「メロディ、ダメだよ!」
頭を低くし、蹄で雪を蹴る、雌トナカイのその仕草は子供を守るための突撃姿勢の準備運動だ。

メロディのような、小さなトナカイがまともに食らえば死んでしまう。

チョッパーがメロディを突き飛ばしたのと、その横っ腹に
雌トナカイの頭突きが炸裂したのと、殆ど同時だった。

チョッパーが雄のトナカイだと言っても、母性本能に駆られた
雌トナカイの渾身の一撃をまともに食らっては、一たまりもない。

ゴツっという鈍い音の割りに派手に雪煙があがった。

「チョッパーッ。」側まで雪を掻いて走りよって来たルフィが大声を上げる。
こと、仲間が傷つけられたら黙っていられないルフィは

「この馬鹿トナカイめ〜〜!!」と拳を振り上げた。
ルフィの腕なら、十分にその母親トナカイの横面を殴りつけられる距離にいる。

が。

「ダメだ、ルフィ!!」

チョッパーは、ルフィの暴挙を大声で止めた。
これは、母親トナカイにとって、当然の行動で責められる事ではない。
動物には動物のやり方がある。

チョッパーの気迫に、ルフィは拳を収め、事の成り行きをじっと見つめる。

ヨロヨロとチョッパーは立ちあがり、その雌トナカイの前に荒い鼻息を吐きながら歩み寄る。

お互い、頭を低くし、「ブーッ。ブーッ。」と鼻を鳴らして 母親は茶色の子供を、
チョッパーはメロディを トナカイの言葉で 後ろに下がれ、と命じる。

二匹の子供たちは その声に従い、お互いの保護者の後ろに回る。

大事な物を守るためのにらみ合いが続く。
母親トナカイの蹄がまた、雪を粗く削る。

(・・・所詮、母性本能には勝てない。)チョッパーは強く感じた。
メロディを守るためにどんなに気迫を込めても、相手を攻撃し、傷つける事に躊躇いがある。

「ブーッ」が、低く、チョッパーはもう一度、威嚇の声を上げた。
それは、母親トナカイが子供を守るために出す、警戒音ではなく、
雄のトナカイしか出さない、生存競争のための警戒音だった。
それはチョッパーが本能的に出した、最大の威嚇になった。

腹に力を込め、その唸り声を上げた時、脇腹がズキズキと痛んだ。

じっとにらみ合っていた、母親トナカイが目を逸らし、首を森のほうへと向けた。

そして、身を翻しながら、子供を呼ぶ、「ブーッ」と鼻を鳴らして森のほうへと駈けて行く。

その静かな攻防の一部始終を見ていたルフィは思わず、溜息を漏らした。
知らず、息を飲んでいたのだ。

チョッパーは、クタクタとその場に倒れこみ、人獣型に変形して雪の上にうずくまった。

「チョッパー!大丈夫か?」ルフィはすぐにそのチョッパーを抱き上げる。
「いててて・・・。大丈夫。多分、打ち身だよ。」と顔を歪めながらも、ほっとしたように笑っている。

メロディは、じっと、母親トナカイと自分の兄弟が消えていった森を見ていた。


二度も母親に捨てられたメロディにチョッパーも、しばらく声が掛けられない。



「だからあ。俺はツマミがねえと飲まないっつってんだ。」と雪の上にサンジはいい気分で寝転がっていた。

「もう1本あるだろう。寄越せよ。」とゾロはバスケットをあけて、まだ 空いていない酒を取り出そうとした。
そこへ、サンジが丸めた雪玉が飛んでくる。
ゾロの手にぶつかって、それは簡単にさらさらと崩れた。

「俺が飲まないのに、なんでてめえが飲むんだ?ああ?」
「てめえこそ、勝手に酔っ払っていい気分になってんじゃねえよ。」

ゾロはコンビーフをルフィにやってしまった事を少し後悔した。
ツマミがないと、サンジの酒のピッチが異様に早く、ほぼ一気に ラム酒を1本
開けてしまい、それから
どうにも扱いにくい酔っ払いになって始末に負えないのだ。

