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■2006年10月20日(Fri)
天上へのモーダルシフト74
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確かに見えた。人と刀と人との間に生じる、入り込むべき隙間が。 どこが死角なのか、どう動けば危険を回避できるのか、どう進めば追い込まれずに済むのか。 鳶としての経験が、次々にその答えを結んでいく。 人の入り込む余地もない迷路のような部屋の記憶、パズルのように複雑なパーツを組んだ記憶、目も眩むような高所を登った記憶、踏み場もない細い道を渡った記憶、果てのない階段を毎日のように駆け上がり続けた記憶。 それらが、一歩ごとの体捌きを、段組的思考を、大胆な挙動を、バランス感覚を、疲れを知らずな足腰を、ヒュウイに与えてくれる。 人形たちの攻撃がギリギリでヒュウイの横を過ぎていった。 何度も殺されると思ったが、その度に、ハバキさんの声がヒュウイを導いてくれた。 「――そうだ、動き続けろ。隙間を見つけ、かいくぐり、逃げながらついでに攻撃しろ。刹那とて一対一にならず、常に多対一を保ち続けろ。お前は剣術も素人ならば、敵も強い。勝ち目があるとすれば唯一、“相手の人数が多い”と言う事実だけだ。無論、普通に考えればそれは不利でしかない。だが、敵が複数だということは、複数であるが故に隙間――隙が生まれると言うことでもある。駄洒落じみた冗談だが、この焼け石に落ちる水滴のような僅かな光明だけが、唯一、お前に唯一付け入ることができる隙なのだ。いいか、死角を見つけろ。隙間をかいくぐれ。めざとくズレを見つけ、そこに滑り込め」 まるで無茶苦茶な理屈だったが、ハバキさんが言うと本当に自分が有利であるように感じるから不思議だ。 人を殺せる一撃が、何度もヒュウイの側を掠めていく。 いつか絶対逃げ切れずに斬られるのだろうと確信しながら、それでもヒュウイは逃げ続けた。不思議と恐怖はない。恐怖を感じれば、その瞬間死ぬのだろうなと思った。なんとはなしに、開き直っていた。 足取りが軽くなる、しだいに攻撃が掠らなくなってきた。 常に死角に入り込むせいで、人形たちの攻撃は一撃たりとも入らないのだ。 一体が無理な姿勢で追いすがろうとして転んでいた。 一体が虚しく空を切った剣が別の人形を巻き込んで倒れた。 敵が翻弄されているのが、手に取るように解る。 まだできてもいないというのに、隙が、隙間が、どこに発生するのかが読める。 次にどこへ動けばいいのかが、その前の前の前のもっと前から見えている。 今や刀が薙ぐ風すらも肌を触らない。 「っと、攻撃しないと...」 余裕が生まれてきたので、ついでに攻撃を加えていく。 デュランダルの切れ味はまだ戻っていなかったが、鈍器よろしく腕や足を叩き潰すことに専念した。斬り裂くよりは心理的に抵抗がなかったが、なんとも嫌な感触である。 戦いの中で、そんな嫌気を感じる余裕があることに少し驚く。 十数人の人形に囲まれているというのに、物凄く安全な場所にいるみたいに落ち着いていた。 なるほど、確かに一対一だったときの方がよほど恐かった。 攻撃が加わりだすと、敵はあっけなく倒れていった。敵が少なくなる度に逃げやすくなるのだが、反面入り込む隙間も少なくなる。 「って、これ一対一になったらどうすれば...」 「工夫するのだな。それでも、もし一対一になったら」 「なったら?」 「逃げるんだな」 「...左様で」 何から何まで目茶苦茶だなあ、と剣術を知らぬヒュウイでさえ思ったのだった。
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■2006年10月19日(Thu)
天上へのモーダルシフト74
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目前に【人形】の一体が迫り、刀を振りかぶる。 ひどく無造作だった。 ――どうする。刀で受け止めればいいのか? 受け止めたあとはどうすればいい? いや、そもそも俺に受け止められるのか? もしこれが、フェイントだったら? 「躱せ!」 はっとなって、ヒュウイは横に飛んだ。 バチン――と、刃が床を打つ。バネが弾けたような振動音がした。 「か、かわせた...」 「言われて躱すぐらい、誰だって出来る。問題は一人でそれをやれるかどうかだ。 ポケモンじゃ在るまいしいつまでも外から声がかかると思うな」 「ぽけ――?」 「次が来るぞ。離れて、距離を取れ」 その通りだった。いまや周囲はどこを見ても俺の人形である。 「逃げろって...言われましても――いや」 切り込んできた人形の部分だけ、僅かなスペースがあった。 迷っている暇はない。隙間に滑り入るように、強引に突っ込む。 