「魂のない海賊」第3話



ルフィが眉間に陰を作ってポツリと呟いた。

「こいつらの目、海賊の目じゃねえ。死んでるみたいだ。」


サンジも同感だった。が、死んでいる、というよりも人形のように表情がまるでないのだ。

「気味が悪いな。」
サンジが思ったままを口にする。

暴れるのも、かかっていく相手がいるからこそで、自分達をその眼中に入れていない相手に
喧嘩を吹っかけるのも馬鹿馬鹿しい話しだ。

それよりも、何故、二人の存在を感じていないかのようなおかしな態度なのだろう。
それも、全員がである。

マストを破壊され、甲板に大穴を開けられ、もう、帆船としては航行できない状態なのに、
それにさえ構うことなく、出航準備をしているのだ。

サンジは、一番近くで作業をしている男に無言で近づき、その横っ面をいきなり蹴り飛ばした。
(!!)
男はなんの抵抗も見せず、吹っ飛んでいったが、すぐにムクり、と立ち上がり、
また、出航作業を続けた。
サンジに蹴られたことなど、全く気がついてさえ、いないようだった。


これには、サンジの方が驚いた。



「こいつ、目をつぶらねえ・・・」そう小さく呟いた。
ルフィもその様子を見て、更に怪訝な顔をした。「おかしいぞ、サンジ!!」

「ああ、お前もそう思うか。?」全く避けようともせず、蹴られる寸前でさえ
無表情だったことにルフィも違和感を感じたはずだ。


「メインマストが折れてるぞ!!」「それは俺がやったんだよ!!」
いきなり 的外れなことを言うルフィに思わず突っ込んでみたものの、どうも
この海賊達は薄気味悪くて、サンジは困惑し始めた。


「どう考えても変だ。とりあえず、ルフィ、ここは一辺引いとくか。作戦を練り直しだ。」

だが、そんな消極的なことをルフィが聞き入れるはずがない。

「嫌だ、肉!!」とこれ以上ないほど短く反論する。

そうこうするうちに、隣で碇を降ろしていたもう一隻の彼らの海賊船が進み始めた。

サンジは視界の端でそれを捕らえると、
「あの商船を狙うつもりだ。助けてやったら、肉をくれるかも知れねえ。」と
なんの根拠もないことを口走って、更に
「ルフィ、あれに乗ろうぜ、腕を伸ばせ!!」と叫んだ。


「よ〜し、ゴムゴムの〜、」
「ブリッジ!!」ルフィは、腕を伸ばして、進み出した船のへりに手を掛けた。
サンジはその上を走り、甲板に降り立つ。

ルフィは手を縮め、そのまま勢いを殺さず、空気を切って飛んできた。

こちらの船でも、相変らずの無反応だ。

サンジは、物陰にルフィを招いて、座りこんだ。
ルフィはサンジの招くまま、隣に腰を下ろす。

周りの人間にすばやく目を配りながら、サンジはルフィに囁いた。
「こいつら、戦闘になったら雰囲気が変るんじゃねえか。今は、
なんか、船乗りの人形みてえだが・・・。こんなやつらが街をあそこまで
めちゃくちゃにしたとは思えねえからな。」

ルフィは淡々と語るサンジの顔をジッと見つめる。
その視線にサンジは面映そうに、顔を逸らした。

その頬にルフィは手を添えて、無理矢理自分の方へ向かせた。
そして、まるで珍しい玩具を手に入れて悦んでいる子供のような表情を浮かべて、
「サンジって、こんな賢そうな顔してたんだな〜。」と感嘆している。

