徒然ぶちまけ日記

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■2006年11月04日(Sat)  ため息警部補と亡霊騎士4
 甲高い鉄の擦れる音が鳴った。
「う...」無機質な鉄仮面に、色濃い動揺が顕れる。

 支配する沈黙。
 誰もが唖然としていた。

 息を飲み込んだまま吐き出すきっかけを忘れてしまうぐらいに、目の前の光景は、不可解だった。
 一瞬だった。一瞬で...いつの間にか、タツマが剣を抜き放ち、甲冑男の鉄仮面の僅かなスリットに刃を突き刺していたのだ。
 周囲の警官達は、彼がいつどこからどのように剣を抜いたのかが解らなかった。
 まるで、ムービーの数コマが抜け落ちたかのような、そんな風に見えたのだった。
「なんだ...今の剣は――」
 剣を振る間もなく...甲冑男は声を絞り出してそう言った。
 一般より短い、赤い片刃の剣。
 タツマはそれを右の逆手に握り、峰に左手の拳を添えていた。
「我らが警察剣術は、北の英雄ハウンドが用いた【銀河一刀】。その活人剣に端を発すもの。コートを着たまま抜くぐらいの技術は、教則本をちゃんと読み込んでれば普通に載っている。だから俺は“馬鹿馬鹿”しいって言ったんだがな」
 もっとも、ポストの隙間ほどもないスリットに入り込んだのは、ただの偶然だが。
「――ふざけるな、我が輩が聞きたいのはそんな小細工のことではない」
 声の震えが、刀身を伝わってタツマの手を振るわせる。
「我が輩に剣を振る間すら与えなかった斬閃...逆手の握り、その左手...それは、警察のハウンドの剣ではない。
――ハウンドの剣が活人の剣ならば、此は人殺しの為の暗剣。只の警察官如きが会得するには大それた、いや...知ることすら許されぬ外道の技ぞ!」
「...かもな」
 剣が淡い光を称える。
「わ、我が輩はまだ負けておらん。現にお主の刃は我が輩には届いて――」
「<発動(ブート)>」
 とたん。眩い純白の光が、赤い刀身を潰して膨れあがった。
「ガぁ――――!」
 甲冑が長剣を放り投げて鉄兜の目を押さえ込む。
 結局、必殺の一撃は振り下ろされることはなかった。
「うお」 暴れる甲冑に撥ねられて、タツマが地面に倒れ込む。
 それで気を取り戻したか、巡査が叫んだ。
「か、確保――――ォ!!」
 遅れて、警官隊が鎧甲冑に押し寄せる。
「まだだ、まだだ。まだ終れぬ、まだ滅びぬ!! たかが目つぶしごときで、この、我が輩が――うおおおおお戦ええええ、赤剣!!!!」
 最後のあがきだった。鎧甲冑が気配だけで、タツマの方向を特定し踏みつけようとしてくる。見当はずれの目茶苦茶な攻撃だったが、五度目の攻撃がタツマをとらえる。転げたままだったタツマはわずかに逃げ遅れた。
「く、そっ」
 腕の一本は折れるかと覚悟してガードした瞬間、タツマの前に人影が躍り出た。
 警官達ではない。
「往生際が、悪いっとよ!!」
バァン――
 雷鳴にも似た轟音。
 音の正体は拳術における爆発的な足の踏み込み、いわゆる【震脚】に寄るものだった。それにタツマが気づけたのは、眼前で小さな黒いローファが石畳を踏み砕いたからだ。
 ルーラ――丈の長いメイド服を着たままのルーラ・ループが、腰を落とし込み、甲冑の鳩尾に伸び上がるように掌打を叩き込んでいた。
 冗談ではなく、
――甲冑が浮き上がり、もんどりを打って吹っ飛んだ。



「なんだったんだろうな、あいつ...」
 ルーラの一撃であえなく気絶したらしい甲冑男は、そのままウィンチ付きの馬車に引き摺られて運ばれていった。
「...なんで甲冑のまま運ぶんだか」
「それがですね、」
 被害調査がてらガラスの破損部分にガムテープを貼っていた巡査が、タツマのぼやきを聞いて答える。
「外から溶接されてたんですよねぇ」
「溶接?」
「もちろん、関節が動くギリギリでなんすけど。まあ、正気の沙汰じゃないって感じですよ。捕まえてからも苦労しそうっすわ」
 だから被害捜査とうそぶいて現場に残ってるのか...
 なんとはなしに籠城と言う言葉を思い出し、ウンザリする。
 左ポケットに手を突っ込む。
 中からパイポを取りだしてしがんだ。
「うわ、先輩もしかして剣用の穴を縫い潰しちゃったんですか?」
「んなわけなかろう。見くびるな」
 タツマは親指と人差し指でなにかを掴む仕草をし、それを上下させて、
「ちゃんとファスナーだ」
「...」
 ショップの窓越しにルーラが店主と会話をしているのが見える。
「それにしてもルーラちゃんって、強いですよねえ。美人だし。見た感じ群島拳術の使い手みたいですけど。いいなぁ...」
 いつの間にちゃん付けになったのか知らないが、巡査は惚れ惚れした様子でため息をついた。
 たしかに彼女は強い。と言うよりどういう理屈か以前より圧倒的に強くなっていた。今のタツマでは、不意打ちでも勝てないだろう。
 メイと同じぐらいか、それ以上か。成長期と言うヤツだろうか。巡査ではないが、羨ましいかぎりだ。
 ルーラが、ショーウィンドウ越しに見える二人に気づいて手を振った。
 なにかを抱えて扉から出て来る。
「旦さん、店長さんにレコード貰ったとよ!」
「...貰った?」
「店守ったお礼にって言われたとよ」
 どちらかと言うとむしろ巻き込まれただけのような気がするが...店主にはあの光景がそう見えたのだろうか。
 大事そうにジャケットに入ったレコードを胸に抱えて、無邪気に喜んでいるルーラ。
 礼を言う彼女に店主もにこにこして応じている。
「いいなぁ...」
「? お前もあのレコードを狙ってたのか?」
「いいなぁ、ルーラちゃん...」
「...」
 右手にレコード盤、左手に買い物籠を提げたルーラがタツマの目の前にやってきた。
 あるいは単純に惚れ込まれただけかもしれないな、と独りごちる。
「だが君、レコードプレイヤーなんて持ってないだろう?」
「いいとよ。どーせ、中身は知っとーとよ」
「中身? 君、結局そのレコードには何が入ってるって言うんだ?」
 タツマのもっともな疑問に、ルーラは笑顔を更に咲かせてこう叫んだ。
「秘密っ!」

(終わり)

