような物を取り出した。大きさはリレーのバトンと同じだが、どこかオモチャめいた材質でできている。
 無造作に、相馬がそれを振ると筒の先端から光が溢れて棒状に伸びた。
 ビームサーベルである。
「...それ、何の演劇で使ったんだ?」
 吉泉が呆れつつ尋ねた。
「ぶれんでぃ」
 程なくして、決闘が開始された。

■2006年08月15日(Tue)  風紀部47
 バーベキューパーティーのセットなど一人暮らしの貧乏学生が持っているわけが、もちろんないのだが。
 同居人の富田日々好ことみぃは、どこからともなくそれらセットを持ってきてはいそいそと焼き肉の準備をしていたのであった。
「おー、はじめてるぞ」
 生徒会室にいた一同が肩を落としてがっくりしたのも無理はない。
 雪路亜里抄が、肉を溝入の鉄板一面を使って焼いていた。
「あ、亜里抄だー。やー、元気ー?」
 吹雪が両手を胸の前で握りしめて、それから前に伸ばす。
 見境無く抱きつく前の体勢、ようするに風紀のモノマネである。
 雪路が挟んでいた肉を取り落とした。
「ふ、ふふふ吹雪!? あんでここに」
「アリサには言われたくないぞ」 
 バラ肉が並べられた皿も落としたのだが、それは隣の男子二人が受け止めた。
「わーい、亜里抄〜!」
「きゃー!!」
 最強の部長と名高い雪路亜里抄が、か弱い悲鳴を上げて逃げた。
 わーいと言いながら追いかける吹雪。
「雪路ファミリーか。女子二人が見あたらんな」
 全てを無視して、英鳳は背負う下鶴敦四の位置を直した。
「まあ、女連れてくるようなところでもないしな。チリはうるさかったけど」
「長谷川さんは別の興味があったみたいだけど」
 むっつり応じる相馬桂介と、丘の頂上の方を見る武之部希生。
「ふっふ、けど女の比率の方が高いのだよ。見よ、この荘厳たるメンバー」
「え、ええっ?」
 そこには、刻乃華姉妹も足羽円貨も茜坂倫子もいたのだが、風紀が両手で紹介したのは何故か木下紫穂だった。
「ん。このコは...」
 相馬がしげしげと見つめた。
 天然日焼けのワイルド系と一昔前のトレンディ俳優みたいな出で立ちの桂介には、一見強面な印象があるが、面倒見がよく人気も高い。
 まあ、それはともかく。
「ああほら、前の舞台で照明だった子だよ」
「前の? ぶれんでぃ?」
「そうそう、ぶれんでぃだよ」
「謎会話するな」
 風紀がツッコミをいれるが、「ぶれんでぃ」とは前回TakeBack'sが企画した演劇舞台のことである。
 風紀は雪路亜里抄ととことん仲が悪いために、演劇そのものをあまり見ないが、英鳳は時間があればこの手の学生行事は進んで見ることにしている。
 「ぶれんでぃ」も、英鳳も見た演劇のひとつだ。マフィア「ブレンド」率いるコンスタンナ・オーウェンス(主人公)が敵性麻薬シンジケートを壊滅させようと挑むハードボイルドアクション大作だった。途中から何故か吉本新喜劇調のオペラになるという、何を目指したのかさっぱり解らない割りに小ネタが満載という曰く文化祭の演劇のような奇っ怪な内容だったのを覚えている。

 まあ、それはどうでもいいのである。
 



■2006年08月14日(Mon)  風紀部46
 鼻っ柱を叩き折る一撃で、全ては決した。
 下鶴が作り上げた異世界が軋み、悲鳴を上げて砕け散る。
 世界は本来の白鳳高校へと、一枚近づいたのだった。
「【立体円盤(オクラホマミキサー)】...封じさせて貰ったぞ」
「ぐっ、くそっ。出ろ! 回れ!!」
 下鶴が、何度も確認するように息んだ。
「くそっ、くそっ。俺は、俺にはコレしかないのに...」
 そして自分の能力が完全に奪われたことを確信し、崩れ落ちた。
「どうせ、持てあましてたんだろう。あんたと同じだ」
「う...うわあああ。返せ!! 返せよぉ!!」
 涙混じりの叫びを上げて、下鶴が風紀に殴りかかる。
 風紀は、バットを捨て、近づく拳をボンヤリと見つめていた。
 鈍い音が鳴ったとき、下鶴は中尾英鳳に腹を殴られ、気絶していた。
「自分は、あんたよりあんたの能力を識ってたよ。
正直、恐かった。今倒さないと、って思った」
 突然現れた英鳳を無視して、風紀は呟いた。
「今倒さなければ、きっと対処の仕様がない程に強くなるだろうから。
 校庭で、あんたは自分たちに能力を見せたその時から、そう感じてたよ。
あんたはあの時、必要もないのに自分たちに能力を見せた。逃げ回ればいいだけのあの場所で、力を使ったんだ。
 恐かったから...?
 違う。
――試したかったんだ。
 自分の力で人に危害が加えられるかどうかを。
 自分の能力にどれだけの可能性があるのかを。
新しい必殺技を覚えたガキと一緒だ。ただ純粋に自分の可能性を識りたかったんだ」
 赤バットは、青い粘性の光を帯びていた。その光がどんどんと内側へと潜り込んでいく。まるで血が染みこむかのように。
「自分には解るよ、そう言うヤツは強くなる...だから、今封じなければならなかったんだ」