「は、そりゃ、お褒めに預かって光栄だぜ、キャプテン。」サンジは煙草を新しく咥え直した。

「そろそろだぞ。」
サンジがそう言った時、前方の商船がほぼ50メートルほどの距離にまで迫っていた。

この船の狙撃手なのだろうか、大砲の照準をやはり、無表情のまま 定めていた。

その様子をサンジとルフィはじっと見ていた。

轟音がして、大砲の砲身から玉が発射され、それは商船の船首部分に命中した。

「ほお。なかなかの腕じゃねえか。」サンジは思わず、暢気に感心した。

だが、その音を合図にしたように、周りの空気が一変した。

それは、狂暴な殺意に満ちている。

戦闘慣れした二人は、瞬時にその雰囲気を察して立ちあがった。

今まで誰の目にも光が宿っていなかったのに、いやにギラつき、狂悪さを剥き出した視線を
今初めてその存在に気付いた、二人の部外者にぶつけて来た。

「なんだ、てめえら!!」
いきなり、怒鳴られて、サンジは肩を竦めながら、煽るような表情を浮かべた。

「お、ルフィ、こいつら喋れるらしいぜ。」と馬鹿にしたような口調で
聞こえよがしにルフィに囁いた。

「喋れるんなら、聞きてえことがある。」ルフィの顔が引き締まった。

「船長はどこだ。」
だが、誰もそれに答えず、二人に怒号をあげ、襲いかかってきた。

「喋れるからって、教えてくれるわけじゃなさそうだぞ、ルフィ。」
サンジはなんなく、何人もの男を蹴り飛ばし 甲板に叩きつけている。

「そうみてえだ。」ルフィは、5人ばかりの男をぐるぐる巻きに腕に閉じ込めて、そのまま
ぐっと持ち上げ、投げ飛ばした。

しかし、驚いた事に仲間のその姿を見ても、彼らは怯えることもなく
殺気を滾らせた(たぎらせた)まま、尚も挑みかかってくる。

しばらくして、その違和感にサンジが気がついた。
「やっぱり、こいつらクソおかしいぞ。痛みも感じてねえみてえだ。」

蹴り飛ばして、身動きできなくなるほど打撃を与えるか、失神するかさせない限り、
彼らは何度でも立ちあがる。


結局、全員を失神させてしまい、なんの情報も手に入れられない。
仕方なく、サンジは最初に自分に声をかけてきた男を肩に担ぎ上げた。


この船が狙っていた商船は、大砲を一発受けただけでそれ以降の攻撃を避けて、
何時の間にか水平線近くまで退避している。
それを見て、ルフィはがっくりと肩を落として、
「ああ、肉〜。肉が遠くに行っちまったよ〜。サンジ〜。」と涙を流さんばかりに
落胆した。

その様子を見て、サンジは苦笑いする。
自分が適当に口走ったことを申し訳なく思いつつ、真に受けるとは思っていなかったので、
少し、可笑しい。

「まあ、あの商船から肉を貰ったって、干し肉程度だろ。こいつらぶっ飛ばせば
生肉食い放題だぞ。」とまた、適当なことを行って慰めた。


「うん、そうだな!!やっぱり、肉は新鮮な生肉を焼いたやつが一番美味いよな!!」と
割りと簡単に立ち直った。



とにかく、二人は沖に出てしまったその海賊船からボートを失敬し、そのボートに
失神した男一人をつみ込み、ゴーイングメリー号へと帰ったのだった。



早速、チョッパーに診てもらう。
サンジが蹴ったのだから、もちろん、無傷ではないのだ。

「アバラが木っ端微塵だよ。どうして、力加減できないんだよ。詰問する前に死んじゃうだろ。」
チョッパーは眉間に皺を寄せて、サンジを睨む。

今更ながら、サンジの蹴りの凄まじさが空恐ろしい。
細い体のどこにそんな力があるのか全く理解に苦しむ。
とにかく 生身の人間がこれほどの威力を持つ武器を持っていること自体、不思議でならない。

サンジは「骨を蹴らなきゃ、内臓が潰れちまうから。」とあっさりとチョッパーの叱責を
受け流す。


「内臓は確かに無事だけど・・・。折れただけなら簡単に治療できたのに。」
「サンジとウソップ、手伝ってくれ。」
結局、二人の助手を使っても、その男の手当てに4時間以上かかってしまった。


