「聞いてやってもいいぜ。歌えるもんならな。」

嘲笑するように言う、それはサンジが何かを望んでいて、
それを素直に伝えられず、ゾロを煽って、その望みを叶えようとする時の
無意識のうちにする行動だとゾロは知っている。

サンジ自身も自覚しない欲求を ゾロは何時の間にか判るようになって、
そして それを満たしてやった時の驚きと
それでも まだ素直に歓びを現さず、その感情を押し隠そうとして
隠し切れない、そんなサンジから目を離せない。
耳を塞げない。

「メロディみたいに、お前も歌うか?それなら歌ってやる。」

そう言うと、サンジは鮮やかに表情を変えた。
呆れるような、信じられないものを見たような、
意外なゾロの言葉に本気でびっくりしたらしい。

「冗談。お前の歌なんか、聞きたくねえ。」と顔を背けた。
表情の変化で、自分の感情をゾロに読まれたくないと思ったからだ。

「俺は聞きたいぞ。お前の歌。」
ゾロはお構いなく、思ったままを口に出した。
チョッパーがメロディを口説いていて、メロディがそれに応えるのが
雄と雌のやり方なのだとしたら 自分たちの場合、
別にどちらが歌っても構わないわけだ。
喉が腫れている、と言ういい訳が出来るということも計算に入れて
ゾロはサンジに 心の中に浮かんだ思いをそのままサンジに伝える。


ずけずけとなんでも口にするゾロにサンジは言い負かされてしまう。
言葉の数は間違いなく 自分の方がたくさん知っているのに、
それを上手く操ろうとすればするほど
ゾロの真っ直ぐな言葉には太刀打ちできないと思い知らされる。


「歌うわけネエだろ、ボケ。」


まあ、風邪が治ったらなんとか歌わせてやろうと思いつつ、
ゾロはただ、穏やかにサンジを見つめていた。



「38・5分。ナミ、サンジの事を頼むね。」
「任しておいて。私が看護してあげるからにはベッドから一歩も出さないわ。」

翌日、朝食の準備をしたサンジの顔色と状態を見て、
チョッパーはすぐにその場で体温を測り、
安静を申し渡した。

「ナミさんは病み上がりなのに・・・。」とサンジはしきりに恐縮したが、
ナミは愛想良く、
「大人しく寝ててくれるならなんの労力もいらないじゃないの。気にしないで」と
笑った。


ナミとサンジはゴーイングメリー号に残り、
チョッパーとメロディは ゾロと一緒に森に地衣類などをとりに。
ウソップとルフィは海に魚釣りに出掛けた。


チョッパーを先頭に、メロディを真中に、その後ろにゾロが続く。

が、雪の上をすいすいと歩くチョッパーとメロディの後ろは
雪が深くて上手く歩けず、どんどん距離は離れて行く。

昨夜とは違う、チョッパーとメロディにしか判らない声の歌を
しきりに鳴き交わしながら楽しそうに進んで行く。

「チョッパーはメロディの王子様・・・か。」

サンジがふざけ半分で言っていた言葉を思い出し、ゾロは小さく笑った。


コケをとり終えて、帰路を急ぐ。
別に天候が悪いわけではなく、熱を出して寝ているサンジをチョッパーが気に掛けていて、
ウソップとルフィは寒い海の上で釣りをしているから、
船室を温めて待っていないとルフィはともかく、ウソップがまた風邪を引いてしまう、と言う危惧をしたからだ。

「風邪って何?」とメロディはゾロに聞く。
「鼻水が出て、咳が出て、熱が出て、ぐったりする病気だ。」と
ゾロは今 サンジがそうなっている状態をメロディに教えてやる。

本当はサンジも一緒に来る筈だった。
チョッパーがいるからそれなりに楽しいだが、
サンジがいないとおやつの塩ビスケットがないのが メロディは残念なのか、
もしかしたら ゾロが持っているのかもしれないと
ゾロのポケットの鼻を突っ込みながら 
「元気になる?」とゾロに尋ねてくる。