服を掴まれそうになったが、とっさに上体を腹に巻き込んでそれをさせない。 前転気味で、抜け出し、そのまま転がりながら、体を起こす。がむしゃらに逃げて、足音が付いてきていないことに気づいてから振り返った。 「な、情けねぇ」 「いや、それでいい。今のお前は素人にもとうてい及ばない剣士だ。死の恐怖を目の前に、体を動かすことすら出来ないただの一般人だ」 だが、とハバキさんは続ける。 「だが、鳶としては一流の人間だ。なら鳶として戦えばいい」 「と、鳶として?」 どうでもいいけど、人形たちのほぼ上にいるハバキさんの声はとても明瞭に聞こえてくる。まるで、今でも隣で話をしてくれているかのようだ。 一方、人形はと言うと、宙に浮いているハバキさんを何とか落とそうと群がっている。 「粗雑な存在しか宿せなかったようだな。速さはそれなりだが、思考はゾンビ並だ」 そう言いつつも、人形が投げた刀を指二本で挟み、受け止める。 柄を握り直して、軽く振るう。 「見た目こそ刀だが、柄どころか柄紐まで綱製か...しかもこれは歪でいるな」 面白くなさそうに投げ捨てる。 歪んでいるのは、さっき床を打った刀だからだろう。デュランダルのせいで忘れかけているが、塔の石材は工具やハンマーで加工できないほどに硬い。 「てか、なんでハバキさんのコピーがいないんですか」 「人間と認められなかったのだろう。些細なことだ」 攻撃が鬱陶しくなったのか、徐々に高度を上げていく。 「移動しないんですか?」 「移動できないのだがな」 嘆息された。 ハバキさんは、まるでそこに壁があるかのように、空中に手を彷徨わせる。 ひらめくものがあった。 呪いがあるハバキさんが、何故ココにいることができるのか。 「そこだけ地表が低いんですね」 ハバキさんは、ようやく解ったのかという表情でこちらを見下ろした。 ここに来たというのは例のテレポートとかいう魔法だろうか。 「けど、それならもっと早く言ってくれれば良かったのに。そんなことが出来るなら、一緒に御飯食べたりとか」 「それは魅力的だったがな。残念だが、中心部のみ地下層があることを知ったのはついさっきだ、それより」 どんどんと上に上がっていく。 「標的が変わったからと言って、油断しすぎではないか?」 気づけば、人形たちの攻撃が止んでいた。 攻撃が届かないと悟ったのだろう。 となれば、当然次に狙われるのは―― 「では指導を始めよう。ヒュウイ」 「は、はい」 「とりあえず、この集団の中心に飛び込め」 「ええええっ!!?」
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■2006年10月16日(Mon)
天上へのモーダルシフト73
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黒髪、黒目。意志は強そうだが、ただそれだけで中身がともなってなさそうな、空回り風味な瞳。 「って、俺じゃん。俺がいっぱいいますよ、ハバキさん!」 「クローン、というか複製だ。人形が侵入者――お前に反応して、侵入者の姿を模倣する造りになっている。無論、お前より強い」 「複製なのにっ!?」 「銀の銃弾――まあ、ようするに魔属化を起こす核が内部に埋め込まれている。とは言え、お前は魔属を知らなかったか...まあ、単純に二倍程度強くなってると考えればいい」 「...つまり、どうあっても侵入者より強くなるって寸法なんですね」 目の前にあらわれた俺(×いっぱい)は、一様に刀を携えて塔外周から詰め寄ってくる。その動作は一様に機械的で、人間らしさが無い。 中心に来たところで作動するシステムなのだろうか、ぐるりと360度全ての方向に俺が居た。 「あ、あの刀は――」 「流石に模造品みたいだな」 浮かぶ刀に腰を掛けて、そのまま天井へと上がっていくハバキさん。 「16体か。16方向の外壁に格納されていたみたいだな」 「みたいだな...って、ちょ、ハバキさん一人だけずるいっすよ!」 「何がだ?」 「何がだって」 見下ろしたままハバキさんが尋ねてくる。 「助けてくださいよ! 俺このままだと、どうなるんですかっって、多分殺されちゃうんでしょうけどっ。助けてくださいよ!!」 いろいろ戦慄しつつも、ヒュウイは必死で訴えた。 あわよく生け捕りにするような命令が設定されていたとしても、ただで済むとは思えない。というかD・Jも死ぬと言っていたことだし。 「手伝っても良いが。一瞬で終わるぞ。我からすれば、お前の強さが何倍になろうと0に数字を掛け続けるようなものだからな」 「ひどっ!? 一瞬で終わってもつまらなくても良いですから、助けてくださいよ」 あっさり酷いことを言うハバキさんに、プライドもなく懇願する。 もともと戦闘に関しては門外漢なのだ。つまらぬ意地を張る必要もない。 