 一時間目はまだ終わっていない。
 ドアを開けて、風紀が生徒会室に闖入した。
「さぼりが多いな。粛清してやろうか」
 三人の視線が風紀に注がれる。
 夜宮吹雪と吉泉幸輔と木下真佐樹である。
「残念、一組は自習よ」
「なにっ、そうだったのか」
 肩をすくめる吹雪と、初めて聞いたと悔しがる吉泉。
「自習なら外に出ていいと思ってるのか馬鹿夫婦め」
 呆れた様子で風紀は手近な椅子にどっかり座り込んだ。
「荒れてるな」
「まあね」
「下鶴と戦ったのね」
「――まあね」
 そのタイミングで、英鳳が下鶴を担いで教室に入ってきた。
 廊下の方を見て、
「あれはなんだ?」
 木下紫穂のことである。
「ああ、ほっとけ。それより、停学はどうした不良高校生」
「するゲームが無くなった」
 下鶴をマットレス(吉泉の私物)に寝かしつけて、むっつり答える。
「それより、今日は早く帰って来いよ。って、みぃが言ってたぞ」
「みっちゃんが?」
 中尾と吉泉、そしてみっちゃんこと富田日々好(とみたひとし)は、同居をしている。
「帰郷祝いをかねて腕によりを掛けて料理を振る舞うって」
「そりゃ楽しみだな」
 吉泉は嬉しそうな声でそう言った。
「誰よ、みっちゃんって」
 吹雪の眉が下がり、険悪な目つきになる。
「へぇ、手料理振る舞うの? その子が、幸輔に?」
 ちなみに、富田→トミー→ミー→みぃ→みっちゃんである。
「う、あ。生徒会長どのに紹介したこと、無かったか」
「無いわねぇ...」
「無かったんだぁ」
「まあ、言う機会なさそうだしな」
 最後の二つは英鳳と風紀である、さっきまで気むずかしい顔をしていたが一連の馬鹿騒ぎですっかり本来のモードだった。
 ちなみに、風紀は富田と面識があるのだが、親友の勘違いを訂正するつもりはないらしい。
「ふうん、わたしも行こうかしら、そのパーティ。ちょうど会いたい人もいるし...」
「来てどうするんだよ。むさいだけだぞ」
「あら、じゃあ真さんと幻さんを誘ったらどう? 華やかになるわよ」
 威圧的な吹雪と、あくまであっけらかんと言い返す吉泉。
 ちなみに幻さんという単語にアクセントが付いていた。
「あの...」
 木下が、おずおずと中尾に尋ねた。一番良識人だと思ったらしい。
 うなづく英鳳。
「なんだ」
「薄々わかってはいるんですけど...」
 英鳳と、風紀も、薄々彼が何が言いたいのか解った。
「じゃあわたしも手料理振る舞おうかなぁ」
「姫さんが料理...ねぇ」
「な、わたしをアレと一緒にしないでよ!!」
「いや、まるっきり存在すら一緒だし。料理の腕も...っていうか知識の量で補えないから逆に」
 そこまで言ったところで、吉泉に向かって水筒やら椅子やら銀色の輪っかが六個ぐらいやらが飛んでいく。
「...あの二人って、いつもあんな感じなのでしょうか」
「そうだな」
「二年ぐらい前からずっとあんな感じだよねえ」



■2006年08月14日(Mon)  風紀部45
「さて、次はなんだろうな」
 もっとも、風紀には予想が付いてた。
 この【立体円盤】では人を殺すことが出来ない。
 この能力は、景観を回転させ歪曲させる能力でしかない。
 だから、回転しても重力の方向は本来の景観そのままで、下水は切断された状態でも流れている。推定ではあるが人体が輪切りにされても普通に生きていることだろう。
 複数のモニターで一つの画面を形成するスクリーンを考えればいい、そのうちのモニターを数個入れ替えたとしても、回転させたとしても、中の画像は変わらず動いている。
 空間を切り取り動かすのではない。ただ見え方を変えているだけなのだ。
 そして、だからこそ【立体円盤】は攻撃には向かない。景色をぐるぐる回して人を惑わせたり迷路を作ったりするのが、関の山だろう。
 ボロステーションの如く二重曲線で空に放り投げてもそこから落ちることはないし、地面の底に閉じこめるように景色を弄っても力を解けば元の位置に戻るだけなのだ。
――いや、
 真に向いていない理由はそこではない。
「つまるところ、想像力と意志が足りてないんだ」
 結果避けたわけだが、さっきの攻撃には確かに殺傷力があった。
 思えば、アレはおかしな能力だ。
 本来衝突しないはずの景色が衝突し圧壊しているのだから。
 おそらく、分離した地面と円盤の接点をギリギリにして回転させ、ズレた部分を叩きつけているのだろう。観覧車のゴンドラからにゅっと金槌を出して、地面の杭に叩きつけるような感じだろうか。回転のギリギリ外に対象を設定し、はみ出た物質を掠らせる。
「なんかそういうのあったな。歯車の上で戦うヤツだ」
 確かに立体円盤で戦うとなると、この方法をまず思いつくだろう。
 だが、それで風紀は彼の創造性の限界を悟った。
 まずこの方法は回避しやすい。最悪回転に巻き込まれるように逃げればいい。
 そしてもっと圧倒的な攻撃方法が、この能力には存在する。
「なんにせよ。止めないとな」
 歯ぎしりして、赤バットを構える。
 景色が流れる。
 円盤が逆回転しはじめてたのだ。5秒後には元の位置に戻る。
 エレベーターよりもよほど速く動いてはいるが、景色が動くだけの能力なので慣性は発生しない。
「こっちから見れば、向こうの風景が動いてるようにしか見えんな」
 独りごちる。3Dゲームのコントローラーを動かしたような感覚だ。
 どうにも地に足がついてない感触で、不安になってくる。
 3、ダッシュ。
 2、バットを握る。
 1、振りかぶって、

