北東北6泊7日の秘湯巡り (その2)
4日目
2泊した乳頭温泉郷から再び国道341号線で北上、途中、日本一の湯治場・玉川温泉に立ち寄ってから、本州最北端の青森県に向った。

  玉川温泉 (秋田県)
十和田八幡平国立公園の西南、活火山・焼山の麓、標高740mに位置し、周囲の白茶けた山稜からはもうもうたる湯煙が上がっている
河床の中に木製の樋が何本も上流からつながり、その中を生れたままの温泉が流れていく。温泉の川だ。
ゆるやかな坂になっている遊歩道を歩いていくと源泉の「大釜」に至った。湧出などという生易しい表現では、不十分。
泉温98度、しかもPh1.2という日本一の強酸性温泉が,音を立てながら、1分間に9,000リットルも噴出している。地球の鼓動を感じさせる強烈な風景だ
玉川温泉は、一本の源泉湧出(自噴)量、Ph1.2の強酸性、効能を信じてくる湯治客の多さ、これらがすべて日本一の温泉地・湯治場だ。
「大釜」は間欠泉などといったなまやさしいものではない。四六時中、湯が噴出している様子が目の前で見られる。
遊歩道風景
玉川温泉独特の風景、ゴザを持って岩盤入浴に向う。
温泉の川
大釜の前で横たわる湯治客
部屋数231室、最大収容人員800人以上(推定)、一つの町だ。
総檜造りの男女別大浴場は、、天井の高さが15mもある広々としたもの。温泉が日本一の強酸性なので、入浴は文字通り浸かるだけ、傷があったり目の中に入ったら強い痛みを感じるので要注意だ。
肌が弱い人は、源泉を半分に割った浴槽に入る方がいい。
玉川温泉から時間短縮のため、一時、東北自動車道にのり、その後国道103号線で十和田湖に向う。
国道103号線。ブナの林の柔らかな日差しの中を車は進む。。
●十和田湖
十和田湖のシンボル・乙女の像
●奥入瀬渓流
海抜400mにあるわが国第3位の水深(326m)、二重カルデラ湖.だ。
十和田湖から奥入瀬川が流れ出る「子ノ口」に到着した。ここから焼山までの14kmが、東北有数の景勝「奥入瀬渓流」だ。十和田湖とセットで国の名勝・天然記念物に指定されている。
私が東北で一番行きたかったスポットだ。
ブナの原生林を縫ってはしる渓流沿いには遊歩道が整備され、あるときは滝となり、瀬となり、瀞となって流れる奥入瀬川の七変化が楽しめた。
足腰に弱点を持っている私たちは、渓流に沿って走る国道103号線を進み、「銚子大滝」「九十九島」「阿修羅の流れ」などの名所に立ち寄ったが、足にトラブルがない方は、ブナの森の中、森と渓流が織りなす木漏れ日とオゾン一杯の道を是非歩いてください。
奥入瀬渓流の主役は、水とブナと木漏れ日だ。
滝となり・・・・瀬となり・・・・瀞となる・・・まさに、宮城道雄の革新的な筝曲「瀬音」の世界だった。
奥入瀬渓流の観光を終えて、まだ時間が残ったので八甲田山をドライブした。
1,500m前後の多数の溶岩丘からなる八甲田連峰が特異な稜線を見せている。山麓はブナや青森とど松の森が広がり、湖沼が点在する。これらを縫って高原道路が整備され、わくわくするような快適なドライブが楽しめた。
明治35年1月23日、厳寒の八甲田山を陸軍第8師団の2つの連隊が来るべき日露戦争の演習として雪中行軍を行った。その内、青森歩兵第5連隊が折からの猛吹雪の中で道に迷い193名が死亡、生存者はわずか17名の大惨事を招いた。
「八甲田山死の彷徨」である。
ドライブすると、このような三角錐の頂が見え隠れする。
雪中行軍遭難記念碑
● 八甲田山