この間、ゾロはルフィからその海賊たちの様子を聞いていた。

「・・・そんな話し、初めて聞いたな。だが、簡単じゃねえか。」
ゾロは言う。

「手応えのねえ相手に必死になる必要もねえし、部下から潰していきゃそのうち
カタがくつだろ。」

だが、ルフィはゾロの意見に首を振った。

「海賊として、船に乗ったやつらだ。きっと、好きであんな事になったんじゃねえと思うんだ。」
「海賊は、海賊らしく海で生きてくもんだろ?」

ゾロは首を捻る。
ルフィの言いたいことがいまいち判らない。

「・・・お前が何を言いたいのか、良く判らねえんだが。」と思ったまま尋ねると、
ルフィも首を傾げながら、

「俺も良く判らねえけど、あいつら、人形みたく操られてるだけのような気がするんだ。」
と突飛なことを言い出した。

「・・・その根拠はなんだ?」と続けてゾロが尋ねると、

「勘」と短く答え、にししししと歯を剥き出して笑う。

さらにゾロは質問を続ける。
「で、なんで潰していくのに反対なんだ、キャプテン?」

「人形みたいに操られてんなら、もとの人間に戻してやりてえじゃん。」
「海賊なんだからさ。海賊らしく、生きていきてえと思うだろ。」

その言葉を聞いて、ゾロは溜息をついた。
もう、ルフィの気持は固まってしまっている。自分が口を挟む余地はない。
また、これ以上口を挟むつもりもなくなった。

「操られている海賊達を本来の海賊らしい海賊に戻す。」

馬鹿馬鹿しいとさえ思える、この目標にゾロは苦笑いしながら、溜息をついた。


お人よしといえば、お人よしだと思うが、仕方ない。
この男のこういうところに惚れこんで、一緒に来たのだから、否やは言っていられない。

しかし、以外に厄介な相手だという事にまだ 麦わらの一味は気がついていなかった。

「魂のない海賊」第4話


次の日の昼頃、サンジとルフィが連れて帰ってきた男の意識が戻った。
だが、アバラ骨を針金で継いで固定しているので、ベッドで安静にしてなければならない。

側にたまたま、ウソップがいたので、彼の意識が戻った事がすぐに他のクルーの知るところとなった。

「あんた、名前は?」「・・・・・・。」
「歳は?」「・・・・・・・。」

男は何も答えない。
サンジ達が彼の船で見た、例の無表情な顔で、どんよりとした生気のない目をしている。

「埒があかねえな。何か聞き出さない事には、どうしようもねえ。」
サンジが溜息をついた。
皆、黙っているがサンジの意見と同じ事を考えているらしかった。

「ボケてるのか、催眠術なのか・・・?良くわからないから、手をつけようがないよ。」
とチョッパーも彼の様子を見て首を捻る。

「どっちの可能性もあるかもね。」ナミが腕を組んで男の顔を覗きこむ。

「どっちの可能性もって・・・。じゃあ、治療法もどっちもやれって事?」と
チョッパーは困惑した顔をナミに向けた。

「俺、そっちの専門じゃないから、どう治療していいのか判らない。」と
匙を投げた。

これが、この船の乗組員なら絶対に諦めないのだが、この計画に最初から
乗り気でないせいか、どうにも力が入らない。

「ショック療法って、あるだろ。試してみようぜ。」ウソップが提案する。

ルフィは、それにおおいに興味を示した。
「やろう、やろう、それ!!」と大賛成だ。

「じゃあ、色々やってみよう。」しぶしぶ、チョッパーはこの乱暴な方法を許可した。

「この人も海賊なんだし、体は丈夫だろ。3日ほどしたらやろう。」と提案したが、
「嫌だ!!今すぐだ!!」とルフィは聞かない。


ゾロがそんな様子を見て、苦笑いした。
「寝ててもできる方法があるぜ。要は、ショックを与えればいいんだろ?」


チョッパーはゾロの質問に頷いた。
「じゃあ、俺が一番手だ。」

ゾロは刀を抜いた。
そして、いきなり男の耳の横、数ミリのところに刀を突き刺した。

男は微動だにしない。



「・・・無駄だと思ったぜ。俺が蹴っ飛ばして、骨が折れてるのに無反応なんだ。」
「それくらいのショックじゃ全然ダメだな。」とサンジはゾロに憎まれ口をたたいた。

そのサンジへ、ゾロが悔しそうな視線を向けた。
「じゃあ、なんかいい方法があるのか、メガネザル」と暴言で応酬する。

「誰がメガネザルだ、ああ?」と早速切り返す。

「ちょっと、待て!!二人でくだらない事で揉めてる場合じゃないだろ!?」と
二人の間にチョッパーが割って入った。

「電気ショックを与えてみれば?」ナミが天候棒を取り出した。

「・・・下手したら、感電して死んじゃうよ。」とチョッパーは眉を寄せた。

