旅館は標高1,100mを超える高地にあるが、国道沿い、展望がきく高原に所在するため、谷間(たにあい)の秘湯、といった趣はないが、ここまでのアクセスの不便さはかなりのものだ。
また、奥羽山脈の真っ只中、豪雪地帯にあるため、冬期は休館となる。
因みに、私たちが宿泊した6月19日の3日後から7月28日まで、豪雨のため国道342号線が決壊し、真湯温泉からここまでの道が交通止めとなった。

しかし、このようなロケーションにあっても、須川高原温泉は大きな旅館で、一般観光温泉客向けの48室に加え、湯治部の部屋が68室ある。

玄関・ロビーはホテルスタイルだが、そこから一歩奥に行くと、旅館部・湯治部の建物が長い廊下で繋がっていて、浴衣姿に手ぬぐいの中高年男女が大きな売店や食堂、大浴場などの前を行き交い、昔ながらの日本の温泉風景を見せていた。
須川高原温泉は、酸ヶ湯温泉〔青森県)、玉川温泉(秋田県)と並ぶ東北の大湯治場。
源泉直下のまだ透明な温泉、50℃弱なので、特別な柵などが無い。

案内された8畳の和室で一服する間もなく、下駄を履いて館外に出て、裏側にある源泉地を見に行った。

火山岩の積み重なった小道を少し辿ると温泉がこんこんと湧き出る源泉が現われ、そこから50度前後の湯が川となって露天風呂の方に向って流れ下って行く。
湧き出たばかりの湯は無色透明だが、すぐに酸化して白濁した色に変わる。

これに似た湧出風景は秋田県の玉川温泉で見たが、そちらは高温のためにがっしりした柵が設けられて立ち入り禁止になっている。
一方、須川温泉は50℃弱なので足下を温泉が流れ下り、途中には板が渡されて足湯が出来るようになっている。
これぞ日本一贅沢な足湯だろう。


露天風呂は男女別、15m四方ほどの非常に大きなもので、白濁の湯が掛け流しとなってあふれている。
目の前には巨大な大日岩がそびえ立っていて、夜間になるとこれがライトアップされる。

名物の大浴場、千人風呂(後述するが地震で損壊)はもともと混浴だったが、時代の流れに抗せず、平成5年に男女別に分割された。それでも、その広さは並ではなく、優に50人が一度に入浴できるだろう。

加温せず水一滴加えない極上の湯、地球の恵みに感謝の念を覚えさせる豪快な風呂だった。

この他、湯治部専用の内湯、また江戸時代から続く「おいらん風呂」がある。温泉蒸気を患部に当てながら寝る伝統的療法だ。


泉質は、全国的に珍しい強酸性(pH2.2)の含硫黄・鉄(Ⅱ)ーアルミニウムー硫酸塩・塩化物泉(旧泉質名:明礬・緑礬泉)、湧出時は透明だが、すぐに酸化して白濁する。

毎分6000リットルという凄まじい湯量で、雪解け時は毎分20,000リットルに達するそうだ。


夕食は山菜や川魚を中心にした山の湯らしい素朴な献立、朝はバイキング形式で何れも食堂で頂く。
宿泊料金はトイレ付きの8畳で12,700円(税込み)、展望が全くきかない部屋だったのがはなはだ不愉快だったが、温泉そのものは満点だったのでほぼ相殺された。(予約の際は、眺望を是非確認してください)

内湯

一関市(いちのせきし)は岩手県の南端に位置し、南は宮城県、西は秋田県に接している。

都内から約450kmの距離にあり、東北のほぼ中央、盛岡と仙台の中間に位置する。
人口約12万人は、盛岡市、奥州市に次ぐ規模だ。

一の関の名前の由来は、平安後期までこの周辺を支配した安倍一族が、一の関から二の関、三の関ま
で築いたことによる等、複数の説があるが、この地は古代から東北地方の北と南の政治・文化の融合、あるいは対峙するところとして位置づけられ興味深い。

古代における蝦夷と中央律令政府との争い、安倍氏と源氏勢力との対決、源頼朝と奥州藤原氏の戦い、天正18年(1590)、北条攻めに参陣しなかった奥羽諸大名の一族による豊臣秀吉に対する一揆などである。

近くには町域外となるが、奥州藤原氏の栄華を象徴し、現在、世界文化遺産登録が有力となった平泉・中尊寺がある。

町域の最大の観光地は、栗駒山を源流とする磐井川が2Kmに渡って造り上げた厳美渓で、国の名勝天然記念物に指定されている。

住 所 岩手県一関市厳美町字祭畤山国有林46林班ト
電 話 0191-23-9337~8
交通機関 東北自動車道一関ICから国道342号線で約50km
JR東北幹線一ノ関駅から須川高原温泉行バスで約1時間30分、終点下車すぐ
施設(日帰り用) 食事処、休憩所、売店、駐車場300 
宿 泊 48室(内T付き45室) 2人1室 1人11,000円~13,000円
休前日、お盆期間(8/13~8/16)、紅葉期間(9/17~10/15)は1,000円増
他に湯治や湯治しながら2食付きの別料金もある。詳しくは宿のHPを参照のこと。
泉 質 含硫黄・鉄(Ⅱ)ーアルミニウムー硫酸塩・塩化物泉(旧泉質名:明礬・緑礬泉)
酸性・泉温48.6℃・湧出量(自噴)6000リットル/分