「なる。大体、風邪を引くなんて生意気なんだ。」とゾロは答えて、
サンジから預かっていた メロディのおやつ、塩ビスケットを
上着の内ポケットから出してメロディの口に放りこんでやった。


雪原を歩いていると、海のすぐ側を通る。
砂浜ではなく、防波堤の向こうはすぐに断崖、水深の深い海になっている。

「あ、船。」
メロディが海の方へと視線を向けた。

「ん・・・?」
その瞬間、ゾロは冷たい空気の中に殺気が混じっている事に気がつく。

「あ、ウソップとルフィだ。お〜〜い。」
チョッパーが暢気に人獣型になり、大きく手を振る。

メロディもぴょん、ぴょんと跳ね、船上の二人に向かって
自分達の存在を知らせようとした。


殺気の位置をゾロは探った。ようやく、その方向だけを
確認した、数秒後。いや、瞬きをするかしないかと言うほどの刹那だった。


ウソップとルフィを乗せた船が、まるで大砲で狙い撃ちされたかのように
粉々に吹き飛ぶ。

ゾロがルフィの名を、チョッパーがウソップの名を叫んだ。



「お、ルフィ、あれ、ゾロ達じゃねえか?」
今日の夕食分くらいの魚は取れたので、ウソップとルフィは
ボートの舳先を港に向けていた途中、
ふと横を見ると まっしろな雪原が防波堤の向こうに見え、
そこでチョッパーが手を振り、メロディが跳ね、ゾロがバケツを下げて
突っ立っていた。

「お〜い、ゾロ〜チョッパ〜。メロ〜〜〜。」と二人とも大声で叫ぶ。

(何か、来る)
手を振っている途中、ルフィは唐突にそんな感覚に囚われ、
自分が感じた方向へと目を向けた。

その瞬間、体が物凄い衝撃で吹き飛ばされ、視界の端に
ウソップも海に爆風によって放りこまれたのを捉えながら
自分も海に投げ出される。



「チョッパー、ここで待ってろっ。」
ゾロはそう言うが早いか、防波堤に飛びあがり、
上着を脱ぎ捨てて、断崖から海に飛びこんだ。

悪魔の実の能力者である ルフィが覚えれてしまう前に引き上げなければならない。
そして、おそらく 傷を負っているだろうウソップも出きるだけ早く
助けなければならない。
チョッパーも当然、泳げるわけもなく、自分以外に二人を助けるものがいない。
その事にゾロの意識は集中してしまい、事の元凶である筈の殺気を探る事を忘れた。


「妙なやつを仲間にしたもんだな。」
そんな言葉が聞こえ、チョッパーは人型に変形し、戦闘体制に入る。

防波堤の側の岩陰から サングラスを掛け、真っ黒な、固そうな
髪の毛の男がゆっくりとチョッパーの方へ歩いて来た。

ゆっくりと銃を構える。
その銃口はチョッパーに向けられていた。

「メロディ、逃げろっ。」

男がまるで チョッパーのその声を合図にしたようにチョッパーへ向けて引き金を引いた。

が、その前にチョッパーは野性のトナカイの姿に変形し、
恐ろしいほどの素早さで男に突進して行く。

もう少しで男に届く、と言う距離まで来た時、チョッパーの
胸あたりでいきなり 火の弾と重い衝撃が走った。

それはチョッパーの首の肉と胸の肉を抉り、血が吹き出す体を
雪原に叩きつけるに十分な威力を持った、爆弾の様に思えた。

「・・・な・・・なんだ・・・?」
飛びそうな意識の中、男の銃口が走り去るメロディを狙っているのを
チョッパーは視界に捉える。
が、もう、体が自由に動かない。

「メロディ」と叫ぶ、チョッパーの声と男の手に握られた凶器の銃声が重なった。


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