――飛ぶ。
 壁に体当たりをする勢いで跳躍した風紀は、次の瞬間、空間が元に戻ったことと、5m先で迫り上がった地面の上に下鶴敦四がボンヤリとした表情で立っているのを確認する。
 まさかタイミングを合わせて飛んでくるとは思わなかったのだろう。下鶴の表情はマヌケの見本品のような表情だった。
「なっ――くっ」
 下鶴の瞳孔が狭まる、目が遠くを見ようとしている。
 その瞬間、風紀は背中に背負ったブルーシートを投げ捨てた。
シートが、下鶴の視線を吸い寄せるように、遮る。
「――!」
 一瞬の動揺。それで十分だった、回転軸が作れなくなった下鶴に切迫する。
「う、うわあああ!!」
 下鶴の絶叫。
 風紀は跳躍し、2m程ある地面の断層を駆け上がった。
 眼前の空気と地面が歪み、無数の円盤が生まれる。
 風紀はそれを無視して、最後の一歩を踏んだ。
 手足同胸腰首顔、それらを輪切りにされながら、
――風紀は下鶴のマヌケづらに赤バットをたたき込んだ。


■2006年08月13日(Sun)  風紀部44
 ズ...風紀の爪先から先の地面に、コの字型のスリットが発生する。
 風紀はそれを目で見たわけではなかった。

 大量の土砂が次の瞬間には風紀を襲っていた。

「やったか...?」
 回転していないコートのゴム地を踏みしめ、下鶴は10数歩先の土砂に警戒を強める。
 落下の直前、別の回転軸を持つ円盤で足下の地面のみを切り取り、滑るように降りたのだ。慎重に小高く積もった土砂の山に近づく。
 松方風紀は生き埋めにはなってなかった。
「...っ、そうか咄嗟に前に飛んだのか」
 土砂を落とすために用いた大円盤。
 90度回転した円盤は、下方、時計の文字盤で言うなら4時の当たりで停止している。三方から光を遮られて、その奥は闇に閉ざされていた。
「なんてヤツだ。確かに適切な回避方法だが...」
 タイミングを見失えば即死だった筈だ。
 太陽を円盤の回転に載せてその地面を照らす。
 予想通り、松方風紀がそこに立っていた。
 赤バットを構え、どういうつもりか、ブルーシートをマント代わりに羽織っている。

「絶景だなこりゃあ」
 遠くを見る。左右が問答無用で壁。それがゆっくりと下り最後には地面に埋もれて果てない空を描いている。
 上を見た。滑らか地層が斜めに傾きながら天へと反り立ち、途切れて空が伸びている。本当は曲線状に傾いているだろうが、円盤が大きすぎて直線的に傾いてるようにしか見えないのだ。
 この断崖絶壁の一番上が、さっきまで自分がいた場所なのだと感動する。
「半径がだいたい500mぐらいで、30度は傾いてるか...」
 だとすると、この崖は250mはあることになる。
「ふむ、傾いても重力は地面に垂直のままか」
 5度もあれば人は傾きを感じることができると言う。だというのに、風紀が立つテニスコートの地面に傾斜は感じられなかった。どうやら、円盤は重力や空間そのものも回転させるらしい。
 天井と左右の断崖の途中に水道管の断面が見えた。
 が、そこから水が振ってくることはない。円盤は景観をねじ曲げてはいるが、水道管そのものは繋がったままなのだ。
「連続性は奪われない...か」
 今思うと危ないタイミングだった。咄嗟に円盤の回転に巻き込まれることで回避したが、今思うとなぜそうしたのかも判然としない。完全に直感だった。
 だが、結果的にそれが幸いした。あと0.5秒迷ってから飛び込んでいたら風紀は250m先の“上空”に放り投げられ、テニスコートへと落下したことだろう。
「だが、いろいろ見えてきたぞ。【立体円盤】」
 風紀は、ブルーシートを羽織りにやりと笑った。
 




■2006年08月12日(Sat)  風紀部43
 回転半径があまりにも大きな為、四角く迫り上がって来ているようにしか見えない地面。その地面の上部分だけが切り取られ、こちらに近づいてくる。
 奥を見ればテニスコートのフェンスがスリット状に切り取られ、それも近づいてきていた。地面から垂直に伸びた回転軸が右奥方向に発生したのだと理解して、風紀はビニールシートを引きずって左方向に走る。
 途端、足下がぐらつく。
 くるくる回る風景に、平衡感覚が狂わされている。回転する水車や風車を凝視したときの感覚を倍にしたような、まともに歩くことが適わない状態。
 惨めにスッ転んだところで、天から声が掛かった。
「柊運命はおまえの何だ?」
 松方風紀は、ころんだまま堂々と答えた。
「親友だ!」

