徒然ぶちまけ日記

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■2007年02月03日(Sat)  風紀部Ex01
 冗談には距離というものがあるらしく、その距離感を間違えば冗談は暴言にも空虚なものにもなり得るのだという。
 馬鹿な話だ。
 そんなものに気を遣わなければ冗談も言えないというのであれば、いっそ最後まで赤の他人でいればいいのだ。冗談を交わす必要もないぐらいに離れれば、距離なんて気にしなくてすむ。
 中尾英鳳は冷めきっていた。
 それがいつ頃からなのかというと、物心つく頃としか言いようがない。
 小学校時分にはすっかりそう観念していたし、別段フラグがあったという訳でもない。
 中尾英鳳という人間は、その人格が形成された瞬間から冷め切っていた。
 小一の通信簿にでさえ「人と必要以上に距離を取ろうとするようです」と書かれているのだ。「風紀ちゃんだけじゃなくて、みんなとも遊ぶように言ってください」とも。

 式外社松方神社宮司、息女――松方風紀は幼い頃から幼なじみだった。
 家も近く、家族ぐるみの交流もあった。生まれた頃から風紀と英鳳は知り合いであり、半ば姉弟のように育ったと言っても良い。
 二人は保育園にも幼稚園にも通うこともなく、小学校に入るまで二人だった。

 つまるところ、風紀は英鳳が英鳳と言う形を作る前から隣にいた存在だった。
 むしろ、英鳳という人格形成に最も影響を与えた人物である。
 英鳳の人間性は、風紀を基準にして形成され、コミュニケーションも風紀を参考にして行われた。

 が、風紀は英鳳より更にたち(・・)が悪かった。

 英鳳が物心ついた頃には英鳳だったのであれば、風紀は生まれたときから風紀だった。ありていに言えば、変人だったのである。
 そして、その変人を相手に育ったのが英鳳だった。
 彼女(変人)専用に鍛え上げられた人格が小学校で空回りするのはある意味仕方がないことだった。
 友人というものに対して風紀の様に扱う(それはつまりどうしようもない人間を相手にする様にということなのだが)ことしか出来ないのだから、仲良くなんてできるわけがない。下手に付き合えば相手を怒らせるだけだであるし、実際にそうなったこともある。
 ああ、これは無理だなと気づいたとき、英鳳の人格は形を固めて完成したのだった。
 以後そのままなのだが、かといって英鳳に友人がいないかというとそうではない。
 彼のまわりに残ったのは、風紀のようにどうしようもない――だが、誰のどんな冗談でも寛容に受け止められる。そんな馬鹿ばかりだった。

