サンジがクシャミから、咳をし始めた。
サンジまで風邪を引く、と言う事は、この島で流行している風邪は、よほど、性質が悪いらしい。

「サンジ君、少し横になりなさいよ。私はもう大丈夫。」

サンジの風邪が悪化して行く一方、逆にウソップとナミが回復して来た。
が、ナミにそう言われて、大人しく養生するサンジではない。

「病みあがりのナミさんも素敵だ♪でも、少し、痩せた見たいだから、滋養のつくものを作ります。」と
相変らず、甲斐甲斐しく働く。


一方、ルフィとゾロは、爆発した船のことを調べていたが、何もわからなかった。

(・・・あの素敵眉毛なら、なにか手がかりを見つけるんだろうが。)

ゾロにも、ルフィにも、引き上げられた残骸は、ただの残骸にしか見えない。
ルフィの退屈凌ぎと言っても、あの爆発の仕方は尋常でなかったから、
警戒するに越した事はない。


「明日、また、コケを取りに行くから、付合えよ。」

咳をしながらも、サンジは口から煙草を離さない。

夕食が済み、それぞれが自分の居場所へ戻った後のキッチンで、
少しだけ、時間をずらして食事を済ませたサンジが酒のグラスを傾けていたゾロにそう言った。

「俺とルフィが行って来る。お前は船に残ってろ。」と素っ気無く、だが断定的に応える。

「・・・お前とルフィと二人で行って、帰って来れるのか?」
が、サンジはその意見に首を振った。

「冬の森に遭難しに行くようなもんだ。」
「それに、ルフィには、ウソップと釣りに行ってもらわなきゃならねえ。」


思いのほか、長い滞在になって、備蓄していた食糧が残り少なくなって来た。
この島で必要な物資を購入すればいいのだが、海賊も
山賊も、賞金首になりそうな犯罪者がいないのでは、
金を稼ぐ手段もなく、ナミから預かっている食費も、航海に出る時に
保存できる食料を買う為に残しておきたい。

「病みあがりだけど、もう、大丈夫だって、チョッパーの許可も出たことだし、」
「もう、喋るな。」

サンジが喋る途中で激しく咳込んだので、ゾロは思わず、顔を顰めた。
「煙草も吸うな。」と、食後の一服、と口に咥えていた煙草を取り上げる。

「余計に具合が悪くなるんだよっ」とサンジは新しい煙草を取り出す。
ゾロはサンジの手がライターに伸びる前にそれを取り上げた。

「明日、チョッパーと、メロディを連れていく。それなら心配ネエだろう。」
ゾロは、煙草とライターを即座にハラマキの中に入れてしまいながら、唐突に話題を元に戻した。

「それはいいから、煙草を返せッ。」

サンジはテーブルごしにゾロの腹巻に手を伸ばす。
その手を掴んで、ゾロは力任せにサンジを引き寄せる。

「うあっ。」

テーブルの上の食器が弾き飛ばされ、床に落ちて賑やかな音を立てた。

「煙草、返して欲しかったら、風邪を治せ。」



まだ、ほのかにヤニの匂いのする唇に自分のそれを重ねて、
そして、即座に離した一瞬、ゾロはサンジにそう囁いて、再び 唇を合わせる。

サンジの手が腹巻の中へ伸ばされてくるのを、唇を触れ合ったまま、ゾロは払いのける。

サンジの歯がゾロの唇を 軽く噛んだ。

その刺激にゾロの注意がそれ、サンジの掌がゾロの腹巻の中に潜り込んで来た。

「・・・ふ。」唇を離しながら、サンジはゾロの唇を舌先で少しだけ、舐めて
とり返したタバコをシャツの胸ポケットに直しこむ。


「・・・お前、昨夜、聞こえてたか。」
サンジもまた、いきなり 主語のない質問をゾロに投げかける。

「何が。」
会話を継続させるためなのか、それとも、何も考えずに喋るせいなのか
良くわからないが、サンジはよく、そう言う問いかけの仕方をする。

「チョッパーと、メロディの声、・・・歌ってる見たいな声だ。」
「ああ、聞こえてた。昨夜、お前が来る前に格納庫から聞こえてた奴だろ。」


サンジは頷く。

そして、
「あれ聞いて、お前、なにか、感じたか。」と重ねて尋ねてくる。

サンジは、二人の声を聞いていて、言葉など当然わからないのに
突然、ゾロに会いたくなった。
ゾロの匂いが嗅ぎたくなった。ゾロに触れたくなった。

けれど、自分がそんな気持ちになった事は尾首にも出さず、
何食わぬ顔でゾロに聞いてみた。ゾロも、同じように感じたのかどうか。

「なにかって・・・なんで、来たんだろうって。」と
サンジの質問に対して、あまり明快でない答えをする。

「あ?」意味が全くわからないので、サンジは怪訝な顔をして、
短く、その意味をもっと 詳しく話すようにと促す。

「お前のこと考えてたら、お前が来たから、なんでここに、
こんな寒いところにわざわざ来やがったんだろう、と思っただけだぜ。」と
少しだけ、詳しい答えが返って来た。

そして、即座に今度はゾロがサンジに質問する。
聞いたところで、正直に、素直に言う筈がないと判っていても、
それでもゾロはサンジに聞いてみたい。

「お前、なんで来たんだよ。」

そして、その予想どおり、それに答えず、すぐに質問を投げ返してくる。
「俺のことって、何を考えてたんだ。」

ゾロは、サンジよりも、言葉を知らないだけで、サンジの様と比べ、
自分の気持ちを言い渋ったり、意地を張ったりして言葉を濁したりすることは少ない。

この時も、あっさりと本音を吐く。

「お前の体に触りてえなあ、とか考えてた。」

指で髪を梳いて見たい。
掌で、頬や、首筋を撫でたい。

薄い、汗の匂いを胸一杯に吸い込んで見たい。

言葉には出来ないが、思い返せば、そんな感覚だったと思う。

「ふーん。」

俺もだ、とサンジは言わない。
ただ、
「俺達、獣並なのかもな。」と意味深な笑顔をゾロに向ける。



チョッパーと、メロディの「恋の歌」を聞いて、お互いの温もりが欲しくなるなんて。


理性でなく、生き物の本能に突き動かされている想いだから、
純粋な歌に影響されてしまったのかもしれない。


「白雪姫と王子様の恋の囁きってやつに当てられたって訳だ。」

寒風に晒されながら抱き合った、昨夜の行為を思いだして、サンジは小さく笑った。

「チョッパーがメロディの王子様?」ゾロは吹き出した。

「そうだろ、ほら。」
サンジは、キッチンのドアを開いた。
ゾロとサンジは、耳を済ませる。
波音と、風の音に混じって、
今夜も、チョッパーとメロディの歌声が聞こえてきた。

「チョッパーは、歌でメロディを口説いてるんだ。」
サンジは、冷えた空気が喉を刺したのか、そう言うと苦しそうな咳をする。

「俺には、とても真似の出来ねえやり方だな。」とゾロは肩をそびやかし、
咳をしたサンジの背中を軽く擦った。

「聞いてやってもいいぜ。歌えるもんならな。」とサンジは
皮肉っぽく、だが、珍しく、素直な笑顔でゾロを振りかえった。


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