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■2006年08月24日(Thu)
TumbleWit11
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「ぬおおおおぇ。デュー、聞いてくださいよデュー!!」 空っぽのフライパンを片手に涙目の叔母さん。 「お、お、お馬さんが私のパエリアをパエリアをおおお」 指をびしびしと突き付ける方向では、馬が立ったまま寝ていた。 「あ〜」 「私の御飯がぁ、マイディナーがぁあああ」 たかだか馬にパエリアを食べられた程度で本気で泣きわめく29才と○ヶ月。 よく見ればディアストーカーに蹄の足跡がまたできていた。 ――オレもう充分勝ってるんじゃないかな。 フライパンにこびり付いたパエリアの残骸を摘んで食べようとするおばさんを見て、デューはため息をついた。 そのパエリアの残骸を引き寄せて、自分の口に放り込む。 「あ〜〜」 「腹壊すよ。適当に何か作るから」 「ほ、ほんとぉ?」 「本当本当」 さて、何を作ろうか。下手な料理じゃパエリアの埋め合わせにはなりそうにない。 頭の中が献立一色に染まる。 鼻歌が漏れる。 野宿の夜は嫌いだが、こんな時間は嫌いじゃない。 「おばさん、」 「ううう...その呼び方はやめてぇ」 「おばさん、この村、どうなると思う?」 「知りませんよぉ、そんなの」 と、言いつつも、おばさんは夜空を見上げた。 「でも、良くなることは確かなんじゃないでしょうか」 馬に引きずられたおばさんが、保安官事務所を訪れるのは随分後になってからだった。その時間は無罪放免を訴えるだけにしては、ずいぶんと遅かった。 「それが誰がもたらす変化なのかは、今の私たちには知りようがありませんよ」 「かもね」 雪平鍋を手に同意する。 良い夢でも見たのか馬が寝言で嬉しそうにいなないた。 (終わり)
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■2006年08月23日(Wed)
TumbleWit10
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保安官助手は丸まるようにうつぶせに倒れ、動かない。 それを見てデューは立ち上がるのを止めた。手近に落ちていた小石を拾って二三発撃つ。当たっても無反応だったので、その次にデューは馬の尻を撃った。撃たれた馬は驚いて焚き火の方向へ走り出した。 ようやく立ち上がって、ガンベルトから拳銃を引き抜く。無銘のこの銃はエアロと名乗る戦士から譲り受けた危銃で、別名を悪食と言う。 この銃は――その二つ名の通りに――あらゆる弾薬メーカーのあらゆる口径の弾丸を喰らい吐き出すことができた。 最も、今撃つのは空砲である。 闇を振るわせる大音声が響くと保安官助手は転がりながら飛び起きた。 倒れ方が不自然だったので気絶したふりをしているのは解っていた。パチンコ玉程度なら喰らってやり過ごそうと思ったらしいが、銃声を聞いてはそうも考えてられなくなったのだろう。慌てて立ち上がり...そのまま逃げるのかと思いきや、手に持つライフルを撃ってきた。 撃った場所はデューがいた位置だったが、すでにデューは移動している。当たらない。 更にスリングを横面にたたき込むと、保安官助手は今度こそ膝を付いてくずおれた。ダメージが限界を向かえたらしい。 鼻血を噴く顔を押さえる保安官助手。その押さえる手の平をまた撃つ。 悲鳴と降参の声が聞こえたが、デューはそれを無視して走り出し相手との距離を一瞬で盗んだ。ベルトの銃に指を掛けるのを見てその手を銃ごと踏み砕く。生木を折るような感触が靴底から伝わるのに嫌気を感じつつ、男の袖を掴んだ。 そうして体を背負うようにして投げ飛ばした。 結局のところ、デューの行動の何から何まではこの一本背負いのためだけにあった。距離を詰めたいがためだけにあれこれ小細工をしたのである。 前後不覚の状況で見える星空に男が何を見たのかは知らない。 