「まあ、お前がそういうなら我は別に構わぬがな」 がな、といいつつハバキさんは浮かぶ鞘の上に足をかけて、立ち上がる。 そして、鞘に乗ったまま、右足の腹で鍔を蹴った。キンと鎺の外れる音。 「やれやれだ、老躯に鞭を打つとは、友人の風上にも置けんな。折角、我自ら戦いを伝授してやろうと思惟うたと言うに」 「え...」 「今後の旅路、せめて基礎の剣技ぐらいは覚えておいた方がなにかと便利だろうに。まあ、ここで楽して旅先で死ぬほど苦労するのも一興。何も言うまい。刻の賢者に態々業を授かるなど、並の英雄とて叶わぬ畏れ多きことのだがな。ああ勿体ない」 「う、ううう...てか、なんでハバキさん俺が旅するって知ってるんですかぁ」 応えずに、ハバキさんは鍔に足をかけて横にずらした。長尺刀の刃が妖しいきらめきを放っている。緩やかなカーブがある刀身のせいか、僅かながら柄の方が下を向いている。あと少し蹴れば、刀身が鞘を滑り地面に落ちるだろう。 そして、落ちればハバキさんは――あと十数歩ぐらいまでに迫っている俺の複製を一閃してしまうに違いない。 「さあ、どうする。ここで死ぬ思いをして教えを請うか。それとも、」 「や、やりますよ! 戦えばいいんでしょう!!」 半ばヤケになって、ヒュウイは叫んだのだった。
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■2006年10月15日(Sun)
天上へのモーダルシフト72
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「精霊というのは本来は実体のない人格を指す。その内でも更に物にとりつき、かつその格が憑依する物体に対しての象徴・擬人観的な精霊を付喪神と呼ぶ。 こけしにこけしの精霊が宿れば、こけしの精霊は付喪神だが、デュランダルのように刀とは何の関係も無い精霊が宿っている場合はただの精霊だ。その辺を区別するため、我々は付喪神という呼称を好む傾向にある。 余談だが、化身し人等の体を持つことを妖怪変化あるいは擬人化と言い、更にその人格が女性格の場合は名称の語尾に〜たんを付ける」 「いやあの。ンなこと言われても解りませんし、あとそれ途中から嘘でしょう」 よくわかったな、とハバキさんは悪びれもせずにそう言うのだった。 「この魔法陣は、言わば人工付喪神製造装置だ」 「人工――?」 「お前は知らないだろうが、我は知っている。本来の付喪神というのは大人しい上に知能が低い。言葉を覚えたての子供程度だ。 この塔の精霊のような並行した会話の処理や結界や空調の管理、維持なんて芸当はまず不可能。万単位で時を経た物品の付喪神ならもしかしたら出来るかもしれんが、とても一〇〇余年程度しか存在していない精霊が持つ力ではない」 確かに、ハバキさんの言うことが正しいのならD・Jはあり得ないほど強力な力を持った精霊と言うことになる。知能云々は正直その通りじゃないかとも思ったが。 親父殿が語るにはD・Jは数十年前に突如発生したらしい。 塔に精霊が宿っただの、当時は大騒ぎになったらしいが、D・J本人のあっけらかんとした性格ゆえか、すっかり塔の管理精霊としての地位を確立していた。いつのまにか。ルーィはそれを集合無意識と呼んでいたが... 「ルーィの言は、信仰や噂話によって精霊が発生する例のことを言っているのだろう。確かに、条件点検索の見地から見れば、存在の確立はそれ故に人格の位置特定要素と成りうる。この魔法陣も、そう言った人々の無意識での固定観念を鍵としているようだ。あながち間違いではない」 「いや、勝手に考えてること読まないでくださいって言うか、さっきから言ってますけど何が何だか」 「ヒュウイという名称よりヒュウイ・ストンブリクの方が寄り特定の個人を示しているだろう。更に言えば、塔に住み、高所作業用の独特のつなぎを着た、義理の姉にスーベリーアという女性がいる黒髪黒目の少年ともなれば、この世にお前以外の存在は居ないことだろう」 「そりゃ、いたらあってみたいもんですけど」 ハバキさんに少年と言われると、何とも不思議な気分になる。 見た目はヒュウイよりもっと少年なのだが、何故か言われても全然不快に思わない。むしろ面映ゆい。 まあ、いるんだがなとハバキさんは小さく呟いた。 「それと同様に、大多数の人間が想像する塔の精霊と言う概念情報が寄り特定の存在へと回線を結ぶ、そういうことだ」 「いや、同様っていわれても。俺には難しすぎてわかんねえんですが」 ハバキさんは、自分の質問には饒舌に答えてくれるのだが、その答えが常人には理解出来なさすぎて正直10分の1も理解が追いつかない。 ヒュウイと初めて出会ったときからずっとそうだった。 なんだか懐かしい。 が、懐かしがってる場合ではなかった。 話が全く進んでいない。 「ええと、つまりココの魔法陣と、俺達が塔に持ってるイメージみたいなのが合わさって、本来の付喪神とはひと味違うD・Jがあらわれた〜ってこと...