■2006年10月01日(Sun)  風紀部53
 一日経って、放課後の風紀部部室。
 あのあと、吉泉と一晩中飲み明かしたので、頭が痛い。
 吉泉はまだいびきを掻いているだろう。呑気なものだ。
 吹奏楽部の気だるげなロングトーンが頭に響く。
 部室には、英鳳と窓の外を眺めっぱなしの松方風紀。
 そして、受験まっさかりで能力バトルなんてそっちのけで英単語を覚えまくっている暮臥(おさない)あずさ(3−6 女)に、携帯ゲーム機で誰とも知らない電波と対戦をしている雨都密豆(あまみやみつまめ)(3−D 男)、ひたすら巻き藁の前で掌底を尽きだしている鵲森(かささぎのもり)ジャパン(3−9 男)、そしてフクこと副部長の猫。
 これで風紀部、オールメンバーである。
 非常厳戒態勢と言うことで、全員久々に集まったのだが、集まっただけで特にすることもなかった。
「ジャパン」
「なんだ?」
 学生ズボンに上半身裸の鵲森は、無骨な物言いで聞き返した。
 でかい図体と割れた腹筋は巻き藁を向いて威圧したままだったが。
「その巻き藁はどこの弓道部からかっぱらってきた」
「ふん、決まっている。壁を傷つけては困るだろう」
 答えになっていないにもかかわらず、答えた気になっているのがこいつの恐ろしいところだ。
 鵲森は、深呼吸の後、おもむろに巻き藁の前に突き出すという、先ほどまで延々と繰り返していた動作を開始した。
 掌底は両手の手首の付け根の内側を合わせた異様な形である。
 影絵で言うところのカニ。
 それを巻き藁の前で静止させて、しばらくしてから腰へと戻して、また巻き藁へと突き出すと言う行為を何度も繰り返している。
「なにをしているんだ?」
「ふん、決まっている」
 両手の平をこちらに向けて、鵲森は断言した。
「かめはめ波だ」
「出せるのか?」
 鵲森の能力は鳥とコミュニケーションを取る【烏合の衆(ネガティブシンジケート)】 である。格闘家を思わせるがっちりとした体格とは裏腹のメルヘンな能力――とは、風紀の言葉だが。
 鵲森は、神妙に頷いた。
「今日中には」 
「そうか」
 おそらく無理だろうと思いながらも、英鳳は一分時間が潰れたことを喜んだ。
 風紀部のドアが開いた。
 ぎょっと言う声が聞こえて、すぐに閉じた。
 どうやら鵲森を見てしまったらしい。
「入れ。噛まれやしないから」
 英鳳が呼び戻すと、閉じた扉がゆっくりと開き、木下真佐樹の顔があらわれた。
 失礼します、と挨拶をして入る。
「二年生か。襟章で解ったぞ」
 ジャパンがその木下を下目に睨んだ。
 二回りは大きいだろうかという男がぎょろりと見下して来る、という光景は木下にトラウマを芽生えさせるには充分な迫力ではある。木下泣きそう。
 もっとも、当人は自分の作業に忙しくて目だけを動かした、程度にしか思ってないだろうが。
 どうでもいいが、「J」の襟章は白鳳高校の二年生を示した。
ちなみに一年が「F」で三年は「S」。
「そういえば、なんでJなのだ。 ジャパンか?」
「そんなわけあるか。三年はスペインで一年はフィリピンか」
「スカンジナビアとか」
「国名ですらないな」
 などと漫才をしていると、
「J...ジュニア。j u n i o r 【形】後輩・年下の・三年生高校における二年生の【名】後輩・息子・年下・三年生高校における二年生...」
 暮臥が単語帳を読みふけったままで呟いた。
 もっとも、単語帳を読んでいるというわけではなさそうだが。
「F...フレッシュマン。f r e s h m a n 【名】新入生・初心者。S...シニア。s e n i o r 【形】 先任・先輩の・最上級の。【名】年長者・先輩・上級生...」
 まるで辞書を読み上げるように、単語と候補を読み上げていく。
「ふん、出たな単語帳フェチ。今頃覚えても間にあわんだろう」
「フェチ f e t i s h i s m 【名】物心崇拝・フェティシズム・拝物愛。私が単語帳フェチという言葉通りの人間なら、英単語は受験のために覚えているわけではないことになるので問題はない」
 鵲森が顔を紅潮させて暮臥を睨んだ。
 が、暮臥は単語帳を見つめたままでどこ吹く風である。
「話が合わんっ」
「合わす気など毛先ほどもなさそうだがな」
 居心地の悪そうに佇んでいた木下を手招きする。
 下座の空いたコの字型のテーブルの中心に、木下を移動させた。
 ちょうど対戦が終わったのか、雨都が顔を上げた。
「や。誰? 新入り? だとしたらうちは珍しく三年だけのアットホームな部活だったりして、」
「ふん、黙れ脳味噌トコロテン」
「な。トコロテンってなにさ。あ、こうにゅるんと滑らかな思考が四角くきっちりと滝のように溢れ出るとかそう言う意味?」
「お前と話す度に話の要点がどんどん、すっぽ抜けて押し出されていくからだ。いいから黙れ。まったく、こんなんばっかりかうちの部は」
「「「「お前が言うな」」」」
 ため息をついて英鳳。
「風紀」
「ああ...では、我が愛すべきかもしれない部員達よ。新入部員を紹介しよう」
 軽い驚きが、部室無いに拡がる。
 暮臥も、この時ばかりは木下の顔を見た。
「お。当たってるじゃん。どーするよこの筋肉ファンタジー」
「妙なあだ名を付けるな。一つめの思考だけまともだからトコロテンなんだろうが」
「部長、チーフ【名】」
「なんだい二号ちゃん」
「second あるいは kept woman って、あずさだから?
...我々の風紀部は今年度で廃部する予定なので、三年生のみで構成されている。違いますか?」
「All right!」
「あわせるな、」
そして間違っている。
「ふむ、確かにそれは重要かな。では部長の自分が君に尋ねよう。
木下真佐樹、この部活は今年度で廃部することが決まっている。それでも入部するかい?」
 風紀が斜に構えて木下を睨んだ。
 木下は、誠実な目に見据えられてか、どこか気後れした様子だった。
「柊先輩は、おれ...自分の恩人でした。あの人がいなければ、自分は一生後悔していた。たとえどれだけ楽しい人生を送ってたとしても、あのときああしてれば良かったと、きっと悔い続けていた。...そんな後悔を、迷いを柊先輩は払ってくれた。
 だから、そんな先輩が死ぬのが許せない。
 先輩を殺したこの世界が許せない。
 仇討ちなんて、自己満足なんでしょうけど...正直に言えば、その気持ちだけで風紀部に入ろうとしています。それが間違ってるとも思えない。
そんな理由でいいのなら...」
 風紀は「むぅ」と唸った。
 腰に手を当てて、
「君はなにか勘違いしているな」
「は、はぁ?」
「自分は入部する意志はあるかと聞いたんだ。それだけ簡潔に答えればいい」
 泰然と、木下を見据える。
 木下はしばらく沈黙したあと、居住いを正すかのように堂々と立ち直した。
「あります」
「ようこそ、後輩。では皆の衆、拍手だ。クラップ」
 風紀が率先して手を叩くと、四人ばかりの僅かな拍手がそれに続いた。
 拍手に照れながら、木下は自分の方を向いた。
「ようこそ。理由はどうあれ、歓迎する」
「ありがとうございます。ああ言いましたけど、おれ、風紀部でなら...中尾先輩と風紀先輩と一緒にいたなら、今の自分の迷いの答えが掴めそうな、そんな気もするんです」
「そうか。それは」
 なによりである。
 拍手にビックリしたのかそれとも呆れたのか、フク部長が開きっぱなしの風紀部のドアから出ていった。

(一部完)


■2006年09月29日(Fri)  風紀部52
 白鳳高校全生徒、3年15クラス602名の保有する能力を彼らが卒業までに封印、除去すること。
 それが風紀の使命であり、風紀部の真の目的だった。
 そして、風紀の使命に反発し、自らの能力を卒業以後も自らの望むがままに行使したいと願うもの。
 それが風紀の敵であった。

 白鳳高校生徒が保有する能力の根源は、他世界の法則そのものである。
 能力を行使するということは、言い換えるなら、別世界の世界観を現実空間に召喚し、世界に新たなルールを追加していることに他ならない。
 さて、現世界に対する別世界の法則付与は、この現実世界にとって毒である。
 そのひとつでも世界に混じれば、現在の物理法則を初めとするありとあらゆる根源則が変位するためである。
 最悪、物理法則が吹き飛ぶ。
 それは現実世界の崩壊を意味していた。

 だが現在、いわゆる「他世界の毒」 は世界とは混じっていない。
 白鳳高校とそれを内に持つ白鳳町の性質、そして風紀部の存在が三年前から毒の進行を食い止めているのだが、まあそれはどうでもいい。
 問題は、卒業を過ぎれば毒が「回る」 という事実。
 だから、風紀が全ての能力を封じなければならないという現実。
 そして、