が、地面に叩きつけられた保安官助手の顔は化け物を見たかのように、驚愕に満ちていたのだった。 「...君は勇敢で強い上に、慎重なんだな」 ぐるぐる巻きに縛られた保安官助手は、仰向けに星空を見上げたまま、無感情にそう呟いた。 「師匠が残心を重んじさせる人達ばっかりでさ」 中でも死んだ振りとか降参した振りとか嬉々としてやってくる師匠が一人いたのだ。今現在その人はロンドン市警でも指折りの女性警部として名を馳せている。 馬のいななきと悲鳴が遠くで聞こえた。 察するに馬が焚き火にでも体当たりしたのだろうが、まあどうでもよかった。 「あの馬は、俺の親友の馬なんだ...実習時代に出会った旅人の」 突然、そんな昔話を繰り広げる保安官助手。 デューはそれを東から左へと聞き流した。馬に思い入れがあるのは、言葉や態度の端々で知っていたことでもある。 その旅人である親友とやらの馬を、旅人を死刑にするのが生き甲斐の保安官が所有していたと言うことは、つまりそういうことなのだろう。 推測できたし、実際にそんな話を保安官助手は繰り広げた。 保安官だけでなくこの村も駄目だという愚痴もした気がするが、もちろん聞いてなかった。 パブの客であるならば彼の背負った人生に乾杯でもすることだろうが、男はただの犯罪者だ。感情に訴えるべきは年端もいかないデューではなく陪審員である。 男の愚痴は夜の西風に乗って飛んでいくだけだった。 明らかに嫌気の差した顔を見てか、保安官助手は軽く苦笑を漏らした。 「何か言ってくれよ」 「いや、別に」 苦笑を漏らせば、誰しもが嫌悪を示すとでも思ってるのだろうか。 だとしたらそれは間違いだろうし、むしろそれをツッコむべきかとかどうでもいいことが脳裏に浮かぶ。 「風見鶏、直しておいた方がいいよ」 「あのトリックに気付いたのは、探偵さんなんだね」 「いや、」 単に時限式の射撃装置を仕掛けただけのアレをトリックというのであれば、世のトリック作家がすべからく筆を折ることだろう。 馬を誘導することで確実に保安官を射撃位置に誘い込む手業は確かに技巧的だっが、仕掛け自体はバレれば犯人が誰であるかが一瞬で特定できてしまうと言う欠点を持ったお粗末なものである。 「多分みんな気付くんだと思うけど」 それが告発されるかは、この男の人望次第だろう。まあ、保安官に寄り添って甘い汁を吸っていた一部の人間さえどうにかすればいいのではなかろうか。 そんな杜撰な犯罪の隠蔽のために殺されかける自分たちを思うと、やはり同情する気など欠片も起きないし、気の利いた台詞を言ってやる気など更に起きやしないのだった。 保安官助手の愚痴は更に続く。 そう言えば名前を聞いてない。 「君みたいな勇気があれば良かったんだ...そうしたら」 「勇気ってさ、」 と、男の愚痴が止まった。 しまった、何も言わなきゃよかったと思いつつも、歯切れが悪いので最後まで言うことにした。 「いや、勇気って要はやらなきゃいけないことを行動に移せるか移せないかって事だろ。行動したら勇気がある、出来なかったら勇気がない。 それって、やることやってれば勇気があるってことでさ、まあ良く分かんないけどそんなのに何の意味があるんだよ。別に、」 ――勇気があったらと言って誰かを救えるわけでもなく、何が叶うわけでもなく、金持ちになれるわけでもない。無ければまあもっと無理なのだろうが。 「だいたい、あんたが俺らを殺しに来たそれも“勇気がある”って奴じゃないのか? よかったな、あんた勇気があるよ」 「ち、違う。ゆ、勇気とは勇気とはそんなものじゃない」 「いや、別にどうでもいいけどさ。そんなのよりやらなきゃいけないことがあるし、」 デューは、行方不明だった父を捜すため、多くの師に仰ぎ修行を繰り返した。 それは、デューの生き様の全てだった。父を捜しその面を一発殴ることだけを夢に、デューは歯に血の色が染みこむかのような修練を積んできたのだ。 だが、数ヶ月にその夢は脆くも崩れ去った。叔母さんが、いともあっさりと父の居所を探し出し、彼をフロンティアパブに連れ戻したのだ。 その時に、デューはデューの生きる目標の全てを失った。 「勇気なんかじゃ勝てないだろうし」 それ以来、デューの目標はひどく漠然としたものになった。 理屈は簡単で、だから漠然としすぎている。即ち、自分の目的が奪われたのなら、奪った人間に勝るこでそれに届く人間であったことを証明し、目的達成とするしかない。 デューの目標はそれ以来、サリサタ・ノンテュライトに勝つことなのである。 我ながらしけた願望だけどね、とデューは転がる男に吐き捨てる。 コレだから野宿の夜は嫌なのだった。 妙に青臭いことばかり考えて、喉だけ熱くて空気は寒い。 | | |
