「ん?」

固い雪の上に腰を降ろしたつもりだったが、まるで


なんだ、チョッパーの上に乗ってるみたいなこの感触は?


と、サンジは自分の尻の下を見た。が、雪が確かに積もっているだけにしか
見えない。

怪訝に思って、指先で少し 雪を掻いてみた。

「お?」

サンジの指先に、動物の毛が触れる。
尻にあたる感覚は柔らかく、まだ 生きている動物のようで、

もしかして、食えるか・・?とさらに雪を退けて見た。




「遅エな、あの馬鹿。自分が迷子になってんじゃねえか。」とゾロは
森の中を睨み付ける。

ルフィは、大きな雪の玉を作って、それを積み上げるのに懸命で
ゾロの呟きはどうやら 耳に届いていないらしい。

仕方なく、ゾロはルフィの方へ向き直ってみる。
その大きな雪だるまの顔の中心に、蜜柑ほどの大きさの見たこともない
果物が埋めこまれていた。


「おい、ルフィ。それ、なんだ。」

ゾロはそれを指差した。
食い意地の張ったルフィがこんなところで そんな果物を
口にせず、そのまま持って来ていた事が不思議だったのだ。

「これか?これは、この前の町に寄った時、ナミが貰ってきて、
いらねえって俺にくれたんだ。」と新しい雪玉を作りながら答える。

「これ、悪魔の実なんだ。これ上、化けモノになりたくねえから、我慢して
食わなかったんだけど!!」とよいしょっとっ!とばかりに
巨大に膨れ上がった雪玉を持ち上げ、腕をびよ〜んと伸ばして
一番上に乗せる。

三段重ねの雪だるまが完成しつつあった。

「・・・不細工な雪だるまだな。」とゾロはそれを見上げた。

「うっさい、雪だるさんに失礼だゾ、ゾロ!」
「この雪だるさんは 喋れるんだからな!」とルフィは怒り出す。

「喋れるウ?」とゾロは首を傾げる。

「そうだ、俺がこの雪だるさんに 「ペラペラの実」を食わせたんだからな!」






サンジは尻の下の雪を全部 掻いて見た。

白に限りなく近い茶色の、小さな赤ん坊の、ところどころ血で汚れた
トナカイがそこから現れ、サンジの顔が曇った。

浮き出た肋骨の筋で、そのトナカイが飢えていることをサンジは瞬時に見て取った。


顔を持ち上げて覗きこむと、やや赤みがかった黒目を弱弱しく開く。
そのトナカイの鼻の色が、チョッパーと同じ、青い色をしているのを見て、
もしかしたら、親に捨てられ、群れを追われたトナカイではないか、と
サンジは思った。

「よし、よし。いい子だな。よく、生きてたな。」

話しても判るわけがないのに、サンジはやさしい声で話しかけた。
やはり、相当腹が減っているのか、サンジのマフラーをはむはむと
噛んだ。

いくら 寒いところでも生きて行けると言っても、こんな小さなトナカイが
飢えた状態で雪の下にうずくまっていたら 死んでしまう。

サンジは、自分の上着の前を開け、その小さなトナカイを胸に抱きこんだ。
雪にまみれていても、その鼓動がはっきりとサンジの胸に伝わる。

「よし、よし。」小さな子供をあやすようにサンジは冷えきったトナカイを
安心させるかのように何度もそう言って立ち上がった。

チョッパーに見せれば、きっと助かる筈だ。




「サンジ〜〜〜っ!」


巨大雪だるさんはすでに 4体も完成していた。
5体めを製作中に、森の中から腕を前に組んで歩いてくるサンジを見つけて、
ルフィは大声を上げた。

ゾロはほっと、安堵の溜息を漏らす。
雪のなかで、サンジの姿が見えないとどうしても不安に苛まれる。


「なんだ、サンジっ、それ!」

ルフィは、早速 サンジの胸に抱いているトナカイを見つける。

ゾロもルフィもサンジに駆寄った。
その胸元には、小さな青い鼻の、白いトナカイがぐったりと顔を覗かせている。

「なんだよ、これ。」とゾロは聞いた。


「妙な同情で生かしてやっても、どうせ、死んじまうんだ。放って置け。」と
以前のゾロなら 言っていただろう。
弱いものが淘汰される。それが自然の掟だ。
その仕組みの中に 人間も生きていて、それに逆らうことは
蟻が象に歯向かうのと同じくらい、無謀で無意味なことだ、と、
以前のゾロならそう言い捨てて、そのトナカイを見捨てるようにと
サンジに言っていた。

が、明らかに 衰弱している原因が飢えだとみてとれるそのトナカイを
見捨てろ、とはサンジに向かっては決して言えない。

飢えている相手に与える食料を持っていながら、それをするな、と言うのなら、
サンジの過去を罵倒する事になる。


「腹減ってんだよなあ。食うか?」とルフィは無邪気に
さっきの実をそのトナカイの鼻先に突き出した。


サンジのマフラーに齧りつくくらいだ、そのトナカイは
すぐにその実に食いついた。

「おい、何食わせてんだっ」まだ、乳離れもしていないかも知れないのに
そんな得体の知れないものをいきなり食べさせたルフィに サンジは
薄い怒声を浴びせる。

「ペラペラの実。」ルフィは、あっさりと抑揚のない声で答える。

「なんだ、そりゃ。」とサンジは顔を顰めた。

トナカイはもごもごとその実を咀嚼し、飲みこんでしまった。

3人は、じっとそのトナカイを見つめる。
なにか、変化はないか、と妙に緊張もして来た。


「オイシクナイ。」


「美味しくない」


そのトナカイはいきなり、喋った。
「ペラペラの実」は、人間の言葉を操れるようになる実だったらしい。


ルフィの瞳が 星が飛び出てきそうなほど輝く。
「おおっ喋ったぞオ〜〜っ。」と跳びあがらんばかりに喜んだ。

ゾロとサンジは顔を見合わせる。
「おい、喋ったぞ。」とサンジが呆然とゾロに話しかけてくる。
「ああ、喋ったな。」とゾロも同じような顔で相槌を打つ。

結局、僅かばかり手にいれた コケは全部 そのトナカイの胃袋に納まった。
「まだ小さいし、とにかく弱ってるみてえだから。」
チョッパーの手を借りないと、どうにもならない、とサンジは言った。

「船に連れて帰ってもいいか、船長?」とサンジはルフィに尋ねる。

「いいに決まってる!」と麦わらの船長は白い歯を剥き出して本当に嬉しそうに笑った。

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