「いよいよ、どちらも本腰を上げたってこった」
 割ってはいる声がして、英鳳と木下は振り仰いだ。
 幸輔が、いつの間にか近くまで来ていた。
 陶器に入ったにごり酒を片手に木下の隣に座る。
「三年全員の能力を消す。なんて簡単に言うがな、せっかく手に入れた超能力を世界が危険だから封印してください、なんて言われて、進んでどうぞどうぞって奴がどれだけいると思う? ましてや、封印しないと世界が滅ぶかも“しれない”、だ。あやふやにも程がある。そんなだから、予測自体を否定する奴だっていてもおかしくないだろ?」
 酔拳に出てきそうな酒を、念動力で傾けてあおる。
 中国土産の酒なのだが、幸輔が言うには、薬臭い上にやたら度がきつく、後味は翌朝までしつこく残る上、胸焼けは次の夜まで残る「素人が飲むと吐く」 酒であり、そんな酒など土産に持たされても誰も飲みはしないのだが、幸輔はよくこの酒を持って帰ってくるのだった。
 まあ、そんなことをのたまう幸輔もたまに吐くのだが。
「じゃあ、三年生のほとんどが...?」
 英鳳はゆっくりと首を振った。
「賛同者の方が圧倒的に多い。生徒の九割方が風紀に自分の能力を封印されることを了承している」
「風紀先輩に?」
「能力封印の力を持ってるのは、今は風紀だけだ。
三年前までは三人だった。それぞれの学年に一人ずついたんだ。
 その人達は自分らの学年の生徒全員の能力を残さず封印して卒業していった。今年は風紀の番、そういうことだ」
「...三人いるときにまとめてしなかったのですか?」
 その疑問はもっともだった。
 もっともだったし、実際英鳳はその案を風紀に持ちかけたこともあった。
 だが、風紀はそれを却下したのだ。
 幸輔が、木下に「たとえばな」と語りかけた。
「【明日の株価が視える】って能力を持ってる奴がいたとするだろ。そいつはその能力をふんだんに使って金儲けをするんだが、せっかく儲けても世界がぶっ壊れたら困るから能力封印には賛成なワケだ。
 だからまあ松方には協力をするわけだが、その代わり卒業まで封印はまって欲しいと言う。当然だな。そいつにしたら一日でも多く稼ぎたいワケだ」
「ああ...」
「解るだろ? そういう奴を含めて九割ってことなのさ」
 納得がいった様子の木下。
 ちなみに、幸輔が例に出した能力を持つ物は実在する。
「風紀は...」
 今更思い出す。三年前に風紀部を立ち上げたときの宣言を。
「そういう主張を受け入れた。そして先代も、先々代も、その風紀の主張を受け入れた。一番つらくなるのはあいつ自身だってのにな。ギリギリまで、あいつが許容範囲と指定した時期まで、生徒全員の封印に猶予を与えた」
 そして、今が来た。
「限界がやってきた。風紀が指定した時期はもうすぐだ。
だから敵も動き出した」
「なんで動き出したかってーと、最初に封印されるのがそいつらだからだ」
 幸輔が補足する。
「時期が来たら、俺らは一斉にそいつらを追い込んで潰す。そのために、桂介みたいな能力を放棄したがってる奴らでさえ残してるわけだ。戦力は多ければ多い方がいい」
 もっとも、それでも雪路は放棄してしまったのだが。
 静寂が長く続いた。
 英鳳は黙ったままだった。
 話すべきことは話した、そう感じていた。
 やがて木下が、口を開く。
「けど...賛同しない人なんてどうやって知るんですか」
 やはりそういう疑問を持つか。内心でのみ呟く。
 そう、無論、敵対者が明確な意志を示すワケがない。
 ギリギリまで見方のフリをして、最後に出し抜く可能性は誰もが考える。
 英鳳は黙っていた。
 答えたのは幸輔だった。
「まあ、考えるわな。初めて聞いたお前でも思ったわけだ。誰だって考える。
でもな、三年はその答えを知っていた」
「待て、幸輔。木下にその話は、」
 英鳳は幸輔の言わんとすることを静止しようとした。
 だが、幸輔は人の悪い笑みを見せるだけで、
「いや、白鳳高校の生徒なら誰だって解る筈だな」
 とたん木下の表情が、一変した。
 信じられない想像をした。そんな表情だった。
「じゃあ...柊先輩は」
「幸輔!!」
 叫ぶ。遠くの集団のざわめきが止んだ。
 その瞬間を見計らったように、幸輔は言った。
「柊運命なら、あいつなら誰が敵かなんて一発で解る。そういうことだ」
 吉泉が、酒瓶を顔面に持ってきた。
 そこに自分の拳がめり込み陶器を割り砕く。
「もったいねえ」
 破片をこれ見よがしに浮かべて、吉泉が愚痴を漏らす。
 軽薄な物言いに、英鳳は怒気を抑えて呟く。
「...そんなことまで話すつもりはなかった」
「けっ、残念だったな。俺は話す気満々だった」
 なおも、せせら笑う。
 英鳳は裂けた皮膚を気にもせず、ただ浮かぶ破片を睨み続けた。
と、
 空気が歪んだ。
 破片がまるで写真を曲げたかのように、平面的にねじれていき細く、線のようになって、消え去る。
 捻れ、
 細くなり、
 消える。
 吉泉の能力ではない。
「英鳳先輩...答えてください」
 一瞬、誰の声か解らなかった。
 それほどに、木下真佐樹の雰囲気はがらりと変わっていた。
「柊先輩は、敵が誰か知ることが出来て、
だから、たったそれだけの理由でっ! 殺されたのですか!?」
 迂闊に答えると、殺されかねない。
 木下はまだこの能力を制御しきれていない。
 対象に殺意を抱いただけで、そうしてしまう程に。
 だから、英鳳は正直に答えた。
「知らないな。お前が聞く前に殺したからな」
「あ...」
 我ながら卑怯な言い方だとは思ったが、木下はそれで正気を取り戻した。
 俯く木下。幸輔に目配せすると、身震いして「へっ」 と、笑っていた。
 思った通りだろ。目が語っている。
 何もかもがしゃくに障る。
「俺が言えるのは、�霤弔漏里�に敵の側の人間だったということだけだ。可能性としては、その理由が高い」
「そうですか...」 憮然とした様子で木下は肩を落とす。
「柊先輩、自分が長くないようなことをよく言ってて...冗談だと思ってたのに」
 命の危険性は、柊自信感じていたはずだ。
 無論、風紀達も柊が最初に狙われることを知っていた。
「すまない」 それは誰に向けていった言葉だったのか。
 木下は、星の明るい夜空を見上げて、少しだけ笑った。
 それは、さっきまでの自嘲的な笑い方ではない、誰かを思う笑顔だった。
「...わかってます。先輩が望んだんですよね、きっと」