かなぁ」 結局何が何やら。 ハバキさんは、自分の推測を聞くなり満足そうに口の端を曲げていた。 「十を聞いて一に結ぶだな」 「それ褒めてませんよね」 ぼやくが、ヒュウイとしては「D・Jが、人工的に造られた」 と言う事実だけでもう腹がいっぱいだった。 「――魔法陣、ですか。それが施設としてあるってことは、最初から塔の設計思想にD・Jがあったてことですよね」 「驚いたか?」 「いえ、むしろ腑に落ちたって言うか...」 常日頃から感じていた「D・Jって、結界やら空調やらエレベーターやら、自然発生した精霊にしては、やたらいろいろ管理してるよなあ」 と言う疑問もそれなら納得の行くことではある。 「というか、逆になんで今までそういう風に考えなかったのかとか思っちゃいますねえ」 いまさらに振り返るまでもなく、D・Jの存在無くして塔は成り立たない部分が多々あった。なら、D・Jも最初から塔の設計として在ったと考えるのが普通なのだ。 「それはこの装置が高い位置にあるからだろう。後発で誕生した精霊故、偶発的な産物だと当時の人間が勘違いしたのだ。尤も、見ての通りこの部屋は超極秘事項のようだ。意図的に騎士団によって秘匿されて来たのだろう」 と、ハバキさんが絵本を閉じた。 そして何事かを呟いたかと思うと、背負っていた長刀がハバキさんから離れてひとりでに浮かび上がる。 驚くヒュウイを余所に、ハバキさんは浮かぶ刀の鞘に腰掛をかけ、 「長話が過ぎたな――来るぞ」 「え、」 と言いつつも実はさっきから、うなじの辺りにちりちりと嫌な感じが付き纏っているのだ。 「俺、ハバキさんがやっつけてくれたものだとばっかり」 「は、それはご都合主義だな」 鼻で笑うハバキさん。 そういうことらしかった。 魔法陣の青い光が徐々に白色に変質していく。 いや、白と言うよりは灰色、灰色と言うよりもそれは、銀色の光―― 「ふん、【シルバーブレッド】 か旬の魔術ではあるが、中央の勇者連中が聞いたら貧血を起こしかねんな」 「勇――誰ですか、それ? ってか、うわ。なんかいっぱい来た!!?」
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■2006年10月14日(Sat)
天上へのモーダルシフト71
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迫り上がる台座から出てきたのは... 「よ」 身の丈三倍はあるかという長刀を携えた少年だった。 「ってハバキさんだし」 どはーと息を吐く。 立ちながら、何やら薄い絵本のような書物を読んでいたハバキさんは肩眉を上げた。 「人を見るなりため息吐くとは、ずいぶんだな」 「いや、ガーディアンとか身構えてたし、それにあんだけ盛大に別れときながら30分もしないで再開つーのも、なんか...」 そこまで言って、ふとあることに気づく。 「ガーディアン? ...ああ、この塔の電脳セキュリティシステムか。あれなら、」 「いやそれより、ハバキさん。ココにはどうやって? 確か呪いで下には降りられないって...」 「そうだな」 「呪いが消えたんすか?」 「別に消えてはいない」 まるで当たり前のようにそういうハバキさん。 余りにも当然のように言うので、ヒュウイは自分の考えが何か間違っているのかと不安になった。 「え、あの。だからハバキさんって呪いで塔の天辺のちょっと上ぐらいまでしか...」 「ああ、そう言う類の疑問を感じているのか。ヒュウイ、お前は俺の呪いに対して盛大に勘違いを起こしているようだ。もう一度思い出すんだな」 「勘違い」 と聞いても、ハバキさんはそれ以上は答えてくれそうにない。 あきらめて質問を変える。 「D・Jが、ガーディアンに勝てって言ったんですけどどういうことでしょう。それにこの部屋、結局なんなんだか...」 迫り上がった台座は直径2mほどの円だった。 それが膝上ぐらいにまで上がってきていて、その上にハバキさんがいる。 先ほどの迫り上がり方からして、下の層にいたことになるのだろうか。彼は一体何をしていたのだろう。 「ガーディアンに勝て、か。その付喪神は本当にそう言ったのか?」 「そう聞こえた気がしたんですけど...途中で声が聞こえなくなって」 「まあいいが。そうだな、およそ念動力回路と言うヤツはその半径が巨大になるほど、大がかりな――魔術的にと言う意味でだが――術を行うことが出来る。設計図に喩える事も出来るが、記述量がそのまま複雑さに反映されるという点では数式やプログラムに近いだろう。単純に書物的と言ってもいい...」 まあいいと済ませて、いきなり謎の説明をされる。 どうツッコめばいいのか悩みつつも、ヒュウイはその説明が「この部屋は何?」 と言う質問に対する解答なのだと気づく。 「は、ハバキさん。ちょっと待ってっ」 「無論、回路の内に複雑多様かつ洗練された数式を用いることで術式の圧縮を図ることは出来るが、事が塔の管理精霊の召喚及び回線維持となると、どうしても数の暴力による乱れ打ち形式を用いる部分が必要になってくる。実際、この燦含奇石を用いた塔管理精霊召喚魔法陣にしても、中心点の数行を除けばあとは同じ構文の繰り返しなのだが、」 「だぁ、だから待ってくれって。そんな難しいこと言われても全然解らないって言うか、俺が知りたいのは仕組みとかじゃなくて、その塔管理精霊召喚魔法陣ってのがどういうものかって事で...」