■2006年11月02日(Thu)  ため息警部補と亡霊騎士3
 大きい鉄人形のような全身鎧。
 それが長い両刃剣を掲げ、全体重を載せた一撃でタツマを攻撃した。
 振り上げた剣が微かに揺らいだ次の瞬間、石畳が爆ぜた。
 恐ろしく速い一撃だった。
 タツマがそれを避けられたのは、まぐれに近い。
「ほう...今のを躱したか」
 重たい胴間声。響いて判じにくいが、男の声だった。
 外見は古いが、中身はタツマより一回り上程度の年齢だろう。
 甲冑が石畳に埋まった剣を引き抜いて体を持ち上げる。
 持ち上がった勢いを殺しきれなかったか、よろめいてショーウィンドウに肘を突いた。重みだけでガラスに亀裂が走る。
 悲鳴。
 甲冑は両刃の剣を再び大上段に構えようとする。
 タツマは剣を抜こうとして舌打ちをし、合わせるように蹴りを放った。
「良い蹴りだ」
――速い。
 甲冑は、それを見計らっていたのか、すっと横に揺れるようにして移動していた。
 即座に蹴り足で踏ん張り、向き直るが、遅かった。
 長い両刃の剣が、タツマを見下ろしていた。
 斬られるという恐怖が、静電気のように全身を伝い、身を震わせる。
 錆びた剣だ。切れ味はないに等しいだろう。だが、甲冑の重量から放たれる一撃はそれ以上に破壊力がありそうだ。
「思い切りも踏み込みも充分だった...が、見た目で鈍重と侮ったな」
「...なんなんだお前は」
 誰と聞くよりも前にそう言ってしまう。
「我は」
 無機質な鉄の塊が、ひどく人間めいた所作で身じろぎする。
 鎧は奥底まで暗く、闇色だった。僅かなスリットからは表情すら伺えない。
「我はサントの亡霊! 八万来都の赤剣よ、いざ我と死合え!!」
「亡霊...?」

ピィイイイイ――――!! 