「死んだら死んだで、また新しいのを連れてくるから、心配ない。」と
サンジは煙草を咥えたまま、くぐもった声で平然と冷徹な事を口にする。

この男が、サンジの作った食事を一口でも口にすれば、サンジは情を見せるのだが、
まだ、この男に食事を与えていないので、ただの拾ってきた傷物の海賊に過ぎないのだ。

たった、それだけの差で同じ人間の扱いをこれほど変える男なのだ。

ゾロはサンジの顔にふと視線を流した。

サンジには、サンジ独自の価値観があって、ゾロは時々、本当に自分は
サンジと言う男をどれだけ知っているのか、判らなくなる。


「・・・とにかく、やってみようか。」
チョッパーは、サンジの無茶な意見を飲むつもりはないが、何かしないと前へ進まない。


ゾロが男を担いで、甲板に出た。

ナミは、アラバスタで能力者を倒した時にやった、「サンダーボルトテンポ」を
作り出すべく、準備を開始した。

「狙ったところに落とせよ。」ゾロは男を甲板に寝かせて、自分はそこから離れる。

「任しといて!」ナミは、この奇跡の武器をもう自由自在に操るのだ。

最近では、賞金稼ぎの噂で、「天候を操る魔女」と呼ばれているらしい。

「ナミさんって、本当に完ぺきだよな〜。」
ナミの姿をゾロの隣で見ていたサンジが、心から感嘆している。

その目つきが甘くて、ゾロには一度も見せた事のない表情だった。

(・・・だらしない面しやがって・・・)ゾロはそれを見て、胸がむしゃくしゃした。
「頭はいいし、可愛いし、優しいし、・・・。」と黙って聞いていれば
永遠に続くかとおもうほど、本人には聞こえていないのに、美辞麗句を並べている。

「俺にナミの誉め言葉を聞かせて、楽しいか、お前。」と機嫌の悪さを前面に
押し出した声でゾロはサンジのお喋りを遮った。

サンジはそんなゾロの様子に少しも構うことなく、
「俺は思ったことを口にしてるだけだろ。・・・・お前も、俺に誉めて欲しいのか?」と
涼しい顔をして受け流し、全くゾロが予想していなかった問いを投げかけてきた。

「馬鹿馬鹿しい。お前と喋ってると、バカが伝染りそうだ。」と呆れて溜息を漏らした。

その時。

目の前で小さな落雷が起こった。

男の体にそれが直撃する。

チョッパーがすぐに駆寄っていった。


男は、さすがに目を大きく見開き、口から泡を吹いた。

チョッパーは、脈をとった後、男の腕に鎮静剤を手早く打ちこんだ。

「・・・どう?」遠巻きに見ていた麦わらの一味全員が、バラバラと男とチョッパーの
側に駆け寄ってきた。

チョッパーに抱き起こされて、男は呆然とただ、目を見開いているだけだったが、
やがて、その瞳の中に 今までなかった、生命力を宿した光が戻ってきた。

「・・・・お前、名前は?」チョッパーが穏やかな口調で尋ねる。
「・・・ヒュウ・・・。」
男は小さな声で自信のなさそうな声で答えた。

「じゃあ、ヒュウ、歳は・・・・?」
ナミの起した雷の直撃を受け、男はしばらくの間、正気を取り戻した。

だが、鎮静剤の効き目が切れた所為か、2時間ほどしたら、元の状態に戻ってしまった。

「ヒュウ」が正気を保っていた間、得られた情報と言うのは、
彼が、海賊である、と言うことと、
仲間と ある海賊を襲った日からの記憶がない、と言うこと。
その海賊の船長と目が合った瞬間の記憶から今までの事を全く思い出せない、と言うこと。
たった、それだけだった。

「また、雷を当てたら正気に戻るかも・・・」とチョッパーが言い出したが、
今度はルフィが止めた。

「それじゃ、何時までたっても同じ事の繰り返しだろ。」
「その海賊の船長ってやつをぶっ飛ばさなきゃ、
「こいつは何時まで立っても人形のままだ。」


「海賊を玩具にするやつは許せねえ。」
ルフィは、「ヒュウ」の顔にある、大きな傷跡をジッと見つめながら呟いた。
その表情は静かだが、明らかに怒りを含んでいる。


だが、その意見にチョッパーは異議を唱えた。
「ぶっ飛ばせば、もとの戻る?そんな訳ないだろ、なんの根拠があるんだよ?」

「「「勘」」」ルフィ、ゾロ、サンジの声が重なった。

「・・・いつもの事だろ。こいつの勘は当てになる。」
ゾロが不満げな表情のチョッパーをなだめた。
サンジが隣でその意見に同意しているのか、小さく笑っている。

そして、口を開いた。
「じゃあ、そのぶっ飛ばす作戦を練ろうじゃねえか、キャプテン?」

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