自分が答えを言ってることに気づいたのは、それから3秒後だった。
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■2006年10月13日(Fri)
天上へのモーダルシフト70
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「なんだここ」 そこは、蒼い光に包まれた、ただの大部屋だった。 いや、塔の一階層であることは解っているのだが。 「空っぽだ...階層全部、まるごと...」 エレベーターを一歩出ると、そこにだだっぴろい空間が拡がっていた。 何もない、柱すらない。 外縁の壁がずうっと両横から伸びて、円をなぞるように奥へと続いている。 あまりにも広大な塔の内接円。 それが剥き出しのがらんどうに拡がっていた。 足下がふらつく。 あまりにも広すぎてその広さに目眩を起こしたのだ。 塔という閉鎖空間で暮らしているヒュウイにとって、この“何もない”広さは空よりも大きく感じた。 「わ、わけわかんねえ。この辺となると随分昔の鳶の仕事だろうが...だとしてもこんな珍しい場所なら、鳶が知らないはずねえのに」 なのに、現にこうして蒼い光に包まれた大部屋が目の前にある。 「何だこの青さ...気持ち悪い。床...が光ってやがる」 その光の正体は、床に填め込まれた発光する床板だった。 一辺が靴の長さ程度の正方形の発光する蒼い床板。それと、どこにでも使われている普通の床板とで床面を二色に分けている。 比率としては蒼のパネルの方が圧倒的に少ない。 蒼いパネルは、どうやら線のように縦横無尽に床面を走っているようだった。 蒼い光のラインが走り回る部屋。高さは5mはあるだろうか。 「もったいねえ...これほどの場所なら、居住空間なり運動施設なり...神様はなんだってこんな設計を」 『ミーならこんな青い部屋で住みたくないけどねぇ。どっち、この場所を知ってるのは、ミーとメンテ部だけサ。エレベーターも...ここにゃあとまらないヨ』 聞きつつも、ヒュウイはどんどんと中心へと歩いていた。ほの蒼い部屋に不気味さを覚えたのは事実だが、鳶としての好奇心がそれに勝ったのだ。 基本、与えられたパズルのパーツを組み立てるだけの鳶職だが、それでも先祖がどんなパズルを組み上げたのかには興味が尽きない。 「この青い光...ハバキさんの魔法に似てるな」 色が違うが、物の底からこもれ出るような淡い光り方が、彼が魔術を使用する際に見せた赤い光にそっくりだった。 「位置的に、どこかの階層のプレートの下なんだろうな。落ちた距離を考えると、図書館階の下当たりの気がするけど。なあ、D・J...D・J?」 『...ん、ああ正解だよ。後先にいっとくケド、その床板は削るなヨ』 「けずんねーけどさ」 どのみち、この階層に来てからヒュウイはズレが見えなくなっている。 デュランダルにしろ、今まで感じていた力の気配――振れば何でも斬れると言う確信をさせる錯覚めいた気配が無くなっていた。 「ところで、正解って何が正解なんだ?」 『ん、なんのこっちゃ』 「こっちが聞きたいんだけどな。ってか、どうした。えらい話半分だけど、何かあったのか? 心なしか声も遠いぞ」 D・Jは塔のどこにでも存在する。だから、こうして会話している間にも、避難誘導や塔の修復を並行して行っている筈であった。 精霊である彼女には、数百人程度なら同時に会話をしてのける並行処理能力がある。こんな状況だろうが、ヒュウイ一人に軽口を叩く余裕は十二分にあるはずなのだ。 その彼女が適当な相槌しかできないと言うことは、よほど他が忙しくなったと言うことである。ヒュウイが思わず尋ねるのも無理はない。 『いや、そのメンテ部隊がね、鳶と揉めてるのさ。まったく、やっこいねえ』 本当にめんどくさそうな声である。 身振りする体もないのに、どこかオーバーリアクションを思わせる。 そんないつものD・Jのハッピーボイス。 だが、その声が、どこか頼りない。 やはり少し遠い様子だったが、ヒュウイはそれよりも気に掛かることがあった。 「鳶と揉めてるって、スー姉たちとか?」 『それと、生き残りに非番だったのも含めて全員だよ。スーも合流して応戦してるねェ』 「なんだってメンテ部隊と揉め事なんか」 『いやまあ、そっちは気にしなくていいよ。