動物も、歌を歌うんだよ、と船医が言う。

どんな歌を歌うんだ?とコックが聞いた。

恋の歌だよ、と船医が言った。


白雪姫の歌
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それは、極寒の冬島に立ち寄った時だった。
ゴーイングメリー号のコックは、食材を調達するために剣豪とその船の船長、
博識な考古学者の4人はその島に上陸した。

おもな戦力全員が船を離れることに、狙撃手は危惧を覚えて
異議を唱えたが、
「航路から外れてる島だし、海賊も海軍も来やしないわよ。」という
航海士の言葉に胸を撫で下ろし、
彼女と、船医、そして彼は船に残り、かくして、
仕事熱心なコックと、それに付き添う剣豪と、
冒険好きな船長の三人がこの島に上陸する運びとなった。



「雪はいいなあ、サンジ!」
船長は、「ポリス―」とやらで、今でも素足だ。
みているだけでも足がかじかむ様な気がする。

「なにがいいんだよ。」と言葉自体は面白くなさそうだが、
口調は楽しげに「サンジ」と呼ばれたコックが白い歯を見せる。

「だって、白いだろ。」
「白いと好きなのかよ。」二人の子供じみた会話を
緑頭の剣豪と、考古学者は、あきれたような表情を浮かべて黙って聞きながら歩いている。

4人が向かっているのは、取りあえず、森と町だ。

「地衣類を採るんだ。」と言って、サンジの手には空の麻袋とスコップが握られている。
「大変ね。」と街中を歩くのに、そぐわない道具を見て、ロビンが笑う。

こういうツンドラ気候の島には 地衣類と言って、コケと植物のあいの子のような
植物があり、冬、草食動物達のエサになっている。
ゴーイングメリー号の船医、トニートニーチョッパー氏の好物なので、
町へ出るついでにそれも採って帰るつもりらしい。


先に町に行けば、買い出しの荷物が邪魔で森に行くのが億劫になってしまうから、
3人はまず、先に森へ向かい、ロビンは一人で街をぶらつくことになっている。

「なあ、ゾロ、お前も雪、好きだよなあ?」とルフィはゾロを振りかえる。
「まあ、雪は嫌いじゃねえが。」

雪を見ると、ゾロ、と言う名の緑頭の剣豪は サンジの背中の傷を思い出す。
それを除けば、「まあ、嫌いじゃねえ。」らしかった。

「そりゃ、好きだろう。クソ寒くても川で泳ぐ馬鹿だからな。」と
サンジは前を向いたまま、ゾロをからかう。

「うるせえ、鍛錬だ。」とゾロは言い返す。
「迷惑な鍛錬だよなあ。それで迷子になってガタガタ震えてるなんてなア、
「マヌケ以外の何者でもねえ。」とサンジは
わずかに顔を傾け、顔の半分だけ、ゾロを振りかえり、目を細めた。

ゾロはその仕草と表情に顔が強張った。

だから、雪は嫌いではないが、好きにはなれない。
雪の色に霞んで、溶けこんで、消えてしまいそうな気がするからだ。

「おまえは見てねえ癖に見たみたいに言うな。」と
ゾロも 子供のような言葉遣いで言い返すことしか出来ない。

「見てねえけど、ウソップとビビちゃんから詳しく聞いたからな。」
「鼻水垂らして、これ以上ないくらいのマヌケ面だったってな。」
「なあ、俺達も見てえなあ、その面をよう。」と
サンジはルフィに同意を求める。

「うん、みてえぞ、ゾロのマヌケ面!」とルフィは毒気なく、
サンジの言葉に相槌を打った。

「川があったら泳げ、クソ剣豪!」


じゃれ合いながら3人は森へと近づいた。

「いいか、ルフィ。どんなにたくさんコケがあっても全部採るなよ。」と
サンジは森に入って、地衣類を採り始める前にルフィに注意を与える。

この島の動物達のための食料を分けてもらうのだ。
群れごとのエサ場になっているだろうから、どんなにたくさんあっても
根こそぎ採ってしまったらその群れが飢える事になる。

