ゾロも動物は嫌いではない。

まして、まだ赤ん坊の上、可愛らしい口調で喋るのだから、
小さな子供が一人、仲間に増えたような気がした。

危険な航海に連れていくのか、と言う意見は誰も言わない。

この島にメロディを残せば 死ぬ事は確実で、
それならいっそ、船に載せて連れて行ってやったほうが
メロディも幸せに決まっている。

最初、夜もサンジが側にいないと 妙な声を上げて淋しがっていたが、
その役割を1週間かけてチョッパーに引き継いだ。

ただ、メロディとチョッパーの寝床が格納庫に設えたので、
いつもの蜜事の場所がない。
それがゾロにとっては少々困ったことなのだが、
それでも 冬島の海域でなければ 甲板でも見張り台でも
ミカンの木の下でもどこにでも場所はあるのだから、少しの間の辛抱だ、と
思う事にした。


「メロディも運動不足になるから、外出しようよ。」とチョッパーが
言い出した。
もちろん、ルフィは大賛成だ。

「サンジ、弁当、弁当!」と早速やかましい。

ナミは風邪気味で、ウソップも同じように鼻から水を垂らしている。

冬のピクニックは ルフィ、ゾロ、サンジ、チョッパー、それと
メロディで出掛ける事になった。

船を降り、港をぬけて町の方へと足を進ませる。

白いトナカイを連れて歩いていると、この島の人間が珍しいものを
見たような眼差しを向けてくる。

「お父さん、白いトナカイだよ!」と小さな男の子が
体格のいい、父親に向かって嬉しげな声を上げている。

「ねえ、おにいちゃん、触ってもいい?」と年のころ、7歳か
8歳くらいの男の子がルフィに近づいてきて、メロディを指差して尋ねる。

「おう、いいぞ!でも、怖がらせちゃダメだぞ!」とルフィは快く
触らせてやった。

「すみません。」その子の父親が駆け足で近づいてきて、平伏するか、と思うばかりに
頭を下げた。

ゴーイングメリー号は、海賊旗を掲げたまま 港に停泊している。
その船から降りてきたのをどこからか見ていたのか、それとも
もう、2週間もこの島に滞在しているせいで、
噂が広まったのか、
その少年の父親は ルフィ達のことを海賊だと知った上で恐れ、
怯えていた。

「いいよ、トナカイに触るくらい。」とルフィは機嫌良く白い歯を見せて
その男に笑顔を見せた

それがきっかけで、ルフィとその親子はすっかり仲良くなり、
どうして、白いトナカイに少年が触れたがったのか、
海賊だと知っていていても、息子に白いトナカイを障らせたかったのかを
聞くことが出来た。

「白いトナカイは、航海の守り神、と言われてて、それに触れたものは
海の災難に遭わないとされているんです。」

この親子は近隣の島に生活の物資を届けたり、病人を大きな島へ
運んだりして 船を操って生活していた。
だから、白いトナカイに触れたかったのだ、と言うことだった。

「へえ、じゃあ、メロディをつんでると俺達、グランドラインでも
もう、嵐にあったりしなくて済むかもな。」とルフィは
嬉しそうにメロディの頭を撫でた。

その親子は、すぐに出発する、と言う。
「こんなに天候が悪いのに?」とサンジが空模様と風を見て、
眉をひそめた。

「いえ、となりのほら、あの先に島陰が見えるでしょう、あの島に
届け物をするだけだから、大丈夫。この海域では、この季節、
天気がよくなる日は殆どないですから。」と
少年の父親は雪焼けで真っ黒になった肌の中から
鮮やかに光る涼しげな瞳を細めて笑った。