口プロレスみたいなモンだし、それより気をつけナ。こコには、まほー...んを...るガーディアン......』 「は、え? D・J、でぃーじぇい??」 いきなり声がどんどんと遠ざかりはじめる。 何か不吉な言葉を聞いた気がして、ヒュウイは何度も塔の精霊の名前を呼んだ。 『...ュウイ、あんたなら勝てる。ってか、勝て。勝たなきゃ死ぬ。わかったね...』 「っておいっっっっ!! いきなりクリアーになったと思ったらメチャクチャ恐ろしい発現してるし!」 『...て、......ゥィ...』 「D・J...?」 反応がない。 もう一度大声で「D・J!」 呼んでみた。声が天井と床に虚しく反響する。 その反響がまたどうにも心細い。 じわじわと、心の奥底にまで静寂が押し寄せてくる。 見渡しても果てが見えない広大な広間だというのに、まるでクロゼットに押し込まれたかのように窮屈に思える。 身じろぎした。右手が痛い。知らずデュランダルを握る手に力が入っていたのだ。 D・Jの声を無意識に思い出そうとして、ついさっき聞いたイヤな言葉までついでに思い出してしまった。
番人
歩む方向、塔の中心の床あたりから何かが迫り上がって来た。
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■2006年10月05日(Thu)
天上へのモーダルシフト69
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螺旋階段を下りながら、スーベリーアは父と二言三言会話を交わした。 はじめ、スーベリーアが自分の声で話していることに驚いていたのだが、直接聞いてくることはなかった。 声を失ったときには、我が事のように悲しんでくれただけに、黙っていたことに申し訳なく感じていたのだが。 「驚きはしたが、」 皺の増えた横顔を覗き込む。父は、 「...まあ、昔からなにか隠してるとは思っていたがな、そういう意味では安心した。そんなことだったかってな」 苦笑しながらスーを追い越し、どんどんと階段を降りていく。 「ごめんなさい。わたし...なんて謝れば」 ヒュウイには謝るなと説教しておきながら、自分もこの様だ。 血は繋がっていないとは言え。やはり、自分とヒュウイは姉弟なのだなと強く思ってしまう。 父は黙ったままだった。いや、 「――ひとつだけ、頼みたいことがある」 「...え?」 「お父さんって言ってくれ」 言葉の意味がわからずスーベリーアは沈黙した。 数秒黙ったあと、意を決して息を吸い込み背中に向かって呼びかけた。 「お父さん」 現役を退いた鳶の背中は、スーにはまだまだ広く見えた。 「...お前が声を失ったとき、お前にそう呼んで貰えないんだと気づいて、それだけが残念だった」 なにを言うこともなく父は、ぽつりぽつりと、それだけ語った。 そのままスーベリーアに振り返ることもなく、階段を下っていく。 「お父さん?」 父は背中越しに、手をひらひらと振った。 「はん、どうせバカ息子がバカ言い出したから言いそびれたんだろ。なら、お前のせいじゃない、あのバカのせいだ。帰ってきたらとっちめてやる」 「別にヒュウイのせいじゃ...」 「いいや、あいつのせいだ」 背中が叫ぶ。 「あれだけスーと結婚するなんて騒いでたクセに、一方的にフリやがって。いつからそんなにお前は偉くなったんだ。まったく、あのバカ息子め...くそっ、腹が立って涙が出らあな」 悪態を付きながら、どんどん降りていく。 D・Jに何事か呟かれて、うるせいと返していた。 そんなところはヒュウイによく似ていた。 「ヒュウイ...」 D・Jに寄れば、ヒュウイはエレベーターシャフトを通ってもっと下の階層に落ちたらしい。無事とは言うが、あいかわらずの弟の無茶さ加減にハラハラさせられる。 数分前には、自分を驚かせるほど大人びた顔をしてたのに。 なんとはなしに、下の方を向く。 螺旋階段も終わりに近い、スーやヒュウイ立ちの住み居住区が見えてきた。 その居住区、いや階段の終わりにも人がわらわらと集まっていた。 なにやら、もめている様子だった。
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■2006年10月04日(Wed)
天上へのモーダルシフト68