 笛の音が響いた。
 それは、警察官が集合の合図を掛ける為の呼子の音で、
「む、来よったか。群れるだけの犬畜生どもめ」
 激しい足音と共に木盾と槍を構えた警官達があらわれ、整然とした動きでアンティークショップを囲む。
 と、盾で出来たバリケードをかき分けて人が現れた。
 それは、
「あ、先輩。5時間ぶりッス」
 捜査一班の巡査だった。ヘルメットを被りメガホンを持っている以外は、先ほどの開襟シャツ姿のままである。
「いやいやいや、相変わらず巻き込まれてますねえ」
「余計なお世話だ。それより説明しろ」
「そいつが、例の通り魔ですよ。一班総出で包囲網まで張ってたってのに、こんなところに普通に居るんだもんなあ。世の中って狭い」
「通り魔? あの連続警官暴行事件か」
「そうですよ。いやいやいや甲冑姿ってこと以外に特徴がなかったから探すの苦労しましたよ。まさかアンティークショップにオブジェのフリをして隠れてるとは、盲点でしたね」
 あっけらかんとおでこを叩く巡査。
「捜査一課は馬鹿の集まりか...」
「やだなあ。先輩もこないだまで一課だったじゃないですか。そんなわけで、そいつ捕まえてくださいね。手伝いたいのは山々ですが、その状況じゃ僕ら対処できませんので」
「って、おい。あっさり諦めるな。通り魔はお前らの管轄...」
「我が輩は特に問題ないが」
 その言葉と共に殺気が膨らむ。
 その殺気に気づかなければ、斬られていたかもしれない。
「勝負だ...八万来都の赤剣よ――」
 応援が来て安心しそうになったが、未だ必殺の間合いの中だった。
 思わず後じさりしようとして、腕になにか柔らかいものが当たる。
「旦さん...これ以上さがっちゃダメとよ」 
「! ルーラ! 君、何を」
 彼女は、両手を広げてそこに立ちはだかっていた。
 ひび割れているショーウィンドウの前に。
「...まさか、レコードを護ろうとしてるのか?」
 ルーラは、剥き出しのレコード盤を背にして頷いた。
「これ以上衝撃が加わったら、硝子が割れてレコードに降り懸かりようよ。そがけん、うっちゃ逃げん...逃げられんとよ」
「...そんなに価値があるのか?」
 苦し気な息が漏れる。彼女もまた、斬撃の緊張に圧迫されているのだ。
「価値のあるなしじゃなか。旦さんにはわからんと」
 ガラスに罅が入ったときに起った悲鳴。
 あの悲鳴は彼女のものだったのか。
「よかと、逃げても。あげな鉄だるま如き、うっちゃがノすっとよ」
 強い口調で、彼女はタツマの袖を引く。
 まあ、確かに油断さえなければ武芸の腕は彼女の方が秀でている。あながち強がりというわけでもないのだろう。
 もっとも、タツマには「これぐらいのピンチ、切り抜けて見せろ」と言われているような気がしたが。
 嘆息して、地面を蹴る。
「むっ...この気迫、やる気になったか」
「勘違いするな。これ以上一歩も進ませないと言うだけだ」
「さすが旦さ――旦那様」
 ルーラが嬉しそうな声で言った。
 その声を背に、タツマは右手を腰の前に出して自然体に構える。
 固くはならず、しかし緊張は指先まで張り巡らせて、即座に反応できるように集中を高めていく。
「我が必殺の一撃を退けるというか...それでいい。それでこそ赤き剣よ」
 甲冑は勝手に納得した様子だった。
 それにしもて随分物言いが古い男だ。
 赤き剣は古来の警官が使っていた姓である。
 八万来都もサントと言う言葉もそうだ、八万来都は50年以上前のオークノートの異名で、サントは同時期存在していた近隣都市の名前だった。
 サントの亡霊――ふと、同居人のパーカ服の少女を思い出す。
(まさかな)
「先輩、ひとついいですか?」
 メガホンで巡査が叫んだ。
「――なんだ」
「その人、先輩のお嫁さんですかー?」
 緊張していた体が一瞬で脱力する。
「お前な...そんなわけないだろうが」
「だって、いつも眠たそうなタツマ先輩がそんな真剣にかばっちゃてるし。あまつさえ旦那様とか呼ばれてるし。もう聞いてくださいよ、この同僚達のざわめき」
「確かにざわめきはさっきからやたら聞こえるが...俺のせいだったのかよ」
「いや〜美人だなあ、羨ましいなあ。先輩そのまま辻斬られて死んでくださいよ」
「死ぬかっ」
 いろいろ納得の行かないモノを感じながら、コートのポケットに左手を置く。
 殺気を感じて、とっさに手を挙げ腰を落とす。
「剣は出させん...知っているぞ。その仕掛けも、欠点も。即座には抜けぬのだろう」
 別の警官が同じコートを着ていたのだろうか。どうやら、見抜かれているようだった。
 確かに、ポケットから剣を引き抜くのには時間が掛かる。慣れれば一秒もかからないだろうが、どちらにしろこの状況を打開できるほどのスピードではない。
「先輩〜馬鹿馬鹿しいって言っておきながら、なんで内側に巻いてるんですかぁ?」
「うるさい。おまえも後輩なら身を挺して斬られるか俺が剣を抜く時間を稼いでから斬られるか斬られるかしてみろ」
「やだなぁ、そんな先輩想いの後輩を守るのが先輩なんじゃないですか」
 誰がお前なんか守るか。
 メガホンからかかる間伸びた声に呪詛をぼやく。
「覚悟はいいか」
 甲冑が、尋ねてきた。
「待つ器量はある癖に、抜かせてはくれないんだな」
「ふん、危機感の無さが招いた結果だ。切り抜けて見せよ」
 無慈悲に言い放つ。
 声には失望が混じっていた。
「嘆かわしい。紅牙とまで呼ばれた都の番人が、辻斬相手に剣も抜けぬ体たらく。牙の抜けた犬に我は倒せぬ」
 至極もっともな意見だったが辻斬には言われたくない。
「剣を降ろせば、この罪だけは不問にしてもいいんだがな」
「下らん。どのみち、この死合いが終われば、あとは朽ちるだけの身よ」
 どうやら開き直ってる様子だった。
「なんのために、こんな事をする」
 甲冑は、鎧の中でカカと笑った。
「再び牙を与えてやろうと思うただけだ。さすれば、かような馬鹿げたコートを着ることもなくなるだろう」
 それは中々魅力的な話だったが。
「あいにく、コイツは新調したてでな」
 これから4・5年は付き合う予定だってのに、デザイン変更なんてされたら立つ瀬がない。
 その軽口を最後に、言葉が止んだ。
 夕日が沈んでいく。
 固唾を呑んで見守る、警官達。その後ろにギャラリーもいるようだ。
 沈黙。目の前の鎧の鉄が呼吸で僅かに軋む。その音が耳に痛い。
 斬撃の予感が、圧力となってタツマを威迫していた。
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■2006年10月31日(Tue)  ため息警部補と亡霊騎士2
 雄月が目立ってきた。
 夕刻である。
 暮れなずむ夕日が、商店街を赤く塗りつぶしている。
 街路樹の木の葉が風に揺れて落ちた。
 夏ももうすぐで終わりだろうか。
 オークノートでも指折りの商店街、ロングテイル通り。
 考え事をすれば一瞬で終わる道のりを、タツマはつらつらと歩いていた。
 古い店と真新しいビルが並ぶ歯の欠けた櫛のような不連続な街並み、その不連続がどこかリズミカルでもある。
 ぼんやり歩くだけでなにやら軽快な音楽に触れているような、そんな賑やかな街だが、警察関係者からすればいろいろ頭の痛くなる街でもあった。
 と、対抗する歩行者がタツマの方を向いて驚いた顔をした。
「?」
 いや、自分ではない。自分の後ろを見て驚いているのだ。
 なにごとかと振り向くと、そこにメイドがいた。
 大仰な鎧甲冑が店先に立つアンティークショップ。
 そのショーウィンドウにメイド服を着た少女がかじりついている。
「...君は」
「おや旦那様」
 ショーウィンドウのガラスに映ったのを見たのか、少女――ルーラ・ループがくるりと振りかえる。フレアスカートが少しだけ浮き上がった。
 手には芋が顔を出している買い物袋。
「買い物帰りか。というか、君はいつもその格好なのか?」
 アンディークショップにメードという構図に、どこか調和を感じてしまう。
 ふと、あの歩行者は一体どれに驚いたのだろうと考える。調和か、それとも不調和か。
「むう、別におかしくなかとよ。こん方が魚屋さんとかも割り引いてくれるし、受けるっとよ?」
 口を尖らせ上目づかいで、ルーラは言い返す。
「旦さんこそたいがいめかしこんどるとよ。そんコート、いつん間にけったと?」
「けった?」
「け、う。あ〜買ったんよ?」
 やにわに今日の出来事を思い出して、うんざりする。
 説明する気になれず、ショーウィンドウを見た。
 そこに並ぶのは、
「レコード盤」だった。珍しくて軽く驚いた。
「そうね」
 骨董品屋でもまず置いていない類の品だ。
 死に筋商品(ロングテイル)通りなどと名を持つ街道だけあって、この商店街は一風変わった商品を扱う店が多い。アンティークショップもその類に漏れることがないのだろう。
「君、懐古機器の趣味があるのか」
「旦さん、そん言い方は失礼っとよ。ミステリマニアに「読書が趣味なん?」て聞いとーと同じっとよ」
 眼を細めて、貴重な宝に触れるかのようにガラスに手を載せる。
 その喩えは解らなかったが...
 どうやら彼女は、陳列されたレコード盤の価値が解る人間らしい。
――レコード。
 災禍の時代の初めに生まれ消え去った技術。
 消え去った理由は至極単純で、後期に生まれた情報記憶媒体に取って代わられたのだ。
 災禍の時代の数年のみに栄えた短命の技術機器、それがレコードだった。
「価値があるのか?」
「難しいとねぇ」
 黒い艶を持った年輪のような円盤を凝視しながらルーラは唸る。
 その眼光は普段見せることのない鋭さだった。
「レーベルは偽造できるとぉし、中身なんて聞いてみんとわからんばってん、聞けば価値が下がりよぉし...クラシックのレーベルなのに政見放送が入ってたとかそんな詐欺は茶飯ごとっとよ。骨董のプロでも扱いには苦慮しとると」
 スラスラと答える。
 さすがは元泥棒と言うところか。
「まあ、うっちゃの見立てじゃロクなものは置いとらんとよ。劣化も激しそうっと。
それに、いくら“災禍の時代”ゆーとーとも、ん百年前の音楽媒体なんて趣味にするには時代が古すぎるっとよ。古代土器みたいなモンで値が付けるのも難しい言う意見もあるっとよ。まぁ、中身はそれを覆しよーレベルのお宝が多いのも事実っとばってけれどもね」
 いつの間にか、ルーラの講義が続いている。
 ばってけれどもとはなんだろうと思いつつも、タツマはそれを聞いていた。
 アンティークショップで、骨董品の講釈をするメイド服を着た少女。
 その横では剣を地面に立てる騎士の甲冑。
 そこだけ時代が巻き戻ったかのようではあった。講義は続く。
「戦乱の時代は、なにも戦いだけが急進歩したわけじゃなかと。文化もまた燃えて散る花火のごたぁシュン烈さだったとよ。
 便利さに負けて残らんかっとーとばっ...残らなかったけど、レコードもこんレコードん中にある曲とかも、普通の時代に生まれとったら、どえらい流行になっとったはずっとよ」
「なるほどな」
 レコードという技術も峻烈ならば、そのレコードに記録された音もまた峻烈だったということだろう。新しいレコード盤が発見される度に、この国の音楽観ががらりと変わると言う話を聞いたことがあった。
「そう。燃え尽きる前んロウソクのごとく、ありとあらゆる文化が輝いとった時代。それが災禍ん時代とよ。旦さんのコートのデザインよーも、英雄「混��(こんぎょく)のシル=マリル」の服装をそんままパチったもんとよ?」
「そう...なのか?」
 六銃の一人シルマリル。確かに彼女は小説の挿絵などでも現代でも通用しそうな軍用コートを着ていたが。
「実用性重視の警察官が今なおそのデザインを使っている。そんだけで十分すごかことっとよ...あ〜なんね話がズレとっとよね。他に聞きたかことあっとーやなかと?」
「ああ、」
 結局なぜレコード盤に見取れていたのかを聞きそびれていたが、存外ルーラの講義が楽しかったので忘れていた。
「――今日の飯はなんだ?」
 いきなりな質問に、ルーラは眼をぱちくりさせて芋の入った買い物袋を見た。
「湯豆腐っとよ」
 芋はなんに使うのだろうか。
 と、
「警察官...だと?」
 鉄バケツを被って叫んだかのような声。その声と同時に、
ギギギギ――と文字にするならそんな音が鳴った。
 まるで錆びた甲冑が動くかのような。
「ぎょ」
 と言ってルーラがバックステップする。
 太ももの辺りを触ったが、ヌンチャクは取り上げられていたことを思い出したのかスカートをぽんと叩くだけだった。
 タツマも、既にそれから離れている。
 店先に飾られていた、錆びた甲冑。
 それが――やはり同様に錆びている剣を振り上げてタツマに襲いかかってきた。

