海賊の生き方    1  2  3  4  5  6  7


「・・・そりゃ、難しいな。力ずくでどうにかなるもんじゃねえ。」
珍しく、ゾロとサンジが夜更けのキッチンで真剣な顔をつき合わせてなにやら 相談をしている。

「そこなんだよなあ・・・・。」
ふう、と小さな溜息をついて、サンジが片手で自分の頭を掻いている。


サンジがゾロに相談を持ちかけている風景は非常に珍しい。 

彼らは、一体何に頭を悩ませているのだろう。


時間は4日ほど遡る。


麦わらの一味を乗せた、ゴーイングメリー号は「偉大なる航路」を順調に海賊らしく航海していた。

海賊らしく。

時には、略奪をし。
時には、海軍と闘い。
時には、陽気にはしゃいで。

海賊は、海を恐れ、海を愛し、生命力に満ちて、その人生を謳歌する。

だが、そんな輩ばかりではない。
ゴーイングメリー号が着岸した島では、何隻かの船に同じ海賊旗を掲げた
大人数の海賊団が略奪をしていた最中だった。


「う〜ん、他所さんが荒らしてる最中に首突っ込んで余計な揉め事に関わりたくないわね。」とナミは暗にこの島への上陸を嫌がった。

が。

「余計な揉め事」と言う言葉に冒険の臭いを感じ取る船長が「上陸する。」と決定してしまった。


この海域に入った日、ゾロは夜通し舵を握っていたので、甲板で昼寝をしていた。
真夏の気候で、日差しが今まで感じた事がないと思ったほど ギラついて
やたらとまぶしい。だが、そんな事で眠りを妨げられるほど、神経は細くないのだ。

いつもどおり、穏やかに、眠りこけていた。

「おら、飯が出来たぞ、起きろ!!」
いきなり、耳を劈く(つんざく)大声が響き、同時に腹部に強烈な鋭い圧力を感じて、
無理矢理覚醒させられる。

「・・・もっと、穏やかな起こし方、出来ねえのか。」不服そうにそう言うゾロに、
サンジは更に不服そうな顔で、
「これ以上、穏やかな起こし方出来ねえよ。」と答えた。

ゾロはサンジの顔をまじまじと見つめた。
何時も見なれたサンジの顔ではない。

「なんだ、そんなに珍しいかよ。はじめて見る訳じゃねえだろ。」

蒼い瞳の前に、更に蒼いフィルターがかかっているのだ。
薄い蒼のフィルターごしには、サンジの瞳の動きがよくわからない。

「・・・なんで、そんなのかけてるんだ?」
それでも、それの所為でサンジの顔が自分よりも年上にも見えるし、
知的にも見える。

「まぶしいからだ。目が痛くなるのが嫌だからな。」
サンジはゾロの質問にぶっきらぼうに答える。

自分の眼鏡のことよりも、さっさと昼食を食べてほしいようだった。

だが、その無愛想な顔つきがとても利口そうで、ゾロは視線が外せない。

サンジの方がその視線を受け止められず、目を逸らした。
(・・・なんだよ、その素っ頓狂な面は・・・。そんな顔して人の顔見るなってんだ。)と心の中で毒づいて見たものの、どうにも面映い。

「さっさと飯食いに来いよ、片付かねえだろっ。」
わざと乱暴で、突き放すようにいうと、くるりと背を向けてキッチンの方へ歩き出した。

ゾロは大きく背伸びを一つして、立ち上がった。
そして、小さく呟く。

「眼鏡をかけたままってのも、悪くねえな。」

サンジの眼鏡をかけた顔を、ナミが絶賛した。

「素敵よ、サンジ君。本当に頭が良さそうに見えるわ♪」
「私がその顔に飽きるまでずっとかけてて。」


サンジはバカ正直にその一言で、太陽が出ていない夜でもずっとかけていた。
ロビンは、複雑な笑みを浮かべて、眼鏡をかけているサンジを見ていた。

ナミはまだ、その姿に飽きないらしく、島に着岸した日もまだ朝っぱらから
サンジの眼鏡を誉めていた。

自分が朝、「おはようございます、ナミさん、今日もお美しい♪」というより先に、
「おはよう、サンジ君、今日も素敵ね。」と言われるのには調子が狂うらしく、
困惑している。


「いえ、そんな・・・。」と恥ずかしそうに口篭もったりしている。

いつも、一方通行の美辞麗句を並べ立てているくせに、
自分がそれを受けようとは夢にも思っていなかったらしく、咄嗟に言葉が返せないのだ。

だが、それはそれでとても嬉しそうだった。

ルフィもナミと同様で、「プリンス!!」と呼んで悦んでいる。

(別に俺だけが気に入ってる訳じゃねえんだな。)とゾロは自分の宝箱を人が
勝手に覗いているような不快な気分を感じながら、それでもそんなことを口に出すのも
みっともないので、何も言わない。