  谷地(やち)温泉 (秋田県)
八甲田連峰の一つ、高田大岳の登山口に当たり、標高800mの高原にある谷地温泉に立ち寄った。
谷地温泉は日本秘湯を守る会加盟旅館。年季の入った素朴な木造の建物、内部の設備、浴室ともども、まさに東北の温泉文化、湯治の雰囲気を色濃く漂わす宿だった。
一般の観光客は、まず立ち寄らない温泉だ。
私が入浴したときも近隣の方たちがほとんどで東北弁で会話をしていた。
建物も湯屋も風呂も「素朴」の一言、他の言葉は見当たらない。
浴室に入ったところ、3畳ほどの源泉直上?(「直下」の反対)にあり、下から源泉が湧き出ているヒバ造りの浴槽には、10人ほどの男性が向かい合い、膝を折って入浴していた。(さすがにこの風景を撮影することが出来なかった。)ぬるめらしく、誰もそこから上る人は無い。これ以上入る余地が無かったので、衝立の向うにある誰も入っていない浴槽に体を沈めた。
「素朴」な本館
「素朴」な湯小屋入口
素朴」な風呂場。この写真は旅館のHPによる混浴風景。私が入ったときは男性10人ほどが向かい合って、(狭いので)膝を折って長時間入浴していた。
 
 蔦(つた)温泉・蔦温泉旅館 (青森県)
十和田湖畔から奥入瀬渓流に沿って、ブナの木が生い茂る十和田樹海を縫う国道103号線を進み、渓流の終点・焼山を過ぎてすぐに、蔦温泉の案内板が見えてくる。
蔦は明治・大正時代の美文で知られた大町桂月が愛した温泉で、彼はここに本籍を移し、終の棲家とした。
大正7年に建設された唐破風の正面玄関を持つ本館。
総ブナ造りの久安の湯底から湯が湧き出ている。
角がとれなんとも温かみのあるブナの湯舟に浸かると、これぞ日本の温泉としみじみと感じ入る。
到着してすぐに、蔦温泉から徒歩10分の蔦沼を探勝した。
2時間弱で7つの沼を巡る蔦七沼散策はお薦め。
蔦温泉に泊まれば、これぞ「日本の旅館」「日本の風呂」そして「日本の文化」を体感できる。
5日目
蔦温泉早や立ちし、酸ヶ湯温泉に立ち寄ってから、八甲田連峰の中央を貫く十和田ゴールドライン(国道103号線)を通過して青森市内を観光。その後南下、小岩井農場を訪ねてから網張温泉(岩手県)に向った。
国道103号線、途中標高1040mの傘松峠を越える。
  
  酸ヶ湯(すかゆ)温泉 (青森県)
ここは、昭和29年に制定された国民保養温泉の第1号であり、玉川温泉(秋田県)と並んで日本を代表する湯治場である。
国道沿いに建つ旅館は規模が大きく、旅館部・湯治部を合計して134室、最大1,000人を収容できる。
酸ヶ湯の名前は強酸性の泉質から来るものだろう。
風呂場の写真は、実物より大きく写るものだがここの総ヒバ造りの浴槽は実物の方が広かった。さすがに80坪の大浴場だ。
違ったのはそれだけでない。
よく見る写真は、2つの湯舟に4、50人の入浴客が湯舟の縁にそって浸かっているものだ。しかし、早朝9時、ちょうど男女タイムの入れ替え時間で、そのときは私1人、空前絶後の贅沢を味わった。
手前の湯舟が底から自然湧出する源泉100%の「熱の湯」、奥は湯で割った「四分六分の湯。
正面本館から見ただけでは旅館の規模の巨大さが分からない
● ねぶたの里
国道103号線を北上、青森市に向う途中「ねぶたの里」にr立ち寄った。青森の夏の風物詩、日本でも屈指の大規模な祭、ねぶた祭に使用された大型ねぶた10台(弘前ねぶたを含む)が常設展示されている。
● 青森市
青森市は観光目的でなくて、奈良から1,500kmを走って来たからには、本州最北端の地に足跡を残したかったからだ。(正確には陸奥半島の大間崎だが、そこは目を瞑って。)
市内ビル街
青森駅
鮮魚の市場
昼食は寿司、大きいj地元のネタに驚く。
とにかく一目、津軽海峡。
青森市から東北自動車道に乗って盛岡市手前の滝沢ICで降りて網張温泉に向う。途中、小岩井農場によって、観光と言うよりもショッピングを楽しんだ。
途中、右手に岩手山(2038m)が見えてくる。
● 小岩井農場
乳製品
お土産や食事はここで。
小岩井農場は明治24年に創業。農場の名前は、創業に係わった野義真(日本鉄道会社副社長)、崎弥之助(三菱社社長)、上勝(鉄道庁長官)の三氏の頭文字からとった。
農場は「小岩井農場まきば園」として観光用に開放され(入場料500円)、30万坪の広大な敷地に、シープ&ドッグショーや牛の乳しぼりが見られるふれあい広場をはじめ、まきばの天文館や農場の歴史を紹介する展示資料館などさまざまな施設がある。