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■2006年08月23日(Wed)
TumbleWit9
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銃より矢が勝るというケースは多い。 もちろんそれは、銃の圧倒的な殺傷力と不可避性を半ば無視する上で成り立つ話であはあるが。 例えば「音がしない」「曲射が出来る」「壊れにくい」「ハンドガンと比べれば中距離での命中率に勝る」等がそれであるが、デューはなにより「弾が遅い」ことが矢の利点であると考えていた。 もっとも、デューが扱う武器は矢ではない。スリングショットというゴムで鉄弾をはじき飛ばす武器である。 鍛冶屋のジュニアに制作を頼み、路地裏の男に手ほどきを受けたこのY字のパチンコを、デューは滅多に使わない。 普段は銃を使用しているからだが、だいたい荷物から引き出すのがそこはかとなくめんどくさい。滅多に使うこともないから、珈琲セットと同じく荷物の一番奥に詰め込んでいる。ちなみにこの珈琲セットは旅先の絶景で珈琲を飲みたいとおばさんの我が儘で携行しているのだが、準備がめんどくさすぎて一度も使ったことがない。 スリングショットの固定金具を手首に載せて、グリップを握る。 グリップがウェブリーの銃把と同じ形なのは、それもそのはずで本物のウェブリーの銃把を使用しているからである。ジュニアがウェブリーを分解して作ったのだった。 為、銃床部にはウェブリーJr.と刻印されているのだが、デューはその名前でこいつを呼んだことはなかった。いろいろ忌々しいからだ。 「だいたいなんでウェブリーなんだよ、コルトでもいいじゃんか」 スリングショットを試し打ちする。耳元で爆ぜるようなゴムの音、闇の奥へと鉄の弾が吸い込まれていく。遠くで小石が跳ねる音がした。 相手が馬で近づいているということから、よほど遠くまで追跡する覚悟だったのだろうことがよく解る。あいにくと村から100mもしない場所で野宿しているのだが、これは不運であったに違いない。 まあ、どうでもいいが。 おばさんが居るはずの場所で焚き火の煙と光が上がるのを見てか、保安官助手は馬を止めた。ここなら馬の足音も気付かれないと思ったのだろうが、これもあいにく村を出たあたりでデューもおばさんも気付いていた。耳が良いとかの問題じゃなく、夜はそれほど音が響くのだ。 道の畝に腹ばいに隠れているデューからは10m離れていた。 ハンドガンならまず当たらない距離だが、スリングが当たらない距離ではない。 ただ、スリングは音より早く飛ばないので発射音や風切音は聞かれるかもしれないと危ぶんだが、デューが打ち出した弾はそんな不安を余所に馬を下りた保安官助手の腹部にヒットした。 「もう少し上か」 舌打ちもせずに、二発目を打ち出す。 矢が銃弾に勝るのは弾が遅いことであると、デューは考える。 弾が遅く、一発目の軌道が見えるため、修正が容易なのだ。 見えない弾丸を撃つ銃のプロはともすれば二発目も外してしまうが、ダーツやアーチェリーのプロにはそれがない。 軌道修正を受けて放たれた二発目は、痛みに驚いて硬直している保安官助手のこめかみを穿ち、見事昏倒させた。
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■2006年08月21日(Mon)
TumbleWit8