 強い瞳に睨まれ、下鶴敦四は決意を固めた。
 10時過ぎの強い陽射しが、どんどんと下降して下鶴の背後へと回る。今の下鶴には太陽の位置すら自由に操れた。
「なら答えよう。俺はあの探偵が死ぬ現場にいた。
風紀部部長、他者の能力解放を察知できるお前なら、その意味がわかるだろう」
「ああ...あの日、柊運命の力の気配が突然消えた。その時間は、検死官が断定した死亡推定時刻と同じだった」
 白鳳高校の生徒全員をカバーするはずの柊運命の能力、それが突然に消えた。
 彼女はいつでもどこでも、常時、その能力を解放していた。それにもかかわらず、だ。
「自分の察知から突然に、弱る暇すらもなく消え去る理由は四つある。
“校外に出た”と思ったんだ。けど、それは違った。
 次に“突然死や気絶”の可能性を考えた。けれど、それも違った。死因から見て...そうではないと結論が出た。
――運命は、苦しみながら死んだ。ならば、残りは実質一つしかない」
 風紀は、一度目を閉じて耳を手の平で叩いた。それでぐらついた三半規管が戻るとも思えなかったが、それでも立ち上がる気合いは涌いた。
 赤バットを大地に突き立てて、立ち上がる。
「“誰かが能力で柊運命を世界から隔離した”。そして、それは�霤陳肱擦稜塾呂任鷲垈椎宗�だから、運命の死に関わっている能力者は、もう一人いた! そう考えるのが妥当」
「ああ、正解だっ!」
 下鶴は、自らの背後の背後の更に背後にイメージの焦点を合わせ、水平な回転軸を幻視した。
 その回転軸に垂直に交わるような大きな円盤を幻視する。円盤の円周が描く軌道は、下鶴と風紀を地表から垂直に結んでいた。
【立体円盤】が形成する円盤の回転速度は1秒に6度、時計の秒針と同じ回転速度である。円の大きさは関係ない。どれだけ大きな円盤であっても1秒に6度、回転する。それは円盤の半径が大きければ大きいほど、円周部分の移動速度は速くなることを意味していた。
 下鶴が幻視仮定した回転軸までの距離は500m。
 直径1kmの円盤の円周部分が一秒に一度傾く速度で――