「明日の昼には帰ってきます。折角お知り合いになれたんです、
家内の料理でもご馳走しますよ。」と快く言って、
その親子は 自分達の船に乗り込んだ。


碇を上げて、進み始めたので ルフィ達はまた
町の方へと足を向けかけた。

ゾロがふと、立ち止まって海上を滑るように進む その小さな船に
目をやった。

最初、ルフィと二人でのっていた船よりも少し大きいくらいだが、
ボートに毛が生えたような、そんな船だ。

なにか、ひっかかる。
なぜだろう、とゾロは他の者がどんどん先へ進んで行くのに、
立ち止まってその船の様子をジッと見ていた。

舵も、帆も、別に異常もありそうもないし、船底に穴が開いてるとか
そう言う風でもない。

(・・・気のせいか)と思い返して、ゾロが足を進めたその時だった。


その船が、まるで大砲に打たれたように一瞬でこなごなに吹き飛んだ。
距離がかなり開いていたせいで、その音は目に飛び込んできた映像よりは
地味だったが、それでも、その音は先を歩いていた
ルフィ以下、全員の耳に届いた。


サンジが躊躇なく、水に飛び込んだのがゾロの目に映る。


ルフィもチョッパーも泳げない。
自分か、サンジが行くしかないが、冬島の海だ。

だが、ゾロも刀を地面に投げつけるように置き、その冷たい海に飛び込んだ。

「ルフィ、俺達はボートを出すんだ!」と
チョッパーが人型に変形し、ルフィに怒鳴った。

思わぬ出来事に、メロディが身を竦ませている。
チョッパーが変形できる事は知っているが、人獣型と本来の
トナカイ型しか知らなかったので、驚いてしまったのだ。

港に停泊していた小さな帆船に、ルフィとチョッパーは勝手に乗り込んだ。

「メロディ、来い!」
赤ん坊のメロディを港に一人、(一匹)放置して行くわけには行かず、
船の上から港に立ち竦んでいるメロディにルフィが叫んだ。

だが、船と港の突堤からは少し距離がある。
そこを飛び越えないと、メロディは海に落ちてしまうし、
万が一落ちてしまったら ルフィもチョッパーも助けられない。


サンジとゾロは夢中で泳いだ。
ゾロは、爆発の瞬間を見ていた。
助かっているならば、海に投げ出されている筈。
父親の方はともかく、少年の方がこの冷たい海に怪我をした状態で
投げ出されていれば、一刻の猶予もない。

泳ぎはサンジの方がずっとゾロよりも達者だ。

その場所へ辿りつくのは当然、サンジの方が早かった。

ゾロと同じ考えだった。
海の上に散らばった船の破片とその積載していた荷物の残骸の中から、
少年と父親を探す。

それらの下敷きになっていたら、凍死よりも窒息するかもしれない。

大きな残骸をとにかく退けて、少年を探した。



ゾロがその場所に泳ぎついた時、サンジは一番大きな
船の破片の上に少年の体を引っ張りあげて、蘇生術を施していた。

父親の方は、血だらけになりながら 必死で木片にしがみついていたのを
ゾロが探し出した。

「おい、しっかりしろ。」とゾロは耳元で怒鳴った。

「息子・・・息子は・・・・。」と弱弱しい声でゾロに尋ねる。

積み重ねた経験から、ゾロはその少年の父親は 致命傷を負っていない、と
判断した。けれど、出血を止めないまま 海にさらされていたら
助かるものも助からない。

サンジが掛り切りになっている少年も同じ事だ。
一刻も早く、海から揚げ、体温を確保しなければ死んでしまう。


「メロディ、来い、早く!」

ルフィが何度か 怒鳴っても、メロディは港から飛出せない。
腕を伸ばしてメロディを掴まえればいいのかもしれないが、
ルフィも焦っていて、そこまで頭が回らない。

チョッパーは、その船を操るための作業で手一杯だ。

「メロディ、早く来ねえと置いて行くぞ!」

置いて行かれたくない。
一人なりたくない、とメロディは 必死で思った。

気がついたら、海の上を高く、跳躍し、ルフィの胸元に飛びこんでいた。

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