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「この村は野犬の害に悩まされていていましてね。定期的に空砲で威嚇するのだそうです」 「それ、なにかの伏線?」 枯れ枝を組んで作った焚き火の上で、フライパンがコトコト揺れている。 闇、火の灯りだけが照らす空間、星座を結びたくなるような夜空に、冷え切った硬い空気、白い息を吐いては孤独を感じずにはいられない、昼を忘れたかのような静けさが耳を痛くする。 今更何の感傷も涌かない星空の下で、とりとめもない会話を続けている。 デューは野宿の夜が嫌いだった。 無駄に大人びて、何かを悟った気がしてしまうから。 ただの夜が、まるで掛け替えのない時間であるかのように錯覚してしまいそうで、それが今の自分にとってはどうしようもないほどに恐い。 焚き火を囲んで、おばさんと向かい合って。国に帰れば二度とこんな夜は来ないのだろうなと当たり前のことをつらつらと思う。 そんな思考の余裕が生まれる夜が嫌いだった。 「風見鶏、壊れてたね」 「軸が歪んででしまってましたからねぇ。もともと壊れかけだったんでしょうけど。今日ので決定的に壊れてしまったのでしょう」 等という、おばさんの表情は夕餉のことしか頭にないようだった。魅入られたかのようにフライパンを覗いている。 「今日の御飯は何ですかぁ?」 「口調」 軽くため息をついて、蓋を開ける。湯気が立ち炊きあがり米と肉が香りを立てる。パエリアである。野宿とは言え新鮮な野菜が手に入る距離だったので作ってみた。 「わぁ、良い匂いですねぇ」 目を輝かせるおばさん。 年甲斐もなく鼻をひくつかせ、恍惚としてはしゃぐ。 「欲を言えば魚介類が欲しかったんだけどね」 傍らでくべていた干し肉の塩スープをカップに注いで、手渡す。 「いえいえ、流石酒場の息子。ほんと、連れてきてよかったですねぇ」 「別に酒樽から生まれた訳じゃないんだけど...」 おばさんにとっての自分の存在意義に悩みつつも、自分がいなかったら今頃この人どうしてたんだろうと本気で心配する。藁でも囓ってそうだ。 「むぅ、何か変なこと考えてませんか?」 「いやいや、滅相もない」 村の方角から、馬の足音が近づいてくる。微かな音だが夜の静寂では際だって仕方がない。 今頃旅に出る人間もいないだろうし、これは保安官助手(あるいは代理)が口封じに自分たちを殺しに来たのだなと推測できた。 スープを一口飲んでのんびりと腰を上げる。ふと横を見ると、おばさんがパエリアを皿に盛り分けることもせずに、そのままフライパンにスプーンを突き立てていた。 それを見て「行儀が悪い」と注意し、爪先で地面を蹴る。 「...オレの分、残しといてくれよな」
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■2006年08月21日(Mon)
TumbleWit7
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西風が保安官事務所の戸を叩き、辻風を巻き上げた。 頬をくすぐる空気に熱はなく、見渡せば空は見飽きた感のある夕景のグラデーションで彩られていた。 綺麗には違いないが、自分がどれほど田舎に来ているのかを自覚する景色ではある。今日どこで寝よう。 「もう出立かれるのですか?」 「ええ、お湯とシャツ、ありがとうございました。服は捨ててかまわないので」 買ったばかりのネクタイとシャツに別れを告げる気分で挨拶をする。 ジャケットには流石に別れを告げてないが、人前で着ることはもう無いだろう。 手痛い出費である。 「君とはもう少し話したかった。保安官助手としてじゃなくて、」 人なつっこい柔和な顔で微笑み、握手を求めてくる。血まみれの衣服と靴の手入ればかりが気になってロクに顔も見てなかったが、そこそこ美形だった。顎髭が少しだけ生えているが彫りが浅く総じて若く見える。4,5才上と言ったところだろうか。 デューがその手を取ると、しっかりと握りかえしてきた。 「君は凄い少年だ。何に臆することなく、自分が正しいと思ったことを行える。そんな、強い勇気を持っている。僕も、君のような人間だったらどれだけ...」 目に涙をためて、熱い表情で語りかけてくる。 