■2006年10月29日(Sun)  ため息警部補と亡霊騎士1
「じゃあ、その泥棒の女の子、先輩の家に住むことになったんですか?」
「家というか、アパートメントだがな」
 オーク市警刑事課犯罪捜査係一班班室。
 居並ぶデスクに書類の山。ところどころ消えた蛍光灯に曇った窓ガラスと古ぼけたオフィスの様な佇まいだが、その実オークノート警察の最重要捜査機関でもある。
 もっとも、今は留守番役を残して全員出払っているが。
 特別非常勤のタツマがなぜその班室にいるかというと、特別非常勤には班室があてがわれてないため、この班室の一つを職場として間借りしているからであった。
 暫定的な処置ではあるが、単に転属前の職場をそのまま使わせて貰っているというだけでもある。

 地下の一室に放り込まれるよりいくらかマシだが、心寒いことには代わりがない。

 そんなタツマは、ひとかかえほどの紙袋を開封していた。話し相手をしているのは留守番役の捜査一班の巡査で元部下でもある。
 「先輩」などと不適切な呼称でタツマのことを呼ぶこの巡査は、その実同じ警察学校を卒業した後輩でもあった。年齢はタツマより一つ年下、テーブルに足を投げ打ち見るからに軽薄な雰囲気を出している。
「先輩のアパートってどんどん女の子増えていきますよね」
「...まあ、そうだな」
 特には取り合わずに、ガムテープをひっペがす。
 剥がしたテープがアイロンの効いた真っ白な開襟シャツの袖に張り付いた。
 巡査はふうんと頷いて、
「羨ましいなあ。オレも出会いが欲しい〜」
「保護観察対象が二人に増えただけだ。羨ましいもんか」
「あ〜! オレもシャツとか洗濯してもらいてえぇええ!」
 と、機嫌良く包装を解いていたタツマの指が止まった。
 長い沈黙。
 巡査は突然動きを止めたタツマを横目で確かめてから、言葉を続けた。
「シャツなんて三枚一日おきのローテーションで日曜に纏めて洗ってたあの先輩が、さらにはアイロンなんて月に一度かければましな方だった先輩がですよ。そんな先輩がいきなり毎日アイロンまで効いた真っ白なシャツ。いいなあ。いやいや羨ましい」
 巡査は心底羨ましそうに天を仰いだ。仰いだところであるのは蛍光灯だけだが。
 タツマはしばし無言を取ったあと、のっそりと紙袋の開封を再開した。
「...なにか誤解があるようだが、」
「いやいやいやいや、誤解も何も、他にもいろいろあるんですよねぇ。最近食堂に姿を現さなくなったとか、やたら手の込んだ弁当を持参するようになったとか、帰宅がいつにも増して早くなったとか。こりゃあどこぞ身の回りの世話をやいてくれる良い人が現れたに違いない、って、めざとい女性署員はこの噂で持ちきりでさぁ。ついにあの朴念仁にも春が来たもんかと署内は上を下への大騒ぎ。相手は一体誰なんだ? まさかこの前一緒にいたあのパーカを着た少女?? まさか???」
「いや、流石にアレには無理だろう」
 十五も満たない少女と噂されるのもたいがいだが、あのネクロマンサーに洗濯などする甲斐性があるようにはとても思えない。
「てことはやっぱりそのルーラって女の子が洗濯してくれてるんですね」
 なおも食い下がる巡査。ほとんど誘導尋問である。軽口混じりだが、その辺は捜査一班だった。
 あきらめて、ため息をつくタツマ。
「...まあ、シャツの仕事はその通りだがな。そんな色気づいた話じゃないぞ」
 現在のルーラは大家の厚意もあって下宿の家事手伝いをしている。
 職を見つけるまでのアルバイトで、はじめは掃除だけだった――のだが、その仕事ぶりがあまりにも完璧だったので、その他の家事も一挙に引き受けることとなったのだった。
「そんなに凄いんですか?」
「まあ、ベテランの家政婦並にはしっかりしてるさ。職業柄、家事全般は大抵マスターしたって話だが」
「職業って...泥棒ですよね」
 メイドとして潜入し屋敷の情報を入手するというルーラの手口を知らない巡査は、家事と盗みに関連性を見いだせずに首を捻った。
 ともあれ、彼女の働きによってタツマは洗濯に加えて当番制だった掃除や料理などの面倒からも脱出できたのだった。
 嘆息する。
「まあ、その分ちゃっかり家賃が上がったがな」
「先輩って警部補なのにつくづく貧乏ですよね。独り身なのに。散財が多いんですよ」
 余計なお世話だと胸中で独りごちながら、タツマは紙袋からその散財の塊を取り出した。
「あ、コート新調したんですか?」
 巡査がデスクから足を上げ新品のコートを掲げるタツマへと近寄る。
 新品とは言えただのコートの筈だが、なぜか興味を引いた様子だった。
「いいなあ、新作。今年からデザインが一新されてるんですよねぇ。俺も新調しようかな」
「別にしたくてしたわけじゃないんだが」
 一回では払いきれずにローンを残してしまったタツマは、気持ちの重いままコートを羽織った。
 膝まですっぽり隠れるダブルのコート。
 色は暗い灰緑の革色だが、色の名前に反して生地はギャバジンである。
「...軽いな」
「あ〜。たしか鑢地を無くしたんですよね。アレ不評だったからなあ。ゴワゴワするし、たまにシャツが引っかかるし」
 鑢(やすり)地とは警察仕様のコートの裏地に張られた摩擦の強い生地のことで、対象に被せることで服や髪を絡め取って動きを阻害する効果がある。
 捕縛帯の代わりに用いるためにあるのだが、評判は――特に若い人間の間では、あまりいいとは言えない。
「生地が引っかかるのはお前が猫背だからだ。きちんと背筋を伸ばしてたらそうならないように造られてるはずだぞ」
「でも最近じゃ使わないじゃないですか。対人戦闘なんて滅多にないし、あったとしても使う暇なんてないしで役に立たないっすよ」
 その役に立たないと不評の生地に、つい最近、命を助けられたのだが。
 まあ、抜剣しただけで市民に悪影響だと報告書を書かなきゃならないこのご時世。コートの裏に隠し武器だなんて流行らないのだろう。
 附属の帯剣用ベルトをコートに通しながらそんなことを考えていると、左腰のポケットが妙に大きいことに気づいた。
「なんだこれは?」
 以前のデザインにはなかったものだ。
「ああ、それは確か抜剣用のポケットですよ。広報にそう書いてあったっすよ」
 広報とは、広報部の掲示板新聞のことだろう。堅い警察内部の新聞のくせにゴシップ記事もあったりするのが侮れない。
 ともあれ。タツマは呆れ混じりにポケットを見下ろす。
「抜剣用...ねぇ。用途はわからないでもないが」
 と、おもむろに剣をズボンの剣帯に装着する。
 剣を覆うようにコートを閉じると、剣はすっぽりとコートの内に収まって見えなくなった。ベルトを締めても同様だった。
「へぇ。シルエットじゃ帯剣してるって解らないッスね。工夫してるなあ」
「馬鹿馬鹿しい、ベルトにぶら下げるなり剣帯を巻くなりすれば十分じゃないか」
 どうやら、このコートは内側に帯剣をしても邪魔にならないようにデザインされているらしい。このポケットもその為のギミックだろう。取り出しポケットとでも名付けるべきか。
「やぁでも、剣って寒さに弱いですし、それにあんまり剣を見せびらかすってのは近隣住民を必要以上にうんぬんとか広報で言ってましたし」
「お前は広報に毒されすぎだ」
 ベルト式の留め具が付いた複雑なポケットを開くと、中も底の空いたポケットのようになっていた。
 うさんくさく思いながらも穴に手を突っ込む。
 探り当てるのに時間が掛かったが、抜刀自体はスムーズだった。ポケットを必要以上に大きく取っているだけあって、引っかかるようなこともない。
「馬鹿馬鹿しい」
 もう一度、タツマはため息をついた。
「単なる穴の開いたポケットじゃないか。底を縫い止めた方がまだ役に立つだろう」
 納刀しようと思ったが、ポケットから戻すのは難しそうだった。納刀に関しては最初から考慮に入れられていないのだろう。
「やーでも、いくら平和な世の中だからってコート着たせいで抜刀できないなんてなったら笑いものですしぃ。仕方ないんじゃないっすか?」
 ボタンを開くタツマに、苦笑する巡査。
「つい最近の、ほらあれ。連続警察官襲撃事件とかもそう言う警官の平和ボケが未だ犯人を捕まえられない原因なのではないか、とか広報でもどえらい叩かれてましたし」
 確かにその事件は聞き及んではいるが、先ほどの戦う事なんて無いという意見と矛盾しているじゃないかと内心で呟いた。
「馬鹿言うなよな、お前まで」
 タツマは平和ボケを憂うよりも、情けなくなってため息をつくのだった。