ゾロは言わずと知れた、酒豪だから全く酔っていない。
それだけに、酔っ払いの世話などこの雪原の上でしたくもない。

「折角の雪見酒だってのに、興ざめだぜ。」と愚痴りながらも
勝手に酒瓶を開けて口のみする。

サンジが雪の上に仰向けに寝転がり、黙って空を見上げている。
酔っ払いだから、つい、さっきまで騒いでいたと思えば、急に黙りこんだりする。
それにいちいち付合うのも 面倒だが退屈はしない。

今度は何を言い出すのか、とその姿をじっと見ていた。

雪がちらちらと舞い降り、髪や顔に振りかかる。
上空の気温が少し高くなったのか、随分と大きな、綿のような、
白い羽根のような雪がどんどんサンジの体を覆って行く。

なんだ、なんで払いのけネエ?

蜂蜜色の髪がすっかり雪に覆われて、始めてゾロはサンジが寝てしまった事に気がつき、慌てて
 抱き起こした。

「凍死するぞ、馬鹿。」

髪や、顔についた雪を払い、そっと木の下まで運んだ。
酔っ払って、好きなところで寝るのは確かに気持ちのいいことだが、
なにも折角二人きりの時間に寝ちまうこともネエのに・・・と
ゾロはふう、と一つ溜息をついた。
ひとりで、ちびちびと雪とサンジの寝顔を見ながら 酒を飲む。

最後の1本をちょうど開けた時、
「ゾロ〜〜〜、サンジ〜〜〜〜。」

遠くでルフィの声がした。
かなり小さな声だったが、サンジがその声で瞼をゆっくりと開ける。

そして、大きなくしゃみを何度もした。
「う〜、クソ寒いな。」と身体を一つ、大きく振るわせると立ちあがる。

「ルフィ!お?」

サンジのその訝しげな声に、ゾロもサンジが見ている方向、丘の下のほうへと
視線を向けた。

ルフィがチョッパーを胸に抱いて、その後ろをメロディが首をうな垂れてトボトボと歩いてくる。

「・・・なんだ?なにかあったのか?」と言うゾロの呟きに
「とにかく、迎えに行ってやろうぜ。」サンジは即座に答え、二人同時にルフィ達へと駆寄った。





「打ち身だよ。すぐに直るから。」
チョッパーは自分で自分の診断をする。

ナミとウソップの風邪も本格的になり、二人とも熱を出して寝こんでいる。

チョッパーはゆっくりと寝てもいられない。
が、やはりズキズキと骨が軋むように痛むので、とても起きれない。
そのチョッパーの傷をメロディが一生懸命舐めていた。

「ナミさんとウソップのことは任しとけ。」とサンジが言っているし、
明日には脇腹の腫れも引くだろう、とチョッパーは今晩だけ
安静にしていよう、と決めた。

サンジとゾロは、チョッパーの傷のことをルフィから聞いた。

誰も悪くない、事故のような物だ。
チョッパーの怪我も対した事がなさそうだが。

「メロディが飯をくわねえんだよなあ。へっくし!」と
サンジは キッチンでメロディの食べ残しをルフィとゾロに見せる。

「美味そうだな。」とルフィは指を突っ込んで拭い取り、一口口に含む。
「まずっ」とすぐにそれを吐き出した。

「当たり前だ。コケと粉末ミルクを混ぜたもんなんだ。人間の食いもんじゃネエ。」
「けど、ちゃんと不味いってわかるんだな。ホッとしたぜ。」
サンジは呆れながらも、ルフィに人間並の味覚がある事に安堵した。

自分が人間用に作った物と、トナカイ用に作った物とが同等に感じられるような
味覚の持ち主の為に腕を振るうのは虚しすぎる。

「なまじ、人間と同じ知能と言葉を持っちまったから余計に哀しい思いをしてるかもな。」

ゾロが静かに呟いた。

トップページ   次のページ