泉質については、「含硫黄(Ⅱ・Ⅲ)ーナトリウムー硫酸潮・塩化物温泉」の表示もあり、どちらが正しいか、あるいはどちらが最新の泉質かは不明だ。
適応症 不記載(理由は「温泉の基礎知識ー温泉の効能」参照)
入浴時間(日帰り) 内風呂:9時00分~16時(17時終了) 
露天風呂:9~21時30分(22時終了)
定休日 冬期(11月~4月)は閉鎖 営業中は無休・
因みに2011年度のオープンは5月10日だった。
入浴料金 内風呂・露天風呂とも各 大人600円 子供300円 
有料休憩所あり、詳しくは宿のHP参照。
入浴施設 大浴場男女各1{サウナ付き)、露天風呂男女各1 蒸かし湯
浴室備品 シャンプー、ボデイソープ、ロッカー、ドライヤー
観光スポット 栗駒山、みちのくあじさい園、厳美渓、中尊寺、毛越寺
お土産・食事 館内で可
近くの温泉 一関温泉郷の真湯・宝竜・厳美渓・矢びつ等の各温泉、秋田県側の須川温泉(栗駒山荘)
一関市HP
一関温泉郷HP
須川高原温泉HP
http://www.city.ichinoseki.iwate.jp/
http://www.ichinoseki-net.jp/onsenkyo/
http://www.isop.ne.jp/sukawa/front.htm

標高1100mを超える高所にあるが、周囲が大きく開いて明るい高原地帯にある。

須川温泉の泉質についてはっきりしない。
ここでは鉄(Ⅱ)ーアルミニウムー硫酸塩・塩化物温泉(旧泉質名:明礬・緑礬泉)としてきた。
しかし、今回、現地でメモしてきたのは含硫黄(Ⅱ・Ⅲ)ーナトリウムー硫酸潮・塩化物温泉となっていた。


須川高原温泉(宿名)では、HPやパンフレットで「全国的に珍しい明礬緑礬泉」と宣伝しているが明礬とは硫酸アルミニウム、緑礬とは硫酸鉄のことなので、アルミニウムが所定量を超えていないと旧呼称の明礬泉とは言えない。

内湯から行ける露天風呂、眺望は無い。

シャワーが多く並んだ洗い場

広い無料休憩所

床も木造のかなり大きな内湯、50人位が一度に入れるだろうが、昔の呼称1000人風呂は使っていないようだ。
スロープが造られ、バリアフリーも配慮されている。サウナも付属している。

地震前の露天風呂と大日岩。

地震後の大日岩、左側頭部が崩れていた。

噴出孔を覗きこめる。湧出時の温度が50℃前後なので、立ち入り禁止の柵など一切ない。

源泉から100mも離れていない流れに板が渡されて、日本一贅沢、かつ新鮮な温泉の足湯が楽しめる。

●2010年6月日帰り入浴記事

温泉名 : 須川(すかわ)温泉

データ (変更されている可能性もあります。お出かけ前にご確認ください。)

岩手・宮城・秋田3県に跨る活火山・、栗駒山(1624m)の北麓、標高1100mの高所にあって、1分間に6000リットルの温泉が自噴して足下を流れ下っていく様を眼前に見れる・・・須川温泉だ。

2004年6月に岩手県側の須川高原温泉に宿泊、その後、再泊しようと思っていた矢先の2008年6月14日朝、マグニチュード7.2(震度6)の岩手・宮城内陸地震が発生して、須川温泉を通過する国道342号線が岩手・秋田両県側で橋が崩落したり道路が土崩れで埋没・流失し、宿も大きな損害を被った。

2010年6月、ようやく岩手県側の342号線も仮復旧したとの報道に接し、北東北6泊の旅の最終日に須川温泉を組み込み、今回は秋田県側の栗駒山荘に宿泊、須川高原温泉は立ち寄ることにした。

須川高原温泉は冬季は休業し、平成23年度(2011年)は連休後の5月10日にオープンした。

部屋数は48室(トイレ付)、これ以外に湯治用の部屋が68室あるが、地震被災後にこれらの部屋数を維持しているかは定かではない。

料金は2人1室の場合、1人11,000円~12,000円~13,000円の3段階で、休前日、お盆期間(8/13~8/16)、紅葉期間(9/17~10/15)は1,000円増となる(2011年6月現在)。


気を付けないといけないのはチェックインタイムで、いまどき珍しい遅さの午後4時からである。


既述の通り名物の千人風呂(上掲)が地震で壊れたので、元温泉プールがあった場所に新しい内湯が造られた。
露天風呂と別に入浴料金(大人600円)を支払う。

露天風呂

そのまま直接露天風呂へ。もちろん加水・加温無しで。

毎分6000リットルの温泉の川。パイプが敷かれている。

2008年6月14日の朝、マグニチュード7.2(震度6)の岩手・宮城内陸地震が発生して、須川温泉を通過する国道342号線は、岩手県一関市側の祭畤(まつるべ)大橋の崩落をはじめ、斜面4箇所の大規模な崩壊により通行不能となった。

