「なまじ、人間と同じ知能と言葉を持っちまったから余計に哀しい思いをしてるかもな。」
ゾロが静かに呟いた。
言葉が喋れる、理解できる、と言う能力は、動物にヒト並の知能を与えてしまう。
「・・・そうか・・・。」サンジも珍しくゾロの言葉にしんみりとした口調で素直に同意した。
母親に二度も捨てられたのだ。
お前など、生まれてこなければ良かったんだ、と言われたと解釈して
落ちこんでいたとしても無理はない。
そこまでの知能はないとしても、母親に憎悪の目を向けられた、
それだけでも 幼いメロディにはかなりのショックだっただろう。
「チョッパーに任せとけばいいんだ。」とルフィは言う。
「だって、メロディを守ったのは、チョッパーなんだもんよ。」
「男だったなあ。すげー、かっこよかったんだ。」
その言葉に、ゾロもサンジも異存はない。
ゾロは見張りに、ルフィは寝るために、サンジはナミの様子を見て、
それから最後にチョッパーとメロディのいる格納庫へ足を運んだ。
ドアを開けようとしたら、獣の声がする。
どうやら、メロディとチョッパーは人間の言葉ではなく、トナカイの言葉でしゃべっているようだ。
(・・・なんか、歌みたいにきこえるな。)
二人の、いや、二匹の鳴き交わす声は どことなくリズムカルで、まるで歌を歌っているように聞こえる。
低く、長く、優しく、チョッパーが歌えば、
メロディが、時折 突飛な音を立てながらも
穏やかな、優しげな声で歌う。
ヒトが判るものではないだろう。
なんだか、邪魔するのは悪いような気がした。
サンジは、そのまま踵を返して 見張り台へ向かった。
メロディとチョッパーのその「歌」を聴いていたら、なんとなく、ゾロの顔が見たくなったからだった。
翌朝。
サンジが「朝食だぞ。」と言いに来る前に、ゾロはチョッパーとメロディのいる格納庫へ行く。
ナミの風邪の具合も気にならないことはないが、彼女達の部屋には、なぜか、サンジしか入れない。
一番、ヤバそうな男の立ち入りを許しているナミやロビンの考えがゾロにはさっぱり
判らないのだが、
ナミは自分たちの関係を知っているし、多分、
サンジが口だけで 絶対自分に手を出さないと確信しているからだろう、と
勝手に予想はしているが、大部分、当っている。
そんな訳で、とにかく 格納庫へ足を向けたのだ。
静かにドアを開くと、チョッパーの傷口を舐めている途中だったのか、
メロディは口から半分、舌を出したまま眠っていた。
その可愛いけれどマヌケな顔を見てゾロは思わず、口元をほころばせる。
チョッパーも、獣型のまま、気持ち良さそうに眠っている。
二匹は、ぴったりと身体を寄せ合っていた。
その様子に安心して静かにドアを閉め、また見張り台に登って行く。
チョッパーは、その日の昼からもう、動き始め、ナミとウソップの薬を作ったり
忙しくなって、メロディを構っていられなくなった。
ルフィとゾロは、例の爆発した船の親子の所へ出掛けて行った。
もちろん、見舞いと言う用件もあるが、
退屈しているルフィがまだ 熱の高いナミやウソップに構うので
どこか外へ連れて行ってこいとチョッパーに言われたからだ。
爆発した原因を調べるだけでも、十分退屈凌ぎになる。
そんな事をして、その日は過ぎた。
夜になっても、メロディはまだ、食事を食べようとはしない。
成長期の子供が2日も絶食したらすぐに衰弱してしまう。
サンジは、塩味をつけたクッキーを焼いて、格納庫に持って行った。
トナカイは、塩を精力をつける、とチョッパーに聞いていたからだ。
いつもなら、甲板に出てミカンの畑で遊んだり、一時もじっとしていない
メロディが格納庫でうずくまったまま出て来ないのだ。
サンジがドアを開け、入って行くと首を上げた。
「おいで、メロディ。」
サンジは壁に凭れて座り、メロディを手招きした。
「どうした、食いしん坊のお前が飯をくわねえなんて。」
サンジはメロディを抱き寄せて、毛を逆立てるように撫でてやる。
「元気がねえなあ。」
メロディは言葉を忘れたように、何も喋らず、だた、サンジの肩に顎を乗せていた。
「あのな、・・・お前はまだ、赤ん坊だから言ってもわかんねえかも知れないけどな。」と
サンジは静かにメロディに語り掛ける。
「俺も親の顔なんて知らねえ。ナミさんも、ルフィも、チョッパーもだ。」
「でも、淋しくなんてねえし、それで落ち込んだ事もねえぞ。」
「普通、親は父親と母親、の二人しかいねえだろ。」
サンジは、喋りながらずっとメロディの毛を掻くように撫でていた。
「でもよ。俺も、ゾロも、ウソップも、ルフィも、ナミさんもみんながお前のお袋サンで、
オヤジのつもりなんだぜ。5人も親がいて、それでもまだ 淋しいか?」
「チョッパーは?」
お、やっと喋ったな、二日ぶりに聞いたメロディの言葉と声に、
サンジはホッとする。余りのショックに言葉を忘れてしまったのではないか、と
少し心配していたのだ。
「チョッパー?」サンジは鸚鵡返しにメロディの言葉を聞き返す。
「チョッパーは、メロディを守ってくれたよ。だから、チョッパーも、お袋サンで、オヤジ?」とメロディはサンジに尋ねる。
「う〜ん、チョッパーは違う。お前のお袋さんでも、オヤジでもない。」と
サンジは言葉を濁す。
「お兄さん・・・?いや、違うな・・・?」
希望を言えば、お婿サン、と言いたい所だが、本人同士がまだまだ
子供なのに 勝手にそんな事を口にする訳には行かず、サンジは
メロディの無邪気な質問になかなか 美味い答えが見つけられず、困惑した。
「メロディは、チョッパーがスキか?」と取りあえず、逆に質問した。
「うん、歌がとても上手だから、好き。」とメロディは即答した。
「歌・・・?」
あの時、二匹が鳴き交わしていた、あの鳴き声の事だな、サンジはすぐに理解する。
「そうか、その歌、歌えるのチョッパーだけだもんな。」と言いながら、
メロディの鼻先に塩味のクッキーを持って行った。
鼻を少し蠢かし、メロディはそれを口にいれた。
ポリポリといい音を立て、噛み砕き、飲みこんだ。
「さ、じゃあ、飯も食えよ。」とサンジはメロディにいつもの離乳食を口に運んでやる。
その夜、全ての仕事を終えてから、
しきりにクシャミをするサンジを気遣い、チョッパーがサンジを診察してくれた。
その時、サンジは チョッパーに、
「なあ、チョッパー、動物も歌を歌うのか?」と聞いて見た。
「動物も、歌を歌うんだよ。」とチョッパーは、恥かしそうに答える。
「どんな歌を歌うんだ?」とサンジは、格納庫の前でチョッパーと
メロディが鳴き交わしていた声を聞いた事も話した。
「恋の歌だよ。」とチョッパーは照れくさそうに答える。
雄には雄の、雌には雌の、どこで覚えてきたかは自分でも判らない、
きっと、トナカイの血肉の中に息づいているものなのだろう。
チョッパーとメロディは その歌を歌っていたのだった。
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