 抉れたテニスコートの地面を含めた下鶴が、時速180kmで松方風紀に落下する。


■2006年08月12日(Sat)  風紀部42
 国際学科校舎(通称インター校舎)下駄箱。
 本来、その下駄箱の手前では、剣を地面に突き立てた騎士の像が中世の騎士の威厳さながら生徒や教師の往来に睨みを利かせていたが、現在その像には無造作にブルーシートが被さっている。
 シートが作る青のシルエットは「中身はクリスマスツリーです」と嘯いても通じそうで、騎士の尊厳もへったくれもあったものではなかった。
 その像の前を下鶴敦四(しもづるあつし)が顔を蒼白にして通り抜ける。
「今教室に入っても、追い出されるだけだぞ」
 声に反応して...下鶴は数歩だけ距離を取り、それから振り向いた。
 白鳳高校を取り巻く空気が犇(ひし)めき、音を立てる。
「...風紀部か」
「すっかり体勢を整えてから誰何するあたりは見事だ」
 呼ばれて、風紀は姿を見せる。
 想定外の場所からあらわれた風紀に、下鶴は驚きを通り越してしばし棒立ちになっていた。今攻撃したら勝てそうだが、
「だが、発動仕掛けた能力を寸止めしたのは明らかな失策だ。君の力を考えるに、問答無用で展開するのが最も生き残る可能性が高い」
「さっきそれで失敗したんでね」
 気を取り直して、下鶴は汗を拭い更に距離を取る。
「一度不利に働いたぐらいで自分の力を信用できないとはね」
 風紀は、ビニールシートを引きずり、赤いバットを片手に距離を詰める。
「そんなことはどうでもいい。それより、」
「何だ」
「そのビニールシートはどこからかっぱらってきた」
「失礼な。きちんと部の経費で購入したものだ」
 シートは風紀の手に引っ張られてずるずると全身を動かしている。
 そのシートは像を覆っているシートとは完全に別物だった。よく見れば材質やメーカー名も違うのだがそれはどうでもいい。
 つまり、風紀はわざわざ風紀部のブルーシートを持ち出して、像のブルーシートと一体化をすることで隠れていたのだった。
 さらにつまり、それを一言で言うなら、
「忍法隠れ蓑」
 下鶴は無言で下駄箱前を離れ、広い位置に出ようとする。
「あまりの天才的作戦に言葉も出ないようだな」
「どうして、待ち伏せできた。普通科の生徒だとは考えなかったのか?」
「いい質問だ。」
 ブルーシートを引きずり、赤バットも引きずり、風紀は下鶴に追いすがる。
 距離は縮まらないが離れもしない。下鶴に逃げる気がないからだ。
「下鶴敦四、英会話部。部活動実績0日のペーパー部員。親しい友人、特になし。学生活動、不参加。君のように学内にコミュニティが無いものには気付く由もないだろうが、逆を言えばそうでない人間は大抵知っていることだ。だから教えてあげよう。
 我々が所有するこの能力は、それぞれがまったく何の共通点も法則性も持たない、てんでバラバラな異能力だ。
 例えるならジャンルの違う漫画の主人公達が異種格闘技を繰り広げるようなもの、一人一人がオリジナルの世界を背負っていると表現してもいい」
 第二校庭を抜けて、ネットの垂れたテニスコートへと移動する。
「そんな1800数余の異世界能力を果敢にも編纂し、体系づけてみようと試みた生徒がいた。そう、先代IoQ部長、大津浩だ。
 彼は初期の集計作業段階の時点で、我々の能力に一定の規則性があることに気付いていた」
「規則性――? 馬鹿な、今さっき」
「その通り。能力自体には何の規則性・法則性もない。
 だがそれを扱う我々には共通点がある。
 簡単な話だ。我々には我々が白鳳高校の生徒であり、日本人であり、そして人間だという共通点があった。
 そしてその共通点は、我々の能力の性質に大きく影響した。
 結果、能力自体はてんでばらばらにもかかわらず、その能力の『扱い方』には法則性が生まれた――こういった方が良いかな」
 赤バットを掲げて、コートの向かいの男に突き付ける。
「そう、『地域差』というヤツが生まれた。大津のレポートにはその辺の記述がさらに詳しい」
 すぐ隣の運動場(朝礼をした場所とはまた別の運動場)では二年生が1500m走のタイムを計っている。
 ゴム地のコートに運動靴の学生が二人。
 風紀に至ってはブルーシートに赤バットという出で立ちだったが、誰も気にした様子はない。
 男、下鶴敦四は風紀の言葉の意味を判然とした様子で聞き返した。
「つまり、国際学科と普通科では能力の扱い方が、」
「そう、まったく違う。そして、大説を振るっておいて恐縮だが、君が真面目に部活動に、いや、高校生らしく友人なり作っていれば能力に地域差があることなど、一瞬でわかったことだろう」
 下鶴の目が鋭くなる。どうやら、かんに障ったらしい。
「俺の能力の特徴から推測して、インター校舎前で待ち伏せしたと言うことか」
「そのとおり、冥土のみやげに少しレクチャーしてやろう。
君のインスパイヤ、【立体円盤(オクラホマミキサー)】のように空間そのものに作用するタイプの能力は、国際学科に多く見られるモノだ。対して、自分のような物に働きかけて何らかの効果を生み出すタイプの力は、普通科の更に理数系のクラスに多く見られる。
 よって、人形に働きかける能力【人形師(ハスラ)】を持っていた�霤陳肱擦麓�分と同じ普通科理数系の人間であると、名札を見なくても能力を知っただけで判ることができる。まあ、ぶっちゃけ同じクラスだが」
「�霤�...だと?」
 突拍子もなく出た名前に、下鶴は純粋に聞き返す。
 それを見て、風紀は一つ頷き、
「知らないか。予想通りだな」
 ブルーシートを無造作に放り投げる。
 その時には下鶴は能力を発動していた。
「こちらも質問がある。答えて貰おうか」
 視界に映る景色の全てが、回転していく。
「...いいだろう」
 地球儀のルービックキューブはこんな感じだろうか。全ての風景が、自由に、気ままに回転していく。
 テニスコートに斜めのラインが二つ走り、中空に回転軸を持ってぐるんとまわる。地面に水道工事現場のように大きな溝が生まれ、宙にはテニスコートの土が扇形の断面を見せた。ゆっくり回る。
 今、テニスコートの裂け目に飛び込めば果てしない宙へと真っ逆さまに落ちるのだろうか――
 下鶴のいるサイドラインに二本亀裂が走る。そして、下鶴からその右側のフェンス石階段運動場の全てが盛り上がって断層を見せ、そして下鶴はその断層に押し上げられて高く昇っていく。運動場はるか奥に回転軸を持つ円盤が回転したのだ、と推測を立てるが、だからどうなるというわけでもない。
 風紀は天高くに逃げる下鶴を前に、目の前の断層すら飛び越せないでいる。
 追うことも適わず、ただ見上げることしかできない。
が、その代わり叫んだ。
「柊運命と何を話した、下鶴敦四!」

■2006年08月09日(Wed)  そろそろいいのか?
 某アンケートを送りました。と公表してみる。
 正直、挿絵含めて書きたいことが山ほどありましたが(ヤフーメモ帳が字数オーバーになった)、サイト上で細かいツッコミは必要ないって明言されてたからなあ...
 透明盾には某所で突っ込みいれましたが、まあマニアだし。
弓道部員が田中志郎の弓矢にツッコミ入れるみたいなもんです。
...違うか。


てか、自分も長編書きたくなったなあ。
風紀部は超長編というか新聞の連載みたいな間隔だし。
こう、山場があって序盤や中盤がその山場を盛り上げるためにしっかり練り込んであるグルテンのような小説を。



■2006年08月09日(Wed)  斬を応援中
「斬」(ジャンプ連載中)を応援しています。
正直、ツマラナイという人が正しいのでしょう。
いや実際予告絵を見たときは自分も「駄目だあ」と思いましたし。
客観的に読めば確かにツッコみどころ満載ですし。

でもこう言い方は陳腐ですが、光るものはあると思うんですよ。
実際話の展開は上手いですし、斬と貫木が戦うことになった経緯も無理が無くていいかんじです。

斬でよく言われるのが体が当たっただけで即斬り合いとか、すぐ真剣勝負を挑んだり挑まれたりと「命のやりとりが軽い」と附属して「怪我の治りが早い」というヤツですが、後者は純粋なツッコみどころでしょうが、前者には反論があります。
違うんです別に命のやりとりは軽くないんです。あの世界ではあれが普通なんです。冗談でもなんでもなく殺るか殺られるかの世界なんです。
いや本当に。帯刀が今なお残る文化であれば変じゃないと思うんですね。
誰もが刀を持ってる文化なんてあったら、斬られるのが恐くて刀なんて抜けないよって人もいますが、それじゃ刀を挿してる文化自体無いだろうと。
現に、帯刀の時代はあったわけですし、銃社会に照らし合わせてみればイメージが掴めるかもしれません。
話を戻しますが、そういった「刀が残っている時代」においてあのチンピラ達の態度や命の軽視っぷりは“あり”だと思います。そして作者はそれを解って書いている。