■2006年10月02日(Mon)  屍骸術師と勇者株24
 屋上の鉄柵にもたれかかり、双月を見上げてパイポをしがむ。
 ルーラが出向かないので、仕方なくタツマが大家に挨拶をした、その帰りであった。
「禁煙パイポなら中入って吸えばよかろーもん」
「一服して帰るというのが乙なんじゃないか。パイポだからってすぐ入ってたら気分が出ないだろ」
「やーねぇ。あんたって、みんなが呑んどぉときん、一人だけベランダでタバコやってコップ傾けるんがカッコイイとかよだきいこと思っとータイプとよ」
 歯を見せて、はすっぱに笑うルーラ。
 図星だったので、ぐうの音も出ない。
「ぐう」
 出た。
「なんね、それ?」
「来たなら、挨拶していけばいいだろ」
「やあよ。かわりにいってくれたっとよ?」
 ルーラが鉄柵にかじりつき、真横からこちらの顔を覗いてくる。
 整った顔立ち、金色の流れているかのような細い髪。大人びた、とヒュアリィは表現したが、それよりはエキゾチックと言った方が正しいだろう。
 自分の視線に気づいてか、ルーラの横顔が振り向いて微笑んだ。
「褒めてもなにもでないとよ」
「何も言ってないだろうが」
 見透かされた気恥ずかしさで、月を見上げる。
 ルーラがけたけた笑ってパイポを奪い、口に付けた。
 とたん、顔をしかめる。
「なんねこれ。とゆーか、なに味?」
「サラミだ。最近凝っている」
「うえ〜、やっぱりここの市民って変とよ」
 調書に寄れば、ルーラは群島の生まれである。こちらで言うところの中等教育を受けた後、すぐにこのオークノートへと出奔――つまり逃げ出してきたのだそうだ。
「国に帰る気はないのか? 執行猶予もなくなるぞ」
 これは群島との刑法に及ぶまでの国交がないためだ。
 犯罪の幇助にも成りかねない提案だったが、とは言えそうなってくれればタツマとしてはありがたかった。
「やあよ。うっちゃここでやることがあるっと」
「泥棒の真似事か? 組の小間使いにされたあげく、安物の情報屋に騙されて暗殺の冤罪を掛けられるわけだ」
「む」
 ルーラが、パイポをタツマの口に戻した。
 口の中に微かに拡がる、サラミの味。
「あのハゲ〜〜〜。ぎょーさん金踏んだくっといて謀るとはなにごとっとよ。今度見つけたらぎゃふん言わせてやるけん」
「まあ捕まっても獄中だろうがな」
 そもそも、家宅侵入及び窃盗未遂の罪を、騙した人間(要するに暗殺関係者)の情報を提供することで保護観察付きの執行猶予扱いにまで減刑しているのだ。十分に恨みは返せているはずである。
 司法取引という裏切り行為は、口の軽い人間を嫌う裏世界では致命的である。今回の彼女の行為が闇に知れ渡れば、この業界で生きていくことは不可能だろう。
 たとえ先に騙されたとしてもだ。
 騙される程未熟なのが悪いと言う理屈が働くのが裏の世界と言う奴だった。
 だというのに、彼女は緊張感もなくのほほんと夜のオークノートを見下ろしている。
 もっとも、メインストリートから離れた夜の路地には人一人も居やしない。
 何を見てなにを思っているのか。図太いのか、アホなのか、大物なのだか。
 さっぱりわからない。
 森も近いせいか、蝉とフクロウとその他の虫の声が大合唱していた。
「これからうちはどうなるっとかね〜」
「猶予があけたら、勝手にどっか行ってくれ」
 一人も二人も一緒だろうと言うことでルーラの面倒を任されたわけだが、タツマは当然の如く不満だった。一緒な筈もなければこれ以上の面倒もごめんである。
 ヒュアリィではないが、何故株を売りに行ってメイドを連れて帰れねばならないのだか。
 ちなみに、勇者株はルイスが持って帰った。屍骸術の経費で買い取ったことになっている。
 結局メイへの謝礼はルイスが立て替えたのだ。
 暗殺者の仕業に出来たため、家内の物だけが怪しまれることはなくなったが、解ったことと言えばそれだけ。今度は親族、関係者全員が怪しまれることとなった。このゴタゴタが解決するには、件の暗殺者を捕縛するより無いだろう。
 立て替えたルイスに礼金が下りるとしても、まだまだ先の話である。
「あ、じゃあここにずっといてもよかよね」
 ひらめいたとばかりにはしゃぐルーラ・ループ。
「...」
 まったく、うちのご先祖様はどこまで末代を祟ってくれるのだろうか。