 網張(あみばり)温泉・休暇村岩手 (岩手県)
小岩井農場から20分ほどで、休暇村岩手に到着する。
ここを選んだのは3つの理由がある。
・マニアに知られたワイルドな野天風呂がある。
・費用を抑えたい。
・毎日、旅館の料理なので、目先が変わった朝夕のバイキングで変化が持てる。
小岩井農場を通過してから高度を徐々に上げて20km弱、網張温泉唯一の宿泊施設、休暇村岩手に到着する。
ここは目の前にスキー場があり、また温泉マニアにとっては垂涎の露天風呂があるため、四季を通じてけっこう繁盛しているようだ。しかし、かなり老朽化が進んでおり、近々、建て直しが予定されていると現地スタッフに聞いた。
休暇村から徒歩10分弱、大小の岩石が入り乱れ、倒木がごろごろした沢をしばし歩くと、古びた小屋、その横と前方に3、,4人が入れる2つの露天風呂が見えてきた。周囲には強い硫黄臭が漂っている。コンクリートで造られた湯舟には温泉成分が濃く付着して白く光っている。風呂の周囲は、大小の石が不規則に積み重なっていて足の踏み場も無い。注意しないと転倒して負傷する。

風呂の背後、10m先、沢の奥には滝があり、これを見ながら入浴が楽しめる
粗末な湯小屋で服を脱ぎ、転倒しないように注意しながら湯舟に体を沈める。湯舟は付着している硫黄成分でざらざらしていて、あふれ出た湯はそのまま沢に流れていく。湯はやや熱めだが許容範囲だ。完全に体を沈めて、あらためて周囲を見回す。夕方の6時前、入浴客は自分だけ。V字の荒々しい沢、鬱蒼と茂る広葉樹、大小の岩石・倒木が不規則に積み重なり、物音一つしない。深山幽谷、女性だけでは怖くて入れないだろう。
6日目
最終宿泊地の須川温泉に向う。
途中、東北自動車道平泉前沢ICで下りて、東北有数の観光スポット「中尊寺」に立ち寄る。
天台宗東北大本山の中尊寺は嘉祥3年(850年)、慈覚大師によって開山。
その後、藤原清衡が長治2年(1105年)から21年の歳月をかけて多くの塔堂を造営したが、火災により多くが焼失、金色堂と経堂の一部を残すのみとなった。
その金色堂は国内初の国宝に指定され、現在は鉄筋コンクリート造りの覆堂の中に安置されている。寺には、約3,000点の国宝・重要文化財が保存され、往時の栄華を偲ばせる。、
● 中尊寺
金色堂。鉄筋の覆堂の中に安置されている。
月見坂・杉巨木の参詣道
本堂
金色堂を内蔵する覆堂
境内の蕎麦処で昼食
  
 真湯(しんゆ)温泉 真湯山荘 (岩手県)
平泉から国道342号線に乗って西行、今回の旅行の最終宿泊地、50km先の須川温泉に向う。国道沿いに「宝竜」「厳美」「矢びつ」「祭畤」「真湯」「須川」の6つの温泉が並び、これを総称して一関温泉郷と呼んでいる。
途中、真湯温泉、祭畤温泉に立ち寄った。
 
  
祭畤(まつるべ)温泉・健康の森(岩手県)
正式には「一関総合保養センター真湯山荘」と呼ばれる公共の宿である。前方に国道が走り、周囲はブナの林に囲まれた真湯温泉の一軒宿で、赤い屋根、2階建ての本館の左手に平屋の建物が伸びている。
風呂は大浴場と露天風呂が別々のところにあり、地下にある大浴場は真湯温泉センターと呼ばれ、ジャグジー、ジェットバス、打たせ湯、箱蒸しなどが揃っている。
一軒宿の「「風林火山」前に車を停めたところ、一台の車もなく、館内も深閑として人の気配も感ぜられなかった。
これは閉館したのに違いないと思い、旅館からすぐ近くの公共施設「健康の森」に立ち寄ったところ、温泉の風呂があることが分かり、215円を支払って入浴した。ここの源泉名は「祭畤(まつるべ)温泉」になっていた。
  