「たくさんあっても、一箇所から採るのは 一握りだからな。」と
サンジはくどいほど言って、作業を開始した。

「俺が帰ってくるまでこの場所から動くんじゃねえぞ。」
とゾロとルフィに明らかに高圧的な物言いをして、一人、別行動をとる事にした。

冒険好きの無鉄砲男と天然方向音痴男を引率しているサンジは、
二人を放任するわけにはいかず、結局 そう言う言い方をして
その行動を御するしか想い浮かばなかったのだ。

「何様だ、おまえ」とゾロは面白くなさそうに突っかかってきたが、
「おめえとルフィがこの森を二人でうろうろしたら、遭難しちまうに決まってんだろ。」
「凍死したくねえなら、俺が帰ってくるまでこの辺りのコケを採ってろ。」と
サンジは取り合わなかった。


サンジは、ひとりで トナカイ達の足跡を辿る。

頬に吹きつける風はすさまじく冷たく、思わず首に巻いたマフラーの中に
首を竦めるようにして顔を埋めた。

チョッパーは、冬島に来ると元気がなくなる。
やはり、まだ ヒルルクやくれはとの事を思いだして、
ぼんやりと雪を眺めていることが多くなる。


(・・・無理ねえよな。)とサンジは思う。

くれはの事はともかく、ヒルルクのことは、くれはから
直接聞いた時に、自分と似ている、と思った。

孤独で、辛くて、けれど、逃げ場がなくて、誰からも愛されていない
淋しさのなかから 掬い上げてくれた、その温かさと
心地よさをサンジは 誰よりも良く知っている。

だから、それを失う事がどれだけ 悲しい事かも、想像できる。

チョッパーも、自分も、やっと 手にいれた、安住の地を
夢を追うために飛出した。

だから、雪を見る度に淋しげな目をする チョッパーの気持ちも
判ってやれる。

あんな可愛らしい容姿をしているくせに、これも同じような過去を持つ、
ナミに悟られ、露骨に労わられると
意地を張って、なんともない様な素振りを見せるのも、
チョッパーの「男」としての意地かもしれない。

だから、サンジも言葉でチョッパーを慰めようとは思わない。

こうやって、地衣類を採って、チョッパーのためだけの
おやつにするのだ。当たり前だが、人間は食べられないのだから。

これを食べている間は、一人きりになれる。
その間に、思いきり 昔のことを懐かしんで、涙をこぼすなり、
気持ちを奮い立たせるなりすればいい、とサンジは考えているのだった。


「しかし、この島のトナカイは食いっぷりがいいな。」とサンジは
いくつかの地衣類のポイントを見つけては溜息をついた。

大きな群れのエサ場らしく、かなり 広範囲にわたって地衣類が生えていたらしい
場所なのに、殆ど食い荒らされていて、一人握りどころか
一つまみも地衣類が採れない場所ばかりだった。

ゾロとルフィと別行動をとってから 30分以上経ってしまった。
これ上、二人を放っておくと勝手に移動し始め、
二人揃って 迷子になるに決まっている。

仕方ねえ、一旦戻って別の方角に行って見るか。

サンジはそう呟いて、来た道を戻って行く。
膝まで積もっていた雪を漕ぐ様にして進んできたから、
サンジの歩いてきた道には、足跡でなく、溝が出来ている。

その溝をなぞるように サンジは足を進めている。
さっきよりも随分楽だが、それでも 汗をかく程には体を動かさないと
前へは進めない。

「ふう。」火の着いた煙草を咥えていたつもりだったのだが、
ちらちらと降っていた雪が何時の間にか激しくなっていたので
何時の間にか消えていた。

それに気がついて、サンジは新しいタバコが吸いたくなって、
固く雪が凍っていそうな場所に腰を下ろした。


「ん?」

尻の下の感覚がおかしい。

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