そんなこともあって、麦わらの一味がこの島に上陸した時、コックは眼鏡をかけていた。


ナミが「他所さん」と言った、海賊団は5隻ほどの大所帯であった。
彼らは、商店、一般の民家などお構いなく、略奪の限り、乱暴の限りを尽くしている様だった。

それに対して、「正義」を振りかざすのは海軍の仕事だ。

麦わらの一味は、目に余る略奪行為に眉をひそめたが、その海賊としての行為を
咎める権利はない。自分達だって、同じ海賊だからだ。
だが、街の惨状を見て、「こんなやり方、許せねえ!」とウソップは憤った。

火をかけられ、焼かれ、破壊された建物、呆然と立ち竦む人々。

おそらく、何人もの人がその海賊達によって命を奪われているのだろう、
あちこちに黒い服を身につけた人を見かけた。

この島の生活全てを根こそぎ奪ってなお、まだ居座るその海賊団に人々は怯えていた。

しかし、この島にも海軍の駐屯部隊が在駐しているはずなのに、その姿を一向に見ない事にサンジが
気がついた。

「この島には、海軍や自警団とかがないのかねえ。まだ、人が移民してきて間もないって言うけど。」


その言葉にナミも首を傾げた。
「そういえば、おかしいわね。海軍の船が港にあるのに、海賊が上陸して略奪してるなんて・・・。」

自分達だって、その海軍の船があるのを承知でこの島に上陸した事など、ナミはすっかり忘れていた。

第2話


とにかく、この島にいても厄介ごとに巻きこまれるのは火を見るより明らかなのだが、
相手が普通の人間である以上、何人いようと恐れる事は無い。

件の海賊達の傍若無人ぶりにとうとう、ルフィが切れた。

それは、やはり食べ物がらみだった。

サンジが買い出しに行ったものの、碌なものが手に入らず、それでもかなりボリュームのある美味い食事だったのだか、いつもよりもタンパク質が少なかった。

そして、当然おやつもない。

この島で食料が余り手に入らないと判った以上、次の島まで食料が尽きないように
サンジが食材を節約しているからだ。

「島に着いたら肉を食わせてくれるって約束じゃねえか!」
と不満を言うのはルフィだけだ。

「仕方ねえだろ、手に入らねえんだから!なんだったら、そこのトナカイでもしゃぶってろ!!」
眉根を寄せて吐き出されたサンジの暴言を聞いて、チョッパーの顔色が変る。
「お、俺をしゃぶっても、美味くないぞ!!」と二人に向かって怒鳴る。


「肉が手に入れば、食わしてくれるんだな。」ルフィがサンジに食い下がる。

「ああ、いいぜ。肉だって、おやつだって、腹一杯食わしてやるよ。」
サンジは麦わらの一味のキャプテンの言葉を待っていた。

「だけど、商店が海賊共に肉を全部もって行かれたっていってたからな。」
「あいつらさえいなきゃ、肉だって、なんだって手に入るんだがなア・・・」
サンジは、小さく呟く。
ルフィの決断を引き出すために、わざと機嫌の悪い振りをしていたのだ。


他所の海賊に自分が先に手を出して、仲間を危険に晒すことは出来ない。

だが、「船長命令」で、相手の略奪行為を咎めるために闘いを仕掛けるのではなく、
充分に私服を肥やした海賊の財産を正面から奪いに行く、というのなら
海賊としての筋が立つ。


「あいつらの所為で、肉が手に入らないんなら、ぶっ飛ばしてやろう!!」
サンジが黙って、それに同意するように「にっ」と白い歯を見せて笑った。

「ちょっと、待ってよ、ルフィ!!」
「そうだぞ、冷静になれよ、ふたりとも!!」ナミとウソップが同時に二人を嗜める。
(たしなめる)