■2006年09月24日(Sun)  風紀部51
「人を...殺したんです」
 中尾英鳳先輩は、それを黙って茶を飲んでいた。
 真っ直ぐに遠くを見る横顔、その口が開く。
「ああ、知ってるよ。俺もいたからな」
「え...」
「風紀がいたんだ。別におかしなことじゃないだろ」
 騎士。そうだ。彼女がいるところに、いつも中尾英鳳という人物はいるのだ。あの異質な世界に飛ばされた人間はRoS部長、茜坂倫子が【円卓(バスケット)】 、あれは、

――ここに残った人たちはね。柊運命が死亡する当日、5時25分以降に彼女と出会った人なのよ。わたしの力は、条件によって世界から特定の人物を切り離す――

 だったら、彼も「あの世界」 に巻き込まれていないと辻褄が合わない。
「中尾先輩は、あそこで何を、していたんですか?」
「中尾でいいよ。ヒデ先輩でもいいが...謹慎中だったからな。表向きは顔を見せないことにしていた」
「謹慎中ずっと風紀先輩を陰で?」
「ああ、ストーカー紛いで気が引けたんだが。まあ、それよりだ。他に聞きたいことがあるんだろ?」
 前を向いたままで、そう呟く。
 聞いて、またうなだれる。
 話が逸れたことに羞恥を覚え、紙コップの中を覗いた。
 空だった。
「罪の意識、とかじゃないんです。ただもう何が何だか解らなくて、何故三年の皆さんがその...殺し合うのかもよく解らないし。僕に対しても、誰も」
「別に、殺し合ってるワケじゃないんだがな。それとも、人殺しと批判されたいのか。誰も何も言わないから居心地が悪いのか?」
 そんなことをいともあっさりと呟く先輩。
 木下は自分の心の中が見透かされたかのような気分で、
「たぶん...いえ、そうです。居心地が悪いんだと思います」
 今更、考えてしまう。人を殺すと言うことを。何故それが罪深いのかを。
 木下は死を知らない。葬式に出たことはあったが、骨も死体も見たことはない。惜しいと言えるほどの親族もまだ死んでいない。
 死は、どこか薄い紙の向こうでしか知ることのない架空の概念だった。
 そんな自分が人を殺してしまったことを、どこか空っぽの感情だけが受け止めている。実感もない。
 自分の未熟さが、これほど悔しいと思ったことはない。
 悪いことをしたという気持ちと、何故それが悪いのかという感情がせめぎ合う。自分ですら自分を裁いてくれない。
 まして、それが悪いことだと教えてくれる人間もいない。
 どうしてそれが悪いのかを教えてくれない、どう報いればいいのかも諭してはくれない。
 ぽつりぽつりとしたその独白を、中尾先輩はときに黙しときに促し、思っていた以上に親身に聞いてくれた。
「誰かが先に言ったんじゃないかとは思うんだが」
 英鳳先輩は麦茶を飲んで、また呟く。
「お前を裁けるのは、もうお前だけなんだ。人を越えてしまった以上、それはもうどうしようも出来ない。お前を悪者と言って殺しに来る人間が出てこようと、結局一緒だ。自分が正しいと信じたら抗って、正しくないと思ったらそれを受け入れる。それだけだ。つぐなうのもつぐなわないのも、な」
 それたは確かに、吉泉幸輔から聞いた言葉で。
「だいたい、理不尽だと思わないか? 念じただけで人が殺せましたなんて、不可抗力もいいところじゃないか。人を殺しちゃいけないのはルール以前に常識だが、殺意を持っちゃいけないなんて法律はどこにもないんだぞ」
「そ、そうですけど、確かにそれは思いましたけど」
 実際に人を殺しておいて、そこまで開き直れるものでもない。
 そう思えば思うほど、自分が汚い人間のように思えて、否定してしまうのだ。
「不可抗力を否定するな。って、風紀なら言うだろうな。でもってこういうんだ」
 そのときになって、ようやく英鳳先輩は自分を見た。
 真っ直ぐな瞳が、自分に向けられる。
 息を呑む。その眼差しは、時を止めるほどに鋭い。
「次に誰かに殺意を持ったらお前を否定してやる」
 にぎやかな喧噪が、一瞬で消し飛んだ。
 目の前で、中尾英鳳という男が、こちらを睨んでいた。
 射抜くような、なにかに挑むような瞳。
 秘めた意志をなりふり構わず刺し貫くかのような、激しい瞳。
 まるで、松方風紀のような――
「いいか、誰かを憎んで殺したのなら、もうそれ以上は憎むな。
 憎いから殺すという手段を執ったのなら、
だったら、
 その後は許さなきゃいけない。
 罪に罰を与えた人間が許さなくて、誰がそいつを許す
――なんて説教じみた理由じゃない。
 殺意ってのは、そいつを殺したいと言う感情じゃなくて、そいつがいる世界が許せないって感情だ。誰かが憎いとか、仇を討ちたいとかそういう感情なんてのは二番目で、一番は自分がこんなに辛いのに、愛する人が死んだのに、だけどそいつはのうのうと生きているという理不尽な世の中が納得できない。そんな感情が渦巻くのが殺意って奴の正体だ。
 で、だから殺す。殺して自分が納得できる世界を造ろうとする。
 結果、人を殺して残るのは“仇を討った、悲願を果たした”なんて感情じゃなくて、“ああこれでやっと気持ち悪い世界じゃなくなった”とか、そんな本棚が整理できたみたいな心境、そんな感情しか残らない」
 確かに、その感情は間違っていない。
 自分は憎かった。そして憎い以上に納得がいかなかった。
 柊が死んだ世界が、けどまだ犯人が生きている世界が。だから、だから殺してしまって、そして残った感覚と言えば...
「お前は怯えている。なぜならお前がまた�霤弔隼�たような人物に出会えば――“�霤帖匹箸い�罪に出会ってしまえば、必ずまたそれを殺そうとしてしまうからだ。
 当然だ。�霤弔�憎いのではなく、�霤弔里茲Δ並減澆�この世にいることが許せないのだから。似たような罪を犯した人間を見つけたとき、それを排除しなければ自分が人殺しを犯してまで憎んだ世界を認めたことになる。だから、
 だから許せ。人を殺したのなら、殺した相手を許せ。
 今ここでお前が�霤陳肱擦髻△修虜瓩魑�さなければ、お前はまた�霤陳肱擦鮖Δ靴討靴泙Α�それじゃダメだ。もう誰も殺すな。だから、許せ。誰かに非難されるじゃない。お前が�霤弔魑�すことが大事なんだ」
 木下には、中尾先輩の言葉が無理難題にしか聞こえなかった。
 まったくメチャクチャな理屈である。それはつまり「罪も人も許してしまえ」と言う暴論で、
「そんなの...出来ませんよ。殺したいほど憎んだのに」
「逆だ。憎んで殺すまでしたお前だから、許すことができるんだ。解ってやることができるんだ。死んでつぐなうなんて言葉があるがな。だったら死んだ罪人はつぐなわれた人間としてきっちり受け止めなければいけない」
 一気に言い終わって、中尾先輩は少しだけ表情を崩した。
 いつもの松方風紀により沿うときの、ぼんやりとした雰囲気に、話が終わったのだと知る。
 胸が苦しかった。首筋から汗が吹き出していて、自分が英鳳先輩の威圧感に緊張していたのだとを知った。
 息を吐き出す。脱力した途端、息と力と一緒に何かが抜けて行く。
 先輩はというと、また集団の方を見るように横顔だった。
「...それも風紀先輩の言葉なんですか?」
 遠くの方では、ロケット花火をペットボトルにくっつけてペットボトルロケットだと叫んでいる集団(とそれにやっぱり激怒している生徒会長)がいた。
 少しだけ、横顔が笑った気がした。
「誰の言葉でもないんだろうな」
 そんな事を言う先輩の瞳には、風紀部長が映っていそうだった。