自分の手にしがみつく保安官助手の姿は、主観でも客観でも誰がどう見ても情け無く見えた。握手した手を話さない様は、まるで「この手から少しでも勇気を分けて貰おう」とでも考えていそうで、正直うっとおしい。 だいたい、この男は勘違いをしている。 「自分は、そんな勇敢な人間じゃないすよ」 手を引きはがして、後ろに下がる。 「アンタだって十分勇敢じゃないか。全部見たわけじゃないけど、あの保安官に何度も意見してたみたいだし」 励ましたつもりだったが、逆効果だった。 男の泣きそうな顔から本格的に涙が零れた。 少しだけ伸びたあごひげから水滴がぽたぽたと零れる。 「勇敢なわけがない。そんなことない。自分にもっと勇気があれば、今頃、この村はもっと発展していたし、誰かの死を嘆く日常もなかったんだ」 今は亡き保安官は、近代文化を執拗に嫌っていたらしい。 年も近いというのに、独裁的な統治をしいて、あたかも西部劇の寒村じみた世界を形成していたのが、あの保安官だったのだ。 そんなだからまあ、誰が次期保安官に選ばれても、今より田舎染みると言うことはありえないだろう。周囲の村落よろしく、徐々に都市の一部として吸収されるに違いない。 そんなことを考えたのはデューだけでもないのか、 「...ふぅむ、近代的になるのが決して良いわけじゃありませんよ」 先ほどから馬と会話し続けていたサリサタおばさんが、ふと横槍を入れた。 「牧歌的でいいじゃありませんか。屋根は低いし空も低い。 風も涼しくて...近代的になって、その代償で風見鶏が止まっては風情も無いでしょうに」 保安官助手(今は保安官代行とでも言うべきか)は無言でそれを聞いていたが、数歩下がって別れの敬礼をして再度こちらを向いた。 「今夜の宿は取られましたか?」 「えぇ。野宿の予定ですよ」 きっぱりと答えたのはおばさんだった。 デューも異論はない。正直な話、村にいる間は宿に泊まりたいのだが(この村にも宿ぐらいあるだろう)、放免されたとは言え犯罪者として扱われた過去がある状況下では貸してくれる宿があるとも思えない。 「今夜は冷えますよ。ほら、空気が澄んで遠くの山がよく見える。この辺りの夜は、零下を割り込むこともざらです。あばら屋でよければ私の家をお貸ししますが」 それは願ってもないことではあったが... おばさんの答えは先刻と同じだった。 「申し訳ありませんが、やはり野宿にします。理由は、お察しください」 ちなみに、おばさんの「お察しください」と言う言葉は「理由を考えるのがめんどくさいので適当に想像してください」と同義である。 頑なに拒む理由が見えなかったが、デューとしても無理にこの保安官代理の世話になることもないなと感じていた。また暑苦しい話をされそうだったし。 「そうですか、残念です...」 言ってみただけなのか、保安官代理はそれ以上勧めることはなかった。 | | |
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■2006年08月19日(Sat)
TumbleWit6
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「ひ、酷い目に合いました...」 保安官事務所に闖入するその人を見て、デューはああと思い出したように頷いた後、 「生きてたんだ」 「死んでなるものですかぁ!」 身体中砂だらけな上にところどころに蹄の跡がスタンプされたおばさんは、自分を縛り付けていたロープを板床に叩きつけた。縄抜けに成功したと言う風でもなく、自然にほどけたのだろう。 「必死で馬さんをなだめて説得したんですからね。ああ、もうなんたることでしょう。髪の中まで砂埃だらけではないですかっ」 それはいつものことである。 見た目はボロよれだったが思ったよりダメージはないらしい、元気だった。 「まったく、馬に引きずりまわされるなんて何年ぶりでしょうか」 「馬に引きずりまわされた経験はあるんだね」 としか言いようがない。 「それより、馬は大丈夫なのでしょうか」 「馬の心配ですかっ、こ、ここここの状況下において馬未満の軽視っぷりとは」 いきりたって叫ぶが、今のはデューの言葉ではない。 