これにより須川温泉に入るには、秋田県側の国道342号線及び湯沢市方面からの国道398号線沿いの小安峡から旧栗駒道路を利用してアクセスのみとなり、東北自動車道方面から入れなくなった。

2010年(平成22年)5月30日に一関市側からの国道342号線が仮橋を供用しながら開通したとのニュースを見て、北東北6泊7日の旅の最終日、急遽、須川温泉に宿泊することにした。
前日宿泊した乳頭温泉郷妙乃湯を出て、秋田県横手市の名物となったB級グルメチャンピオンの焼そばを食べてから須川温泉に入った。
今回宿泊する栗駒山荘にチェックインしてすぐに、車で1分の須川高原温泉に向かい入浴、翌日、崩落した橋を横目で見ながら山を下り、途中、上記の愉快な郭公だんごを味わってから東北自動車道一の関ICに向かった。

須川高原温泉は、一時全従業員が下山、露天風呂の前に聳える須川温泉のシンボル・大日岩の頭部が崩落して露天風呂が使えなくなり、千人風呂の壁が歪んで使用不可能となるなど大きな被害を蒙った。

須川温泉のシンボル・大日岩が圧し掛かるような露天風呂。この岩も地震で形を変えた。

東北自動車道一関ICから国道342号線で約50km、須川温泉に至るまでの国道沿いに「宝竜」「厳美」「矢びつ」「祭畤」「真湯」「須川」の6つの温泉が並び、これを総称して一関温泉郷と呼んでいる。

2008年6月14日、岩手・宮城内陸地震により、国道342号線が寸断され、一部の旅館が休業を余儀なくされ、須川高原温泉へは、一時、秋田県側からのみアクセスが可能の状態に追い込まれた。

国指定の国民保養温泉地の先駆けである須川温泉は、温泉郷の西奥、岩手・秋田・宮城の3県にまたがる栗駒山(1628m)の中央火口丘である剣岳の北麓、標高1129mの高地に湧く。

周囲は溶岩、湿原、湖沼、豊富な高山植物に囲まれる高原地帯であるが、奥羽山脈の中央に位置するため、一年の半分は豪雪に閉ざされる厳しい自然環境にある。

厳美渓の名物店・郭公だんごの「空飛ぶダンゴ」。ざるに400円を入れると対岸の店に手繰り寄せられ、すぐにこのダンゴが籠に乗せられて送られてくる。

全長2km、国指定の天然記念物・厳美渓(げんびけい)

源泉の落し口で一番新鮮な温泉を体に受けている人がいた。一度に50人が楽に入れ大きさ。温度は適温だ

含硫黄・鉄(Ⅱ)ーアルミニウムー硫酸塩・塩化物泉(旧泉質名:明礬・緑礬泉)で白濁しているが透けて見える。pHが2.2のため、肌がピリピリする。

入浴料金は内湯とは別に大人600円。

施設名 : 須川高原温泉 (宿泊日:2004年6月19日 入浴日:2010.6.11)

このような環境にあっても温泉の歴史は古く、江戸時代から300年の間、湯治場として親しまれてきた。
 
旅館は2軒のみで、秋田県側にあって東成瀬村が経営する栗駒山荘と岩手県側の源泉湧出場所にある須川高原温泉がある。

その源泉はpH2.2の強酸性、泉質が全国的に珍しい「明礬・緑礬泉(後述)」(旧泉質名)で、毎分6000リットル(雪解け時期は毎分20000リット)ルという驚異的な湯量を自噴している。

同じような強酸性の温泉湧出が秋田県の玉川温泉で見られるが、須川高原温泉の源泉温度は火傷しない50℃弱なので、湧出の様を目の前で、しかもすぐ下で足湯も出来る。

東北自動車道一関ICからの最後の10kmは1.5車線、栗駒山に向って急勾配の坂道。
到着した一軒宿の須川高原温泉は、眺望が素晴らしい山腹にあって、いくつもの建物が立ち並ぶ大きな旅館だった。

剣岳の北麓、標高1100を超える須川高原。

所在地 : 一関市厳美(げんび)

風呂は上記以外に、須川高原温泉名物の「おいらん風呂」がある。
これは、天然の蒸し風呂で、蒸気の噴出孔にムシロを敷き、その上に寝そべる。

混浴だっ千人風呂は、板壁で仕切られて男女別となったが、それでも大きい。岩手宮城内陸地震によって損壊し、新しい内湯が造られた。

●2004年6月宿泊の記事

今回は、秋田県の横手市でB級グルメグランプリの焼そばを食べてから、左記のルートの逆方向から国道342号線に乗って須川高原に向かった。写真は今回宿泊した栗駒山荘の露天風呂。

須川温泉 須川高原温泉 (岩手県)

改定版

源泉自噴