(終わり)

■2006年10月01日(Sun)  屍骸術師と勇者株23
「なんでそうなるの?」
 日曜というのに受験勉強のためと「なみはや荘」に逃げ込んできていたヒュアリィは、ようやく話し終えたタツマにそういうのだった。
「株を売りに行ったのに、メイドさんを拾ってくるなんて」
「俺が知るか」
「え、タコヤキってタラコを入れないのですか?」
「そんなわけなかとよ。タコヤキには昔からチーズときまっとるっとよ」
 オークノート市民が聞いたら激怒しそうな会話を繰り広げながら、タコヤキ焼きの鉄板にかじりついているメイとルーラ。
 ちなみに、ルーラはまだメイド服を着ていた。
「え、ではこのタラコは何に使うのですか?」
「何にもつかわないっと。ふつーに添えものおかずの一品っとよ。
まあ、お茶漬けにしてもよかけど」
「お茶漬け...」
 せっかく南に行ったのだから、魚市を覗いていこうと言うことになり、結果買ったのが蛸とタラコだった。
 蛸はタツマが、タラコはルーラが買ったものである。
 当初は刺身用の蛸を買う予定だったのだが、買ったのはたこ焼き用の蛸である。「たこ焼き用」と書かれたその値札を見たときに、ルーラとメイが異常に「たこ焼き」に興味を示したため、こうなったのだった。
 タツマにとっては何ひとつとして珍しくない。
 たこ焼き用の蛸が刺身用とは別に売られていることも含めて。
「ルーラさんって、南の群島の人なのかな。ほら喋り方とかもそうだけど、タラコってあっちの方じゃ主食だっていうし」
「らしいな。出稼ぎに来ているらしい」
 職業泥棒と言うことは伏せて説明する。タラコが主食というのは偏見だが、盛んに食べられているのは確かだ。製法自体も南の群島伝来のものである。
 懐かしさに及んで思わず買ってしまったのだろう。
「なに本人の横で陰口っとるっとよ」
 ルーラが横槍を入れてきた。
 手には千枚通し。くるくると回転させている。
「それより、大家さんに挨拶は済んだのか?」
「う...まだっと」
 千枚通しを抱きしめて、身震いするルーラ。
「だってあの部屋気味悪かよ」
「あ〜わかるなあ、それ」
 大家の部屋は屋上にある。正確には屋上に建つ掘っ立て小屋である。
 明らかになみはや荘より古いその掘っ立て小屋は、様々粗大ゴミとしか思えない家具が内外にひしめいており、ヒュアリィ曰く「ゴミ屋敷一歩手前」であった。
 大家はその掘っ立て小屋に、嬉々として住み込んでいる奇人である。
「まあ、いいか...どうせあのおっさん、誰が住もうが興味ないだろうし」
 メイを住人として住まわせているだけでも、明らかだった。
 独りごちたのはいいが、誰も聞いてはいなかった。
 ルーラとヒュアリィはというと、いつのまにか和気藹々とお喋りをしている。
「えええっ、ルーラさんって、わたしより年下なんですか?」
「みたいとねえ。義務教育終わって、すぐ出奔したっとよ」
「自分で出奔と言うか...」
「うそーー。ってことは、わたしとメイちゃんとのちょうど真ん中当たりじゃない、それでそんなに美人さんだなんて、反則だわぁ」
「び、美人っと?」
「そーよー。こんなに大人びてて、プロポーションも良いし。初め本物のメイドさんだと思ったもの」
 メイドには若くから就労する者も多いのだが、要は新人らしさも抜けた正真の社会人に見えると言うことだろう。
 確かに、ルーラは見た目だけは20代と言っても通るような雰囲気を持っている。
 まあ、本当に見た目だけなのはそれこそ見たとおりなのだが。
「うあーかわいいなあ」
 しきりにメイド服を触りまくり羨ましがるヒュアリィ。
 年下と知ってか、態度が途端に遠慮のないものになってきている。
「う〜...あたしがこんなの着ても似合わないだろうなあ。くそーー」
と言って抱きついた。
 抱きつかれたままのルーラ。扱いに困った様子でタツマを見て、
「なんね、この新しいおもちゃを見つけたよーなはしゃぎっぷりは」
「そのままだろ」
「ああ...メイも似たような扱いなんね」
 と旧い方のおもちゃ――メイの方を見たルーラはぎょっとして、固まった。
 視線の先で、メイが天井を見上げたまま至福の笑みをたたえていた。
 つられてルーラも天井を見るが、ランプに蚊のような虫が一匹たかっているだけだったので混乱した様子だった。
「...どうしたっと?」
「気にするな、タラコのお茶漬けという未知の料理に軽く昇天してるだけだ」
 メイの視線の先にはきっと楽園でも見えていることだろう。
「な、難儀なんね」
 怯えた様子で後じさりするルーラだった。