保安官助手の言葉である。 「んと。引きずり回されて生きてたんだから、無罪でいいかな?」 めんどくさいがデューは一応聞いてみた。 「いや、そうはいかないよ。執行は延期されてたし、しばらく拘留してもらって再度審議をする予定だ」 「もしかして、保安官が決まるまで待つとか?」 眉をしかめる。地区にも依るが、保安官は概ね選挙で選ばれる。そんなものを待っていたら、デュー達の滞在日数が大幅にロスされてしまうのだ。 「いや、流石に時間が掛かりすぎる。代理人...自分が代わりにやる」 どちらにしても、もう二三日は掛かりそうだ。 事件が好機に転ぶとも思ってなかったが、むしろ悪転している。これではあの横暴な保安官の統治の方が良かった。逃げ切ればそれで終わりだからだ。独裁的で偏執狂的な統治ならば逃げる名目も立つし、牛泥棒で指名手配をするほど連邦警察も暇ではない。 こうして冷静で現実的な対応で来られた方がよっぽど面倒なのだ。 難しい顔でこれからの身の振り方を考えていると、怖ず怖ずとおばさんがこちらの顔を伺って来た。 「デュ、デュー。わ、わたしはどうなっちゃうのですか?」 不安で押しつぶされそうな、まるで人の家のガラスを割ってしまった子供のような顔である。 そんなおばさんに、デューは軽く微笑んで肩に手を載せた。 「大丈夫」 強い口調で頷きかける。 「オレ、おばさんの分もちゃんと観光するからさ」 「見捨てる気満々っ!? デュー、聞いてちょうだいよ、デュー!」 デューは、ああ、今のオレってきっとものすごく爽やかな笑顔をしているだろうな、と思いつつ、 「オレ、帰ったらおばさんに手紙を書くよ」 「しかもそのまま帰郷!!? ひどいですぅ! あんまりですぅ!」 「寂しくないように、日々の出来事とか細かく書いてさ。そうだ、帰ったら真っ先にリンゴの木を植えるよ。ちょうど叔母さんが罪を償い終わった頃に実が成るはずだから、帰ってきたらみんなで食べよう」 「ながっ。わたしどれだけ捕まってないといけないんですか」 「あ〜、盛り上がってるところ悪いんだけど」 保安官助手が申し訳なさそうに。 「言いそびれたというか、言う機会を逃したというか。牛を盗まれた被害者が訴えを取り下げてるんだが...おーい、聞いてる?」 が、もちろん涙目で訴えるおばさんの耳には届いていないのであった。
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■2006年08月19日(Sat)
TumbleWit5
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血生臭い風が、乾いた空気になびいた。 保安官が胸から血を吹いて、二秒も待たずに馬から転げた。 誰もが呆然とそれを見ている。
そんな止まった時間の中で馬に走り寄り、落下する保安官を体全てを使って受け止める人間がいた。 デューである。 圧倒的な体重の差で、押しつぶされるように重なって倒れた。
「狙撃だ!」 地面に倒れたままで、叫ぶ。 その叫びで目の前にいた保安官助手がはっとなって周囲を振り仰いだ。 「全員物陰に隠れろ!!」 悲鳴、そしてパニック。 最初の悲鳴の前に保安官助手が命令したことに、デューは内心安堵していた。 村人達は、我先にと逃げるが、そこに著しい混乱は起きていない。家族はおろか、友人をかばう余裕すら見えた。 大半が近くの酒場に逃げるのを横目で見つつも、保安官から這い出たデューは馬の尻を叩いて「行け」と叫ぶ。 血の臭いに恐慌状態に陥っていた馬は、その衝撃にいななきを上げてがむしゃらにぐるぐる回った後、全力で走り出した。 「きゃぁああああたあぁすけてぇえええええ!」 何やら悲鳴が聞こえたが無視して保安官に向き直る。 打たれた保安官はうつむけで脱力しきっていた。コートの穴から鮮血が溢れ、ワイシャツとを赤黒く染め上げている。 「き、君も...」 保安官助手が何か言おうとしたが、それを手で制す。振った手から血の粒が飛散した。 銃弾は胸を貫通していた。見れば解る、即死だ。