■2006年09月20日(Wed)  風紀部50
 どんちゃん騒ぎが続く中、木下真佐樹は柿の木の木陰で麦茶を飲んでいた。
「柿が落ちてくぞ、この時期は」
 見上げると、風紀部の副部長――中尾英鳳が立っていた。
 真佐樹は彼のことを松方風紀の騎士だという噂でしか知らない。
 手には透明のポリカップが二つ。
 中身は...ビールだ。
「風紀と夜宮には内緒な」
 片方を手渡された。
 遠慮しようかとも思ったが、迫力に押されて受け取ってしまった。
「気分じゃないか?」
「いえ、」
 首を振る。
「確かにこう言うときに、飲みたくなるって言うんでしょうね」
 忘れたいワケじゃないが、何とも言えない鬱屈した気持ちが、今の真佐樹にはあって。
 少しだけ黄色の液体を見つめてから、一気に飲み干した。
 炭酸が喉に痛かった。
「おいおい、無茶するなよ」
「あつい...」体の中で熱が生まれる。火が着いたかのようだ。
「次はゆっくり飲めよ」
 中尾先輩は真佐樹の手から麦茶を奪い、そこに自分の分のビールを持たせた。
 真佐樹は、そのときにはもう酔っていたのだろうか。断りもせずに頷いた。


「なんで...先輩方にとって柊先輩ってどんな人だったんですか?」
 思考が回っていない。
「そうだな」中尾先輩の声。目の前にいるのだろうけど、頭がボンヤリしてそこまで意識が届かない。「とにかく、物好きで、お人好しだった」
 どういうワケか、遠くに視線が飛んでしまう。
「なにやってるんだ、あいつら...」
 中尾先輩が呆れながらそう言った。
 松方風紀が花火をしていた。演劇企画部部長(彼女も有名人だから知っている)と12連射打ち上げ花火をよりバットで打ち返した方が勝ちという危険な遊びをやっている。遠巻きに生徒会長がやめなさいと怒っている。
 あいつは他人が風紀を乱すのは怒るクセに、自分が率先してメチャクチャをやるからなあとぼやきが聞こえた。
「楽しそうですね...みんな」あんな事があったのに。
 柊先輩が死んだのに。
「幸輔が帰って来ると、バーベキューをするって決まっててな。夜宮は忙しさが祟って今日が初めてなんだが...柊も結構参加していたな」
「そう、なんですか」
 胸の熱さに痛みが混じる。
「柊は飲酒はしない――まあ飲酒自体俺と幸輔ぐらいしかしないけど、どういうわけか宴会に酔う体質みたいでな。普段に輪を掛けて饒舌で、しかも相手の不安を理解できるヤツだったからズケズケ痛いところをついてきてな」
 俺も何度か痛い目にあったと、中尾先輩は思い出すように、とつとつと語る。
 聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが混じる。
 あらためて友人だったのだなと思い知らされる。
 柊運命にとっての自分は、結局のところ...ただの依頼人の一人なのだ。
「負けず劣らず、にぎやかなヤツだった。もういないと考えれば考えるほど、物足りない気分させてくれるぐらいな」
 無口で必要以上語らないイメージがある中尾英鳳だが、その言葉には微かな感情が伺えた。
「俺がそう思ってるぐらいだから、あいつらもそう思ってるだろうな」
 ああ、そうか。
 彼女達は、そうやって物足りないと感じることで、柊運命という人物がいたことを思い出して、そして彼女がもうこの世に居ないことを悲しんでいるのか。
 相変わらず馬鹿騒ぎで、けどやっぱりどこか盛り上がらないと悔しんでいるのだ。
 それが、彼らなりの弔い方なのだ。
「不器用なんですね」
「思いなんて、みっともないぐらいが丁度良いんだよ」
 風紀の言葉だけどな、と言いながら中尾先輩は麦茶を飲んだ。
 真似るようにして、真佐樹もビールを一口飲みこんだ。
 苦さが口に拡がって鼻まで突き抜ける。
 苦いという感覚に抵抗を覚えなかったのは、思えばこれが初めてだった。