■2006年10月01日(Sun)  屍骸術師と勇者株22
「ふむ、大体全容が見えたな。喜べ諸君」
「え、それでいいっとよ?」
「何がだ」
 タツマが尋ねるが、ルーラはいや別にと釈然としない様子で返した。その部分を省略するのはあり得ないだろうとかよく解らないことを呟いている。
「ルーラ女史の危惧はもっともだ。だが、アリバイなんて実際どうでもいいのだよ。こっちは犯人が解っているのだからね。捕まえて締め上げればいい」
 危険な思想をのたまうルイスだった。
「あの、結局どういうことなのでしょうか...」
 そして金の支払いはどうなるのでしょうか。
 そんな顔をしてるなあと思って眺めていたら、また足を踏まれた。
「ふむ、では掻い摘んで説明しましょう。犯人はこの屋敷でメイドに扮装してカルラ氏を殺害。後、一度地表層にまで運んで、回収口――つまりダストシュートの出口から死体を投棄したのです。その後、カルラ氏の行方不明が判明すると同時、ルーラ女史の潜入が露見、そしてカルラ氏の死亡が最後に判明した、とそういうワケです。
 本来はまあ、ゴミ回収業者の回収時間、カルラ氏の予定、家政人たちの行動と心理を利用した巧妙な殺害時刻改竄トリックだったのでしょうが、まあ偽装は偽装としてバレているわけなので意味もないし割愛しましょう」
「せやけん話的にそこを端折ったらいかんよーな」
「ともかく、ここから導き出される答えは一つです。ではルーラ嬢。その答えとは何でしょう?」
 ルイスは何かを楽しむような表情で、ルーラに問いかけた。
 ルーラは怯んだ様子もなかったが、肩をがっくりとおとしてため息をついた。
 話を聞かないから呆れた、というわけではないだろう。
 その答えが悲しいぐらい理解できたから、だ。
「わかっとるっとよ...うっちはハメられたとね」
 騙された事実にどうしようもなく落ち込むルーラ。
 そんな彼女にルイスは恭しく一礼したのだった。
「よろしければ、あなたにストラング家の情報を提供した人物について質問させて頂きたいのですが」

■2006年09月24日(Sun)  屍骸術師と勇者株21
「暗殺者だろうな。しかもプロだ」
 不機嫌そうに、ルイスはソファにふんぞり返った。
 応接室に帰ってはきたが、一同の表情は暗い。
 犯人がわかったには解ったのだが、カルラの知人ではない。
 消息もわからない。
 親類縁者はすぐにでもやってくる。
 事態は何一つ好転していない。
 これで暗殺者の存在など発表しよう物なら、間違いなく血で血を洗う争いに突入するだろう。
「あの、」
 メイがおずおずとルイスに近寄る。
 ルイスは、それを手で制して、
「申し訳ない。メイ女史の力ならすぐに解決できると思ったのですが、少々当てが外れました。最悪、依頼が不履行になるかもしれません。
 そのときは、自分が代金を払いましょう。仲買をしてしまった手前、こちらにも責任はあります」
「はぁ...いいのでしょうか」
 何故かこちらに尋ねてきたメイに、頷き返すタツマ。
「いいんじゃないか、本人がそう言うんだ。給料の三ヶ月分ぐらい、気前よく払ってくれることだろうさ」
「高いっとね」
「そりゃまあ、死人を一時的とは言え甦らすような術だからな。需要と供給を考えるまでもなく、高かろうさ」
「でも材料費とか必要なかっとよ? まるもうけっと」
 納得がいかない様子のルーラ。
 何か言いたげなメイと視線があったが、すぐにそっぽを向く。
「あの、嫌われているのでしょうか」
「きらっとるっとよ。魔術士って奴はちょっと奇妙な手品が出来るからって、バンバン金を巻き上げて。みんなぼったくりっとよ!」
「要はひがみ根性だ。ほっとけ」
「はぁ。慣れてはいるんですが...」
 メイは、物凄く残念そうだった。
「なぜでしょう、ルーラさんには嫌われたくなかったです」
 おそらく本音だろう。少しだけいじけている。誰にでもなつく子犬が自分にだけは吠えると知ったときのような顔だった。
「う。な、なんねその純真な子供のような目は。そんな顔してもダメとよ。なんね、それじゃまるっきりウチが悪ものみたいじゃなかと」
「れっきとした悪者だろうが」
「しゃらっぷ!」
 後ろ回し蹴りが飛んできたので足首を掴む。スカートがふわりと舞い、
「スケベ!」
「やかましいわ」
 軸足を払う。床にルーラの後頭部がごすりとめり込んだ。
 ったく、まったく話が進まない。
「タツマ」
 座り込んだままのルイスが、手招きでタツマを呼ぶ。
 深刻に思い悩んだ様子だった。耳打ちをしながら、尋ねてくる。
「め、メイさんのネクロマンシーって、そんなに高いのか?」
 数秒。
「...お前も後先考えて見栄を張れよな」

「では気を取り直して、作戦会議をはじめましょう」
 上機嫌のルイス。ソファに座る全員に語りかける。
 先ほどまで「あれを諦めるか」「いやいっそ保険を解約して」と妙な算用を延々ブツブツと唱えていたのだが、メイが「拘束時間の短さや、死後間もない死体であったことを考えると、今回の施術料金は安いはずですよ」の一声で復活したのだった。「ただ、必要経費の料金は払って頂くことになりますが」とは言っていたが。それでも普段の10分の1にも満たないという。しばらく贅沢は出来なくなるが、払えない額ではなかった。
「ええと、なんだ。何から始めようか。いやいやいや、話が弾むなタツマ」
「スーパーボール並に無軌道だがな」
「ともかくだ。こうなった以上、基本的な捜査もしておいた方が良いだろうな。どうも、この事件は答えだけ見えたところで解決できないらしい」
 確かに、犯人が暗殺者などという答えでは解決のしようがない。
 全域に怪しい人物を指名手配すると言う手もあるが。
「いや、それはダメだろう」
 タツマの提案に首を振るルイス。
「おそらくこの少しだけ不可解な殺人及び死体遺棄事件は、その指名手配を恐れての偽装工作――つまり犯行時刻の改竄だ。
 だとすれば、暗殺者は死亡推定時刻にはアリバイを成立させ、ましてや証拠を隠蔽し本来の生活に戻っていたはずだ。そこで、とりあえずはこの暗殺者の意図を探ろうかと思う」
「その暗殺者が、どういう理由で偽装工作をしたかって事か?」
「ああ、我々はメイ女史という強力なアドバイザーのおかげで、敵の策略に嵌ることなく犯人に至ったワケだが、そのせいで暗殺者が何を狙ってこんなややっこしいことをしたかという部分が解らなくなってしまっている。そこを確認しようというわけだ」
「言いたいことは解ったが、具体的にどうやればいいんだ?」
「簡単だ。初めから捜査をし直せばいい」
 そこに来てようやく、タツマ達は、カルラ氏の死が発覚するまでのことのあらましを執事長から聞くこととなった。