脈を取るだけ無駄だろう。貫通痕からしてライフルだろうが、ライフルにしては銃声が妙に大きかった気がした。 仰向けにしようと血に滑る手をシャツで拭うが、ワイシャツとネクタイも血でべっとりと濡れていた。ぬるっとした感触に眉をしかめ、やむを得ずその辺の土に手をつけて即席の滑り止めにする。 無言で片腕を持ち上げ、ベルトを掴み、体を入れ込むようにして仰向けに返す。 どう、と音を立てて上を向く保安官。 保安官助手の顔が一瞬引きつったのを脇に、デューは目を瞑り軽く黙祷を捧げた。保安官の顔は、遠くの何かを凝視したままで固まっていた。瞳孔は散大しきっている。 立ち上がって、思い出すように馬のいた場所へと移動し、馬の高さを想像する。 保安官は撃たれる寸前になにかに気付いていたようだった。 見えた風景には、町の入り口があった。風見鶏がこっちを向いて止まっている。 「な何をしているんだ。そこは危険だ! 君も早く」 「いや、撃たれてるならとうに撃たれてるし」 狙撃手の気配はない。だいたい、狙撃なんてのは撃って目的を果たしたら即座に逃げるのが基本だ。いつまでも現場にとどまる訳がない。 捕まらないために遠くから撃つのだから。 保安官は何を見たのだろうか。あのタイミングならライフルの火を見たのだとしても不思議ではないが。 血生臭い風が吹いている。 湿っぽい風に煽られ、ウィードの塊が右から左へと転がっていった。 転がったあとに、馬の足跡を見る。あの足跡も、いずれ風が掻き消すのだろう。 「あ」 そういえば、おばさんが馬に引っ張られたままだった。 「...まあ、いいか」
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■2006年05月21日(Sun)
TumbleWit4
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デューが思いついた作戦は以下だった。
1:おばさんがひきずりまわされる 2:やがて馬が町の外に出る 3:そこで保安官を襲撃して逃げる
作戦でもなんでもなかった。説得は既に諦めている。 困難なミッションを挑むよりは、より簡単なプロブレムに集中すべきだ。 これは路路裏のおっちゃんの言葉である。 同時に、男ならパーフェクトゲームを目指せと、船乗りのおっさんにも教わった気がするが、今回はそれを黙殺することにする。 まあ、おばさんも花も恥じらう歳じゃないし、生傷の一つや二つ負ったところで大丈夫だろう。
さて、結論から言おう。 市中引きずり回しの刑は行われなかった。
まず、馬が動かなかった。 デューや保安官に説得が通じないと悟ったおばさんが、馬を説得しに掛かったのである。恐ろしいことに、これは効果を発揮した。 たまに馬族の姫であったことを標榜するおばさんだが、その真偽はさておき馬と意思を疎通する能力は、どうやら本当らしい。これまでにも、デューは彼女が馬にお願いをしただけで、馬が鞭を入れたかのように全速で走り出す光景を何度も目にしている。 ざわめく野次馬達。 さらに慌てたのが、保安官とその助手だった。 保安官は、顔を真っ赤にして馬に何度も鞭を入れたが、馬は痛がりこそすれば、走り出すことはなかった。保安官助手が身を挺して止めなければ、馬はそのまま重度の内出血を起こしていたかもしれない。 苦痛に悶える馬を何とか宥めて、助手は保安官に引きずり回しは今日は無理だろうと提言した。そして更に二言三言呟いたときに、それは起った。 不意に、保安官が東の空を見上げた。 何かに気付いて、勢い振り向いた、そんな様子だった。 そして、その瞬間に胸を撃たれ、血しぶきを撒き散らした。 どぅん、と重苦しい火薬の音が遠くから響いた。 | | |
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■2006年05月19日(Fri)
TumbleWit3