...と、思いたい。
何にせよ、応援したい漫画ではあります。

もう一個、斬の「明日から練習しよう」とかのヘタレ描写は、普通にヘタレなだけですよね、あれ。
なぜかキャラに突っ込まないで作者に突っ込む人がいるようで首を傾げます。
まだ本気で強くなりたいと思うイベントがあるわけでもないし、表斬はヘタレでいいと思うんだけどなあ。


■2006年08月06日(Sun)  風紀部41
 そんな紫穂を余所に、生徒会室の中はあわただしい。
 夜宮吹雪が吉泉幸輔にビンタした。
 あっ、という紫穂の声を誰も気にせず、吉泉はというと吹雪の右手を片手で受け止めている。
 すぐさま吹雪が左手でビンタをしたが、これも残った手で受け止められた。

 がら空きの鼻っ柱に頭突きが炸裂した。
 ゴッ、と言う何とも鈍い音が授業中の静寂に良く響いた。

 鼻血を吹いて倒れる吉泉。
 どんなもんよとおでこを押さえてふんぞり返る吹雪。
 声も出ない木下。
「っつー。わたしは、この通りトンチキだから。正しいとか、正しくないとか、そんなことうまく言えないけど...でもね。これだけは言わせて貰うっ。
 なんでもかんでも一人で決めるな、カイショウナシ! ヤドロク!! ホジナシ!!」
 怒っていた。激怒していた。
 黒い髪が怒りの海に揺蕩うかのように、ゆらゆら浮かんでいる。
「言ったら、生徒会長どのが怒るだろうが」
 鼻声で文句を言う吉泉。
「今だって怒ってるじゃないの!!」
 「そっちの方がなんぼかましなんだよ」と言た気だなと、なぜか真佐樹には理解できた。
 吉泉幸輔が初めて真佐樹を見た。射すくめるような目線に身動きが取れなくなる。
「よお、お仲間さん」鼻声だった。
「どういう意味ですか」
「人殺しってことだよ」
 解っていても質問をして、分かり切った答えが返ってくる。
「俺は...どうすればいいのでしょうか」
「知るか」鼻を揉んでいる。
「楽するな。こっちじゃ自分しか考える基準はない。
 今のお前はどんな完全犯罪も簡単にできる。誰にも止めることはできない」
 水筒が浮かび、くるくると回る。衛星のようにくるくると木下の頭を周回する軌道を描き、速度を暴力的なまでに高めていく。
 冗談ではなくステンレスの容器が風を切る音が、全方向から聞こえてくる。これに擦れば、もれなく致命傷だろうと頬に冷や汗が伝う。
「未知の力で犯罪をして、未知の力だから誰にもバレない。罪を証明してくれやしない。
 法律はお前を縛らない。お前が間違っても、正してくれない」
 ぴたり、と。水筒が鼻先を叩いて止まった。その衝撃だけで鼻にツーンと殴られたときの気配が骨を抜ける。
 浮いていた水筒が糸が切れたように垂直に落ちて、重量のある音を立てた。
「今日お前は人を殺して、けど罪にならなかった。ラッキーなんかじゃない。これからお前はずっと“それ”で生きなければならないんだ。
 人を殺して間違ってると言ってくれない世界で、ひたすら自分だけで歩いて、自分でその道が正しかったのか考えて、そうやって進んでいくしかねえ。
 神様も人も誰それも、結局のところお前を裁いてくれやしねえ。
人を殺しても、それが罪だと言ってくれない世界に足を踏み入れてしまった」
 断言口調の不貞不貞しい言いぐさだったが、真佐樹にはその一言一言がずしりとのし掛かった。
 「自分の罪が裁かれない」と言うことの意味を考えて、目の前が真っ暗になる。それはつまり、
「もうお前は人間じゃない。お前を知る人間は、誰もお前のことを人間として扱ってくれはしない。そう言う奴はな――」
 吉泉は、一拍おいて真佐樹に笑いかけた。
「鬼って言うのさ」









 




■2006年08月04日(Fri)  風紀部40
 窓の下隅のレールの隙間という学生なら誰でも知ってる覗き穴から視線を感じて、夜宮吹雪はジト汗で木下真佐樹に尋ねてみる。
「あの子、君のガールフレンド?」
「いえ、パパラッチかと」
 からかいの入った質問を、やはりからかい半分で返す真佐樹。
 嘆息して、彼女は机に駆けられた手提げ袋から、巨大な水筒を取り出し、黒い液体をコップに注いだ。一気に飲み干してから、
「飲む? アイスコーヒーだけど。砂糖とミルクはあっちの棚に、」
「いえ」
「俺にくれ」
 第三者の声にぎょっとして振り向くと、奥の床で誰かが寝ていた。いや、誰であるかは明らかだ。
「幸輔。授業サボったの?」
「生徒会長どのもサボってるだろうが」
 夜宮吹雪がコップにコーヒーを注ぐと、コップがひとりでに浮いて上半身だけ起きあがった吉泉幸輔の手に収まった。飲み干す。
「...誰が淹れたんだ?」
「幻さん」
「やっぱりな――美味い」
「どういう意味よ」
「生徒会長の淹れるコーヒーは糞まず...」
 最後まで言い終わらないうちに、夜宮吹雪は2リットルは入るかという水筒を吉泉にぶん投げた。