■2006年08月31日(Thu)  風紀部49
 飛来する岩石を次々に消滅させる桂介のビームサーベル。
「なんだそのへっぴり腰、花火やってるんじゃねえんだぞ」
 実際、桂介の太刀さばきはそんな感じで、出来るだけ刃から離れようとしながらしきりに振り回す姿は花火を振り回すガキを連想させた。あるいは感度の悪いリモコンをしきりに連打しまくるおばはん。
「うるせ。ペンライト振り回してるみたいなもんなんだぞ。手返しただけで首落ちかねないっつーに」
「まあ、ライトセーバーもフォースの加護なしには使えないっていうしね」
と、これは武之部コメント。
「だからって、もう少し剣らしく振れっての。見栄え悪ぃぞ」
「うっせうっせうっせ! 重みもない剣でそんな芸当できるヤツがいないっての。どーせ映画だって棒持って撮ってるに違いないぞ」
 ため息が漏れた。
「“そ”んなの使うなよ...めんどくせえ」
 とたん、ビームサーベルが桂介の手から弾け飛び、光を失い筒に戻る。
 桂介の手から離れたため、能力が適用されなくなったのだ。ただの演劇小道具に戻った筒が、桂介の頭をこづいた。
「はい、勝負あり。桂介の負け〜」
 別にどういう取り決めで勝敗を定義していたわけでもないが、審判の武之部希生がそう宣言するのだから相馬の負けなのだった。
 どのみち、そろそろ次の肉が焼ける時間だ。
 もっとも、桂介のみが少し不服そうだったが。
「...てかよイズミ。その力卑怯過ぎじゃないか」
「なわきゃねーよ。デスノートつかえって、デスノート」
「世界観がもたねえよ」
 能力者の能力発現は法則の相転移であり、能力の種類に限らず識空間内の世界観を別世界に変質させることによってこれを行う。
 二個以上の能力が同時に発現する場合も同様であり、この場合は各者の能力が完全適用される位相に転移を起こしている。このとき、互いの能力が制限される等と言うことはない。イメージとしては世界観が重なる訳だが、それによって能力が相殺されたり干渉を起こしたりということは無いのだ。
 また、能力の展開範囲は自分を中心とした極小の認識範囲であり、位相が重なるとその位相差を補完するためにより極小の範囲となる性質がある。
 よって多人数を巻き込む能力は、世界観が拡がらないために「もたない」のである。
「まあ、」武之部希生が草場に落ちたビームサーベルを拾った。
微笑みながら、
「卑怯と言えば卑怯なんじゃないかな。桂介が小道具出しても、コウはそれが言葉一つで奪えるわけだし」
 実際、吉泉は白鳳高校で最強の存在である。能力などと言う小難しい概念ですらない単純力であるため、弱点がないのだ。
 もっとも、なにより実戦経験が段違いということもあるのだが。
 んなわけあるか、と幸輔はまた呟いた。
「まあ、言ってることはわからんでもないけどな」
 肩をすくめる吉泉。
「確かにそういう一面はある。身も蓋もねえ力持ってるヤツには、どうしようもねえ。念じただけで殺せる力を持ってるやつが相手じゃ、俺だって勝てる見込みはまるでねえ」
 コップに入ってきた麦茶が飛んできた。吉泉の手に収まる。
「けどな、それを知ってるだけでも随分違うんもんだ」
 飲み干す。
「イズミなら勝てるって言うのか?」
「負けはしねえよ」
 相馬の問いに、吉泉は不敵に笑う。
「肝心なのは、だ。そういうヤツとはまともに立ち会うなってことだ」






■2006年08月16日(Wed)  風紀部48
 TakeBack'sが先だって肉を食い散らかしていたおかげで、食事の用意は大幅に遅れていた。
 まあ、そもそも本格的なバーベキュー自体がまだだったらしいが。
 刻乃華姉妹と風紀に茜坂倫子がキッチンに入り、残りのメンバーはベランダで涼んでいる。吹雪も手伝おうとしたのだが即座に追い出され、悔し紛れに雪路を追い回している。
 そろそろ日も沈みかけだった。虫の音が風情を通り越してやかましい。
 ふと、季節はずれの蝉がやにわに鳴き出した。季節感を大幅に間違えた蝉の声に一同が軽く驚いていると、音量の絶頂を迎えるかいなかの瞬間ぶつと音が途絶え「なんじゃそりゃあ」とやはり一同で肩を落とすのだった。
 やれカラスに突かれたのだ、やれめぼしいメスがいないから別の場所に飛んだのだと推測が飛び交う中、英鳳はあれが最後の一鳴きだったのかもしれないな、とそんなことを考えた。

 日が沈んだ。

 武之部希生と相馬桂介は共に3−1所属、吉泉幸輔や夜宮吹雪とはクラスメイトである。
 3−1の能力者は、「固有の物体に働きかけ、法則性のある超常現象を起こす」と言う地域性を持つ。
 代表例としては夜宮吹雪の【魔術(リーグ)】が上げられ、この能力は銀色のリングを媒介に様々な自然現象を起こすことができた。
 また例外的に、集団発狂事件前から超能力者であった吉泉幸輔はこの地域性から外れた能力を持っているが、今はどうでもいい。

 相馬桂介の能力【贋作(マッハ・ガジェット)】は、小道具を一時的に本物に換える、と言う力だった。
「とっとと封印して貰いたいんだが...こっち的には」
「そうもいかねえだろ」
 応えたのは吉泉幸輔。
「お前の力は、そこにいるやつらには有用だからな。ほら、アレ作ったらお前最強だぞ」
「...どれだよ」
「デスノート」
「うちの部長の趣味じゃないな」
 ため息を吐いてあっさり拒否する。
 二人は庭――と言っても、江戸時代の村落のように周囲には畑と道と雑草しかないわけだが、足首程度の生け垣によって体裁だけは庭と区切られた空間で対峙していた。
「ん、そりゃどういうことだ?」
「演劇で使った小道具じゃないと無理なんだよ、どういうわけか」
 あっさり答える相馬。弱点をいってるのとほとんど同義の発言である。自分の能力に別段の愛着もないらしい。
「そりゃあれだな。お前さんが無意識に小道具と認める範囲を決定してるんだ。
さもなきゃ、アドリブで何でも作れちまうことになるからな」
「かもな」
 吉泉が、周囲の石ころを浮かせた。
 二人から半径5mくらいの全ての石ころが巻き上がり、吉泉の前で点描の絨毯を作る。
 対する相馬は、ポケットから筒のような物を取り出した。大きさはリレーのバトンと同じだが、どこかオモチャめいた材質でできている。
 無造作に、相馬がそれを振ると筒の先端から光が溢れて棒状に伸びた。
 ビームサーベルである。
「...それ、何の演劇で使ったんだ?」
 吉泉が呆れつつ尋ねた。
「ぶれんでぃ」
 程なくして、決闘が開始された。