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底の見えない空洞を見下ろして、ヒュウイは少しだけ身震いした。 エレベーターを通す四角柱の空洞は、幸いにして折れることも曲がることもなく、真っ直ぐ背骨を通したままだった。上の方となると見るも無惨だったが。 一辺3m程度の正方形で構成された四角柱。切り開いた入り口から、本来は見えないはずのシャフトの壁が見える。両サイドにノコギリ状の溝の様なものがあった。おそらく、エレベーターに歯車が付いてあり、それが溝のギザギザと噛み合うことで昇降する仕組みなのだろう。初めて見たが、大体の構造は解る。 「ていうか、エレベーターは?」 『下に降ろしたヨ、電力も復旧しねーし。どのみち、レールも微妙に曲がってるし、持ち上げられないけどネ。ヒュウイってばどうやって降りるつもりサ』 さり気なくボーイと呼ばなくなってるなあ、と思いながら。 「まあ、なんとかなるだろ」 足を確かめて、5歩下がる。 そして、手首に巻いたバンダナで、拳とデュランダルとをきつく巻き付けた。 『なにするつもりだイ?』 「わりい、D・J」 口をつかって、結び目を絞める。 「ちょい傷つけるから先にあやまっとく」 『ちょ、まさか...アンタ』 集中。二回、呼吸して走り出す。 助走を付け――どこまでも深い、穴の上を、跳んだ。 『馬鹿っ!』 「やべっ」 踏切る位置が浅かった。 向こう側の壁に張り付くつもりだったのに、落下が始まってしまう。 落下の感覚が身に迫る。 「うわ、さ、刺されー!」 慌ててヒュウイは、足場の定まらない体勢のままデュランダルを壁へと振り下ろした。 キィン――ュイイイイイイイイィイイイ 高速で上へと登っていく壁に、デュランダルが根本まで突き刺さる。 落下の勢いが付いたデュランダルの刃は、全てを貫き通す性質を持つがゆえにどこまでも切れた。 切れたまま、落ちていく。重力による加速もどんどん加わっていく。 あまりにも切れすぎるために、普通に落ちているのと変わらないのだ。 『ヒュウイ!』 「わぁかってる! デュランダル――徐々に...徐々に切れるな!!」 ギ、ギギイギイギギギギッギギギギギギギイイイイイイ―― 瞬間。しがみついた両手に、腕がちぎれるほどの衝撃が加わった。 落ちているというのに真上に放り上げられたかのような、まるで巨人に釣り上げられたかのような感覚。手の中の柄が暴れる。 「こなくそぉおおお!」 ルーィのバンダナがなければ、手を離していたかもしれない。 ヒュウイはギリギリでデュランダルを握り直した。 デュランダルの切れ味は、どんどん鈍くなっていく。 切りたいと思えば切れ、切りたくなければなにも切らない刃。 ヒュウイは摩擦と衝撃が増えていく中で、もうこれ以上切れるなと必死に願った。
『アンタ、無茶ヨ。なに考えてるのさ、ボーイ』 「あ、ボーイに戻った」 何分経っただろうか。ひょっとしたら――ありえないが、気絶していたのかもしれない。 気づけば、ヒュウイは壁から生えたデュランダルの柄にぶら下がっていた。 壁にレバーがあって、そこにしがみついているんです。といった風な体勢だった。 「死ぬかと思った」 『アホ、めいっぱいアホっ。もっと他にやりようがあったッショ!』 「いや、でもこれが一番おれ的に負担が少ないって言うか」 『負担?』と言う質問が聞こえたが、ヒュウイはそれに答えるより前にさかあがりで柄の上に登った。周囲を見回す。ちょうど、どこかの階層の扉らしきものがあった。歪んだり凹んだりはしていない。被害が少ないということは、すなわち。 「随分下まで降りちまったみたいだなぁ」 『まったく、塔を勝手に唐竹割りしヨッテ...って、ココは...』 と、D・Jが黙りこくった。 「どうした?」 『ううん。なんでもない』 とても、なんでもなくなさそうな、深刻そうな声音だった。 う゛ん――と、どこかで重たい振動音が響きはじめる。 「ともかく、あの扉までいかないとな。D・J。扉とか、もう少しだけ切っちゃうけどカンベンな」 『いや、大丈夫...ココなら電源が生きてる。開けるから、何とかして入りナ』 | | |
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■2006年09月28日(Thu)
天上へのモーダルシフト67
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スーベリーアが瓦礫の穴を抜けたのをD・Jから確認してから、ヒュウイは地面に突き刺さったままのデュランダルを引き抜いた。 すると瓦礫に出来ていた穴が、まるで今まで堪えていた緊張を解いたかのように音を立てて崩れていく。 『ど、どういうことなんだい?』 「ん? ああ、この剣を崩壊のズレに差し込んで固定してたんだ。じゃないとあんなトンネル、すぐに崩れるに決まってるだろ」 『うん、ナンダ軽く言うような事じゃないネ。あんた、どんどん化けモンになってるねえ。というか、どうするつもりなのさ下じゃ大騒ぎだよ』 「うお、もしかして瓦礫に埋まったのか?」 『ドアホ、ヒュウイが降りてこないからに決まってるじゃん』 そのことか、と内心で安堵する。 もとより、ヒュウイはあの穴から降りるつもりはなかった。 デュランダルを置き去りにすることは考えてすらいない。 