 事前に気付いていたので特に驚かなかった木下真佐樹はともかく、こっそり覗いていた木下紫穂は目を見開いて声を上げそうになった。
 これは、大スクープではなかろうか。
 生徒会長の夜宮吹雪は吉泉幸輔とただならぬ――そう、同じコップのコーヒーを躊躇いなく飲んでみたり、コーヒーを淹れてあげたりする仲なのだ。
 間接キスなどそんなガキじゃあるまいしとか、吹雪はあれでそう言うのをまったく気にしない大ざっぱな性格で有名だとか言う反証はさておいて、二人の間には生徒会長と副会長を超えた親密な雰囲気が感じられた。
(ど、どうしよう...)
 こんな国家秘密に触れてしまって、私は生きて帰れるのだろうか。
 明日には社会的に闇から闇へ抹殺されてしまうのではなかろうか。
 担任の先生が「え〜残念ながら木下さんはお父さんの仕事の都合によって転校となりました」なんて言って、わたしはというと家族と一緒に東京湾に沈みドラム缶に転校なんてハメに。
(やだ、ここ関西なのに!)
 自分でボケて自分でツッコミを入れるほどに混乱する紫穂だったが、何とか落ち着きを取り戻して窓の隙間に視線と通す。
(落ち着いて、機をうかがうのよ!)
 今この情報をクラスに持ち帰れば100日は英雄、にかいきゅう特進は確実である。二階級特進が単語の響き的に昇格のことだと理解していたが、それが殉職による昇格であることを紫穂は知らない。
 ともかく、これはまたと無いチャンスだった。
 なにしろ、あの刻乃華姉妹――例え授業中であれ夜宮吹雪が生徒会活動をするなら、その傍らに必ず居るはずの最強姉妹が、何故かいない。
 紫穂のような一般人が更なる決定的証拠(ゴシップネタ)を得る機会など、まったくもって今しかないのだ。
 この時点で紫穂はすっかり当初の目的を忘れていた。

 いや、ある意味では当初の目的通りではあるが。

■2006年08月04日(Fri)  風紀部39
 木下紫穂は木下真佐樹のあとをつけていた。

 なんの面白みもない風紀部の朝礼が終わった後、紫穂は隣にいたはずの真佐樹が居ないことに気付いた。
 前後の男女に尋ねると「え、あいつ今日来てたっけ」と、とんでもない発言が返ってきた。びっくりして更に前後のクラスメイトにも尋ねれば、そのときは相手にすらされなかった。
 呆然自失で全校生徒が下駄箱に去るのを見送りながらも、紫穂は真佐樹を捜した。不思議なことにその行為を疑問に思う人間も、止めようとする人間もいなかった。
 しばらくしても成果はなく、下駄箱に戻って途方に暮れていると、風紀部の部長が上履きに履き替え過ぎ去っていった。横目で紫穂をちらりと見たようだったが、特に気にした様子ではなかった。
 ついで円卓部の部長と、ジュッキューの部長が同様に紫穂の横を通り過ぎていった。二人ともやはり白鳳高校では知らない者がいない先輩だったが、彼女たちも横目でこちらを見ただけですぐに去っていった。
 紫穂は、ふと気になって外を見た。また誰かくるかな、と思ったのだ。
 はたしてその予感は的中し、最後に超大物がやってきた。
 白鳳高校で紛れもなくダントツのアイドル、生徒会長――夜宮吹雪。
 女性でさえ息が漏れる美貌と、教師でさえひれ伏すカリスマを秘めた、まさしく現代の姫。
 その隣に、いなくなったはずの木下真佐樹もいた。
 そして、紫穂は彼女たちの後を付けている。
 真佐樹に対しては何の感情もないが、これはスキャンダルだ、と思った。このスキャンダルをスルーして白鳳高校の生徒でいつづけるなんてことは到底ムリだ。
 夜宮吹雪という女性はそれほどの女性であった。
 学生活動なんてものにはこれっぽっちも興味のない紫穂でさえ、彼女には尊崇とあこがれを抱くほどである。生徒会報に見栄えよく映る御姿、諸活動において全校生徒に堂々たる挨拶を振るう雄志。どれもこれも、信仰に足ほどの神々しさで、気を抜けば魂が抜けそうなぐらいに眩しかった。
 そんなの人が、あの何の個性もない、昨日ようやくクラスメイトにも認知されたんじゃないかという木下真佐樹と、あろうことか授業中に逢い引きしているのであるから、これは相当スキャンダルなのだった。
 だから後を付ける理由は十分にあるのだ。