■2006年09月22日(Fri)  屍骸術師と勇者株20
「何もこの場で最強の人間に向かっていかんでも」
 目をくるくる回して再び気絶したルーラ・ループに嘆息する。
 パイプをしがんでいると、ルイスが近寄って来た。
「な、なんだあのでたらめな強さは。垂直に飛んでいったぞ?」
 投げ技自体は、警察格闘技にもある。だが、メイの投げは明らかにそれとは異質な技だった。あるいは、投げ技とさえ気づかなかったかもしれない。
 彼女がやったことと言えば、少し体をずらして杖を持ち上げただけだからだ。
「アイキというらしい」
「あ、アイキですと! それは、あの合気のことですか?」 
「御仁、知っておられるのですか!」
「ええ、敵と呼吸を合わせ力の流れを変える最小限の動きで最大限の打撃や投げを可能とした伝説の武術です。災禍の時代に滅んだと伝え聞いておりますが、その技の前には衣に触れることすら能わず、雲を掴み霞に投げられるかの如きとまで言われております」
 災禍の時代とは、魔族と人間が殲滅戦争を繰り広げた熾烈な時代のことである。
「そのような武術が...何故、滅びたのでしょうか」
「伝承者が悉く名誉の戦死を遂げた、あるいは魔族がその力を恐れて真っ先に滅ぼしたとも言われております」
 ルイスの熱い問いに執事長は、深刻な顔で頷いた。
 普段は落ち着いてるのに、こと格闘技の話となると異様に盛り上がるあたり、二人とも生粋のオーク住民である。
 幻の体術談義で盛り上がるおっさん二人を尻目に、タツマはメイの元へと近寄った。
 彼女は、座り込んで自分で投げたルーラを介抱していた。
「ルーラさんは犯人じゃありませんよ」
「なぜだ」
「手合わせして解りました。彼女の腕ではカルラ氏の首の骨を折るのは物理的な無理があります」
 腕というのは技量という意味ではなく腕の長さや腕力と言う意味だろう。
 なるほど、確かにカルラの首は頭以上に太いし脂肪も多い。並の力自慢でもその首を折るのは難しいだろう。
「...ところで君、アイキは誰に習ったんだ? 失伝したと聞いたんだが」
「当時の合気継承者の墓が隠者の森にありまして。なんでも、お婆ちゃんが若い頃に見つけた行き倒れの死体のひとつがその人だったとか。合気は魔術と相性が良いということで、お婆ちゃんが何度かその死体を甦らせて教えを」
「いや、いい」相変わらず恐ろしいなこの師妹は。
「聞かなかったことにしよう」
 そうですか、とメイは少し残念そうに応えた。
 魔術士はあまり自分のことを語りたがらないものだが、どうも彼女は自分(もしくは祖母)のことを積極的に聞かれたがる。
「あ〜じゃあ、どうして合気は滅びたんだ? 呼吸を合わせるだけでバンバンやっつけたりしたんだろ?」
「はぁ、滅びたというか廃(すた)れたそうなんですけど。えっとその当時の合気の達人が言うにはですね」
 思い出すように、メイは小首を傾げた。
「“だって魔属呼吸しないし”だそうです」
「...そうか」
 まあ、そういうモンなんだろうな。と、タツマは独りごちるのだった。

■2006年09月20日(Wed)  屍骸術師と勇者株19
「では、幻体をこちらに呼び寄せます」
 今からカルラ氏の幽霊が表れるから、必要以上に驚かないようにとの旨を全員に伝える。
「不安だったら口を手で押さえとけばいい」
「わかった。だがその前にひとつだけ言っておきたいんだが...」
 ルイスが真面目こくった顔で、自分に頷き掛けてきた。
「タツマ、今のおまえってなんかメイ女史のマネージャーみたいだな」
「...五月蠅い」
 パイポをしがむ。
「なんか、頭の痛いところをつかれたみたいとよ」
「気にしておられるようですな」
「そっちもだっ!」
 突如、穴から青い光が溢れた。
 全員の目が、一瞬でそちらに中止される。
 青い光は粒となり、一塊となって穴の上で人体を形成していく。
 ガウンを着た欲得の強そうな中年。顔のパーツが中央に寄ってるが、太ってるせいと言うわけではなく、元からそういう顔なのだろうか。
「旦那様...」
 哀情の混じった声で執事長が呟いた。たとえ世間から恨まれてようと、自らの仕えた主には親愛と呼べる念があったのだろう。
 光が弱まると、そこには半透明の幽霊が浮かんでいた。
 その瞳は閉じている。
「セーフモードで起動します」
 タツマ以外の観客があっけにとられて息を呑む中、メイは淡々とそう告げた。


「うっちゃ無実っとよ!」
 今日何度目かの台詞を叫んで、ルーラ・ループは脱出をはかろうとした。
 が、
「今逃げると全国指名手配にするからな。正義の怪盗」
 既にタツマは、回り込むようにルーラの進路を妨害している。
「うっ。に、逃げるんじゃないとよ。うちは自らの潔白を証明するっとよ」
「潔白っつても。殺されたカルラ氏本人がお前に殺されたって言ってたわけだしなぁ」
「で、でっちあげっとよ! あんなトリックで陥れようなんて甚だ遺憾とよ!! 非ぃ科学的っとよ!!」
「遺憾の意味を間違って使ってそうだが。一応言っておくと、メイのネクロマンシーと警察の捜査方針はあくまで別物だ。そうだな、探偵の助言で警察が動くことがあるが、それと同じと考えればいい」
「だ、大体まだうちと決まったわけじゃないっとよ。見知らぬメイド服の女に突然襲われて首の骨を折られたって言ってただけっとよ! 弁護士を呼ぶっと!!」
「非科学的はどこ言った」
 じりじりと近寄る。
 徒手空拳の構えを見せるルーラ。
 どうやら徹底抗戦に臨むつもりらしい。
 実際、ルーラ・ループは強い。そしてその強さは、武芸者として裏打ちされた強さだ。タツマとて、まともな武器を使われたら髪の毛一本触れることは出来ないだろう。
 二度も勝てたのは、ただ単に彼女が迂闊なのと初撃から全力を出すことで意表を突いたからに過ぎない。
 が、実際の印象はともかくルーラからすれば二度も負けている相手とは対戦したくなかったのだろう。
 そのまま、登山杖を持ったままのメイに向かって走っていった。
 おそらくメイを人質にとって逃げようと考えたのだろう。
「ネイザーリア殿!!」
「まずいな、タツマっ」
 焦る二人の男を尻目に、タツマは警戒を解いてパイプを取り出した。
 しがんで、
「...まあ、迂闊ってのは致命的だよな」

 二秒後。

「なんとおおおおおおおおおおっ!!??」
 ルーラ・ループがメイに投げ飛ばされてオークテーブルの空を舞った。


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11月04日 ため息警部補と亡霊騎士4
02日・ため息警部補と亡霊騎士3
10月31日 ため息警部補と亡霊騎士2
29日 ため息警部補と亡霊騎士1
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01日 屍骸術師と勇者株23
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