  
須川(すかわ)温泉・須川高原温泉(岩手県)
東北自動車道一関ICからの最後の10kmは1.5車線、栗駒山に向って急勾配の坂道を上って行く。ようやく到着した一軒宿の須川高原温泉は、眺望が素晴らしい山腹にあって、いくつもの建物が立ち並ぶ大きな旅館だった。
須川温泉は、温泉郷の西奥、岩手・秋田・宮城の3県にまたがる栗駒山(1628m)の中央火口丘である剣岳の北麓、標高1129mの高地に湧く。周囲は溶岩、湿原、湖沼、高山植物に囲まれる高原地帯であるが、奥羽山脈の中央に位置するため、一年の半分が豪雪に閉ざされる厳しい自然環境にある。このようなロケーションにあっても、須川高原温泉は大変大きな旅館で、一般観光温泉客向けの48室に加え、湯治部の68室がある。

旅館の横に回り、火山岩の積み重なった小道を少し辿ると毎分6000リットルという驚異的な湯量を噴出す源泉が見えてくる。
泉質は明礬・緑礬泉、50度前後の湯が川となって露天風呂の方に向って流れ下る。湧き出たばかりの湯は無色透明だが、すぐに酸化して白濁した色に変わっていく。
大露天風呂は男女別、10m四方ほどの非常に大きなもので、白濁の湯が掛け流しとなってあふれている。
目の前には巨大な大日岩がそびえ立っていて、夜間になるとこれがライトアップされる。

名物の大浴場、千人風呂はもともと混浴だったが、時代の流れに抗せず、平成5年に男女別に分割された。それでも、その広さは並ではなく、楽に50人が一度に入浴できるだろう。
7日目
最終日、ここから秘湯・泥湯温泉に抜けたかったが、雨模様の隘路を考えてパス、帰路につくことにした。
● 仙台市
身内から、仙台銘菓の「萩の月」を頼まれていたので、仙台駅に出てこれを購入。折角なので、飯坂温泉(福島県)、鳴子温泉(宮城県)とともに奥州三名湯の一つである秋保温泉に立ち寄ることにした。
  
  秋保(あきう)温泉・緑水亭 (宮城県)
●仙台万華鏡美術館
秋保の名はアイヌ語で急流を意味する「アッポ」に由来するそうだが、名取川の渓谷沿いに高級ホテルや旅館が立ち並ぶ華やかな温泉街だ。

緑水亭は温泉街から離れた高台に立つ近代的な和風旅館。
10万坪近い手入れされた敷地、100室もある大きなな建物、豪華な館内、すべて贅沢だ。
大浴場は詰めれば70〜80人が一度に入浴できそうな大きなもの。3万坪の庭園内、巨大な天然石を横に積みあわせた露天風呂は豪華にして端麗だ。
豪華なロビー
露天風呂は温泉が使われているが、大浴場はどうやら沸かし湯のように思えた。。
秋保温泉から東北自動車道に向う県道62号線沿いに、偶然、日本で唯一と言う万華鏡の美術館を見かけた。以前、母親から万華鏡を見かけたら買っておいて欲しい、頼まれていたので立ち寄った。
館内はまさに万華鏡一色の世界。私が承知している筒状の万華鏡はほんの一部、奇妙奇天烈な形のものが、1階から3階にかけて数多く展示されていた。安い物を買うつもりだったが、館長から「先日アメリカの著名作家の万華鏡が2本入庫した。」と奨められた。これの中を覗き込んで驚愕した。同じものが一つとない華麗な「華」が次々と現われては消えていく。隠居の身にはかなり高額だったが、一本を家内、一本は母親分として購入してしまった。1ヵ月後、口座から引き落とされた額を見て、「衝動買いでは最高額」を実感した。
購入した万華鏡の世界(苦労してデジカメで撮影)
仙台から約360km、東京に到着したとき積算メーターを見たら2,000kmを超えていた。
入浴した温泉は19ヶ所、かけた費用からしては少なかったが、予定していた北東北の観光地をすべて訪れ、・自然の美しさを十分満喫、悔いの残らない旅となった。
萩の月