しかし、二人がその気になった以上、聞く耳など持たないことも承知していた。
それでも、一応反論するのだ。

そうせずにいられない。
相手は大人数で、しかも部下もかなり狂暴であることは破壊された街の様子を見れば
想像できる。

保守派の二人が色々な理屈を並べ立てたところで、意味はなかった。

その様子を剣士と船医、美貌の考古学者は、この揉め事の間にさっさと食事を済ませてしまう。
結果は目に見えていた。

陽気で、正義感に溢れる食いしん坊の船長の言う事には誰も敵わないのだ。

ナミの溜息でその一方的な討論は終わりを告げる。

「・・・話しは済んだか、で、どうするんだ。」
それまで感心がなさそうな顔つきだったゾロがようやく話に入って来た。


「あいつらをぶっ飛ばす。」ルフィは簡単に答える。

「アジトがどこかも、人数がどれくらいいるのかもわからねえのに、ぶっ飛ばすも
なにもねえだろう。」とそのゾロがルフィの意見に納得しかねて、眉根を寄せた。

「アジトくらい、すぐにわかるさ。」
サンジがゾロのその言葉に答える。

「港でぶらついてりゃ、商船が入って来るだろ、
「そしたらどっからか略奪するために湧いて来るんだよ、あいつら。
「一人、とっ捕まえて嬲ったら口を割るだろ。」

海賊に育てられた男らしく、料理人であるのと同じくらい、サンジは海賊なのだ。
淡々と語るやり口がそれを物語っている。

「じゃあ、捕まえに行こう!!」ルフィが元気にサンジの作戦に早速乗ってきた。

昼過ぎを少し過ぎ、ルフィとサンジは港に着ていた。

ルフィは、ずっと笑顔を浮かべている。

「肉が食えるのが、そんなに嬉しいかよ。」サンジがその様子をからかうと、
ルフィはいつものように、「しししし」と笑い声を上げてから、

「こうやって、二人だけでどっかにいくなんて久しぶりで、嬉しいんだ。」
「サンジ、いっつもゾロと一緒だもんな。」と無邪気に答えてきた。

サンジの首筋から頬にかけて流れている血液の温度が少し上がる。

「・・・・。お前が誘ったら付合ってやるのに。変な遠慮するなよ。」
しどろもどろにそういうサンジに、ルフィはまた、すがすがしい顔で笑った。

「本当か?約束だぞ!!」

二人は、当初の目的を忘れて、港で座りこみ、楽しそうに雑談をしていた。

一時間もそうしいたら、サンジの目論見どおり、ログを辿ってやって来た商船の姿が波間に見えた。

「ルフィ、来たぞ。」サンジが顎で港に舫を降ろしている例の海賊団の船を指し示した。

縄梯子を伝って、次々と船に海賊達が乗りこんでいく。

その姿を見ていると、ルフィもサンジも体のそこから何かに突き動かされている
衝動を感じた。

一人だけを捕まえるつもりで来たのだが、どうもそれだけでは体が納得しそうにない。

「なあ、サンジ。」ルフィは、サンジに「あいつら、全員、ぶっ飛ばしていいか?」と
聞きたそうな目線を向けてきた。

サンジも同じような目つきを眼鏡の奥でルフィに向ける。

二人は瞬時にお互いの考えている事を察した。

サンジの顔にも、ルフィの顔にも、なんともいえない笑顔がじわじわと湧き、そして広がる。

「やるか。」サンジは煙草を新しく咥え直すと、楽しげにルフィに声をかけた。
「おう。」ルフィは短く答え、腕をぐるぐると回す。


ここ最近、暴れていない。

悪戯を思いつき、はしゃぐ子供のような表情を浮かべて、二人は、その船に向かって走り出した



ルフィは、サンジを肩へ担ぎ上げた。そして、サンジはルフィの肩に足をかける。
その足首をルフィが掴み、腕を伸ばして、高く持ち上げた。

「ゴムゴムの〜サンジ星!!」
少しだけ反動をつけ、まずは、サンジを船へ投げこんだ。

サンジは、空中でバランスを整え、メインマストに向かって飛んでいく。

投げ出されたスピードが加算されたサンジの足がメインマストをなぎ倒した。

人間とは最早思えない。
普通、それを見たらどんな豪胆な海賊でも驚くだろう。

だが、その海賊達は自分たちの船のメインマストが折れたというのに、顔色一つ変えなかった。

サンジは、甲板にふわり、と着地した。
乱暴に着地すれば、自分の足場を崩してしまうからだ。

自分を無視するかのような、彼らの行動と表情をサンジは訝しく感じた。

明らかにおかしい。
その時、自分の後ろから轟音がした。

振り向くと、草履を履いた素足が甲板に突き刺さっている。

「・・・何やってんだ、ルフィ。・・」
サンジは、一つ溜息をついて、その足首を掴んで引きずりだした。
それでも、乗組員たちは二人の姿が目に入っていないかのようで、気味が悪い事この上ない。

ルフィもその事にすぐに気がついた。

二人は、しばし彼らを眺めていたが、ルフィが眉間に陰を作ってポツリと呟いた。

「こいつらの目、海賊の目じゃねえ。死んでるみたいだ。」

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