男はそれなりの航海技術を持っていた。
特殊な体質を持っていたので、BWが壊滅した後、海賊をしようと
海に出たけれど、仲間になる者もなく、
また、誰かの指示に従わねばならないのなら、どこかの海賊団に
入るのも真っ平だった。
男は、一人でグランドラインをさ迷った。
海賊とも、賞金稼ぎとも違う、中途半端な孤独な犯罪者だった。
海賊を襲い、商船を襲い、金に困る事はなかったが、
世界中で誰も彼の名を知らず、彼の名を呼ばず、
飢えているのは人との交わりだった。
どこにも居場所がない。どこにいても、一人きり。
そんな生活の中で男の性格はどんどん歪んで行った。
幸せそうな人間を見ると 無性に憎くなる。
愛されて、笑っている様な人間が一番憎かった。
家族、恋人、仲間、なんでも良かった。
愛した人間が目の前で死んだ時の人間の反応を見るのも楽しい。
また、愛した人間を殺す替わりにお前を殺す、と言った時の人間の反応を見るのも
楽しい。
結局、人間は自分が一番大事で、一番可愛い。
だから、自分一人さえいれば 生きていけるのだ。淋しがる事などない。
そう、どうしようもなく人を求める心を誤魔化すために
無駄に多くの人の命を奪った。
この島のあの、仲良さげに働く親子を見た時、ただの気まぐれで
自分の体から出たクズを雪に丸めて船に向かって投げた。
天候が安定したらこの島を出るつもりで、その能力を使って、
この島にいる間、退屈凌ぎに暢気に暮らしている島民を怯えさせようとしたが、
町をぶらついていた時、緑頭に刀を3振り腰に挿した男を見掛けた。
そして、真冬に麦わら帽子を被った男も。
(ロロノア・ゾロ!モンキー・D・ルフィ!)
こんなところで、と驚愕した。
復讐する、と言う考えは浮かばない。
あのクロコダイルを倒した男達だ。自分一人で叶う訳がない。
すぐにでもこの島から逃げ出したかったが、
自分の船の装備と腕では 冬の海に沈みに行くような者なので、
麦わらの一味がこの島にいる間は大人しくしていよう、と息を潜めるように
生活していた。
が。
もしも、チャンスがあるなら復讐を、と彼らの動向を伺っていた。
メロディ、あぶないっ。
チョッパーが叫んだ。
その声がメロディの耳に届いた時、後ろ足付近の雪が轟音とともに
高く吹きあがった。
その勢いにメロディは足を取られて転倒する。
チョッパーは必死で立ちあがり、銃をメロディに向けている男に
向かって体当たりをするつもりで駆け出そうとしたが
体に力が入らず、スピードが出ない。
メロディは転倒したけれど、弾かれるように立ちあがり、
また、駆け出した。
サンジに知らせなきゃ、サンジに!
ゾロは海の中から、物凄い速さで沈んで行くルフィを掬い上げる。
水面に顔を出させて、頬を張り飛ばすと目を開いた。
が、足の着くところまで泳いでいかない事には ルフィを助けた事にはならない。
「ゾロっ。ウソップ、ウソップは?」
海の中にいる所為で、いつもとは比べものにならないほど
弱弱しいルフィがまず、ウソップの安否をゾロに聞く。
「わからねえ。とにかく、お前を引き上げてから探すっ。」とゾロは
波の音と風の音と自分達の体力を恐ろしい勢いで
奪って行く海の冷たさに負けない様 大声で怒鳴った。
「それじゃ、遅いだろっ。離せ、ウソップを探せっ」
「馬鹿野郎、暴れるなっ俺まで 溺れるだろうがっ」
能力者を助けるのには 普通の人間を助けるよりも倍の体力が必要だ。
浮力がなく、沈みたがる体を引っ張り上げるのだから、
並大抵の事ではない。
それなのに、暴れられたら 助ける方も一緒におぼれてしまう。
ゾロとルフィは派手に水飛沫を上げながら、押し問答をしていた。
その二人の目の前に、ぬ〜っと細長い鼻が浮かんでくる。
ゾロはすかさず、それを鷲掴みにして力任せに引っ張った。
「「ウソップっ!」」
「ナミさん、なんか言いました?」
熱を出しているサンジの側でナミは サンジの料理の本を暇つぶしに
読んでいた。
眠っていると思っていたサンジが目を開いてこちらを見ている。
「なにも言ってないわよ?夢でも見た?」とベッドの側に近寄り、
サンジの額のタオルを外して、手を置いた。