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「わーん。たすけてくださいー」 さて、どうしたものか。 「うん、引きずり回されるのも良い経験だよ」 「確かにそうは思いますけど」 思うのかよ。 「でもでもでも花も恥じらう乙女が引きずり回されるなんて絶対間違ってますぅーー」 どうでもいいが、さっきから口調が幼児退行している。よほどせっぱ詰まっているらしいが、正直勘弁して欲しい。 「20代ロスタイムなのに乙女って...さすがに遠慮しようよ、おばさん」 「デュー、聞きなさいデュー! わたしはまだロスじゃないです!!」 「はいは、あと数ヶ月だよね。盛大に祝ってあげるから」 「おのれ〜〜若さが憎いですぅーー」 じたばた喚くおばさんを、周囲の野次馬は哀れみ混じりに眺めている。 哀れめば、自分は救われるとでも思っているのだろうか。 馬鹿らしい。 「別れは済んだか、異邦人」 保安官が、ひどく残忍な笑みを浮かべている。 なるほど、共犯者として自分を裁かないのは、自分が嘆くのを見たいからか。理不尽な理由でした敷物が殺される苦痛に苛まれる様を。 「はい、生き残る温情を与えてくれたことを感謝します」 無感情に言う。 強がっている、と受け取ったらしい。笑みが更に歪んでいく。 まあ、そうとって貰うように振る舞ったので、予想通りだった。 「コレより罪人の裁きを行う!!」
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■2006年05月19日(Fri)
TumbleWit2
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「大体なんで家畜なんて盗むのさ、おばさん」 「信用ゼロっ!? 少しは信じてよぉ」 コートを乱してあられもなく喚くおばさん。 無論、デューはサリサタが家畜泥棒をしたなんて思ってもいないが、どうせ疑われるような何かをしたのだろうと言うことは、この上なく理解していた。 そー言う人なのだ。 「ただちょっと、牛さんが機嫌悪そうだったので容態を見ようとしたら」 「したら?」 「いつの間にか町の外でロデオごっこを」 「途中が少なすぎるっ」 おばさんが言うには、牛が突然に暴れ出したらしい。 それを、保安官助手(と言っても本職はただの馬飼いだが)が見付けて、今の騒ぎとなったらしい。おかげで、酒場でマスターと築き上げた友好関係は犯罪者の連れというレッテルの元一瞬で瓦解した。気のいい親切な人だったのに。 「エエイナニヲイッテオル」 馬に跨る保安官が、大見得を切った。 「イマサライイワケカ、ナゲカワシイゾイホウジン!」 古語のような喋り方、新大陸の鈍り、さらに現地民族の言葉が混じっているらしく時折聞き取れない単語も挟まり、もはやかろうじて共通点がある別種族の言葉とである。フランス語の方がよっぽど理解できる。 ともかく、保安官のやる気は満々だった。今はもう友情を残さぬ酒場のマスターの言葉によると、この保安官は相当な悪党らしい。 権力者らしい権力者もいないこの町で、銃と正義を振りかざし、好き放題やっているのだそうな。一人前に、ゴロツキとの交友もあるらしい。 趣味は縛り首。とは言え、別に人を殺せればなんだっていいらしく、最近は縛り首に凝っていると言うだけらしい。町の人間を縛り首にすると、人口が減るので主に異邦者を捕らえては縛り首にしているそうな。 そろそろ趣味が変わる時期だとマスターが言ってたので、ちょうど趣味の転機に出くわしたと考えるべきだろう。慈悲でもなんでもありゃしない。 「法とジャスティスの守護者であるオレ様は公平かつ寛大だ。生き残っていたら無罪にしてやる」 と、保安官はおおよそそんなことをのたまった。デューの訳である。 まあ、これもとても信用できたものではないことは、デューにでもだいたい解る。実際、縛り首でかろうじて生き残った異邦者に、問答無用で銃撃を加え殺し、「縛り首で生きてたから不死身かと思ったが死んでしまったな。すまんすまん」とそんなことを言ったこともあるらしい。
まあ、大体状況はそんなところだった。 | | |
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