「別の場所から降りるって、言っといてくれ」 『別ねぇ』 「ああ、別のところだ。にしてもあああああああ」 がっくりと肩を落とす。 スーベリーアの最後の笑顔を思い出したのだった。 どこか残念そうで。 「俺もしかしてすっげえチャンス逃したんじゃねえかなあ...」 『あそこでフるとはねぇ。まさにどんでん返し』 「フってねえフってねえよっ」 慌てて反論する。 結局、ヒュウイは謝ってそれからまったく言葉が見つからず、喉は本当に完治したのかとか、そんなことを聞くしかできなかったのだ。 『なんで、そこであらためて告白しないのサ。愛してたんでしょ、ヤッパリ』 「ああああ愛って」 デュランダルを振り回し、瓦礫をすぱすぱ切り開く。 もっとも、斬ると言うよりは、瓦礫が自ら割れて退いてヒュウイに道を譲るかのような異常な現象だったが、 「だって、だってよぉ」 ヒュウイは、そんなことを考えるでもなくいじけている。 目にはうっすらと涙が浮かんでいた。 「俺の好きじゃダメなんだってようやくわかってよ、いろいろ考えたんだよ。 でも俺はやっぱり、俺のために迷惑かけちまったスー姉だから、恩を返したくて、守って、ずっと一緒にいたくて...って、そんな風にしか考えられなくて、この気持ちを俺はずっとああああ愛って奴だと思ってたわけで。 今さら違ったんだなあって気づいても、これ以上にいとおしい別の愛し方とかなんて全然分かんなくて。自信が無くなったって言うか。 だから、だからさあああ...はぁ。俺、ガキだなヤッパリ」 『ほぉんと、ガキだねぇ』 「うううう...」 瓦礫に八つ当たりを繰り返しながらも、ヒュウイは塔の円周を歩き続けた。 目指す場所はちょうど真南にあった。 それほど遠くない場所にある、エレベーター。 そこも瓦礫に埋もれているのだろうが、そこを斬り開きシャフトから降りることは今のヒュウイなら不可能ではない。 デュランダルがもたらす力が、それを確信させてくれる。 危惧してるわりに、力に溺れまくってるなあとは思ったが、まあ仕方がない。 思い出す度に、くじけそうになりながらもヒュウイはざくざくと瓦礫を切り開く。 『そう思うンだったら、そのまま言えば良かったのにサ。だったらもしかしたらていうかあの状況なら20%ぐらいスーだって傾いてたのに』 D・Jが何か呟いた気がしたが、一心不乱のヒュウイには聞こえなかった。
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■2006年09月26日(Tue)
天上へのモーダルシフト66
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「まあ腹話術ってのはないにしても、そのとき思ったんだよ。 ああ、ハバキさんはだから治さないなんて言ったのかな。って。 スー姉の喉は、実はもうずっと前から治っていて、だけど、ただ黙ってるだけなんじゃないかって。いくら刻の賢者でも治ってるものをどうこうはできないだろうし」 そう、自分なりのルールとか、小難しい理屈とか、そんなことでハバキさんは魔法を使わなかったわけではない。 そう考えた方がよほど、納得がいく。ハバキさんは、D・Jが言ったとおりに自分勝手な人だ。それは、気にいった人間に簡単に世界を覆すようなアイテムを授けたりすることでも明らかだ。 そんな人が掟やら倫理観に準じてヒュウイの頼みを断るだろうか。 我ながらうぬぼれが強い推測だけど、ヒュウイにはどうしても考えられなかった。 「じゃあなぜ...ってどんどん疑問が溢れてきて、それもなんか嫌ってほどわかるつーか。まあ、なんだかなんだ」 ヒュウイは、手を合わせてうなだれた。 「ごめん、姉ちゃんっ。俺が馬鹿だった!」 と、それだけ言ったのだった。
「結局、スー姉もわたしもヒュウイが罪滅ぼしで結婚しようなんて言う馬鹿さ加減に呆れてたんだなあって。そんな理由で好きとか言われても愛されてるなんて思わないし」 バンダナが無くなったので髪を切ろうかなと思うルーィ。 歌って踊るときの見栄えを考えて伸ばしてたのだけど、あんまり意味がなかったなあと落胆する。 歌ではスーベリーアにも負けない自信があったんだけど。 数週間前、夜中一緒に歌ったことを思い出す。本人を目の前にしていったことはなかったが、スーはけっこうな音痴さんだった。 「機微とかやっぱり苦手なんだけど。ようするに、三人ともスタートラインにすら立ってなかったってことかな」 そういうことである。 「教えてあげれば良かったじゃない」 「だって。気づいてそこらへんを反省したあとで、それでもスーベリーアのことが好きだったらどうするんですか」 「どうなるの?」 わかりきったことである。 「...さあ?」 | | |
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