「あんまり下がってないわね。」
「すいません」
熱が下がらないのはサンジの所為ではないのに謝るのが可笑しくて
ナミは小さく呆れたように笑った。
「・・・あれ。」サンジが起きあがった。
ナミもサンジが起きあがった理由が判ったので咎めない。
「メロディの声がしたわよね・・・?」とサンジに同意を求める。
サンジは黙って頷いた。
階段がなければメロディは船に乗ることが出来ない。
メロディは、港から出せるだけの声でナミとサンジの名前を叫んでいた。
サンジは上着を引っ掛けて、ナミもそれを止める暇もなく
二人でメロディの声の方へ走って行った。
ルフィを背負い、ウソップの鼻を掴んでゾロは必死で泳いだ。
が、その目の前で大きな水飛沫が上がった。まるで、大砲の弾が着水したかと思うほど、
巨大な水飛沫はあっという間に3人を飲みこむ。
「あっはっはっはっは。いい気味だ。溺れて死ね。」
海に向かって、もとBWと言う秘密結社のミスター5と呼ばれていた
ボムボムの実の男が心底愉快そうに笑っている。
チョッパーは既に雪を真っ赤に染めて横たわっていた。
遠のく意識の中でメロディが無事に港へ辿りついている事を祈っていた。
ナミとサンジはメロディを先に走らせ、その後ろを
走っていた。
「サンジ君、大丈夫?」
船で寝ていろ、と言ったところで大人しく寝ているサンジではない。
言うだけ無駄だが、走りながらも咳をしているサンジを気遣わずにはいられず、
ナミは 「天候棒」を組みたてながら声をかける。
喋っても上手く声が出せないサンジは笑って頷く。
片方しか見えない瞳が潤んでいる様子から、今だに高熱を体に孕んでいる事が
伺えるが、どうしようもないのでナミはその笑顔に
やはり、笑顔で頷くしかない。
「・・・まさか、あの男じゃないでしょうね。」
ナミは口の中で呟く。
もしも、「ボムボムの男」だったら、サンジでは勝てない。
サンジが攻撃を仕掛けた瞬間、その部位を起爆させられたら
サンジの足は吹っ飛んでしまう。
ナミは走りながら、もしも、の時の戦闘パターンを頭に浮かべながら
走った。
「しぶといな。」海を見ながらボムボムの男は呟く。
そして、背中にまだ 殺気を感じた。
「許さないぞ、お前っ・・・。」
喉から、いや、体のどこから出血しているのか もう、判らないほど
血だらけのチョッパーが蹄で雪を掻きながら
鋭い角をボムボムの男の方へ向けて、大きく、「ブーッ」と威嚇の声を上げた。
チョッパーの雄トナカイとしての本能が頭を持ち上げてくる。
角のある草食動物の中で最も 勇猛で最も 獰猛なトナカイの血が
ざわめく。
自分の縄張りを、仲間を守るために
一度戦い始めると死ぬまで止めないトナカイもいるという。
「無駄だ。」男が無造作に鼻の穴に指を突っ込み、そこから出た体のカスを
指で弾いた。
が、それより先にチョッパーは高く跳躍している。
雪に着弾し、爆発した時の風に煽られ、バランスを崩しながらも
チョッパーはなんとかボムボムの男のすぐ側に着地し、
頭を低く下げ、躊躇いなく男に角をつき立てる。
手応えが有った、と思った瞬間、チョッパーの顔面で男の体が爆発した。
その衝撃よりも、一瞬の酸欠でチョッパーは意識を完全に失って
崩れるようにその場に昏倒した。
「ふん。」男は鼻で笑い、銃身の長い銃に息を吹き込んだ。
「さっさとくたばれ、」波間に漂う、船の残骸がロロノア・ゾロと
彼が救おうとしている二人の海賊の姿を隠していたが、
男は構わず、めくら滅法、気違い地味た笑い声を上げながら、
海に起爆する息を篭めた弾丸を打ち込んで行く。
(くそっ岸に近づけねえ。)
瓦礫に身をかくしながら 不必要に重いルフィを背負い、意識をなくし、
怪我をしてその傷を海水に晒しているウソップを庇いながら
ゾロは岸からの砲撃をなんとか避けていた。
が、どんどん沖へと流されている。急がないとルフィはともかく
ウソップの命が危ない。
「サンジ、ナミ、あそこ!」メロディの叫び声にボムボムの男が振りかえった。
ナミの顔が引き締まる。
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