■2006年08月15日(Tue)  風紀部47
 バーベキューパーティーのセットなど一人暮らしの貧乏学生が持っているわけが、もちろんないのだが。
 同居人の富田日々好ことみぃは、どこからともなくそれらセットを持ってきてはいそいそと焼き肉の準備をしていたのであった。
「おー、はじめてるぞ」
 生徒会室にいた一同が肩を落としてがっくりしたのも無理はない。
 雪路亜里抄が、肉を溝入の鉄板一面を使って焼いていた。
「あ、亜里抄だー。やー、元気ー?」
 吹雪が両手を胸の前で握りしめて、それから前に伸ばす。
 見境無く抱きつく前の体勢、ようするに風紀のモノマネである。
 雪路が挟んでいた肉を取り落とした。
「ふ、ふふふ吹雪!? あんでここに」
「アリサには言われたくないぞ」 
 バラ肉が並べられた皿も落としたのだが、それは隣の男子二人が受け止めた。
「わーい、亜里抄〜!」
「きゃー!!」
 最強の部長と名高い雪路亜里抄が、か弱い悲鳴を上げて逃げた。
 わーいと言いながら追いかける吹雪。
「雪路ファミリーか。女子二人が見あたらんな」
 全てを無視して、英鳳は背負う下鶴敦四の位置を直した。
「まあ、女連れてくるようなところでもないしな。チリはうるさかったけど」
「長谷川さんは別の興味があったみたいだけど」
 むっつり応じる相馬桂介と、丘の頂上の方を見る武之部希生。
「ふっふ、けど女の比率の方が高いのだよ。見よ、この荘厳たるメンバー」
「え、ええっ?」
 そこには、刻乃華姉妹も足羽円貨も茜坂倫子もいたのだが、風紀が両手で紹介したのは何故か木下紫穂だった。
「ん。このコは...」
 相馬がしげしげと見つめた。
 天然日焼けのワイルド系と一昔前のトレンディ俳優みたいな出で立ちの桂介には、一見強面な印象があるが、面倒見がよく人気も高い。
 まあ、それはともかく。
「ああほら、前の舞台で照明だった子だよ」
「前の? ぶれんでぃ?」
「そうそう、ぶれんでぃだよ」
「謎会話するな」
 風紀がツッコミをいれるが、「ぶれんでぃ」とは前回TakeBack'sが企画した演劇舞台のことである。
 風紀は雪路亜里抄ととことん仲が悪いために、演劇そのものをあまり見ないが、英鳳は時間があればこの手の学生行事は進んで見ることにしている。
 「ぶれんでぃ」も、英鳳も見た演劇のひとつだ。マフィア「ブレンド」率いるコンスタンナ・オーウェンス(主人公)が敵性麻薬シンジケートを壊滅させようと挑むハードボイルドアクション大作だった。途中から何故か吉本新喜劇調のオペラになるという、何を目指したのかさっぱり解らない割りに小ネタが満載という曰く文化祭の演劇のような奇っ怪な内容だったのを覚えている。

 まあ、それはどうでもいいのである。
 



■2006年08月14日(Mon)  風紀部46
 鼻っ柱を叩き折る一撃で、全ては決した。
 下鶴が作り上げた異世界が軋み、悲鳴を上げて砕け散る。
 世界は本来の白鳳高校へと、一枚近づいたのだった。
「【立体円盤(オクラホマミキサー)】...封じさせて貰ったぞ」
「ぐっ、くそっ。出ろ! 回れ!!」
 下鶴が、何度も確認するように息んだ。
「くそっ、くそっ。俺は、俺にはコレしかないのに...」
 そして自分の能力が完全に奪われたことを確信し、崩れ落ちた。
「どうせ、持てあましてたんだろう。あんたと同じだ」
「う...うわあああ。返せ!! 返せよぉ!!」
 涙混じりの叫びを上げて、下鶴が風紀に殴りかかる。
 風紀は、バットを捨て、近づく拳をボンヤリと見つめていた。
 鈍い音が鳴ったとき、下鶴は中尾英鳳に腹を殴られ、気絶していた。
「自分は、あんたよりあんたの能力を識ってたよ。
正直、恐かった。今倒さないと、って思った」
 突然現れた英鳳を無視して、風紀は呟いた。
「今倒さなければ、きっと対処の仕様がない程に強くなるだろうから。
 校庭で、あんたは自分たちに能力を見せたその時から、そう感じてたよ。
あんたはあの時、必要もないのに自分たちに能力を見せた。逃げ回ればいいだけのあの場所で、力を使ったんだ。
 恐かったから...?
 違う。
――試したかったんだ。
 自分の力で人に危害が加えられるかどうかを。
 自分の能力にどれだけの可能性があるのかを。
新しい必殺技を覚えたガキと一緒だ。ただ純粋に自分の可能性を識りたかったんだ」
 赤バットは、青い粘性の光を帯びていた。その光がどんどんと内側へと潜り込んでいく。まるで血が染みこむかのように。
「自分には解るよ、そう言うヤツは強くなる...だから、今封じなければならなかったんだ」