 何度も同じ思考を繰り返しては自分を納得させようとしているという事実に、紫穂は気付いていなかった。

 幸い尾行は気付かれることはなかった。
 二人は、下駄箱のすぐ目の前にある教室、生徒会室に入っていった。

■2006年08月03日(Thu)  風紀部38
 茜坂倫子が自らの法則適用を解除したことによって、彼女たち七人はもといた世界へと一枚近づく。
 20秒後、今度は【立体円盤】の効果が切れ、ようやくあるべき世界へと帰還した。
 一時間目を迎えた校庭には人の気配がない。
 しばらく立ち尽くしていた五人だったが、
「�霤弔了狢�...回収できなかったなぁ」
 松方風紀が�霤弔�消えた当たりの虚空を見上げ、心苦しそうに呟いた。
「あの...」
 そんな風紀に、木下真佐樹が歩み寄って尋ねる。
「俺はどうすれば?」
 風紀部の部長は、力なく首を振った。
「どうにもできない。自分達が狩らなければならないのは自分たちのような“強制的に目覚めてしまった”生徒だけだから。吹雪や吉泉や、君のような“役者(キャスト)はどうこうするつもりもないし、どうにもできない」
 あいつは逃げてしまったなあと呟いて、風紀部部長はぼんやりと下駄箱へと歩き去っていった。それで終わりだった。
「風紀、まだ本調子じゃないみたい――」
「騎士が停学中だからね」
 茜坂倫子が心配そうに言えば、足羽円貨があっけらかんと答える。
「緒戦から無効試合だったわね」
 夜宮吹雪が三つ編みを解いて嘆息した。
「茜坂さんと足羽さんは急いで授業に戻りなさい。今の時間ならまだ遅刻で許してくれるはずよ」
 「え〜」と、残り二人から不平の声があがった。



■2006年08月03日(Thu)  風紀部37
 足羽円貨達を中心に、風景はまだぐるぐると回っていた。
「どうやら、攻撃の意志はないみたいだね」
 円貨の能力は極めて単純なものである。
自身が付けた能力の名は、【確定不発(ループ・ザ・ループ)】
 要約すると、この力は対象の選択肢を一方的に強制することができた。
 足羽は今、この能力を解放し、敵が「こちらを攻撃する」と言う選択を強制的に奪い続けている。先日、刻乃華姉妹に使った力と同様の用い方だ。
 自分がこの力を解放している間は誰もこちらを殺すことが出来ない。敵の能力がどんなモノであろうと「殺す、攻撃する」という行動自体が出来なくなるのだ。
 防御のエキスパートとして足羽が召喚された理由は、この能力故のことだった。もっとも、攻撃を加える気がないのであればこうして能力は発動してしまうのだが。
 とりあえずの安全を確認して、周囲の味方にそれを伝える。
 一番安堵していたのは吹雪だろうか。
 自分を含め5人は、朝礼台の下で車座に輪を作り互いの顔を見合わせていた。
 自らの指示で集めてみたものの、さすがに身長も成長しきった高校生が5人となると窮屈に感じる。
 朝礼台の下に集めることにこれと言った意味はなかった。あえて言えば天井の視界が遮られるので、目が回らないと言うぐらいか。外の風景はまだぐるぐる回っていたが、自分を中心とした数メートルにはその効果は及んでいない。
 ひとまず息を吐いて、我が身と友人の安全を喜ぶ。
 そして、既にまた一人の犠牲が出ていると言う事実を憂いた。
「なんでここなの?」と吹雪。
「面白そうだから。朝礼台で秘密基地ごっことか、しなかった?」
「しないわよ、そんなの」
 いちいち憤慨する吹雪を可愛く思いながら、しかし目線はこの場唯一の二年生から外さない。彼はぐるぐる回る風景を無視して、地面をじっと見つめていた。
「木下君」
「あ、はい」
「すまないね。巻き込んで」
「いえ、それはさっきも茜坂先輩に言われましたけど、別に」
 上を向いた木下青年の顔には、困惑の色は見られない。
 彼は、この理不尽極まりない状況下でも落ち着いてた。
「それより、一つだけ聞きたいことがあるんです」
「なんだい? 可愛い後輩の頼みとあらば、この異世界から出る方法から、私自身の能力、更には私以外の全員のスリーサイズや学内人気ランキングまでなんでも教えてあげちゃうよ」
 激しいブーイングが起る中(風紀は喝采を上げていたが)、男子生徒は生真面目に首を横に振った。
「あの三年――柊先輩を殺したっていうあいつは、本当に死んだのですか?」
 少し緩みだしていた空気が、一瞬で凝固した。
 周囲の空気を凍らせた木下青年は、不自然なぐらいに落ち着き払っていた。肝が据わっている、という顔ではない。
 ある一つの思考に気を取られるあまり、他の異常事態を認識していても、実感にまで及んでいないのだ。
 目先の脅威よりも、なによりも優先して、彼には知らなければならないことがあり、そして成さねばならないことがある。その為には自分の命の危険すら蚊帳の外に放り投げられる――そんな精神力を持ちあわせているのだ。
「なるほど...信じがたいが、吉泉の言った通りだねぇ」
 畏敬の念を込めて木下青年を見つめる。
 人なつっこくてよく可愛がっていた野良猫に、実は飼い主がいたの知ったかのような気分だ。寂しいが、何処かで腑に落ちて晴れ晴れとした気持ちになる。
 倫子を伺うと、彼女は黙ってこくりと頷いた。
 彼女――この異世界を形成している片棒だけは、今何が起きているのかを理解している様子だった。円貨も頷く。
「答えても構わない、だが条件があるよ」
「はい」
 そして彼もまた頷いた。
「もう...誰も殺さないでくれ」
 風紀と吹雪が、息を呑んでこちらを凝視してきた。
 淡々と二人に告げる。
「�霤陳肱擦鮖Δ靴燭里枠爐澄�


■2006年08月01日(Tue)  斬新な
tukisima.jpg 316×470 43K
新連載斬より、月島さん(月島弥生)

斬は普通に読みやすいし面白い気もします。
連載が続くと良いなあ。


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