 一時間目はまだ終わっていない。
 ドアを開けて、風紀が生徒会室に闖入した。
「さぼりが多いな。粛清してやろうか」
 三人の視線が風紀に注がれる。
 夜宮吹雪と吉泉幸輔と木下真佐樹である。
「残念、一組は自習よ」
「なにっ、そうだったのか」
 肩をすくめる吹雪と、初めて聞いたと悔しがる吉泉。
「自習なら外に出ていいと思ってるのか馬鹿夫婦め」
 呆れた様子で風紀は手近な椅子にどっかり座り込んだ。
「荒れてるな」
「まあね」
「下鶴と戦ったのね」
「――まあね」
 そのタイミングで、英鳳が下鶴を担いで教室に入ってきた。
 廊下の方を見て、
「あれはなんだ?」
 木下紫穂のことである。
「ああ、ほっとけ。それより、停学はどうした不良高校生」
「するゲームが無くなった」
 下鶴をマットレス(吉泉の私物)に寝かしつけて、むっつり答える。
「それより、今日は早く帰って来いよ。って、みぃが言ってたぞ」
「みっちゃんが?」
 中尾と吉泉、そしてみっちゃんこと富田日々好(とみたひとし)は、同居をしている。
「帰郷祝いをかねて腕によりを掛けて料理を振る舞うって」
「そりゃ楽しみだな」
 吉泉は嬉しそうな声でそう言った。
「誰よ、みっちゃんって」
 吹雪の眉が下がり、険悪な目つきになる。
「へぇ、手料理振る舞うの? その子が、幸輔に?」
 ちなみに、富田→トミー→ミー→みぃ→みっちゃんである。
「う、あ。生徒会長どのに紹介したこと、無かったか」
「無いわねぇ...」
「無かったんだぁ」
「まあ、言う機会なさそうだしな」
 最後の二つは英鳳と風紀である、さっきまで気むずかしい顔をしていたが一連の馬鹿騒ぎですっかり本来のモードだった。
 ちなみに、風紀は富田と面識があるのだが、親友の勘違いを訂正するつもりはないらしい。
「ふうん、わたしも行こうかしら、そのパーティ。ちょうど会いたい人もいるし...」
「来てどうするんだよ。むさいだけだぞ」
「あら、じゃあ真さんと幻さんを誘ったらどう? 華やかになるわよ」
 威圧的な吹雪と、あくまであっけらかんと言い返す吉泉。
 ちなみに幻さんという単語にアクセントが付いていた。
「あの...」
 木下が、おずおずと中尾に尋ねた。一番良識人だと思ったらしい。
 うなづく英鳳。
「なんだ」
「薄々わかってはいるんですけど...」
 英鳳と、風紀も、薄々彼が何が言いたいのか解った。
「じゃあわたしも手料理振る舞おうかなぁ」
「姫さんが料理...ねぇ」
「な、わたしをアレと一緒にしないでよ!!」
「いや、まるっきり存在すら一緒だし。料理の腕も...っていうか知識の量で補えないから逆に」
 そこまで言ったところで、吉泉に向かって水筒やら椅子やら銀色の輪っかが六個ぐらいやらが飛んでいく。
「...あの二人って、いつもあんな感じなのでしょうか」
「そうだな」
「二年ぐらい前からずっとあんな感じだよねえ」



■2006年08月14日(Mon)  風紀部45
「さて、次はなんだろうな」
 もっとも、風紀には予想が付いてた。
 この【立体円盤】では人を殺すことが出来ない。
 この能力は、景観を回転させ歪曲させる能力でしかない。
 だから、回転しても重力の方向は本来の景観そのままで、下水は切断された状態でも流れている。推定ではあるが人体が輪切りにされても普通に生きていることだろう。
 複数のモニターで一つの画面を形成するスクリーンを考えればいい、そのうちのモニターを数個入れ替えたとしても、回転させたとしても、中の画像は変わらず動いている。
 空間を切り取り動かすのではない。ただ見え方を変えているだけなのだ。
 そして、だからこそ【立体円盤】は攻撃には向かない。景色をぐるぐる回して人を惑わせたり迷路を作ったりするのが、関の山だろう。
 ボロステーションの如く二重曲線で空に放り投げてもそこから落ちることはないし、地面の底に閉じこめるように景色を弄っても力を解けば元の位置に戻るだけなのだ。
――いや、
 真に向いていない理由はそこではない。
「つまるところ、想像力と意志が足りてないんだ」
 結果避けたわけだが、さっきの攻撃には確かに殺傷力があった。
 思えば、アレはおかしな能力だ。
 本来衝突しないはずの景色が衝突し圧壊しているのだから。
 おそらく、分離した地面と円盤の接点をギリギリにして回転させ、ズレた部分を叩きつけているのだろう。観覧車のゴンドラからにゅっと金槌を出して、地面の杭に叩きつけるような感じだろうか。回転のギリギリ外に対象を設定し、はみ出た物質を掠らせる。
「なんかそういうのあったな。歯車の上で戦うヤツだ」
 確かに立体円盤で戦うとなると、この方法をまず思いつくだろう。
 だが、それで風紀は彼の創造性の限界を悟った。
 まずこの方法は回避しやすい。最悪回転に巻き込まれるように逃げればいい。
 そしてもっと圧倒的な攻撃方法が、この能力には存在する。
「なんにせよ。止めないとな」
 歯ぎしりして、赤バットを構える。
 景色が流れる。
 円盤が逆回転しはじめてたのだ。5秒後には元の位置に戻る。
 エレベーターよりもよほど速く動いてはいるが、景色が動くだけの能力なので慣性は発生しない。
「こっちから見れば、向こうの風景が動いてるようにしか見えんな」
 独りごちる。3Dゲームのコントローラーを動かしたような感覚だ。
 どうにも地に足がついてない感触で、不安になってくる。
 3、ダッシュ。
 2、バットを握る。
 1、振りかぶって、

――飛ぶ。
 壁に体当たりをする勢いで跳躍した風紀は、次の瞬間、空間が元に戻ったことと、5m先で迫り上がった地面の上に下鶴敦四がボンヤリとした表情で立っているのを確認する。
 まさかタイミングを合わせて飛んでくるとは思わなかったのだろう。下鶴の表情はマヌケの見本品のような表情だった。
「なっ――くっ」
 下鶴の瞳孔が狭まる、目が遠くを見ようとしている。
 その瞬間、風紀は背中に背負ったブルーシートを投げ捨てた。
シートが、下鶴の視線を吸い寄せるように、遮る。
「――!」
 一瞬の動揺。それで十分だった、回転軸が作れなくなった下鶴に切迫する。
「う、うわあああ!!」
 下鶴の絶叫。
 風紀は跳躍し、2m程ある地面の断層を駆け上がった。
 眼前の空気と地面が歪み、無数の円盤が生まれる。
 風紀はそれを無視して、最後の一歩を踏んだ。
 手足同胸腰首顔、それらを輪切りにされながら、
――風紀は下鶴のマヌケづらに赤バットをたたき込んだ。



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